アジアの台頭に対するロシアの見方

アジアはロシアの外交政策・安全保障政策にとって新たなフロンティアであるため、ロシアは多くを学ぶ必要がある。ロシアは本質的にはヨーロッパの国であるが、領土の3分の2はアジアにあり、中国とは長い国境線を共有し、米国とはアラスカと海峡を隔てて面し、また日本とも近接している。したがって、アジアの台頭は、経済的にも、地政学的にも、また国境が開放状態のため人口の面でもロシアに大きな影響を与えることになる。
ソ連崩壊後ロシアの大統領に就任したエリツィン氏、プーチン氏、メドヴェジェフ氏は3人とも米国とNATOと同盟のような関係を目指したがうまくいかなかった。その後大統領の職に返り咲いたプーチン大統領は、「世界は幾つかの大きな地政学的ユニットから成り、ロシアは国際政治のひとつの地政学的ユニットである」と主張しており、これはロシアが米国と中国に対して独立を維持すべしとの主張でロシアの外交・安保関係者からも支持されている。このような構想を背景に、プーチン大統領は中印など非西洋諸国の台頭を歓迎している。プーチン大統領は、大国の協調、具体的には1815年のウィーン会議後数十年続いた欧州諸国間、また1945年のヤルタ会談は2大国による特別なケースではあったが、国の数は幾つであれ大国間の平等な関係が望ましい世界秩序であると考えている。

中国の台頭に対するロシアの見方

アジアの台頭はロシアにとって歓迎すべきことばかりではない。中国の台頭は、ロシアにとっては大きな挑戦である。なぜなら世界で最もダイナミックな中国との国境は、ロシアで最も遅れかつ人口が数百万しかなく、首都モスクワからも遠く離れたシベリア地域と接しているからであり、シベリアがロシアであり続けるために極東シベリアの開発を急がざるをえなくなっている。
中国とロシアはここ数十年間で経済力が逆転し、GDPは2012年時点で中国はロシアの4倍となり、防衛費の支出額も2倍近くに達している。また、対中輸出品目にも変化が生じ、以前のような機械類の輸出はほとんどなくなり、現在は産業界向けの石油やガスなどの天然資源の輸出が中心となっている。しかしだからといってロシアが中国に対し手立てを失ったというわけではない。その理由は以下の6点にまとめられる。すなわち、(イ)ロシアは今なお大国である。自分が考える程大きくないにせよ自己暗示は助けになる、(ロ)ロシアは核大国であり、対する中国の核戦力は比較的小さい。もしかして中国の核戦力が上回っているかもしれないと考える者もいるが、米に対して十分なら中国に対しても十分だと考えられている、(ハ)中国指導者は多くの対処すべき国内問題を抱えている、(ニ)中国指導者はロシアを排除するような非合理的な考えは持っておらず、例えば中国の政治的・軍事的影響力の中央アジアへの拡大をロシアが望んでいないことを知っている、(ホ)中国は現在東部国境や南部国境に傾注しており、北部国境の安定の重要性を理解している、(へ)中国はロシアのエネルギー関連企業との関係を深めており、ロシア側は現下の厳しい財務状況の下でエネルギー資源への幾らかのアクセスに同意している。以上の理由から、ロシアが中国の朝貢国のようになったと結論するのは誤りである。
露中間の課題は、ロシアが独立を保ちまた中国が東部・南部国境に眼を向けていられるように両国関係の安定を保つという極めて現実的なものである。露中両国は、グローバルな舞台では外交協力をしているものの、それは互いの利害関心がたまたま合っているというだけである。必ずしも総じて両国の利害関心が一致しているというわけではないため、現時点でより深い同盟関係を構築しようとすると失敗することになろう。露中両国は軍事同盟の締結は目標としないが、ロシアは中国の軍に対し装備品や技術の供与を行っているし、両国間では定期的に共同軍事演習も行われている。また、両国は上海協力機構の場では協力している。こうした面での関係には限界がある。両国にとってよいのは、軍事同盟よりも、安全保障共同体である。

ロシアのアジアへの関与の仕方について

  ロシアは最近大規模な軍事演習を極東で行ったが、これはロシアが将来どこが重要な軍事面でのプレイフィールドとなると考えているかを示している。ロシアは中国系移民の問題や中国国営企業の活動に警戒心を抱いており、中国も過去にロシア帝国から受けたことを忘れていない。中国との関係が安定している限り、エネルギー関係や安保理での外交的同盟関係を保つだろうが、10年過ぎたら分からない。中国がさらに軍事力を強化したり、将来政情が不安定になりナショナリズムが高揚したりするような状況がありうることを考えると、ロシアはアジア太平洋地域での外交政策を多様化する必要がある。中でも日本、韓国、ベトナムとの関係が重要である。安部総理にプーチン大統領は4回も会った。
中国の台頭は、露日関係の発展によい影響を与えている。日本としても、米国や豪州との関係強化を進めるなかで、中国を恐れることなく独立した外交政策を展開して国民も親日的なロシアを排除する理由はないはずである。冷戦後に良好な関係を実現した独露関係は、露日関係強化に参考となるだろう。
中国の影響力が強まりつつある朝鮮半島に対しては、韓国・北朝鮮両国との関係を利用し、経済的利益を得るだけでなく、同地域への更なる安定にも貢献する政策をとっている。ロシアは東シナ海や南シナ海における領土問題には、中国との対立も味方となることも望まず、中国がロシアを巻き込もうとしているにもかかわらず、中立の立場をとっている。また、米国は、冷戦期とは異なり、露日間の領土問題の解決や両国の更なる接近には反対しないだろうと考えている。
結論をいえば、ロシアは旧ソ連とは全く異なるやり方で、現在アジア地域に再関与しているということである。米政治家で元アラスカ州知事のサラ・ペイリン氏は「裏庭の窓からロシアが見える」と言ったが、ロシアも米国をアジア太平洋地域における強力なパートナーないしバランサーとして重視している。ヒラリー・クリントン前国務長官が昨年『フォーリン・ポリシー』誌に寄稿したアジアをピボットとした有名な論文の中で、ロシアに触れていなかったことは驚きだったが、私は「北太平洋パートナーシップ」とも呼べるような地域の開発や安定を議論できるような場をロシア、米国、カナダ、日本、韓国などと共に作れないか考えている。ロシアの課題は米中どちらにも接近したり敵対したりすることなく両国の対立を防ぐことである。私の願いはこれからの数年間で、露日関係が真の変容を遂げることであり、それは日本、ロシア、アジア太平洋地域の利益になると考えている。

(文責、在事務局)