中国の脅威の高まりの中で、アメリカも日本を含む同盟国により大きな安全保障上の役割を求めるようになった。そのような環境の中で日本でも、安全保障系シンクタンクの重要性が徐々に認識されつつある。実際、2018年の『防衛計画の大綱』では、「国内外の先端技術動向について調査・分析等を行うシンクタンクの 活用や創設等により、革新的・萌芽的な技術の早期発掘やその育成に 向けた体制を強化する。」と明記されるに至っている[ⅰ]。日本国際フォーラムにおいても積極的に研究会が開催されており、日米印韓、日印などのセミナーでは、筆者も発表の機会を得た。少ない予算の中、大きな成果を上げている日本の安全保障系シンクタンクの努力は世界的にも誇れるものと考えられる。

ただ、シンクタンクの活躍では定評があるアメリカの情勢を見ると、日本の安全保障系シンクタンクには相当の改善の余地があることも確かだ。筆者は2017年12月から2020年11月の間、アメリカ、ワシントンにあるハドソン研究所に所属し、研究・発信活動を行う機会を得た。そこで感じたことは、今の日本の国際情勢、特に安全保障情勢を研究する体制には大きな問題があるのではないかという、強い危機感であった。そこでここでは、以下、3つに分けてまとめることにする。最初は、日本に比べ、アメリカのシンクタンクがどのような状態であったのか。次に、その原因として、アメリカの安全保障系シンクタンクを活性化させる需要と供給に関して分析する。最後に、日本への教訓を示す。

1.日本に比べアメリカのシンクタンクはどういう状態だったといえるのか

アメリカにおける安全保障系シンクタンクの状態について、気づいたことは、研究成果が多く、影響力も強く、研究する体制が整っていたことであった。研究成果については、世界の広い地域をカバーする質の高いレポートが多く出ていたのである。例えば、2020年にインドと中国の国境で衝突が起き、日本でも報じられた。この印中国境地帯を念頭に置いたインドと中国の軍事バランスについて、私が滞在中の3年の間に、アメリカのシンクタンクは多くのレポートをだしていた[ⅱ]。私の知る限り、日本では皆無である。アメリカにとってインドは地球の全く裏側であり、日本にとってはアルゼンチンにあたる距離がある。アメリカのシンクタンクは、地球の裏側の情勢まで、よく分析しているのである。

シンクタンクの影響力についても、日米の差を感じるところ大であった。私がハドソン研究所滞在中には、2018年10月のマイク・ペンス副大統領の中国政策に関する演説があったが、それ以外にも、米政府高官、台湾総統、各国の大使などが政治的な演説を行う場所として、シンクタンクを積極的に利用していた。また、シンクタンクが書くレポートが、具体的に政策に反映された例もあった。例えば、アメリカは、ドナルド・トランプ政権下で、パキスタンの援助を減らしているのであるが、この政策提言は、ハドソン研究所のフセイン・ハッカニ上級研究員が書いたレポートに基づくものであった。さらに、シンクタンクがだすレポートを、メディアが取り上げる機会が大変多かった。特に印象的なのは、アメリカのメディアだけでなく、他の国のメディアが、アメリカのシンクタンクが出したレポートについて報じることが少なくなかったことである。アメリカのシンクタンクの声は、世界に届いており、世界の外交政策の一端を動かす力そのものであった。

そして、研究する体制もまた、日本とは比べ物にならない状態であった。例えば、ハドソン研究所の場合であるが、研究するスタッフとその支援(ロジ、会議のセッティング、広報、財務管理、ITなど)にあたるスタッフは、明確に仕事が分かれており、研究するスタッフは研究ばかりし、その支援にあたるスタッフは、その支援に専念するのである。専念するために多くの専門家、そして支援のスタッフもそれぞれ広い個室をもっていた。これは、十分な資金力があり、研究する専門家と、その支援にあたるスタッフの両方を雇うことができる体制があったからである。また、資金力という点では、聴講者の動員力にも影響するところがあった。アメリカのシンクタンクは、政策に携わっている政府の職員に声を届けたいことから、お昼の時間に、公開イベントを企画することが多かった。お昼に企画すれば、政府の仕事に忙しい人も、お昼休みを利用して聞きに来てくれるかもしれないからである。しかし、政府で働く人のお昼休みを利用したイベントでは用意しなければならないものがある。お昼ご飯である。そこで、アメリカのシンクタンクが公開イベントを開くときは、常に、お昼ご飯を用意していた。数百人きそうなら、数百人分のお昼を用意する。そのような公開イベントをシンクタンクごとに、多い時は、毎週3~4回程度開いていたのである。それは、日本の安全保障系シンクタンクとは比べ物にならない贅沢なことであり、歴然とした力の差を見せつけられた感があった。

