「読解力」世界1位、「数的思考力」世界1位、「ITの活用力」世界第10位。

先進国23カ国からなる経済協力開発機構(OECD, 本部パリ)が平成23年8月から翌年2月にかけて、世界24カ国・地域の成人(16歳~65歳)約15万7千人を対象に実施した、世界初の「国際成人力調査」(PIAAC)の結果である。

読解力は、社会に流通する言語情報を理解し利用する能力、数的思考力は、数学的な情報を分析し利用する能力とされる。

順位は各国の平均点を比べたものだが、各項目500点満点のうち、日本人の読解力は平均296点、数的思考力は平均288点で、それぞれ2位のフィンランドを8点と6点、引き離した。ITを活用した問題解決能力は、上位層の割合で決めたが、日本は35%で第10位であった。OECD全体の平均は、読解力が273点、数的思考力が269点、ITを活用した問題解決能力が上位層で34%であった。

順位を見て気が付くのは、10位以内に入っているのは、日本を除けば、すべて欧州の北半分に属する国々(北欧諸国、ドイツ、ベルギー、オランダ、オーストリア、チェコ、スロバキア)であり、ITについてだけカナダと英国が10位以内に滑り込んだ。ちなみに、米国は読解力で第16位、数的思考力で第21位、IT活用力で第14位、英国はそれぞれ第13位、第17位、第9位、フランスはそれぞれ第21位、第20位、ITについては不参加であった。韓国はそれぞれ第12位、第16位、第15位であった。

三項目は、得点によって高い方からレベル5(376点以上)~レベル1未満(176点未満)の6段階で行われたが、最高レベル5の割合は、日本は1.2%で、フィンランド(2.2%)やオランダ(1.3%)などの後塵を拝して第4位であった。

他方、調査対象者の最終学歴を中卒、高卒、大卒と区別した調査の結果、わが国の中卒者は、OECD平均の高卒者と同程度であり、米国やドイツの高卒者を上回った。職業別の調査では、現場作業員や農業従事者などのいわゆるブルーカラーのOECD平均点は、事務職やサービス職などのホワイトカラーに比して低かったが、わが国のブルーカラーのレベルは各国のホワイトカラ―と同程度ないし、それを上回った由。

正確な分析は専門家に委ねることにして、欧米での知見に基づき、敢えて偏見のそしりを覚悟の上で、次のような印象を持つ。

第1に、OECD加盟国は欧米諸国プラス日本、韓国、メキシコであるが、欧米諸国の中では、欧州の北半分と南半分の成人力にはっきりした差が出た。北と南の境界線は、ベルギー、ドイツ、オーストリア、チェコ、スロバキアの各国がフランス、イタリアなどの南の国と接するところにある。北のゲルマン系・スラブ系と南のラテン系との差ということもできる。

第2に、この二つのグループの差は、ここ数年の欧州におけるユーロ危機における南北対立を想起させる。経済が成功し救済側に回った北の欧州諸国と、放漫な経済政策などにより経済危機に陥り救済を求めた諸国と、ほぼ一致する。もっとも、ユーロ危機では、フランスはかろうじて救済側に立った。

OECDの調査やユーロ危機が示すことは、より勤勉でより規律正しい北の諸国とそうでない南の諸国との差が、成人力を含めた教育程度や経済運営に現れたということである。厳しい自然と戦いながら生活している北の諸国と、太陽が輝き自然に恵まれて生活が容易な南の諸国の差とも言える。

北の諸国は、概して言えば宗教は勤勉を旨とするプロテスタント、食事は質素であり褒められたものではない。これに対し、南側諸国は、概して言えば宗教はカトリック、食事はおいしく生活を謳歌する。

第3に、格差が問題である。北の諸国では経済格差は小さいのに対し、南では大きい。

英国や南欧諸国に共通して言えることは、一種の階級社会であり、エスタブリッシュメントは概して安泰、富める者はますます富み、貧しいものはなかなか這いあがれないという傾向がある。

経済格差は、教育格差に直結して、さらに格差を広げる。格差の一因は、移民人口の大きさにある。南の欧州諸国には、アフリカや中近東から極めて多くの移民が入っており、宗教、教育その他の面でハンディキャップを負っている。概して言えば、彼らは受け入れ国の国民に比し、雇用、収入、教育などの面で大きく遅れている。従って、成人力では、南の諸国は下位に位置することになる。

ドイツなど北の欧州諸国でも移民が増えているが、南ほどではなく、また彼らに対する手厚い政策によって格差の大きさはそれほどには広がっていない。もっとも、各国の保守層などからの移民排斥運動が盛んになっているのは、北も南も同じである。

米国がこの種の調査で下位に来るのも、肯ける。米国での格差と移民人口の大きさは欧州以上だ。しかし、米国は建国以来、移民で成り立っている国であり、その新陳代謝によって多様性豊かでバイタリティーのある成長力の強い国になっている。成功者は「アメリカン・ドリーム」の達成者として高い評価を受ける一方、落後者には冷たいところがある。最近、オバマ大統領が国民皆保険制度を導入しようとしているが、これに対しては共和党保守層や富裕層から大きな反対があるのは、その証左である。

第4に、わが国の中高卒者やブル―カラーのレベルが高いことだ。わが国の底力の強さであり、中小企業を含めた製造業の質の高さや競争力、行き届いたサービスの源泉だ。

わが国でも格差は広がったと言われるが、諸外国に比べればマシだ。むしろ、わが国の問題は、全体の底上げや平均値を重視するあまり、傑出した人材が出にくいことだ。

平均点が高いのは、明治以来の普通教育重視、いや江戸時代の寺子屋にさかのぼるよき伝統の結果かもしれない。しかし、明治から太平洋戦争前までは、高等教育はエリート教育でもあった。その結果、リーダーらしいリーダーが輩出した。戦後は、落ちこぼれがないようにする「最小公倍数」重視の教育できた。戦後教育が優秀な人材を埋もれさせ、日本のトップ層やリーダー層を貧弱にさせたことは否めない。

今回の成人力調査を読んで痛感するのは、わが国教育の平均水準を高める努力を継続するとともに、能力と意思のある者に対しては機会の窓をより開き、また競争原理を導入することだ。学術的研究を中心としたQS世界大学ランキングによると、東大ですら世界第32位、京大が第35位である。英語教育やグローバル化で遅れをとったことが大きいが、一旦入学できればほぼ誰でも卒業できるという「甘えの構造」も原因であろう。成人力に続いて、大学力でも今後に期待したい。

[「自警」2013年12月号「日本から見た世界 世界から見た日本 第33話」より転載]