ロシアとウクライナの関係

オレンジ革命の頃、ドネツクからキエフに来たオレンジ革命反対デモの人々は、ヤヌコーヴィチの下でウクライナの国旗を掲げていた。大統領になったヤヌコーヴィチは、EU寄りの政策を採りながらも、欧米傾倒を問題視する東部の人々も引き込んでいた。自分(ザニエ事務総長)は、ウクライナにとってEUとの連携とロシアとの協力は相容れないものではないと考えている。しかし、ヤヌコーヴィチの「ロシアに対するバランス」という考えは根拠を欠いていたため、結局ロシアの金融とエネルギーの圧力で窮地に立たされた。
こうした中、OSCEの昨年の閣僚会合の議長国がたまたまウクライナであったこともあり、声明を出せなかった。その後、議長国はスイスに交代した。今年に入ると、外部の分裂によってウクライナ社会に最初の「亀裂」が現れた。アシュトンEU外務・安全保障政策上級代表やフューレEU拡大担当委員によってEUが事態の主導権を握り始めた一方、ロシアはマイダン運動を批判、2月にはウクライナのEUとの協定にヨーロッパ諸国の閣僚とロシアの公使が介入した。そしてロシアによるクリミア半島編入が国際社会を驚かせたが、昨年9月のクリミアでの安全保障会議でも、侵略一週間前のモスクワでも、兆候は一切見られず、我々はこの事態に備えられてはいなかった。半島編入はモスクワの非常に限られたサークルでの決定だったと推測される。

OSCEの役割

OSCEは最も受け入れやすく、最も中立的な機関として事態に関与し、冷戦末期のツールの有用性を再発見した。軍事専門家による監視団などの政治的・軍事的ツールを使い、スラビャンスクの民兵組織に拘束された人々の解放などの成果を挙げている。OSCEは動機の異なる各国の間で活動できる。NATOは共同防衛、脅威の共通認識、政治・防衛課題の共有を基礎とし、またEUは統合政策課題や共通の政治ラインを基礎としているのに対し、OSCEは内包的かつ包括的であり、加盟各国の安全保障の優先課題、政策の優先課題、目標、認識の相違を受け入れ、共通のツール、指針、コミットメントを以て問題解決することを方針としている。その我々のツールには、メディアでの発信もある。ロシアとウクライナ・欧米のメディアの事態の報道は大きく異なっており、我々は国際的プレゼンスによって現地の実情を報道することでディエスカレーションに貢献できると考えた。また、クリミア半島やウクライナ東部の少数民族の人権問題に関与するために、(OSCEの)少数民族高等弁務官を派遣した。ODHIR(Office for Democratic Institutions and Human Rights)では人権評価プログラムを実施し、人権侵害の所在を明確にしている。

OSCEの課題

ロシア人はキエフの政府は正当性を欠く極右政権だと言うが、OSCE史上最大の監視団の下で選出された大統領についてはある程度レジティマシーを認めている。しかし、事態の鎮静化には、キエフ政府とロシア双方の関与が不可欠である。ロシアはOSCEを通じてウクライナ西部でのプレゼンスも求めている。ロシア人コミュニティは、ロシア語を巡る法案審議などのキエフでのロシア人に対する圧迫などに言及しながら、勢力を強めている。自分は事態を制御不能にしかねないダイナミズムを懸念している。事態の長期化は、特にウクライナ東部において、出どころも不明な近代兵器で武装した集団を増やす。また、東部からキエフにやって来た人々も、非常な苦難に直面している。そのことからも、ロシアを含む国際社会の関与も必要である。ロシアやウクライナとの連携、OSCEでの合意点の模索だけでなく、様々なプレイヤーの停戦への支援といった政治プロセスが唯一の代替策である。ロシアは公式に支援を表明したが、積極的な関与は無い。ロシアによる国境付近の人々に対する強い関与が望まれる。人々を扇動すれば、事態が制御不能になるだけである。事態鎮静化の鍵はOSCEの主張する「原点回帰」であり、その第一は領土保全である。ヘルシンキ最終文書採択40周年に至って、「ヘルシンキ+40どころかヘルシンキ-40だ」という批判も見られたが、OSCEは領土保全を今後の課題としなければならない。OSCEだけがウクライナ危機に関与してきた欧州の機関であることから、内包的アプローチを再評価しなければならない。OSCEの紛争予防及び紛争早期におけるツールの有用性の再発見・再確認は朗報である。

7.ベア米国務省OSCE大使の補足コメント骨子

 自分(ベア大使)は、ウクライナの分裂が有機的だというザニエ事務総長とは考えを異にする。ウクライナには歴史的・社会経済的な格差があり、工業化した東部と、農業中心の西部では、一人当たりのGDPに最大2.5倍の差がある。東部での武装集団による違法行為の扇動やプロパガンダが、この格差をより根本的なアイデンティティの分裂にまで発展させた。この分裂が一年前には存在しなかったことからも、外部要因による不安定とプロパガンダを組み合わせることの影響力が伺える。東部の住民がキエフ政府を恐れている理由に、キエフ政府が軍事政権だとかファシストであるといった、事実と異なるロシアのプロパガンダがある。欧米から見て(ロシアにとって)ネガティブであろうと見えるのは、キエフ政府がロシア語に関する法案を拒否し続けていることくらいだ。むしろ東部住民は、腐敗した政府によって、将来への希望を奪われてきたことに苛立っている。つまり、ウクライナの分裂は人工的なのだ。現状が長期化すれば、その解消はウクライナにもロシアにも難しくなる。他の地域同様、国民感情を煽る方が、静めるよりも簡単だ。また、ウクライナ国内でロシア語を話しているのは、「ロシア語を話すウクライナ人」であって、「ロシア人」ではない。
ウクライナの「バランスある位置」に関しては誤解がある。ウクライナ人の迫られている選択を「忠誠」とみるか「生き方」とみるかの違いである。マイダン運動参加者の様に、政治的に活動的なウクライナ人は、EUとの協定を法の支配、汚職のない機関、責任ある政府などへの約束という「生き方」の問題だと捉えたが、ロシア政府と一部のウクライナ人はそれを(ウクライナのEUへの)「忠誠」だと捉えた。この誤った地政学的刷り込みが内政問題を引き起こしたのである。また、ロシア側の誤算に関する議論は乏しいが、プーチン氏はヤヌコーヴィチへの反発が国民運動につながったことには驚いており、それがロシアの政策に影響を及ぼしていることに打ちのめされている。クリミア半島編入とウクライナ東部での非生産的活動は、分裂を生み出すだけでなく、非常に破滅的である。(ウクライナが直面しているのが)「生き方」の問題であると理解していれば、ウクライナが揺れることはなかった。持続的なウクライナ政権は、ロシアとは一定の政治、戦略、経済的関係を持つものである。誤算を招いた恐怖はもはや被害妄想である。ウクライナの漸進的政治発展による好機は失われ、国境付近のロシア人は、ポーランドとの貿易で得たような利益は得られなくなったのだ。

(文責、在事務局)