3月以来、国際社会の関心は北朝鮮に集中している。だがわれわれは、現在の世界が、長期的には、より深刻なもう一つの難題に直面していることも忘れてはならない。それは、台頭する中国の自己主張の強まりなどを前に、ルールを基盤にしたリベラルな国際秩序をどう守るのかという問題だ。

≪かつてない深刻な挑戦に直面≫

現在のリベラルな国際秩序は、戦後一貫して世界の平和と繁栄の基盤となってきた。国際政治におけるリベラルとは、各国がさまざまな工夫により協調を図っていけば、世界をよりよい場所に変えられると信ずる立場をいう。世界から競争や対立をなくせぬとしても、国際法などのルールを整備し、国際制度を発達させ、相互依存を深めるといった努力を行えば、国際協調が促進され、国際問題のかなりの部分は緩和できるはずだ。そうした工夫を進展させるためには自由、民主主義、人権といった価値や理念の国際社会への啓蒙(けいもう)が重要だ。これが国際政治におけるリベラル派の世界観だ。

第二次世界大戦後の国際秩序は、こうした世界観に基づくものだった。そして、その中心にいたのが米国だった。経済でも安全保障でも、日欧などの主要国が共有する自由主義や民主主義といったリベラルな価値を基盤とするルールや制度が、米国のリーダーシップによって支えられてきたのだ。

ところが、このリベラルな戦後国際秩序が、現在かつてない深刻な挑戦に直面している。その最大の要因が、中国やロシアの影響力の増大だ。中露は、リベラルな価値をわれわれと共有しない。そして、自らに都合のよいルール以外は尊重しない傾向が強い。アジアでは中国が南シナ海や東シナ海で、欧州ではロシアがウクライナやクリミアで、国際ルールを軽んじる態度で自己主張を強め、力による現状変更を試みている。

しかも今日、リベラル国際秩序は内部からの動揺にも直面している。この秩序が米国の利益になっていないと信ずる人物が米国の大統領になったからだ。トランプ大統領はリベラルな価値や理念を好まない。国際協調主義を嫌い、多国間国際制度を疑う。戦後秩序の要である自由貿易にも敵対的で、貿易をゼロサム的なものとみる。

≪中露に対抗していけるのか≫

要するに彼は、国際協調によって世界がよりよい場所に変わるとは思っていない。貿易にも外交にも勝ち負けがあり、協調ではなく2国間の取引こそが米国に利益をもたらすとみている。リベラル国際秩序への挑戦がかつてなく強まっているときに、米国の指導者が秩序維持のリーダーシップを放棄しかねない態度をとる。こうしたことで、われわれは、中露の挑戦に応えていけるのだろうか。

私はこの3年、日本国際フォーラムと米国防大学が行った日米同盟の将来に関する日米合同研究の主査を務めたが、最終報告書の題名を「かつてない強さ、かつてない難題」とつけたところ、すこぶる評判がよい。それは、今日米同盟が置かれている状況をまさに言い表しているからだと思う。

先の日米首脳会談で、安倍晋三・トランプ両首脳は、ゴルフを含めると10時間以上をともに過ごし、北朝鮮が非核化に向け具体的な行動をとるまで最大限の圧力を維持することを確認するなど、同盟の結束の強さを世界に示した。

だが、トランプ政権下の日米同盟には楽観できない「難題」もある。特に米国の大統領が、リベラル国際秩序を弱めるような行動を自らとり始めていることには、危惧を抱かざるを得ない。今やわれわれは、日米同盟が強固でも、日本外交が安泰とはかぎらないという時代にいるのである。他の先進民主主義諸国と協力しつつ率先して中露と向き合い、リベラル国際秩序を守っていく気概が必要だ。

≪期待のキーパーソンは安倍首相≫

ここでクローズアップされるのが、リベラル国際秩序の守護者としての安倍首相の国際的評判だ。支持率の低下にあえぐ安倍首相だが、国際社会での評価は依然高い。『タイム』誌の2018年版「世界で最も影響力のある100人」に選ばれたのがその証左だが、注目すべきは選考理由だ。ターンブル豪首相は選評で、安倍首相が「地域の繁栄と安全がルールを基盤とした国際秩序の維持と発展に基づいていることを認識している」点を強調しているのだ。

プリンストン大学のアイケンベリー教授が、トランプ政権が続く間はリベラル国際秩序の今後は安倍首相とメルケル独首相の肩にかかっている、と論じたことも記憶に新しい。今や世界では、安倍首相が国際秩序の将来を左右するキーパーソンとみなされ期待されているのだ。モリカケや公文書改竄(かいざん)の問題が重要でないと言うつもりはない。だが野党に、国際秩序の将来のために日本が何をすべきかといった視点がないのは残念だ。

最近、海外の国際政治学者から、安倍首相が政権を失ったら国際秩序はどうなってしまうのかという声をよく聞く。野党の内向きな態度が続く限り、私も彼らの懸念を共有せざるを得ない。

 

[産経新聞2018年5月11日(金)『正論』欄より転載]