第112回外交円卓懇談会
「米国からみた日中関係」
2015年5月21日
公益財団法人日本国際フォーラム
グローバル・フォーラム
東アジア共同体評議会
事務局
日本国際フォーラム等3団体の共催する第112回外交円卓懇談会は、リチャード・ブッシュ・ブルッキングス研究所北東アジア政策研究センター所長を講師に迎え、「米国からみた日中関係」と題して、下記1.~5.の要領で開催されたところ、その冒頭講話の概要は下記6.のとおりであった。
1.日 時:2015年5月21日(木)10時30分より12時00分まで
2.場 所:日本国際フォーラム会議室
3.テーマ:「米国からみた日中関係」
4.報告者:リチャード・ブッシュ・ブルッキングス研究所北東アジア政策研究センター所長
5.出席者:25名
6.講師講話概要
リチャード・ブッシュ・ブルッキングス研究所北東アジア政策研究センター所長の講話の概要は次の通り。その後、出席者との間で活発な質疑応答が行われたが、議論についてはオフレコを前提としている当懇談会の性格上、これ以上の詳細は割愛する。
(1)米国における中国観の変化とアジア戦略
かつての大国の地位に返り咲こうとしている中国にいかに対処するかは、日米両国にとって、同盟成立以来初めての困難な課題といえる。20~30年前の中国はまだ国力が脆弱で、日米両国に順応する以外にすべはなかったが、今日の中国は日米に挑戦的な態度を取るだけの国力を備えつつあり、その対外政策はより行動的かつ強気となってきている。その中で、米国における中国評価は、積極的なものから消極的なものへとシフトしつつある。他方、今後の日中関係の展望については、米国内で悲観する立場と楽観する立場に分かれている。ただしその立場の違いは党派的理由によるものではない。一部で「共和党は親日で民主党は親中」との理解をする向きもあるが、それは正しい見方ではない。たとえば、過去50~60年間を振り返っても、最も反日的といえる大統領は、日本の国益を犠牲にし対中接近を図った共和党のリチャード・ニクソンであった。また、民主党が反日的立場を取っていた時代もあったが、それは経済分野に特化した話で、しかも米国内で労働運動が現在より活発であった時代の話である。今日、米国の経済戦略上の最大の脅威は中国経済である。むしろ現在、米国内で見られる対アジア戦略をめぐる意見の対立は、政党をまたいで成立している主流派というべき立場と、いずれの政党にもみられる極端な立場との間の対立である。主流派においては、支持政党を問わず、米国のアジア戦略とその中での日本の役割については見解が概ね一致しており、違いがあったとしてもそれは戦術レベルのものである。
(2)中国の「目標」と「リスクへの姿勢」を見きわめよ
過去20~25年のあいだに中国の対外姿勢はかなり複雑化したといえるが、その最初の契機は、1989年の天安門事件であった。この事件で中国共産党政権は正当性を失ったが、その後、その正当性を取り戻すための手段としてナショナリズムが鼓舞され、1895年~1945年の日本の対中行動を非難するとの手法が用いられるようになった。次なる契機は、1994年の北朝鮮の核開発問題と、1995年の台湾海峡危機であった。これらの情勢を受けて、中国は東アジアにおける国益擁護のために軍備増強の必要性を確信するに至り、とくに台湾問題をめぐる対米戦争の可能性や、東シナ海や南シナ海での防衛体制の脆弱性克服の必要性を強く意識するようになった。しかし、これに伴う中国の戦力投射は、日米両国の権益を大いに脅かすものとなった。今後の日中関係、米中関係を展望する場合、第一に「中国の最終的国家目標は何か」、第二に「中国はどれほどリスクを引き受ける用意があるか」という二つの点を見極める必要がある。第一の点については、中国は限定的目標しか持っていないとする考えと、覇権主義的目標を持っているとする考えのせめぎあいが見られるが、日本は米国よりも若干悲観的な見解を持っているように見受けられる。しかし確かなことは、現在、中国の指導者は、中華民族再興のビジョンのもと、経済の一層の強化や、失地の回復を目指していると考えられることである。第二の点については、日米両国とも、中国は10年前と比べリスクを厭わない姿勢にあるとの見解でほぼ一致している。とくに米国の主流派は、中国は「受け身の形で強気に出る(reactively assertive)」、つまり近隣諸国の外交的失策を待ちそこに一気に付け入るといった姿勢にあると見ている。その意味では、2012年の日本政府による尖閣諸島国有化は、中国が自国が強気の行動を取るために都合のよいきっかけを与えた一例といえるかもしれない。
(3)重要な日米間での対中戦略のすり合わせ
「目標」と「リスク」のいずれにせよ、覇権主義的目標を持ちつつも慎重に行動することもあれば、限定的な目標しか持たなくともリスキーな行動に出ることもあり、中国の動向についても慎重に見極める必要がある。1930年代後半、チェンバレン英首相がヒトラー・ドイツについて「リスクを辞さないものの、その国家目標は限定的」との誤解をしたことが、泥沼の世界大戦を導いた歴史の前例を忘れてはならない。日米両国としては、中国の国家目標が限定的だと誤解し不十分な対応することも、修正主義的、覇権主義的だと誤解し過剰な対応をすることのどちらも避ける必要がある。日米の政策オプションには、そのような中国を「宥和しつつ受け入れる」と「予防戦争に踏み切る」という両極のあいだのどこかに定位させる必要がある。対中政策について、「ヘッジ」と「エンゲージ」を対比させる考え方が一部に見られるが、これは語法として正確ではない。本来「ヘッジ」とは、「最悪に備え、最善を期待する」という二重戦略(dual strategy)を意味する。したがって対中政策における「ヘッジ」とは、「抑止」と「関与」の混合戦略(mix strategy)となるべきだ。「抑止」と「関与」の比率は状況に応じて変化し得るが、その際重要なことは、日米両国の中国評価(assessment)をすり合わせ、対中政策で共同歩調を取ることである。その点、先日の安倍首相の訪米中、オバマ大統領は「尖閣諸島は日米安保条約第五条の適用対象地域に属する」と繰り返し述べたことは意味深長だ。いうまでもなく、オバマ大統領のいわゆるリバランス政策には、「関与」だけでなく「抑止」の側面もある。
(4)近年の日本の対中外交について
安倍政権は、日本を国家として強くし、誇りを持てる国にしようと考えているふしがあるが、このこと自体はまったく問題ではない。しかし、個人的には、その方法について若干の懸念がある。もちろん日米同盟の強化や自衛力の強化は重要であるし、アベノミクスや日本のTPPへの参加も重要なイニシアチブである。その一方、歴史認識問題を提起するのが最善の方法かどうかは疑わしい。この問題の見直しが一部の日本国民に対して大きなアピールとなることはわかるが、国内的なベネフィットと対外的なコストを比較考量することも忘れてはならない。また、上述のとおり、2012年に尖閣諸島を国有化したことは、中国が強気の行動を取るために都合のよいきっかけとなったことは否めない。現在、尖閣諸島周辺海域への中国船舶の接近頻度は以前よりも抑制されており、その行動はより予測可能なものとなりつつある。したがって、現段階で日本は強硬策に出るのではなく、中国とこの海域における行動規範を定める交渉を進めるほうが賢明だろう。いずれにせよ総じてみれば、米国の日中関係に関する見方は、日本についてはA+とは言わないまでもAの評価であるのに対し、中国についてはAの評価ではないといえる。
(文責在事務局)