(1)クリティカルマテリアルの重要性と注意点

クリティカルマテリアルは、電子産業、科学、磁石、風力、太陽光等の新エネルギー技術、またミサイル等の軍事システムにも用いられており、国際社会において、高等技術が必要な物資における不可欠な資源である。

またクリティカルマテリアルは、代替物に乏しいため、産出国によって輸出が差し止められると当該資源を用いた製造は全て行えなくなり、産業部門や軍事部門の供給リスクにさらされることになる。さらに、資源加工過程も複雑なサプライチェーンから成り立っており、各段階で高度な技術が求められる。日本の産業はリチウムを多く消費するが、日本企業が使っている利用可能な状態のリチウムは中国で加工されたものである。このように資源の安定供給を維持するためには、資源の埋蔵量のみならず、サプライチェーンの統合も検討する必要がある。

クリティカルマテリアルの国際市場規模が1億~10億ドルと小さく、多くの総合商社は関心を示さないため、資源供給を持続できる企業はごく一部に限られる。その結果当該市場において支配的地位を占めているのが中国である。例えば、世界市場において中国はレアアース総供給量の90~95%を占めており、オーストラリア企業が参入する前の2010年には100%に達していた。とはいえ、現在17のクリティカルマテリアルに関して、中国が90%以上を供給するという独占市場状態になっている。

(2)地政学・国際安全保障において提起されるリスク

こうした独占的な資源供給国は、他国に対して、資源輸出を差し止めるという外交手段としての制裁や勧告をちらつかせ、政治操作の脅しをかけることが可能になる。2010年の尖閣諸島周辺領海内における中国漁船衝突事件を機に中国が実施したレアアース対日輸出停止、ウクライナをはじめ東欧諸国に対してロシアが行った天然ガス供給停止、2019年の米中貿易摩擦激化を背景にした中国による対米レアアース輸出規制の示唆等、例を挙げれば枚挙にいとまがない。

サプライチェーンのレジリエンスやサステナビリティも重要な課題である。多くの国で、低いレベルの規制下で資源が開発されており、一つには児童労働が問題となっている。例えば、世界市場におけるコバルトの総供給量の60%はコンゴ共和国が占めているが、現地では4万人もの子どもが奴隷として労働に従事させられている。しかし、原料としてコバルトを不可欠とする電気自動車産業では、児童労働によって生産されていることへの十分な配慮が足りない、あるいは気づかないまま輸入契約が取り交わされている。また、環境面では、資源精製過程における有毒な化学物質の排出が環境汚染を引き起こしている。ニッケル産業では、オーストラリアが高い競争力を有しているが、1990年代には、環境規制が緩いインドネシアやグアテマラといった国が生産する安い資源の流入が、オーストラリア企業の市場参入を妨げるという事態が起こった。2010年の中国によるレアアース対日輸出停止は、日本だけでなく国際的にサプライチェーンリスクが認識される契機となった。その後、各国政府はサプライチェーンを改善するための政策を打ち出してきている。

(3)各国政府の政策

どのような資源が使われているか、どの国が多く輸出しているか、といったデータを取り纏めることは、クリティカルマテリアル産業のリスクを把握し、問題の解決にあたるための第一段階として重要である。そしてリスクの特定後に取るべき政策として、外交的な対立が生じた場合に備えて資源の貯蔵を確保することが挙げられるが、維持にかかるコストが高いため、現時点で資源の貯蔵を実施している国は日米の二国のみである。

クリティカルマテリアルの消費量を減らすための方策としては、代替資源の活用と再資源化が挙げられる。日本は前者に力を入れており、レアアースを極力使わなくてすむような新しい製造技術の開発を目指している。しかし、こうした取り組みは、必要な資源量を減らすことでサプライチェーンリスクを低下させることはできるが、供給国への依存を完全に解消することはできない。

日本はそれまでレアアースの供給を一企業のみに依存していたが、2010年の中国によるレアアース対日輸出停止を受けて、双日と共に豪レアアース開発会社のライナスへの共同出資を実施し、同年、初めて中国以外の国からレアアースが供給されることとなった。レアアース危機を脱した2013年に、ライナスは経営破綻の危機に追い込まれたが、日本の救済により倒産を免れた。現在は世界市場の15%を占めているが、その半分は日本企業向けである。他の例としては、米レアアース生産会社のモリコープが挙げられる。モリコープは、中国のおけるレアアース輸出規制の緩和を受けて、レアアース価格が大幅に下落し、資金繰りが逼迫して破産申請を行った。米国政府は申請を認め、モリコープは融資を受けて事業を再生し、現在は日本のレアアース需要の半分を供給している。こうした政府による財政支援は、政府は規制をかけるのみで特定の企業の経営に関与してはならないとする自由市場の見方からは非難を受けかねない。ただ幸い、2019年11月14日に、オーストラリア政府は、輸出信用機関(Export Finance Australia)が企業にローン保証を提供できるようにすると発表した。これにより、レアアース以外の資源分野においても、ライナスのような事例が実現する可能性が拓けた。

(4)日豪戦略的パートナーシップの発展の可能性

クリティカルマテリアルの高まる供給リスクを前に、日豪両国は戦略的パートナーシップを発展させるべきである。というのも、オーストラリアは豊富な資源埋蔵量を有しているため、日本はオーストラリアから輸入をすることができるというメリットがある。また、1950年代から60年代にかけて、オーストラリアが日本の産業発展を支援したことにはじまり、最近では両国の液化天然ガス(LNG)プロジェクトに大規模な投資が行われている。さらに、2010年にレアアースに関する覚書が交わされ、2015年には鉱物資源について扱った2章を含む日豪EPAが発効した。日豪両国政府間で資源安全保障上の課題に対処する委員会も設立されている。日豪両国は、埋蔵されている資源のみならず、財政資本や生産技術、国際的なサプライチェーン等を有しており、互いに協力するインセンティブに富んでいるのである。

最後に、資源安全保障にとってライナスの事例のみでは不十分であり、未だに多くの資源が独占市場や政治的圧力のリスクにさらされている。国際的なサプライチェーンの安定を強化するために、ライナスに続く日豪共同出資企業が増えることを期待したい。

(文責在事務局)