I. バイデン政権100日の革新

1. 中国対抗の議会演説

バイデン大統領は、政権100 日直前の4月28日、上下両院合同会議で、初の演説を行った。その冒頭、政権発足時は、最悪のパンデミック、最悪の経済危機、最悪の民主主義の状態だったが、100日を経て、アメリカは、危機を機会に変えて、立ち直り、未来に向かっていると看破した。しかし、その後の演説の随所で、独裁国中国の挑戦・脅威を繰り返し、米国も、国力を充実し、同盟国との協力を高め、民主主義を主導することで対抗するとした。コロナが変えた世界、米中関係の反映がある。

バイデン演説の第1の目玉は、コロナ対策だが、超高速で開発されたワクチンの、超速度接種により、当初100日1億回の接種目標は、2 億2千万回の超過達成だった。高齢者の70%は保護され、窓越しに、孫に死別を告げる代わりに、孫を抱きしめられるようになったとする。最近では、大規模イベントの開催、レストランでの会食、航空機旅行などがマスクなしで行われる見通しとなり、経済活動も急速に回復する見込みである。死者60万人の記録ながら、非常時国家・アメリカのダイナミズムを感じる次第である。

第2は、まず、①米国救済法だが3 月11日の早期成立である。全世帯 85%への1400ドル給付金、中小企業への補助、医療支援などにより、経済を支え、130万人の雇用を生み、IMFが今年の米国成長率を6%以上としたとする。次に、大統領は、中国との競争に勝利すべく、②老朽化した道路、橋、高速鉄道、港湾、空港などインフラの更新と R&D投資を含む、2.3兆ドルの大規模米国雇用計画を提案する。バイ・アメリカンが原則だとし、数百万の雇用と数兆ドルの成長を期待する。更に、③米国家族計画(1.8 兆ドル)の提案だが、米国の12年教育は十分でない、早期教育と高等教育の充実のため、児童医療充実、有給育児休暇、育児給付などを提案する。

以上の措置は、中産階級支持のためだが、合計6兆ドルの巨額となり、経済成長への効果も大きい。しかし、税源は、40万ドル以上の裕福な1%の米国人の最高税率をブッシュ大統領就任時の 39.6%に戻すことと、法人税率の引き上げで賄うとする。

第3は、米国社会の困難・機微な問題である人種、移民、銃規制などについてリベラルな所見を述べた上で、最後に、2021年1月6日の議会襲撃に対して、米国の民主主義は嘘、怒り、憎悪、恐怖を克服する必要があると強調した。米国人の魂を癒すとし、ルーズベルト大統領を引用し、米国ではそれぞれが、その役目を果たすことが重要だと締めくくった。

第4に、対外政策では、中国の引用が5回、習近平主席への言及が3回あった。インフラ投資、R&D、教育、補助金、核など全てにわたり、中国との対抗・競争を主張したが、対応には、同盟国との協力の重要性を強調した。

地域ではインド太平洋重視は当然だが、アフガン撤兵宣言もこの関連である。パリ条約復帰と環境問題の重要性を述べたが、国別の言及は、中国以外は、核問題に関連し、ロシア、北朝鮮、イランに言及があったのみである。

2.走る大統領

以上、バイデン政権 100 日に関し、非常時国家・アメリカの荒々しいダイナミズムと共に、ひた走る大統領の熱意には感銘がある。政権発足時は、大統領選挙でのトランプ氏の74百万票は熱いが、大統領の8千万を超える票は冷たいとの評があった。ツイッターを打ちまくり、激しい言動の4年間のトランプ劇場になれた状況から見ると地味で高齢の上、米国は議会襲撃後の民主・共和党の深い分裂があり、民主党左派との対立も勘案すると、前途多難の観測があった。しかし、バイデン大統領は就任と同時に多くの大統領令を出し、ワクチン接種を鼓舞し、陣頭指揮を執り、全国の接種体制を整備し、コロナ感染状況を劇的に改善した。米国では、今やマスクなしの日常が広がり、世界にワクチンを輸出する状況である。しかも、6兆ドルに及ぶインフラ投資、経済刺激を打ち出し、中間層に訴えている。

