(1)EUの発展

欧州連合(EU)は、「欧州から戦争を取り除くこと」と「国際政治の主導権を握ること」の2つを主な目的として、1952年に欧州石炭鉄鋼共同体として始動した。以来、欧州は統合への長い道のりを歩んできた。1999年に単一通貨ユーロが導入されたことや、近年の拡大(2004年には旧東側諸国および旧ユーゴスラビア構成国の計10ヵ国が、2007年にはさらにブルガリアとルーマニアの2か国が加盟)は、大きな成果であった。他方で、2004年にEU加盟諸国によって署名された「欧州憲法条約」が、フランスとオランダの批准拒否によって発効に至らなかったという問題もあった。また、2009年には「リスボン条約」が発効したが、批准国によっては全ての条項の適用を認めていないという問題もある。もしも「欧州憲法条約」と「リスボン条約」が世界金融危機に先立って発効していれば、今日の欧州の情勢は現状よりもはるかに良かったであろう。

(2)世界金融危機がEUにもたらした変化

世界金融危機によって、EUには多くの変化がもたらされた。大西洋地域から太平洋地域へのパワーシフトが加速する中、EUはユーロの保持に没頭し、内向きの傾向を強めて域外の情勢から目を背けるようになった。以前からEUには、文化の違いのほか、ロシアをパートナーと見るか脅威と見るかという点で、東西の分断が存在していた。金融危機以降は、危機から立ち直れないスペイン、ポルトガル、イタリアおよびギリシャといった国と、そうでない国々との間の分断も浮き彫りになっている。さらに、EUにおいて統合とは、かつては「統合によって利益を共有する」という積極的なものであったが、現在は「統合していることで、如何に自国への金融危機の影響を防ぐか」という消極的なものに変わっている。例えば、2013年にEU理事会において、EU加盟各国の予算案を、それぞれの国で承認する前にEUが確認する必要があるという前代未聞の規則「ツーパック」が認められたことは、その最たるものである。ほかに、これまで認められてきた域内の自由移動に対して、再び国家間で規制しようとする動きもみられ始めている。

(3)EUが直面している挑戦

世界金融危機によって出現したこれらの問題に加え、今日のEUにはいくつかの課題がある。第1の課題は難民問題である。難民問題は、EUの価値そのものへの挑戦である。すなわち、EU加盟国の中には、域内の自由往来を認める「シェンゲン協定」の対象は加盟国民であって難民ではないとして、難民の往来を渋る国がある。これは、紛争を逃れて平和を求めてきた難民を受け入れるべきだという声がある一方で、難民とテロリストを区別することが難しいという実情があることが影響している。しかし、いずれかの国が難民の受け入れを拒否すれば、その隣国にしわ寄せが行き、結局ドミノ倒しのように欧州全域に危機が拡大する可能性がある。

第2の課題はテロリズムである。テロによって市民への危機が増大している。そのため、欧州における安全保障は、これまでの「域外紛争を解決すること」から「域内市民の生命を守ること」へと比重を変えるべきである。その役割を中心的に果たせるのはEUであろう。ただEUには対テロ機関はあるが、加盟国の警察機関同士の情報共有など、改善すべき点はまだまだ多い。

第3の課題は、英国の欧州離脱の可能性である。これまでの英国は、保守派のリーダー達の下、EUに懐疑的な自国内の声を抑制してきたが、現在の英国は、国内の政治的利益を優先してEUを危機に晒している。英国がEUを離脱すれば、他の国々もその後を追って離脱し、結果EUは弱体化することになるだろう。それは結果的に英国にも負の影響を及ぼすことになるだろう。

最後に根本的な課題として指摘しておきたいことは、EUに限った話ではないが、極右と極左に先導されるポピュリズムの台頭である。それには極端な思想を振りまく政治家の存在が影響しているが、民衆自身も何を信じるのか、何が実現可能なのかについて、判断力を持たねばならないだろう。

(文責在事務局)