第158回外交円卓懇談会
「拡大する米ロの戦略的競争―日本にとっての含意―」
2019年9月9日
公益財団法人日本国際フォーラム
グローバル・フォーラム
東アジア共同体評議会
事務局
日本国際フォーラム等3団体の共催する第158回外交円卓懇談会は、トーマス・グラハム(Thomas GRAHAM)キッシンジャーアソシエイツ・マネージング・ディレクターを講師に迎え、「拡大する米ロの戦略的競争―日本にとっての含意―」と題して開催されたところ、その概要は以下のとおりであった。
1.日 時:2019年9月9日(月)15:00~16:30
2.場 所:日本国際フォーラム会議室
3.テーマ:「拡大する米ロの戦略的競争―日本にとっての含意―」
4.報告者:トーマス・グラハム(Thomas GRAHAM)キッシンジャーアソシエイツ・マネージング・ディレクター
5.出席者:16名
6.講師講話概要
トーマス・グラハム(Thomas GRAHAM)キッシンジャーアソシエイツ・マネージング・ディレクターの講話の概要は次の通り。その後、出席者との間で活発な質疑応答が行われたが、議論についてはオフレコを前提としている当懇談会の性格上、これ以上の詳細は割愛する。
(1)2014年ウクライナ危機について
2014年のウクライナ危機は、米国の対ロ外交に対して大きな衝撃をもたらした。ロシアが自国の勢力圏としての旧ソ連地域に介入する意思を持っており、米国の国益を脅かしかねない存在であることが公然となったからである。続く2016年のロシアによる大統領選挙への介入疑惑は、ロシアが米国の国内政治に対してさえ干渉可能であるという脅威をアメリカ社会に植え付けた。歴史的に、1917年のボリシェヴィキ革命以後、米国はロシアの体制を認めず対立し、第二次世界大戦の際は軍事上の観必要性から一時的に協調したものの、大戦後はすぐに分かれて冷戦時代の対立の時期を過ごしてきた。現在も、トランプ大統領の姿勢はどうであれ、米国の「国家安全保障戦略」などでは、ロシアと中国を「修正主義国家」であり「戦略的競争相手」と厳しくみなしている。このように米国にとってロシアは、米国が追及してきた「リベラル・インターナショナル・オーダー」とは異なる世界にいる国なのである。
(2)米国の対ロ認識
米国が対ロ外交を考える上で重要視するロシアの能力は、以下の二つである。すなわち、核・サイバー攻撃能力とヨーロッパにおける影響力の二点である。
一点目については、冷戦期より続く米国の対ロ不信がその基調にある。冷戦期の米国は、30分もあれば米国の任意の都市を破壊できるほどの高い能力を誇る核兵器をソ連が保有していることに戦慄し、脅威の削減を目的として核使用を制限する体制を作り上げることを目指した。しかしながら今日では、中距離核戦力(INF)全廃条約の失効に代表されるように、米国は、核使用を制限する体制の維持にそれほどインセンティブを感じていない。背景に、個々の兵器の能力向上に伴い核の保有数を制限する条約に有効性がなくなりつつあることと、兵器の近代化と能力向上を急速に進める中国への警戒がある。加えてサイバー面に関しては、ロシアにサイバー攻撃を行う十分な能力が供わっていること、ならびに2016年米国大統領選挙への介入を行った疑惑が存在することから、米国側は最大限に警戒を強めており、ロシア側が2020年の大統領選挙への介入を目標として新たに能力・技術を向上させることを恐れているといえる。
二点目については、ロシアと覇権を競う地理的位置に関する米国側の認識である。米国は冷戦期から一貫してヨーロッパを米ソ覇権対立の最前線と捉えており、基本的にその認識は今も変化していない。ロシアの関与が強まりつつある中東地域については、米国は資源確保の文脈以上の意味を見出しておらず、米ロ対立の前線としての認識は持っていない。ましてや極東地域におけるロシアの影響力を米国は全く認識していない。米国は、朝鮮半島問題に関して、北朝鮮に背後から影響を与える役割がソ連から中国へ既に推移したと認識しており、人口・経済その他いずれの面をとってもロシアは東アジアにおいて重要なファクターではなくなったと考えている。
(3)米ロ覇権対立と日本にとっての含意
2014年ウクライナ危機以降、欧米諸国と日本の間で対ロ認識についてのずれが生じた。安倍晋三首相はウクライナ危機以降もプーチン大統領との会談を重ねていることから、欧米諸国が重視する法の支配に基づく既存の国際秩序原則より、自国の北方領土問題解決を優先させているとみられるようになった。オバマ政権期の米国は、このような日本の姿勢に憂慮を示していたが、トランプ政権の誕生に伴い北方領土問題に起因する日米間の不協和音は減少している。今後日本にとっての問題は、中国がロシアとの戦略的関係を強化することである。中国は、ロシアとの友好関係を利用して西太平洋への進出を試み、ロシアからの技術支援を活用して軍のさらなる近代化・能力向上を目指す可能性がある。この最悪のシナリオを回避するために、日本は、ロシアが依然として東アジア地域に大きな影響力を保持し続けており、中ロの戦略的関係の強化が地域のパワーバランスに大きな影響を及ぼしうるという事実を、引き続き米国に対して伝え続ける必要がある。
(文責在事務局)