トランプ氏と異なり、個人プレイでなく政権として集団行動は、政策のぶれを防ぎ、安定感を与えている。このことは、国内のみでなく、対外面にも表れている。ブリンケン国務長官を始めとする高官を活用し、アメリカ第一を撤回し、同盟国との関係を修復する方式は、米国の主導性を回復し、「米国は回帰し、前進する」の宣言となる。ギャラップ社調査でのバイデン政権の最近の支持率は55%である。

Financial timesのチーフコメンテーターのマーチン・ウルフは、中国での「米国衰退論」は間違いだが、米国が衰退するとすれば、米国の強みを削ぐ(トランプ氏の)ような指導者を、米国人が選ぶ時だとする。バイデン政権100日の実績は、非常時国家・アメリカの利点を生かした果断な政策といえる。しかし、今後の課題として、野心的な6兆ドル計画の税源をどうするか、経済は活性化するか、更に、今も共和党ではトランプ氏の影響力が強く、党員の多くが選挙結果への疑惑を表明する社会の分断状況は残っている。この中で中国との関係が圧倒的重要性を持ってくるが、友好国や国際機関との関係を疎かにし、コロナ猖獗で終わったトランプ政権4年間のつけが、バイデン政権に重く圧し掛かっている。

3. コロナが変えた世界と米中関係・日本

コロナ・パンデミックは、中国の早期収束とその他世界でのコロナ猖獗という結果をもたらし、中国の独り勝ちともいえる状況で、その国際的影響力は大きく上昇している。米中GDPを、IMF の予測でみると2019年の21.4兆ドル対14.3兆ドルが、2021年22.7兆ドル対16.6兆ドルと差が縮小したが、世界貿易NO.1の中国の輸出入の最近2桁拡大の国際的影響は大きい。何よりも、米国や、欧州・日本もコロナの対応のため人的交流を遮断し、対外関係に勢力を注げない中、中国は医療外交を始め、世界との交流を深め、特に、国際機関や途上国での影響力を高めている流れがある。

中国が影響力を強める中で、習政権の内外政策は大国ぶりを高める強硬なものとなっている。国内締め付けの国家情報法の制定、新疆ウイグル地区の人権侵害、香港での国家安全保障法制定とともに、インドとの衝突、南シナ海、東シナ海での威嚇がみられるが、最近の注目は、台湾情勢の緊迫である。

これに対し、バイデン政権の登場以来の同盟国重視への転換があり、米、日、豪、印間の 2 国対話とともに、4国のQUADが活性化しているが、更に、英、仏諸国などのアジアの安全保障への関心の高まりがあり、G7は台湾海峡の安定に言及した。しかし、中国は、先進国では不人気だが、途上国での人気は高く、国連機関の選挙での力は強い。

以上の中で、日本の自由で開かれたインド太平洋戦略が国際的評価を高めているのは歓迎すべきであるが、コロナ対応に示された非常時への脆弱性を克服することが、今後の東アジア、インド太平洋での激動する事態への対応の前提である。

II. 米国対中政策と台湾問題

1. 中国が唯一の対抗国

バイデン政権の中国政策は、当初弱腰の評すらあったが、その後の推移は予想を上回る硬派ブリである。トランプ政権が残した、中国への高率関税賦課や内外投資規制はそのままであるが、トランプ政権が重視しなかった人権価値観外交が加わり、新疆、チベット、更に香港での人権問題への攻撃は激しくなり、南シナ海、東シナ海への警戒を強める中、台湾格上げの動きが目立っている。ブリンケン 国務長官、サリバン安全保障補佐官、キャンベル・インド太平洋調整官をはじめ、閣僚、大統領補佐官に、オバマ時代の高官が多い(表1)。厳しい対中政策はオバマ時代の対中政策が失敗だったとの反省が一因だろうが、中国の自信の高まり、西側への優越的姿勢や、戦狼外交横行への反発のせいでもある。

