(1)習近平主席の指す「建設的な安保関係の構築」とは何か?

現在の日中両国政府は2国間関係の改善と安定化にむけた歩みをはじめた。これを日本は「競争から協調へ。日中両国の関係は、今まさに新たな段階へと移りつつある」(安倍総理大臣)と、中国は「正常な軌道に戻った中日関係が新たな発展をとげるようにしなければならない」(習近平国家主席)と表現している。どちらも2018年10月に組まれた日中首脳会談での発言である。さて、この会談を報じた人民日報は習近平国家主席の興味深い発言を報じていた。日中首脳会談で習近平主席が「建設的な安保関係の構築」を日本側に提案したというのである。公式報道のなかで中国が日本との関係を「建設的な安保関係の構築」というキーワードを用いて論じたことはなかった。この会談の2ヶ月後の12月末には、中国外交部報道官が定例の記者会見で、「建設的な安保関係の構築」に期待していると発言をしたように、中国は「建設的な安保関係」という言葉を明確な意図を以て使っていることは明らかである。しかし、こうして関係深化のシグナルを示す一方で、中国公船等による尖閣諸島周辺の接続水域内入域及び領海侵入隻数は減っておらず、日中間の懸案事項である東シナ海をめぐる安全保障環境は改善していない。では、中国側がこの言葉を提起した狙いはどこにあるのだろうか。この問いに対する中国研究者の説明は定まっていない。私が今年の4月に中国のシンクタンクを回ってヒアリングを行ったところ、中国政府の対日関係重視の姿勢を示したものだという見立てがある一方、昨年5月以来、ようやく良好な日中関係が醸成されているなかで、安全保障の問題を提起するのは良くない、という意見が聞かれた。なお、5月に同じシンクタンクの研究者らと意見交換を行った際には「建設的な安保関係」から日中版「2プラス2」への発展を期待する積極的な見解が聞かれるなど、日本との「建設的な安保関係」の深化に期待する研究者の姿勢が明確になっている。「建設的な安保関係の構築」という習国家主席の発言と中国の研究者を含む外交サークルにおける対日関係に関する認識の変化をどの様に理解するためには、直近の日中関係の変化を大局的に捉える必要がある。

(2)競争から協力:日中関係の位置付けの変化

日中関係が「競争から協力へ」の変化する、或いは「正常な軌道」の道を歩む、という言葉は何を意味しているのか。外務省が昨年10月の日中首脳会談の成果として示した6点項目の1つに、「対中ODAに代わる新たな協力」がある。これを手掛かりにして考えると、現在の日中関係は、過去のそれを再定義する段階にあると言って良い。日本は、首脳会談で対中ODAの新規採択が2018年で終了することを確認したうえで、開発分野での人材交流や地球規模課題に関する協力の実施をつうじて、2国間を対等なパートナーとする協力関係とすることで合意している。急速に成長した中国に向き合っている日本の、対中に関する認識は、かつての「支援する対象」から明確に変化している。他方、中国も、改革開放政策を押し進めて、経済発展のために資金や技術や人材などを世界から「迎え入れる中国」から、一帯一路イニシアチブを提起し、グローバル・ガバナンスの改善と改革に貢献する「世界に打って出る中国」へと国家の発展の方向性を変えており、従来の自己認識を明確に改めている。当然に中国の国家発展における日本の位置付けも、同時に変化しているはずだ。すなわち改革開放を支援した日本からの変化である。こうした両国の相互認識の変化が、日中関係の「新たな段階」(安倍総理)と「新たな発展」(習国家主席)という言葉に表れているのであろう。中国側が提起した「建設的な安保関係を構築」について、中国の自己認識の変化という文脈の中で捉える必要があるだろう。

(3)積み残した課題

 しかしながら、「建設的な安保関係」の構築にむけた取り組みには様々な課題が残されている。中国は、グローバル・ガバナンスの改善と改革に貢献する意欲を強めているが、日本の視点から見て中国のそうした意欲を理解する重要な手掛かりは、東シナ海の秩序をめぐる中国の実際の行動であろう。いわゆる「2008年6月合意」(東シナ海ガス田問題における共同開発等に関する日中両政府間の合意)がほぼ実行されていない状況には留意しなくてはならない。他方、中国目線では、現在米国と対立が進み、安全保障関連にかかるコストが重くのしかかっている。腹をくくって対米関係を再構築・再定義するとともに、対日安保関係の改善を模索している背景には、中国のそういう深刻な状況がある。つい先日2019年5月21日に東京で開催された「第11回日中軍縮・不拡散協議」においても、こうした自国の安保環境を改善したいという中国の意図が示されたのではないか。日本は、中国の描くグローバル・ガバナンスの青写真がどういうものかを踏まえ、また、中国が立たされているこのような立場を熟慮した上で、日本は対中関係の再定義を試みるタイミングにある。

(文責、在事務局)