第322回国際政経懇話会メモ
「世界の宇宙開発の動向と日本の課題」
令和2年7月31日(金)
公益財団法人 日本国際フォーラム
グローバル・フォーラム
東アジア共同体評議会
第322回国際政経懇話会は、鈴木一人北海道大学教授を講師に迎え、「世界の宇宙開発の動向と日本の課題」と題して、下記1.~5.の要領で開催されたところ、その冒頭講話の概要は下記6.のとおりであった。その後、出席者との間で活発な質疑応答が行われたが、オフレコを前提としている当懇話会の性格上、これ以上の詳細は割愛する。
1.日 時:令和2年7月31日(金)午後1時から午後2時半まで
2.開催方法:オンライン形式(ZOOM ウェビナー)
3.テーマ:「世界の宇宙開発の動向と日本の課題」
4.講 師:鈴木 一人 北海道大学教授
5.出席者:24名
6.講話概要
(1)国際政治の手段としての宇宙
最近、米国は中国に対して厳しい姿勢をとるなど、「米中新冷戦」とも呼ぶべき状況にある。中国は人類初の試みとして米ソが成し遂げられなかった月の裏側での探査など、国際的に大きなプレゼンスを示している。米国の火星探査機、中国、日本のUAE探査などあるが、探査機を打ち上げること自体経済的価値があるわけではない。かつてスプートニク・ガガーリンの例で見られるように米国とソ連のどちらの国家が先に月に人を送るか競い合い、宇宙が大国の技術競争の場となっていたが米中間にはそうした共通の土台に立った競争になっていない。2021年宇宙ステーションに中国人宇宙飛行士を配置する計画があるが、安全保障上意味はなく、軍事的覇権争いではなく中国が米ソの後を追いかけるキャッチアップの段階である。専ら、技術力のデモストレーションや宇宙の夢やロマンといった「ソフトパワー」的側面の方が大きい。
(2)国際経済秩序の手段としての宇宙
衛星通信放送はひとつのビジネスとして地理的空間情報(googlemapやGPS)を宇宙からのデータに基づき、様々なサービスが展開されている。最近では、電子通信の暗号などの衛星の方が効率的に電波が届くため、宇宙通信は新たな経済秩序を形成しつつある。また、現代の国際金融分野においても、宇宙データは必要不可欠なファクターとなっている。宇宙は社会インフラとしての以下3つのメリットを有する。①同じ情報を広範囲の地域に届ける(広域性)、②同じ情報を画一的に供給する(同報性)、③地上の地震・台風の災害に関係なく衛星インフラの活用(抗たん性)などだ。このように、宇宙データは社会インフラとして国際公共財としての機能を果たしている。例えば、日本の気象衛星「ひまわり」のデータもアジア各国に無償で提供されている。他方、「全地球測位システム(GPS)」は公共財の側面に加えて私有財の側面もある。このGPSはもともと、軍事用として開発されていたが、大韓航空機撃墜事件の発生後、民間機の安全な航行のために非軍事的な用途(民生的用途)でも使えるよう開放する事がレーガン大統領(当時)により表明された。これにより、現在、米国を含め多くの国々がGPSを利用している。とはいえ、このGPSだが、今後の米国の動向次第では、同システムの仕様が勝手に変更され、場合によっては使用できなくなるリスクがあることを忘れてはならない。このリスクに対処するため、中国では「北斗」、ロシアは「グロナス」、欧州は「ガリレオ」など、GPSを補完するシステム開発を各国ともに進めているのが現状だ。
(3)国際安全保障上における日本の使命
宇宙技術は脆弱なインフラであり、アトリビューション(責任所在)の問題も存在する。衛星行動を他国から妨害されたとしても、どの国家が行っているのか確証を得ることはできない。実際にASAT(アンチサテライト)によって衛星機を妨害・破壊する活動が行われている。例えば、偵察衛星のカメラやセンサーに対して強い刺激を与え、その機能を麻痺させる「ダズリング(Dazzling)」といった手法だ。今後は相手の攻撃を物理的に阻止する防衛力を高め、衛星の機能が失われた際にはすぐに代替手段を用意するなど、相手の目的達成を拒否する能力を整える「拒否的抑止」に舵を切る必要がある。また、さる6月30日には、日本の宇宙開発の基本方針や総合的施策を定める「宇宙基本計画」が5年ぶりに改訂された。今回の改訂では「宇宙安全保障」「災害・地球規模課題等の解決」「宇宙科学・探査」「宇宙を推進力とする経済成長とイノベーション」などを柱とした、日本が「自立した宇宙利用大国」となるための具体的な政策アプローチが示されたことは評価できる。最近でも、衛星を守るために軍事施設宇宙監視レーダーを山口県に建設し、日本(防衛省)は積極的に「自衛」という立場で宇宙開発を行っている。ただし、日本の問題点としては、日米同盟に注力し過ぎるあまり自立したメッセージが発信できない点である。米国ではベンチャー企業の支援などを通して宇宙開発分野の国際競争力を強めているが、日本はこうした動きには消極的だ。今後、日本としては、「自立した宇宙利用大国」としての方向性を具体的に打ち出す必要があろう。
(文責、在事務局)