2021年3月公表の米国国家安全保障戦略暫定方針では(本格的戦略は6月ごろ公表の予定)、中国を経済、外交、軍事、技術の面で、米国に対抗する唯一の競争国と規定した。トランプ政権は、2017年の安全保障戦略では、中国とロシアを並列して対抗国とおいたが、今回は、ロシアは中露関係の支持者ととらえ、中国を唯一の脅威とした。いち早くコロナから回復した中国監視モデルへの反発があるが、その脅威は、軍事面のみでなく、経済、技術、外交全体にわたるとする。米国は、第1に、アメリカの力、人材、経済力、軍事力、民主主義の全体を強固にし、中国と対抗するとする。背後には、60万人の死者を出した米国の超党派にわたる、かつてない中国への反感がある。第2に、同盟国と協力して、地球の公共財を守るが、インド太平洋と欧州を重視するとする。第3に、同盟国・友好国と共同し、半導体、電池、医薬品、レアアースのサプライチェーンを充実する。

第4に、国連及び国際機関での指導的地位を取り戻すとした。トランプ政権が軽視したため、中国に多くの国際機関の主導権を奪われている状況がある。気候変動のパリ条約やWHOへの復帰を宣言したが、趙厚麟ITU事務局長の再選に反対し、米国独自の立候補の 意向を表明している。趙事務局長が2015年に就任以来、ITUは中国の影響がつよくなり、特に中国5Gの国際標準化を推進していた経緯がある(拙稿「先端技術覇権を巡る米中闘争」参照)。

2. 同盟国重視の対中政策

トランプ大統領の功績は、中国が得意とする二国間交渉を逆用して、米国だからできる干渉により、中国がタブーとしてきた諸事項に踏み込んだことである。技術の強制盗取への対応がその典型だが、台湾問題も同様である。同盟国を利用する多国動員は時間がかかるし了解の難しいこともあり、トランプ政権は単独交渉でそれなりの効果を上げたが、効果には限界があった。何よりも、トランプ大統領の変心への危惧もあり不安定だった。

今、バイデン政権は、中国との対応で同盟国との協力が必要だとしたが、同盟国も中国への対応上、米国との協力を必要とする状況が、特に、インド太平洋で出ている。それは中国がコロナの責任も認めず、特に、周辺での対外政策が一段と攻撃的になっている状況がある。豪州は、太平洋島嶼国への中国の進出に神経をとがらせてきたが、コロナウイルスの武漢調査を提案してから、中国に種々の威嚇を受けている。インドは、中国と国境紛争の最中である。日本は、尖閣を巡る対立の激化で悩んでいる。米国主導での4ヵ国・QUADを推進する素地がある。イギリスは、コロナ猖獗に悩まされ、香港をめぐる中国との協定を反故にされた。EUからの脱退もあり、空母のアジア派遣、QUADへの加盟やTPPへの加盟に手を挙げている。フランスもインド太平洋に領土を持つ国として、日米との軍事訓練に参加するが、ドイツも海軍艦艇を派遣する状況である。

3. 台湾問題の変遷と米国の立場

(1)タブー破ったトランプ政権

しかし、何といっても最近の注目は台湾をめぐる動きである。トランプ氏が大統領当選後、蔡総統に電話し、中国のタブーを破る先鞭を作ったが、2018年の台湾旅行法により、高官の交流が可能となり、2020年8月アザー厚生長官が訪台した。これと並行し、オバマ政権が慎重だった武器輸出も地対空・艦ミサイルやタンク、F16航空機などが輸出される。さらに、大統領選挙敗戦後も台湾保障法を採決し、ポンぺオ国務長官は米台間に残る規制のガイドラインを廃止し、交流を自由にし、米国在台協会の格上げを進めた。