2.アメリカの安全保障系シンクタンクを活性化させる需要

なぜ、アメリカの安全保障系シンクタンク、日本のものにくらべ、これほど活発に活動できるのであろうか。アメリカにいて感じたことは、需要と供給の両面において、アメリカの市場が大きいことであった。

安全保障系シンクタンクにどのような需要があるか。安全保障系シンクタンクの資金源の内、有力なものとして各国の政府(アメリカ政府と民主主義体制の同盟各国の政府)や企業からの研究プロジェクトの依頼と寄付がある。各国の政府は、何を期待して研究を依頼していたのか。例えば、各国政府が政策を立案する際に、専門家を集め、知識を整理し、政府内にはない新しい発想の政策を提言すること、それができれば、シンクタンクへの依頼には魅力がある。より具体的には、例えばアメリカでは、研究費の大半を国防省がだしている(日本は文部科学省)。国防省にとっては、例えば、軍を派遣する地域の情報には強い関心がある。地域の政治体制や人脈、風習や言語、補給にかかわる経済体制、現地で必要な武器の技術など、ありとあらゆる情報が必要である。しかし、国防省はそういった専門家を十分にかかえているわけではない。シンクタンクに依頼し、専門家を集めて議論し、レポートを作成し、提言もしてほしいのである。

また、安全保障シンクタンクには、公開イベントやメディアへのコメントなどを通じて、政府の政策をわかりやすく説明する役割や、世の中の議論を喚起する役割も期待されていた。シンクタンクは政府の外の機関なので、政府の立場では言い難いことも自由に発言して、説明することができる。政府広報よりも説得力ある「広報」になる場合がある。

さらに、企業、特に、軍需や防衛産業に多かれ少なかれかかわる企業が、安全保障系シンクタンクに資金を出している例も多かった。例えば1機100億円の戦闘機を100機売るためなら、その1%、100億円を情報収集に使ったとしても、損した気はしないだろう。シンクタンクに研究プロジェクトを依頼し、武器を売る相手国のニーズや人脈などの情報を得ることは、企業にとっても魅力的なことなのである。

結果として、ワシントンでは興味深い傾向を見て取れた。例えば、ワシントンでは、中東の専門家の方が、アジアの専門家よりも強い影響力を示していたのである。アメリカは、アジアに比べ中東で軍事行動をとることが多く、シンクタンクにも中東研究プロジェクトの依頼が多く来るのである。結果として、中東を研究している専門家の方が生き残りやすく、アジア専門家よりも人数が多くなる傾向が生まれる。中東専門家とアジア専門家が同じ声で「わー」といえば、人数の多い中東専門家の方が大きな声になるだろう。最近になって、アメリカにとって中国対策がより重要になるにつれて、中国とその周辺国の専門家にも資金が回り始めている。しかし、専門家は育成に時間がかかるから、急には増えない。結果、中東の専門家の方が、アジアの専門家より、より大きな影響力を持つことにつながるのである。

3.アメリカの安全保障系シンクタンクを活性化させる供給

アメリカにおいて安全保障系シンクタンクが活性化しやすい原因は、需要があり、そこに資金が供給されているだけではない。供給面、特に、専門家の育成という観点で、アメリカのシンクタンクには有利な側面がある。

その第一は、政権交代を通じて、実際に政策を実施する機会に恵まれた人材がシンクタンクに流れてくることである。例えば、ハドソン研究所の場合、現在、ドナルド・トランプ政権で働いていた9名が所属している。その中にはマイク・ポンぺオ元国務長官やHRマクマスター国家安全保障担当大統領補佐官などが含まれている。このような環境にあるため、シンクタンクが政策提言を行う際も、実際に政策立案にかかわった人々の経験が反映されたものになりやすい。政策提言の質も高まり、結果として、政府の研究プロジェクトの依頼も来やすくなっている。つまり、多くの予算を集めて、質の高い研究ができる環境があり、結果として専門家が雇われやすくなるという好循環を生んでいるのである。

