(1)注目される安倍首相の安全保障戦略

現在、ワシントンにおける日本論の焦点は、「アジアにおける日本の役割」および「安倍首相の外交・安全保障政策」に集約される。米国が、中国経済の鈍化、北朝鮮問題、南シナ海情勢といった、本来予見できたはずの諸問題について、パニックに近い反応を示しているのに対し、日本は安倍首相の下で、これらの問題に対し、慎重かつ現実的な政策を展開している。安倍首相は一貫した世界観に基づく一貫した戦略を練り上げた上で、対外政策を展開している。その下地は、第一次安倍政権期(2006年~2007年)においてすでに形成されていたが、後に続いた、福田・麻生政権期にその対外政策は膠着し、民主党政権期にいたっては普天間基地の移設交渉が白紙化するなど、状況は180度転換してしまった。当時のオバマ政権は日本の混迷する安保政策に憤りや落胆を覚えた。その後、2012年に安倍首相は首相に再任され、第一次政権期の政策的課題に着手したわけであるが、とくにシンガポール(2014年5月)、キャンベラ(2014年7月)、ワシントン(2015年4月)などへの外遊の際、安倍総理が国際社会に表明した日本の国家戦略こそが、「日本の新しいリアリズム」として注目される。すなわち、日本の安全保障を確保するためには、国際機関や日米同盟などの存在、あるいはアジアの統合といった現象だけでは事足りず、日本は自国で自国の安全を守る意思と戦略を持つ必要がある、というリアリズムである。

(2)「日本の新しいリアリズム」の要点

この「日本の新しいリアリズム」の重要なポイントは次の3点である。第1に、安倍政権が日本国憲法を再解釈し、安保法制を成立させ、第二次世界大戦後の日本の安保上の制約を大幅に軽減したことである。第2に、日本の武器輸出三原則を緩和し、他の先進民主主義諸国との間で、日本の知見を活かした防衛協力を可能にしたことである。そして第3に、特に強調すべき点であるが、他国との経済協力に加え、同盟国である米国に加え、他の準同盟国との安全保障分野における協力を推進し始めたことである。例えば、豪州とは、防衛協定を締結し、日米豪での定期的な防衛協議など、かつてないレベルでの安全保障協力が実現されており、また、近年米国との安全保障協力を進めているインドとも、日米印での海上共同訓練を実施するなどしている。これら豪州やインドとの安全保障分野における協力は、アジアの安全保障構造を再構築しつつあるといえる。さらに日本は、東南アジア諸国が中国から感じる領土領海上の懸念に応え、関係各国への海上警備船を提供するとともに海上共同訓練を実施するなど、以前より直接的かつ明確な形で、東南アジアを日本の安全保障政策の基軸とするべく安全保障上の連携を強めている

(3)「自由でルールに基づく国際秩序」の守護者としての日本の課題

他方、安倍政権下の日本の対外政策には課題もある。第1は、日本の対ロシア政策の不透明さである。ロシアをめぐっては、欧州はウクライナ情勢の動向に、米国はシリア情勢の動向に懸念を感じている。その中で、日本にいかなる対ロシア戦略があるのか、が欧米の目にははっきりしない。第2に、日中関係の悪化防止である。習近平政権下の中国は、自国の国内的安定を図るため、日本との競合的側面を強調せざるをえない面があるものの、米国は両国関係の悪化を望んではいない。いずれにせよ、オバマ大統領が掲げた「アジア回帰」には必ずしも行動を伴わなかったのに対し、安倍首相は、既存の国際秩序を変更しようとする中国に、間接的にではあれ対抗し、日本が「自由でルールに基づく国際秩序」を守るリーダーたることを宣言し、「日本の新しいリアリズム」を政策的に全て実行しているといえる。このことから、東南アジア諸国、インド、豪州、そして米国は、日本の、おそらく吉田茂元首相以来初めてといえる包括的な国家戦略としての「新しいリアリズム」の動向を高い関心をもって見守っている。

(文責在事務局)