バイデン政権も台湾への武器売却を進めるばかりでなく、大統領就任式への在米台湾代 表の招待や高官の交流を高め、アーミテージ 氏、上院軍事委員会委員などの派遣を行い、更に、WTO に台湾の総会出席を勧告している。また、3月中旬の日米安全保障会議に続き、4月の日米首脳会談共同声明でも、台湾海峡の 平和と安定が表明された。同月のロンドンでのG7外相会議も初めて台湾海峡の平和と安全を取り上げたが、中国は大きく反発した。

(2)台湾・民主主義の発展

台湾は、日清戦争後、日本の領土となった。日本の敗戦後、蒋介石は大陸での中国共産党との戦闘に敗れ、台湾にのがれ、本土反攻の場とし、60万人の軍隊を抱えた。米国は反共の立場から、蒋介石・中華民国を支持した。その後、ニクソン大統領は、1972年、上海コミュニケによって中国を反ソ陣営に引き込み、ベトナム戦争終結への足掛かりとした。同コミュニケにおいて米国は、台湾は中国の領土だという「中国の主張」を認識するが、台湾問題の平和的解決を望んでいるとした。武力行使には反対という意味だが、この方針は78年の米中国交回復コミュニケ以降も引き継がれている。他方、米国は、国内法として、1979年「台湾関係法」を制定し、台湾の防衛、武器輸出の基礎を作った。

この時点で、米国にとって、独裁色の強い蒋政権ながら、台湾は軍事上守るべき島だった。しかし、その後、1988年以来、李登輝が総統となり、民主改革を重ね、1996年、総統の直接選挙を行った。以来、台湾の民主主義は発展し、台湾は米国の価値外交の対象になった。

21 世紀に入り、民進党、国民党間の政権交代はあったが、台湾人意識が高まった。2016年、民進党の蔡英文が総統となり、「一国2制度」を示す、「92年コンセンサス」を受け入れないとした。これに対し、中国は武力介入を示唆するようになったが、その後の香港情勢の悪化は、蔡総統の2020年1月の再選を有利にした。2020年の香港国家安全法と民主活動への圧力強化は、台湾の反感を強め、一国二制度は終焉だとの観を強めている。折からのコロナ爆発の中で、台湾の対応ぶりのすばらしさに、国際社会には称賛の声があり、米国は台湾のWHO加盟を支持し、5月総会への出席をテドロス事務局長に強く求めている。

4. 中国の軍事戦略と台湾の地勢

(1)米軍阻止の A2/AD 戦略と台湾

中国の軍事戦略は、改革開放とソ連の崩壊を経て、中国近代海軍の父といわれる劉華清が1980年代提唱した海軍発展戦略に強く影響される。4段階に分かれ、①中国沿岸の防御(〜2000 年)、②開放以来の成長の基である海岸工業地帯の防御―第一列島線内部の制海権確保(2000-10 年)、③第二列島線内部の制海権確保、(米海軍の抑制と空母建造(2010-20年)、④米中対等の海軍建設による米海軍のインド太平洋の独占支配の阻止(2020-40)となる。

かかる戦略にとって台湾は(南西諸島と共に)、第一列島線の制海権保持、第2列島線への進出戦略上、極めて緊要の地位を占める。中国にとって台湾は、統一達成のための必須の目標であるとともに、その対米軍事戦略上、極めて重要な地勢となっている。

中国の戦略目的は、米軍の中国領土への接近拒否、米軍の自由な作戦拒否であり、A2/AD戦略として、種々の長距離ミサイル、航空機、対空防衛システムと共に、海軍力の充実に力を注いできた。1996年の米空母2隻による台湾海峡への介入に対する、中国軍の無作為の経験が、その後の軍事力充実に拍車をかけてきたことは間違いない。

