(1) 欧州統合の歴史と英国にとっての離脱の意味

戦後75年の欧州の歴史のメガ・トレンドは、まさに欧州統合の推進であった。これは世界に例を見ない、人類史的実験であった。その推進役になったのが、ドイツとフランスである。2度と干戈を交えないために、「運命共同体(Community of Destiny)の創設を決断し、EU統合推進をリードして今日に至った。これに対し、英国とドイツは、過去500年間に及び、欧州世界の平和と安定の回復・維持の「バランサー」としての役割を担ってきた。ある時は、フランスに対し(ナポレオンの欧州制覇を阻止)、ある時は、ロシアに対し(クリミア戦争では、仏と連携してロシアを破り)、とりわけ、第二次大戦では、欧州大陸がナチス・ドイツに屈服させられる中、多大な犠牲を払いつつも、米国の参戦を得て、最後は勝者となった。しかし、第二次大戦後、独仏和解により誕生したのは、ポスト・モダンとしての「欧州共同体」であり、現在の「欧州連合」であった。そこには、もはや「バランサーとしての英国」の居場所はなくなっていた。1973年のEEC加盟は、英国が、「欧州共同体」一員として、即ち、「Britain in Europe」としての再出発を画したはずであった。こうした戦後欧州世界の発展に対し、英国の政治家、とりわけ、保守党政治家は、EUの一員であるからといって、加盟国がその主権をEUに移譲し続けることには、強い異議申し立てを行ってきた。サッチャー首相のブルージュ演説(1988年9月)は、象徴的であった。サッチャーは、欧州が目指すべきは「独立した主権国家間の自発的で積極的な合議体」であるとして、「欧州合衆国」というビジョンを拒絶した。英国にとって、EUの意義は、あくまでも「独立した主権国家間の自発的で積極的な協力関係」 を進めることであったため、90年代後半以降の,EUの更なる統合深化への参加(「共通通貨ユーロ」は受け入れず「シェンゲン協定」にも未加入)を拒絶することになる。また、「EUは今にも崩壊する」といった意見・報道もあるが、個人的には否定的だ。70余年の実験を通じ、加盟国は意識的に統合水準を高め、射程範囲も拡大してきた。この流れはそう簡単には頓挫するとは思えないが、他方で終着点が見えていないのも確かだ。前述のように英国のような統合深化についていけない国もあるが、少なくとも「主権国家の合議体」というEUの側面は当面の間継続するのでないか。

(2) 過去4年間(トゥスク・ユンカー体制:2014~2019年)を振り返って

この時期には多くの危機が生じた。2015年にはギリシャ金融危機、2016年~2018年にかけイスラム過激派によるテロが頻発した。また2015年~2016年にかけては中東からの移民・難民危機の発生、2016年、英国では国民投票でEU離脱が支持され、2020年末に実際に離脱した。そして2017年のトランプ政権誕生と米の自国第一主義によって米EU関係にも緊張と揺らぎが発生した。戦略的自立に向け、米GAFA席捲に対するEU発対抗馬形成の試みも加速した。そしてEU内部の政治的揺らぎとしても、ポピュリズムの流行や非リベラル的デモクラシーの問題も発生した。しかし、こうした内憂外患にもかかわらず、EUの一体性や結束は維持された。EU離脱プロセスの抑制には成功し、難民流入にも落ち着きがみられ、対テロでも成果があり、ポピュリズムにも一定の歯止め(マクロン大統領誕生やメルケルの大連立など)がかかった。

Eurobarometer等を参照する限り、内部におけるEU信頼度も高い。Brexit後も、28か国平均で3分の2がEU残留を希望している。またそうした中でも、日EU関係は特に発展し、主に5つの成果があった。第一に経済連携協定(EPA、2019年)、第二に戦略的パートナーシップ協定(SPA、2019年)、第三に、個人データの相互越境移転を可能化する枠組みの発効(2019年)、第四に、日本食品の放射性物質に関するEU側輸入規制の大幅な緩和・撤廃、そして第五に、「日EU連結性パートナーシップ」と題する共同文書への署名だ。この他、日EU共同イニシアティブとして、途上国世界の努力に対する支援の在り方の基本原則を打ち出した。これにより、一帯一路と差別化された連結性パートナーシップ原則に日EUが共同でコミットしたことの意義は大きく、今後、これら成果を踏まえ、両新体制下における更なる深化に期待したい。

(3) 今後の日EU関係の展望

今後5年間の欧州委員会の最重要政策は、欧州グリーン・ディールとデジタル革命(DX)の推進である。欧州委員会は、気候変動問題を最優先課題として取り組んでいる。欧州グリーン・ディールの特徴は、「2050年の排出ゼロ達成」と「経済成長」を両立させる「持続可能な成長戦略」と位置付けていることにある。具体的手段の一つが、経済活動が「グリーンな持続可能な成長」に資するか否かを示す統一的な分類システム(タクソノミー)の採択である。EUは、これを公的融資の適格性等の指標として適用すべく検討を進めている。また、デジタル政策に関しては、人間のための技術、公正で競争力あるデジタル経済、オープンで民主的かつ持続可能な社会の3つを柱に、AI利用や、プラットフォーマーの責任のあり方等、欧州委員会主導で様々なルールが検討されている。日EU両国は、関係が深化している今こそ戦略的連携を追求すべきだ。またEU全体の経済規模は中国よりも大きく、そのEUの決定はグローバル・スタンダードになりうる。日本もこれを念頭に置き、EUと協力することが肝要である。さらに、バイデン政権誕生により、日米EUの3極強化も目指すべきであろう。このとき価値をベースとした戦略的連携が重要である。EPA協定の第16章には、日本のILO基本条約の一部批准に対する圧力ともとれる内容が盛り込まれている。国内法の改正に関係する難しさもあるが、EUはEPAやSPAなどを結んだうえで日本と基本的価値を共有するという国際約束を果たし、そのうえで改善を求めている。引き続き、日本としても応えていくべきだろう。

(文責、在事務局)