2020年オリンピックの東京開催が決まった。日本中が歓喜に包まれた。今回の招致成功のカギは、六点に要約できる。第一に東京の持つ信頼性(安全、インフラの充実、組織力や準備・運営の能力など)、第二に東日本大震災などの大災害で示した日本人の優れた国民性、第三に猪瀬直樹東京都知事、竹田恒和JOC理事長(IOC委員)などチーム・ジャパンの効果的な根回しやロビーイング、第四に安倍首相など政府挙げての外交努力、第五に高円宮妃久子殿下ほかIOC総会でのプレゼンター諸氏の優れたパフォーマンス、第六に前回にはなかった国民の盛り上がりである。

とくに、IOC総会での日本代表団のプレゼンテーションは出色であり、日本人離れした(失礼!)ダイナミックで訴求力のあるものであった。直前に福島第一原発における汚染水漏れが伝わり、内外のマスコミのネガティブ・キャンペーンにより、優位とされた東京の地位が揺らいだ。しかし、日本代表団のプレゼンは、これを払拭しIOC委員を感動させたのだった。

プレゼンは、高円宮妃殿下の流暢で格式のあるスピーチで始まった。東日本大震災での国際社会の支援に感謝しつつ、ご自身と亡き夫君高円宮殿下のスポーツへの思いと関わりを語られ、間接的に東京誘致を訴えられた。オリンピックの公用語が第一にフランス語、第二に英語であること、IOC委員の多くがフランス語を使う国の出身であることを踏まえた対応は、IOCのうるさ型委員も脱帽であっただろう。ケンブリッジに留学され、パリにも住まわれた(筆者が在仏大使館一等書記官であった1974~76年には、父君鳥取滋治郎氏が三井物産のパリ支店長をされていた)久子様ならではのパフォーマンスだった。

次に登場したパラリンピアン佐藤真海さんは、右足を骨肉腫で失った衝撃と東日本大震災の被害者であった個人的な経験を披露しながら「スポーツの力」で立ち直ったと訴え、場内を感動させた。明るいチアリーダーであった写真の後に義足で幅跳びを飛ぶ佐藤さんの映像は、「スポーツの力」とIOCの理念の体現であり、パラリンピックを重視する日本の姿勢とともに、IOC委員の胸を打ったであろう。

滝川クリステルさんの「オ・モ・テ・ナ・シ」スピーチとジェスチャーは、立派なフランス語とともに大変な発信力であった。猪瀬知事、特に水野招致委員会専務理事は、顔を笑顔でいっぱいにし、日本人離れしたジェスチャーで全身全霊で訴えた。

安倍首相も、しっかりしたゆっくりと発音する英語で、オリンピックの準備運営に万全を期すことと福島の問題につき最高指導者として全力を尽くすと発言し、福島の汚染問題で揺らいでいたIOC委員を安心させた。ノルウェーのIOC委員からの質問に対し、安倍首相は、即座に数字を挙げて疑念を払拭した。

福島の汚染水問題がマスコミによってプレーアップされたことには、関係者のみならず日本中が心配した。韓国政府に至っては、直前になって、福島のみならず近隣県からの水産物輸入を禁止することを発表した。最近の反日的行動が目に余るようになっている韓国政府とマスコミによる、卑劣な「下半身攻撃」だった。ちなみに、東京開催が決まった後も韓国による嫌味や反日言動は収まらなかった。本来なら日本が招致に成功すれば韓国も経済的にも観光的にも裨益するにもかかわらず、である。中国では、イスタンブール決定と早とちりする大誤報をやらかしたマスコミがあったし、東京招致につき厳しい論調はあった。しかし、韓国のなりふり構わない執拗な反日言動に対し、中国大手検索サイト「百度」の掲示板に「韓国は病気か?全力で東京五輪開催を妨害」というスレッドが立てられた。中国のネットユーザーからは、「一番嫌いなのが韓国だ」、「韓国はまともな国じゃない」、「われわれは低俗な生物と言い争う必要はない」などの批判が登場した由だ。中国が「反日大国」だとすると、韓国は中国から見てもおかしい「反日小国」ということであろう。ちなみに中国はスポーツ大臣から下村文部科学大臣に祝電を発し、韓国のオリンピック委員は平昌冬季オリンピックと東京五輪との協力を申し出た由。双方とも、最低限のジェスチャーは必要と考えたのであろう。

招致委員会のアドバイザーとなったニック・バレー氏に負うところは極めて大きい。ロンドンやリオデジャネイロの招致に成功した人だが、今度は東京に対し貴重なアドバイスを行い、特に発信の仕方について的確な指導をしてくれたようだ。

筆者はこのシリーズにおいて、日本の発信力の弱さを指摘してきたが、今回は完全に「脱帽!」である。普段は辛口のロイター通信も、「安倍首相の演説が東京五輪大会決定への決め手となった」と伝えた。今回の経験は、国としても個人としても、発信力を磨くことが国際社会において自己の利益を守る上でいかに大切なことかを教えた。日本人は、これで変わるし変わるべきだ。

ロビー活動は秘密裏に行われるが、対象となった多くのIOC委員が日本は効果的であったと称賛した。竹田JOC理事長は、父親に続くIOC委員として、また馬術のオリンピック出場者であった経歴と人脈を最大限に生かし、自我とエリート意識の強い、また時に打算的なIOC委員各氏に対し巧妙なアプローチを繰返した。ブエノスアイレスでは、IOC名誉委員である猪谷千春氏が安倍首相に付き添って、旧知の委員各氏への説得工作を助けた。安倍首相は就任後精力的に外国を訪問しているが、その都度相手国首脳などに対し東京オリンピックを訴えてきた。猪瀬知事以下も、全てのIOC委員の氏名、国籍はもちろん趣味や交友関係、信条などを調査し、きめの細かいロビーイングを行った。日本外交は国連の各種選挙で票読みが正確であるとの定評があるが、今回も選挙上手を発揮したわけだ。

オリンピックの世界では、いまなお王族や貴族(元貴族)の影響力が強い。皇室・王族には国を超えた連帯感がある。モナコのオリンピック委員は、元首であるアルベール公その人である。竹田理事長は元皇族竹田宮恒徳王の三男、明治天皇の子孫であり、IOCではプリンス・タケダで呼ばれる。父君もIOC委員であった。スペインが皇太子を繰り出してきたのは理由のあることである。プリンス・タケダにプリンセス・タカマドが加わった存在感は、我々が思う以上に効果的だった。「自警」前号では天皇陛下が外国との関係で持つ高い威信に触れたが、今回も皇室が持つ力がいかんなく発揮された。

それにしても、今回も日本や日本人に対する国際的評価の高さが証明された。当コラムでも、反日国は、世界でも中国、韓国、北朝鮮の三カ国と喝破してきたが、それが今回も証明された。

また国際組織においては人的関係がいかに重要であるか、あらためて痛感する。IOCには竹田氏一人しか日本人委員がいないが、韓国は二人、中国は三人だ。国際柔道連盟では、日本人理事がいなくなってしまった。国際社会では、選挙においてもルール作りにおいても、国際組織の中枢に日本人がいないと大変な不利益を蒙る。国内でのオリンピック体制の構築やスポーツの振興は大切であるが、わが国スポーツ界も、国際的視野と発信力の強いリーダーを育成・輩出すべきである。

[「自警」2013年10月号「日本から見た世界 世界から見た日本 第31話」より転載]