(2)米中軍事バランスの変化

米国防総省の『中国の軍事力』2020年報告は、21世紀での人民解放軍の驚異的進展を評価し、中国の軍事力の米国を凌ぐ分野として、①中国は、世界最大の350隻の海軍艦艇を持つ(米国は296隻)。②地上発射型射程500〜5500㎞の弾頭ミサイルと巡航ミサイル計1250を持つ(米国は70〜300㎞の弾道ミサイルのみ)。③ロシア400s、300s型を備えた長距離統合防空システムを持つとした。また、④空軍は航空機2500以上を有し、世界第3位。⑤ 以上の兵力の統合作戦に大きな進歩があるが、⑥なお、多くの弱点があるとした。

中国がミサイルに強みを持つのは知られているが、米国では、中国がドローンを始め、使い捨ての、廉価な兵器を使う上、宇宙・サイバーなどで、米国の軍事システムを攻撃することへのおそれを強めている。このため、兵器システムを集中型から分散型に改め、一部が破壊されても、システム全体の機能が低下することを防ぐ「モザイク戦法」が検討されている。

(3)台湾有事の可能性

米軍事力はグローバルに展開する中で、全体として中国にまさっても、東アジアに集中する中国の軍事力が一時的に中国を優位に導く可 能性は否定できない。デービッドソン前米インド太平洋軍司令官は、2021年3月の議会公聴会で、米中軍事バランスは今後、中国に傾く中で、今後6年以内に台湾を侵攻する可能性があるとした。米中経済安全保障調査審議会の2021年2月の公聴会では、今後も、中国の戦力増強があるが、揚陸作戦能力の不足から、大規模侵攻による台湾の短時日の征服は容易でない。米国の介入を招き、失敗した場合の政治的ダメージは甚大であるから、習政権としても大規模侵攻は容易でない。台湾介入の方策として、このほか、台湾所有の太平島、澎湖島の占拠がある。中国国内では人気を高めようが、台湾の敵愾心を強め、国際的非難や米国などの懲罰的行為を正当化するため、実行できるかどうか? 台湾の海外交易との封鎖も同じような国際的非難 と懲罰行為の危険性があるとする。但し、中国の揚陸能力も漁船の動員もあろうし、また、上記、システム対システム戦の発展などを勘案すると、台湾侵攻の可能性は排除できない。

5. 日本への期待

上記、公聴会では、米軍の早期介入とともに、日本の姿勢が中国の台湾侵攻の抑止に重要だ とする意見があった。日本にとっても台湾有事は、長年の友好関係もさることながら、日本の国防とも絡み、他人ごとではない。台湾侵攻には、南西諸島侵攻や日本及び米軍の基地への攻撃を伴う可能性は非常に高いとみられる上、台湾侵攻の結果、南西諸島を含む第一列島線が敗れ、中国の空母などの艦艇が第二列島線を中国の海にすることは、シーレーンのみならず、首都を始めとする日本全土の安全保障に直結す る。日本にも存亡の危機事態である。

表2の海軍艦艇バランスは、日米協力の重要性を示す。米中の艦艇バランスは、インド・太平洋では中国有利ともいえるが、日本の海 上自衛隊を加えると大きく変化する。日米の艦艇数とともに、潜水艦、機雷戦など、極めて補完的であることを示す。

III. 世界帝国を目指す中国

1. コロナが益する中国とコロナが害する世界

中国はトランプ政権の2018年からの関税戦争に当初混乱したが、その後、持久戦だと覚悟し、2020年1月15日の通商合意時には、対米関係は一段落との観測もあった。しかし、折から猖獗したコロナ・パンデミックは、一時、習政権も混乱させたが、武漢の交通遮断を含 む全国監視体制の徹底により、疫病の早期収束(コロナ感染者10万人以下)と経済回復をもたらしたのみでなく、医療外交の展開などで中国を利した。2020年の成長率は、主要国唯一のプラス2.3%となり、2021年は8%を超えると見込まれる。輸出入拡大も本格的となり、一時、海外への生産移転を計画していた外資企業も、中国残留に変更する企業も多く、海外資本の流入が続いている。

