(1)冷戦後の地政学的損失回復を目指す今日のロシア

冷戦終焉直後、西欧諸国の一部では、米国のリーダーシップを縮小しつつ、ロシアとの協力関係を強化するかたちでの新たなNATOの可能性を模索する動きがみられた。しかし、中・東欧諸国は、ロシアが第一次世界大戦によって疲弊し、領土を大幅に喪失したにも関わらず、第二次世界大戦前夜にはみごとに復活を遂げていたという歴史的教訓から、冷戦が終焉しソ連が崩壊したとしても、新生ロシアが遅かれ早かれ帝国主義的野心を取り戻すと確信していた。とくに1991年のモスクワでのクーデターとそれに続くソ連崩壊によりロシアの対外的影響力は著しく低下し、中・東欧諸国には西欧に接近する機会の窓が開かれた。これを機に、自分(パシュク副議長)の祖国ルーマニアを含め、中・東欧諸国は自国の民主化、市場経済の導入、自由・人権の尊重などを推進するなかで西欧諸国の協力を仰ぎ、ロシアの影響下から脱したが、その一連の過程は、ロシアにとっては甚大な戦略的・地政学的損失を意味した。近年、プーチン大統領が進めている対外的強硬策は、そのような戦略的・地政学的損失を取り戻そうとする動きであり、その一環として、ウクライナをはじめとする旧ソ連諸国に対する圧力を強めている。

(2)ロシアの勢力圏回復のねらいと対欧米戦略

このようにロシアが、かつての勢力圏の回復を目指し、旧ソ連諸国を再び自国の影響下に置こうとしているのに対し、旧ソ連諸国は独立国家としてロシアと対等な関係を築くことを求めており、そのためには米国の介在と協力が不可欠とみている。逆にロシアとしても米ロ関係を最重要視しつつ、米国が自国の勢力圏回復の妨げにならないよう働きかける必要性を感じているが、実際のところ、現在の米国にとっては米ロ関係はそれほど重要ではなく、ロシアは両国の認識のギャップに苛立っている。仮に米国が米ロの力は対等であるかのような態度を示せば、ロシアは喜んで米国に歩み寄ると思われる。同時にロシアは、欧州と米国の関係が強化されることを望んでおらず、その関係をなんとか弱めようとしている。そのことは、たとえば環大西洋貿易投資連携協定(TTIP)の締結にむけて欧米関係が強化されつつあるなか、「欧米が互いに諜報活動を繰り広げている」といった欧米関係強化に水を差すような情報がタイミングよく浮上し、その背後にロシアの影がちらついていることからも推測できる。

(3)対ウクライナ危機で協力を進めるNATOとEU

NATOは冷戦期に、ソ連の脅威に対する欧米の政治的・軍事的協力の枠組みとして設立されたのに対し、EUは西欧諸国が米国との経済的競争に備えるべく設立されたわけであり、それぞれ本体の設立目的を異にするものであったが、ロシアの帝国主義的野心が再燃している現在、両者は、ウクライナ危機への対処という共通目標において協力関係を強化しつつある。すなわち、ウクライナ危機に主として対処しているのは米国を中心とするNATOであるが、EU諸国によるロシアへの経済制裁が、そのNATOの活動を実質的にバックアップしている、という関係が成立している。そのような中、中・東欧諸国にとって、EUへの加盟は、単なる経済的利得のみならず「西欧への帰属」という政治的意義を併せ持つのであり、加えてNATOとEUへの同時加盟(double membership)は中・東欧諸国にとって安全保障上の大きな後ろ盾となりうるものである。

(4)ロシアをめぐる欧州世論

欧州内部の世論の動向に目を転じれば、親ロ派と反ロ派で二分されている状況にある。たとえば欧州議会においては、昨年の欧州議会選挙で台頭した極右勢力が親ロ反米の立場に立って極左勢力と協力関係を強化している一方、中道右派の欧州人民党グループと中道左派の社会民主進歩同盟が反ロ親米の立場に立って協力関係を強化している。とはいえ、本年6月に自分がラポルトゥールとして欧州議会外交委員会に提出した報告書「ロシアによるクリミア不法占拠後の黒海地域の戦略的軍事状況(Strategic Military Situation in the Black Sea Basin Following the Illegal Annexation of Crimea by Russia)」はロシア批判を前面に打ち出しているが、この報告書が欧州議会決議書として「賛成356票、反対183票、棄権96票」の賛成多数で可決されたように、総体的には反ロ的立場が優勢であるといえる。

(文責在事務局)