また、アメリカの場合、研究プロジェクトに人件費(担当する専門家の給与)が含まれていることが、専門家育成に貢献している。例えばハドソン研究所の場合、ハドソン研究所に所属している専門家は、原則、自分で研究プロジェクトを獲得してこない限り、給与が出ない仕組みになっている(給与がでているのは、中核となるスタッフや一部の特例的な専門家だけである)。ここが日本で一般的なやり方と大きく違う。日本では、大学や研究機関に所属すると、給与はそこが支給することが多い。だから、研究プロジェクトは純粋に研究にかかわる費用、例えば、会議を開くための費用、出張のための旅費などで、研究プロジェクトに所属する専門家の給与は含まれていないことが多いのである。つまり、日本の専門家は、多くの研究プロジェクトをとってきても、給与が上がるわけではないのである。結果、日本のシステムでは、専門家は研究の質よりも就職を競うことになりがちである。

一方アメリカでは、研究プロジェクトの予算に、専門家の給与と、シンクタンクそのものの必要経費も含まれている。だから、研究プロジェクトを受注すればするほど、専門家の給与は上がるし、シンクタンクにも資金が入る仕組みである。できるだけ質の高い研究を行い、より多くの研究プロジェクトをとれるようにすることが生活のカギになる。結果として、アメリカでは、専門家は自らの研究分野を徹底的に磨き上げることに全力を挙げる。徹底的に磨き上げて、その分野で有数の専門家になれば、その分野の研究プロジェクトがみなその専門家に集まってきて給与が上がるからである。研究プロジェクトさえ手に入れば、職場はどこでもいいから、職場は転々と変わることになる。研究プロジェクトに給与と必要経費が含まれていることは、専門家にとっては、自らの専門を徹底的に追求し続けることができる点で、専門家育成に向いている側面がある。

第三に、英語を母語とし、移民を通じて優秀な人材を呼び込みやすい環境にあることと、意見の自由度が高いことがある。英語を中心とした活動は、英語を話す国が多いことで、市場が広いだけでなく、専門家の供給という点でも広い。ハドソン研究所の場合、インターンという形で大学生を受け入れるが、英語を話すことができれば、世界のどこからでもインターンを受け入れることができる。専門家は、英語圏のシンクタンクを渡り歩き、専門家として世界的な影響力を高めながら育っていくのである。結果、広く多様な意見を受け入れやすい環境が生まれる。複数の国を渡り歩いてきた専門家は、ある国では常識となっている意見が他の国では常識になっていないことに気付く。専門家はより柔軟に思考し、自らはどう思うか、国を渡り歩きながら考えることができるのである。

4.日本への教訓

このように、日米の安全保障系シンクタンクを比較すると、アメリカの安全保障系シンクタンクは、資金が豊富で、世界的な影響力があり、研究を重視する体制になっており、日本として見習うべきところが大きい。では、日本で安全保障系シンクタンクを活性化させるためにはどうしたらいいのだろうか。ハドソン研究所における経験から、少なくとも次の3点について、指摘し得る。

まず、日本では、安全保障を重視し、より多額の資金を投入する必要がある。アメリカの安全保障系シンクタンクの活動をみてみると、シンクタンクの活動は、その国の外交政策の一翼を担っており、重要である。国際情報の収集、分析、政府の広報、国際的な連携に至るまで、シンクタンクは国に貢献している。外国政府の政策に対し提言もしている。このような活動に日本政府が資金を出すのは、税金の正当な使い方といえる。

ところが、実際には、現在、日本の安全保障系シンクタンクのほとんどは、専門家を雇う余裕がない。支援するスタッフを雇う予算も少ない。専門家がいなければ、研究が進まないし、スタッフを雇えなければ専門家が研究せずにロジだけ行うようになってしまう。だから、シンクタンクとしての活動は限定的になってしまう。このような状況を打破するためには、今よりも相当多くの資金を投じる必要がある。