習総書記は、2021年1月11日、中央党学校で演説し、世界は100年に一度の大変動期だが、中国の政治体制の優位があり、機会は中国にあるとした。更に、新華社は、1月12日、米国で議会占拠事件が起こり、西側民主主義の手本である「米民主主義」は神棚から転落したと報じた。また、コロナで50万人にも死者を出す国が近代国家か? など、米国の覇権衰退は著しいと、中国の自信は高まる情況である。アラスカの米中高官会談は、米側が中国の威圧外交、ウイグル、香港、台湾問題などを指摘したのに対し、中国側は米国の黒人問題、議会襲撃など、米国は民主主義を誇れないなどの激しい応酬となったが、中国国内では歓迎だという。中国教育省は、最近西洋崇拝につながる書籍を排除するよう通知している。

2. 内外双循環の第14次5ヵ年計画

中国全国人民代表者会議は、3 月5日冒頭の政府活動報告で、2020年はコロナウイルス感染、世界経済後退など尋常でなかったが、習同士を核心とする党中央の指導の下、困難を克服し、勝利した。世界が注目し、歴史に刻まれる成果と誇った。14次5ヵ年計画は、2035年までの発展の端緒だが、第1に、成長を維持し、雇用を確保する。第2に、革新駆動型発展を維持し、技術革新・発明を加速する。第3に、(対外摩擦もあり)広大な国内市場を開発させながら、貿易強国を発展させ、国内・国際の双循環を図る。第4に、サプライチェーンの安定と改善を図る。などが柱となっている。

特に注目されるのは、国内・国際双循環だが、米国が技術・市場をデカップリングしても、中国の国内市場は広く、内需による発展が可能である上、「中国製造25」の先端技術発展に成功すれば、中国も技術と国内市場を独占するデカップリングが可能である。更に、補助金をつぎ込み、海外市場でも中国支配を高める重商主義の宣言といえる。中国は半導体など、先端技術の内製化に奔走しているが、中国が先端技術でリードをすれば、その成果を海外 に出さず独占する。外資は従って、その発展段階に達するまでの繋ぎという戦略である。

中国の技術発展で無視できないのは軍民融合である。ドローンが典型だが、中国の企業は形態は如何にあれ、最終的には共産党支配の国家に統合される。習政権が制定した国家情報法は、全ての企業情報は海外に進出企業を含め、国家に集約する目的である。

3. 国際秩序変革の梃子・アフリカ

中国が自信を高め、威圧を進める中で、国際的反発は先進国で高まっているが、途上国では必ずしもそうでない。中国のコロナ医療外交などにより、途上国や国連諸機関への影響力は高まっているとさえいえる。米中経済・安全保障調査検討委員会2020年報告は、「中国のアフリカ戦略」の節を特設し、習政権は、中国が世界で影響力を高め、国際秩序を変革する上で、アフリカを中心的地位に据えているとする。従来も、中国・アフリカ協力フォーラムを3年毎に行い、アフリカ54ヵ国首脳との交流、援助を行ってきたが、最近は、更に、中国権威主義モデル育成の場として、「人類運命共同体」の関係を深める意図だとする。

このため、中国は政府・国有企業・民間企業・メディア、更に軍をも総動員する。アフリカとの貿易、投資拡大、インフラ建設のみでなく、社会エリート、ジャーナリスト、世論リーダーの中国招待などの交流強化により、「運命共同体」の結びつきを強める。アフリカ同盟 の本部や西アフリカ共同体の本部建物を寄贈 するなど、目立つインフラを建設するのみでなく、デジタルネットワークを整備し、監視技術を供与する。これにより、中国はアフリカの Data を独占するが、ファーウェイなどの5G建設が大きな役割を果たす。また、アフリカの多くの港湾を建設・管理するとともに、軍事訓練を交流し、安全保障上の靭帯も強め、ジブチの他に、西アフリカでの軍事基地建設を計画しているとする。

