第168回外交円卓懇談会
「バイデン・習近平新時代の台湾」
2021年3月17日
公益財団法人日本国際フォーラム
グローバル・フォーラム
東アジア共同体評議会
事務局
日本国際フォーラム等3団体の共催する第168回外交円卓懇談会は、ダグラス・パール(Douglas H. PAAL)カーネギー国際平和財団研究員(前副所長)を講師に迎え、「バイデン・習近平新時代の台湾」と題して、下記1.~5.の要領で開催されたところ、その冒頭講話の概要は下記6.のとおりであった。
1.日 時:2021年3月17日(水)9:30-11:00
2.開催方法:オンライン形式(Zoomウェビナー)
3.テーマ:「バイデン・習近平新時代の台湾」
4.報告者:ダグラス・パール(Douglas H. PAAL)カーネギー国際平和財団研究員
5.出席者:40名
6.講師講話概要
ダグラス・パール(Douglas H. PAAL)カーネギー国際平和財団研究員(前副所長)の講話の概要は次の通り。その後、出席者との間で活発な質疑応答が行われたが、議論についてはオフレコを前提としている当懇談会の性格上、これ以上の詳細は割愛する。
(1) 冷戦期の米中台関係
そもそも米国は太平洋戦争直後、台湾への不介入主義を採っていたが、1950年の朝鮮戦争勃発に伴い共産主義の台湾への拡大を懸念しそれを放棄した。しかし、冷戦化した地域紛争から後退するうえでその介入主義を修正し、1980年には台湾との同盟・外交関係を解消した。その後、米国は国内法として「台湾関係法」を成立させ、「台湾が十分な自衛能力を維持できるようにする」と宣言し、議会を中心に台湾との関係を強化していった。一方、中国に対しては、1982年「台湾武器売却コミュニケ」において中国が台湾の平和統一を目指す限り、台湾への武器供与で標準品質を維持しつつも供給量は削減していくことを約束した。このように冷戦終結までは、米中は台湾問題での摩擦にも関わらず、対ソ連戦略からその関係を発展させていった。
(2) 民進党の台頭
冷戦後、台湾が独立心を強め、民主的な政治システムを発展させるなか、それを利用する形で民進党が台頭した。これは、本土復帰を目指すそれまでの国民党と違い、台湾における民族自決の尊重と中国との良好な関係維持というジレンマを米国に投げかけることとなる。米国は冷戦終結直後に中国を「戦略的競争相手」とし台湾寄りの姿勢を示したものの2001年9月11日の同時多発テロを契機として中国との対テロ共闘へとシフトしていく。加えて、当時民進党のリーダーであった陳水扁は国際情勢に疎く、両岸関係への影響や国際的な影響を考慮しない反中感情を利用した政策を展開した。そのため、米国は、次第に陳水扁を問題視するようになった。
(3) 馬英九政権の展開とその顛末
陳政権の後を継いだ国民党の馬英九政権は、「一つの中国」という中国との協調を重視した政策を追求した。任期中に、両岸の商業的結びつきは強まり、半官半民の交流が活発に行われた結果、シンガポールでの馬英九・習近平会談が実現した。馬政権期には、米中間で台湾問題が脇に置かれ、米中台三角関係は比較的安定した。しかし政権末期には、中国との関係深化に不満を持つ台湾の若者を中心とした「ひまわり運動」が起き、台湾の立法院が占拠され、両岸サービス貿易協定の法案の成立が阻止された。この勢いは民進党を再活性化させ、最終的に2016年の蔡英文による総統就任へと繋がる。蔡が陳政権下で両岸関係を担当し実務経験が豊富であることも彼女への期待値を上げた。
(4) 蔡英文政権と中国の不信
蔡政権は、自治権の拡大と台湾の国際的な承認を求める台湾内部の政治的感情を受け入れる一方で、中台間の平和を維持すべく、前政権の実務的な取り決めを否定しないよう慎重に配慮しながら、微妙なラインを歩もうとしている。しかし、中国はそれをまったく信用していない。中国は、中台双方が「一つの中国」を認めた1992年コンセンサスを守るよう要求し、台湾の孤立化を促進すべく軍事、外交、経済圧力を強めている。
一方、2020年に香港に対する「国家安全法」の施行を受け、台湾での反中感情が一気に高まったことが、同年の蔡英文の総統再選を後押しすることとなった。同時期の中国による継続的な軍事的近代化、攻撃的な外交政策、急速な経済成長を受け、米国は中国を、米中台三角関係を不安定化させる原因と見るようになった。
(5) トランプ政権期の米中台関係
2017年のドナルド・トランプ米大統領就任は、米中台三角関係の混乱要因となるかと思われたが、実際は、政権内部で台湾に対する様々な立場が混在することで、想像したような事態にはならなかった。トランプ自身は、台湾の戦略的価値を軽視していたが、台湾が中国との重要な貿易取引の邪魔にならない限りにおいて、武器売却で利益を上げる形で米台関係を強化していった。ただし、トランプ政権内には台湾を中国封じ込めの手段とみなす勢力がいたため、台湾は最終的に米中対立の矢面に立たされることとなった。政権末期には、トランプ政権がバイデン次期政権を中国との敵対関係に追い込もうとするあまり、これまでの良好な米台関係を犠牲にしかねない局面もあった。
(6) バイデン・習近平新時代の台湾
バイデンが台湾に対してどのような態度をとるかはまだ明らかではない。2016年とは異なり、蔡英文がバイデンの当選祝いの電話をかけたとき、バイデンは個人的な接触を避け、当時顧問であったトニー・ブリンケン(現国務長官)に直接電話を取らせた。その一方で、バイデンの代弁者たちは、中国本土を批判し、台湾支持の姿勢を鮮明にしている。注目すべきは、「一つの中国政策」に言及していない点であり、言及するのは政権としていき過ぎだと考えている節がある。方針を明確にしない理由の一つは、バイデン政権の政府高官の議会承認の最中であり、中国に懐疑的な議会から共和党を中心として批判され承認されない事態を回避するためと見られている。
今後のバイデン政権における台湾政策の方向性は三つ考えられる。一つは、伝統的な米国の路線への回帰である。二つ目は、中国との衝突を避けるよう配慮しつつ、米台関係をこれまでの以上に大幅拡大する展開である。これは蔡政権の方向性と合致する。三つ目は、バイデンが台湾との関係を新たな形で改善し、例えば、QUADの非公式メンバーに位置づけ台湾を反中連合の一員として役割を拡大していく可能性などがある。この場合、中国との対立がさらに鮮明となろう。トランプ期と同様にバイデン政権でも、米中関係悪化の延長として台湾が振り回される可能性が高くなっている。
1970年代後半に始まった、予測・管理可能な三角関係はもはや終焉に近づいている。中国にとっての台湾問題の重みは、チベットや新疆、香港とは比較にならない。台湾問題において中国の威信を守ることができなければ、習近平の立場はない。米中が対峙する中で、台湾は重要な選択を迫られる局面にある。台湾には米中台三角形の安定の維持が求められているが、そうならなかった場合、最も大きな代償を払うことになるのは台湾なのである。
(文責在事務局)