その方法の一つは、政府がより積極的に研究プロジェクトの依頼を出すことである。その際、研究プロジェクトには人件費が含まれているべきである。人件費が含まれていれば、専門家は自らの専門とする分野の研究プロジェクトを繰り返し受注することで生活し、得意とする研究分野を徹底的に深めることができるはずである。

第二に、日本の安全保障系シンクタンクは、世界市場の開拓に取り組む必要がある。アメリカに比べ日本のシンクタンクが不利なのは、英語に比べ日本語の市場が狭いためである。日本では、安全保障に関することを一切学ばなくても、幼稚園から大学まで卒業することができる。アメリカをはじめ多くの国には、義務教育から名門大学を含め多くの軍事関連教育科目があるため、これは日本の特徴である。結果として、安全保障分野に関心を持つ人間そのものが少なく、市場が極端に小さい特徴がある。

しかし、世界市場には、そのような制約はない。ハドソン研究所のようなワシントンにあるシンクタンクだけでなく、イギリスにある国際戦略研究所、、スウェーデンにあるストックホルム平和紛争研究所などは、自国の人に見せるだけではなく、世界の人にみせる研究を行っている。世界にみせることのできる研究を行うことによって、自国からだけではなく、主に民主主義の同盟諸国の政府や企業からも研究プロジェクトの依頼や寄付を集めるようになっている。日本のシンクタンクも、活性化するには世界市場に打って出る必要がある。

そのためには、非常に高いレベルの英語で成果を出す必要があるし、内容や書き方も国外の人の心に響かなければならない。海外メディアでのコメントなども積極的に出す必要がある。日本では、英語力の不足から発信できない場合、国際感覚の不足から内容に問題ある場合が起こりえる。プロの英語のエディターの充実や、国外出身の専門家をより多く受け入れ日本人専門家との交流を拡大することなどが必要と考えられる。

第三に、日本では専門家の評価において、どのような研究成果を上げたのか、もっと内容や具体的な政策への貢献など、研究成果をきちんと評価すべきである。日本では、査読付き学術論文を何本書いたかといった、アカデミックな評価基準はあるものの、シンクタンクが行う政策研究のペーパーなどを評価する方法がない。ハドソン研究所での経験がすべて素晴らしい回答であるとは言えないが、ハドソン研究所では、書いた論文の内容をハドソン研究所の方で審査し、良いものはできるだけ多くホームページに載せ、SNSでシェアして積極的に宣伝し、国の内外に売り込んでいた。内部向けにも、毎日、どの専門家が、どこの論文やメディアにでたのか、全員にシェアして、専門家同士の研究成果をめぐる競争を促してもいた。つまり、所属する専門家がどのような活動をしているか、ハドソン研究所の方で論文、メディアへの出演1つ1つチェックしていたのである。日本でも、こうしたきめ細かに専門家の研究成果をチェックして評価する体制が必要である。

今、日本は大きなチャンスを迎えている。インド太平洋や日米印豪クアッドという、日本が主張し始めた構想に、ヨーロッパも含めた世界の関心が集まっていることが一因である。その中で、日本でもシンクタンクの重要性が認識され始めている。諸外国のシンクタンクの事例を見れば、もし日本に世界市場に打って出ることのできる安全保障系シンクタンクが創設され、活発に活動できれば、日本の世界への、特にインド太平洋への影響力の強化に大きく貢献するものとみられる。だからこそ、今、安全保障系シンクタンクに、より大きな投資をする時期が来ているのである。

(脚注)

[ⅰ]「平成 31 年度以降に係る防衛計画の大綱について」防衛省、2018年12月
https://www.mod.go.jp/j/approach/agenda/guideline/2019/pdf/20181218.pdf 

[ⅱ]例えば以下のような例がある。
Daniel Kliman, Iskander Rehman, Kristine Lee and Joshua Fitt, “Imbalance of Power: India’s Military Choices in an Era of Strategic Competition with China”, Center for New American Security, 2019.
(https://www.cnas.org/publications/reports/imbalance-of-power )
Frank O’Donnell Alexander K. Bollfrass, “The Strategic Postures of China and India: A Visual Guide”, Harverd Kennedy School, March 2020
(https://www.belfercenter.org/publication/strategic-postures-china-and-india-visual-guide )