2020 年の国連加盟国は 193 であるが、アフリカ54ヵ国の支持は貴重であり、安全保障常任理事国・中国の影響力はきわめて大きくな る。国連専門機関15の専門機関のうち、4機関のトップを押さえ、WHOなどにも強い影響力をもつ。中国の国連など国際機関への干渉は、現在でも激しいが、独裁政権の多いアフリカに権威主義モデルを輸出し、連携を深め、国際秩序を変革する上での華夷的戦略関係を 築こうとしているということである。

4. 中国・債務の罠

かかる中で2020年春、世銀・IMFの音頭で低所得途上国の債務延期のDSSIがG20の舞台で進んでいるが、中国債権の巨額さ、高利子のほか、融資条件の不透明さが浮き彫りにされた(本誌、2020年11月号の拙稿参照)。中国との秘密条項には、中国債務の優先弁済、鉱物資源などでの代替支払い、港湾使用権の譲渡などが含まれる。世銀マルパス総裁は、二国間債務の圧倒的多額債権者(二国間融資の63%)中国の十分な参加がなければ、債務問題は解決しない。世銀や他の債権者の支払い猶予が、優先支払いの中国を利するのみだと不公平だとした。返済猶予計画(DSSI)は、参加国に緊急融資や支払い繰り延べの利益を与えるが、不参加の低開発国が多いのは不可解だとした(中国によるDSSI参加への妨害か?)。

G20財務相会議は、その後、DSSIに基づく債務の返済猶予を21年末まで延期をするとともに、債務削減、償還期限延長は全債権者が公平に負担するという「覚書」を2020年11月採択したが、中国の抜け駆けや中国国家開発銀行、国有企業の債権に枠をはめたものといえる。2021年3月、米ウイリアム & メアリー大学の「AidData」が、過去100例の個別契約を調査し、中国融資の「秘密条項」の実態を公表したが、ジョン・ホプキンス大学の「中国・アフリカ調査構想」も債務問題を追及している。

世銀報告は、中国の国際的信頼を大きく揺さぶった。債務処理を巡り、債務国、国際機関、双務債権国との対立が激化する中、中国がアフリカを始め、途上の信頼を損うおそれすらある状況である。中国は、二国間交渉を固守し、多くの国に秘密条項を公表しないように締め付けを強めるとともに、アフリカ諸国への無利子貸し付けの返済免除やアンゴラやスリランカへの追加融資を行っている。G20の場に中国を引き出したのは、G20諸国に中国の債務の罠の実態を知らしめることに成功したが、中国に代わって、援助、融資を引き受ける国もまれな中、事態は膠着している。G20財務相会議は、2021年2月末、途上国債務対応のため、SDR増発を検討する情勢である。秘密条項による中国への優先支払がないようにと、麻生大臣は主張しているが、中国には歓迎の動きであろう。

5.第3の100年―人民解放軍100年の2027年

中国には、これまで2つの100年があった。一つは共産党設立100年の本年8月で、軍事目標は局地的情報化戦争に勝利することであった。もう一つは、中華人民共和国設立100年の2049年で、米国を凌ぐ軍事大国への発展であるが、習主席は、2035年を人民軍解放軍の近代化完了の年とした。しかし、ここにきて、人民解放軍設立100周年として2027年が浮上し、第14次5年計画でも称揚された。幾つかの憶測が 2027年に集中する。

一つは、米中の国力は、短期的には中国の高い発展が予想されるが、長期的には米国の回復が強い。折から、中国の2020年の人口統計が発表されたが、予想以上に高齢化・少子化の速度が速く、生産年齢は減少し、人口減少に転じるのも時間の問題との観測も出る。両者の国力格差が最も縮み(或いは中国が超える)、格差が再拡大する前の2020年代後半は中国の国際的影響力が高まり、中国が行動する機会と中国首脳は考えないか?

