(1)ポスト冷戦の国際秩序再編の延長線上にある現代世界

近年の「ウクライナ危機」や中東での政変等、世界規模で頻発している動乱は、1989年の冷戦終結とその後のソ連崩壊および中・東欧の地政学的激震に端を発し、その後世界大に拡大した政治・戦略的秩序再編の延長線上に展開しているといえる。1990年代初頭、ソ連が崩壊し、米国一極による国際安全保障環境が成立した一方で、米中両国は、ポスト冷戦期の国際社会における両国間の戦略的パートナーシップが果たす中心的役割を強調していた。それから約25年が経過した今日、国際社会では、軍事力もさることながら、経済・金融を手段に展開される熾烈なパワー・ゲームが展開されているが、これは1990年代からから続く地政学・地経学(geo-economics)的な再編の最終段階の現象であると考えられる。この国際秩序の再編プロセスの主要な要素として、(イ)欧州政治の再ナショナリズム化(renationalization)にともなうEUの展望の問題、(ロ)ロシアの再興と現行の国際安全保障体制への挑戦、(ハ)中東・北アフリカ地域における第一次大戦以来の地域国際システムの崩壊などが挙げられるが、なかでも特に顕著なのが(ニ)世界経済のシェアにおいてすでに北米・欧州を上回ったアジア・太平洋地域の台頭である。

(2)グローバル・パワーとしての中国

このような国際政治・戦略秩序再編の中で中国は、リージョナル・パワーに過ぎなかった今世紀初頭とは異なりすでに実際のグローバル・パワーとしての自覚と自信を備えつつあり、いまや、真のグローバル戦略を持っているのは中国のみと指摘することもできる。そのような中、中国は、米国が今後とも国際社会における最重要の軍事・経済大国であり続けることを認めつつも、他方で両国の国力の差が着実に狭まりつつあり、米中関係はもはや超大国と大国の関係ではなく、既存の大国と隆盛する大国の関係でしかなくなったと認識している。その上で中国には、第二次大戦後に米国を中心に構築されてきた既存の国際的制度・枠組みや、昨今、米国が推進しているリバランス政策に対抗して、国際社会の「新たなゲームのルール」を策定しようという狙いが見受けられる。現在、中国が進めている「シルクロード経済ベルト」、「21世紀のシルクロード」、「一帯一路」といった構想は、世界各国の政治的・文化的多様性に配慮した発展戦略であり、中国の利益とアジア、ヨーロッパ、アフリカ大陸の各国の利益を結びつける中国なりの「ウィン・ウィン」の共存共栄戦略といえる。この現実を軽視してはならない。

(3)AIIBと中国の世界戦略

中国が推進する「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」は、そのような中国の世界戦略の一環として捉えられるべきもので、国際社会の既存の投資・金融ゲームのルールを再編するためのツールと考えられる。現状、米国が同構想を警戒する中で、英仏独伊など欧州の過半数の国を含む世界57か国がAIIB参加を表明しているように、AIIBはもはや国際的な実在となりつつある。この背景には、米国の従来からの友好国でさえ、中国の一連の動きに、国際社会の新たな戦略的環境の成立を読み取っているということがある。ただし中国は、国際社会あるいはアジア・太平洋地域において独自の勢力圏の確立を目指しているわけではない。中国は冷戦的な「ゼロサム」から「ウィン・ウィン」ないしは「オール・ウィン」のゲームのルールを編み出そうとしており、同盟関係よりはパートナーシップを重視するという姿勢がみられる。その中で中国は、多くの利益を共有し、戦略的相互依存関係にある米国との「新型大国関係」が果たす役割を重視している。今後、アジア・太平洋地域においては、新たなゲーム・ルールの成立、政治安全保障に関する政策調整、紛争解決のメカニズム構築などを目指した米中間の戦略的パートナーシップの成立が見られる可能性は否定できない。

(4)今後のアジア・太平洋地域秩序の展望

中国は、今後のアジア・太平洋地域秩序を構想するにあたり、米国がこの地域において正当な権益を持つことを受け入れており、米国が、開かれた精神の下、この地域の統合プロセスに参画し、中国や他の途上国と協力しつつ地域の平和と発展を促進することを期待しているふしがある。中国は、アジア・太平洋地域の戦略的状況について、複数の安全保障メカニズムが錯綜しており、いずれも十分に地域全体の安全保障上の問題に対処しきれておらず、相互の協力関係も不十分であるとして、それに代えて、アジア・太平洋地域全体を包括する安全保障プラットフォームの必要性を認識しているようだ。ただし、中国は、この制度をパワー・ポリティックスではなく共同体構築の観点から模索しようとしている。ひるがえって日本であるが、日本は現下の戦略環境の変化をいかに読み込み、適応しようとしているのかがはっきりしない。米中の戦略的関係強化は日本にとって大いなる不確実性となるはずであるが、日本がそれを受けて自国の国家戦略をいかに方向づけるかについては、日本の外部から観察していても、あまり判然としないところがある。

(文責在事務局)