第2に、中国の軍事力の近代化は、2020年代も急激に進むが、軍隊の練度も上がる。空母の配備も2020年代後半には本格化し、AIやDataの優位も強くなる。それ以降は、軍事力の維持費もかさみ、軍事費も潤沢でなくなる。

第3に、習近平主席の3期目の終了が2027年であり、歴史に名を残すのであれば、台湾侵攻は一つの選択である。

以上が、2027年シナリオ登場の理由だが、2020年代の、アジア情勢、世界情勢は波乱の多いものになることが予想される。

IV. 日本の戦略

最近の注目は、米国の同盟国・日本への期待である。バイデン大統領が、菅総理大臣と4月、一対一で会談したが、3月のブリンケン国務長官、オースチン国防長官も、日本は海外初の訪問先だった上、尖閣事態への米国の関与を明確にしている。かつての日米関係では、日本が中国に対し、先走り、米国が巻き込まれるのは避けたいとの思惑だったが、今は、対中戦略は共同であり、タブーだった台湾問題でも日米の関与が表明されている。頼りにされる日本は、しかし、日米関係のみでない。TPP11諸国との信頼がある。最近は、日豪、日印関係の積み重ねの上に、日米豪印のQUADの活性化がある。更に、英国のQUAD、TPPへの参加表明があり、フランスも日米合同訓練に参加している。

現行の、日本安全保障戦略は、「我が国にとって、望ましい国際秩序や安全保障環境を創出する」ことが戦略の基礎だとするが、川崎剛は、「最高位の大戦略とは、他陣営との秩序戦において、自陣営の勢力が勝り、自陣営内部において、自国の地位が高くなることだ」とする。安倍前総理は、2016年に発した「自由で開かれたインド・太平洋構想」戦略に基づき、地球外交を展開し、TPPを成立させ、西側陣営での日本の地位を高める外交を展開したことが実を結んできている観がある。米国もこの構想に載り、米太平洋軍は、米インド・太平洋軍に看板を書き換える状況である。

但し、問題はこれからである。バイデン政権が唱える、民主主義と独裁体制との闘いは、単なる口喧嘩ではない。4月の日米首脳会談に関連する日本経済新聞の世論調査では、台湾海峡の安定への日本の関与には、賛成が74%に上ったという。この結果に関しては、世論調査で日本の台湾海峡の安定への関与を問われて、関与しないと答えるのは難しいからという意見がある。また、この関与の答えには、米国との共同介入が前提で、単独の関与ではないとの批判はあろう。だが、台湾問題は日本の安全保障に深くかかわる。従って、どの様な形であっても関与は必要だし、G7などでの国際的世論の結集には有効である。

しかし、戦略を戦略足らしめるには、そのための有効な戦術がいる。昨今のコロナ対策では、非常時国家米国の粗削りながら戦略的な対応を見るにつけ、対称的な日本の消極的対応は、非常時に通用しないと危惧する。日本の医療は世界に冠たるものだとの自負はあっただろうが、アビガンは未だ認定されないし、検査も十分でなく、ワクチン開発は遅々とし、その接種にも混乱がある。国家の有事であるパンデミックの対応に有効な態勢を組めないようでは、日本の戦略も絵にかいた餅となる。

2020年代のアジア・世界の激動を乗り切るには、日本の組織を非常時にも有効に対応できるように変えていく必要が急激に高まっているのを痛切に感じる次第である。

 
参考文献
Congressional Research Service(2021)Navy Force Structure and Shipbuilding Plans
Department of Defense(2020)Military &Security Involving the People’s Republic of China
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川崎剛(2019)『大戦略論』勁草書房
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坂本正弘(2020)「中国の対外援助・南南協力と国際債務」外国為替貿易研究会『国際金融』1338,2020.11.1
坂本正弘(2019)「先端技術覇権をめぐる米中闘争」外国為替貿易研究会『国際金融』1316,2019.1.1
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White House(2021)International Security Strategic Guidance March 2021
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