天皇皇后両陛下の国賓としてのインド御訪問が決定した。11月末から12月6日までニューデリーとチェンナイ(旧マドラス)を御訪問される。両陛下は、皇太子同妃として1960年に御訪印されたほか、他国御訪問の途次、62年と75年にインドにお立ち寄りになられているが、天皇の御訪印は1952年の国交樹立以来初めてだ。

筆者は、1998年3月に駐印大使として赴任する直前、皇后陛下から同年9月にニューデリーで開催される国際児童図書評議会にご出席になられることを伺った。皇后陛下は、ご自身も童話をお書きになるなど児童用図書に御関心が深い。しかし、同年5月のインド核実験により、皇后陛下の御訪印は中止された。核実験に反発する日本国民への配慮であった。

ただ、「瓢箪から駒」が出た。皇后陛下は上記評議会においてスピーチをなさる予定であったが、それがかなわなくなったため、ビデオメッセージを送られた。そのメッセージは日本のテレビが全文報じたので、国民は皇后陛下の思いに直接接することができたのであった。核実験後の日印関係修復に努力した筆者は、森喜朗総理の御訪印を実現したが、核実験に対する日本のわだかまりはまだ解消せず、天皇御訪印の機は熟していなかった。その後、十有余年、ついに御訪印が実現するに至ったことに、深い感慨を覚える。

ところで、皇室外交は、わが国が持っている極めて貴重な外交資産でもある。首相の外国御訪問は重要であるが、首相は元首ではない。元首の御訪問は国賓として扱われ最高度の儀礼と接遇を受ける。到着時等に受ける礼砲で言えば、元首は21発、首相は19発だ。

天皇陛下の公式御訪問は頻繁には行われないだけに、相手国からは特別な計らいと受け取られる。友好親善が飛躍することは間違いないのである。天皇皇后両陛下のお人柄や日本国民からの絶大な尊敬は、外国も周知のことであり、そのような両陛下をお招きすることは、当該外国にとって日本との関係を増進する上で、一流外交官が束になってもかなわないであろう。

今上天皇の即位以来の外国御訪問は、1991年にタイとマレーシア、92年に中国、93年にイタリア、ベルギー、ドイツ、94年に米国、フランスおよびスペイン、97年にブラジルとアルゼンチン、98年に英国とデンマーク、2000年にオランダとスエーデン、2005年にノルウェーと米国、06年にシンガポールとタイ、07年にスエーデンとバルト三国、09年にカナダとハワイ、12年に英国である。

皇太子殿下、秋篠宮殿下など皇族方の外国親善御訪問もかなり行われており、友好親善に貢献されている。特に、皇太子殿下の御訪問は効果が大きい。

現在では、王室を持つ国は欧州のほか、アジア太平洋、中近東などでごく少数になってしまった。それだけに、天皇・国王、広く皇室・王室に対する外国の受け取り方には特別なものがある。最近の英国における王子誕生が世界中から注目され祝福されたことは、記憶に新しい。

国際儀礼上は、元首の公式御訪問は国賓として扱われる。首相の場合は、日本では「公賓」として区別する。同じ元首でも天皇・国王が大統領より上位に来る。Emperorと称するのは日本以外には存在しなくなったこともあり、天皇陛下に対する各国の憧れや尊敬の念には特別なものがある。天皇陛下の外国御訪問は、御年齢や御健康などへの配慮もあり、益々希少、貴重な機会となってきた。

他方、わが国は各国の国王、大統領や首相をお招きしているが、元首である国王や大統領はもとより、首相でも公式御訪問の要素があれば、天皇陛下がお会いになる。元首の場合には同格なので「御会見」と称し、首相などとの面会は「御謁見」と称している。各国の要人は、天皇陛下に会えることを無上の光栄と考えている。中国の習近平国家主席が副主席の頃、儀典手続き上の無理を押してまで天皇陛下の御謁見に固執したのも、その一例である。

こうして見ると、天皇陛下は、日本のみならず世界的に見ても、最高の外交使節なのである。皇太子殿下の御訪問も特別視される。特に天皇陛下の「御名代」として公式御訪問をされる際は、特に丁重に遇され歓迎される。

外国からは皇太子御夫妻お揃いで招待されることが多いが、妃殿下の御病気のために、ここ数年来、皇太子殿下のみが単身で御訪問せざるを得ないことがほとんどである。皇太子殿下が外国での重要行事や各国王室の冠婚葬祭に単身で重要行事に臨んでおられる映像を見るたびに、一国民としては心が痛み、元外交官としては日本外交のために憂うる。

天皇陛下が御訪問されておられない重要国がロシアと韓国である。ロシアは、北方領土問題が解決しないために平和条約が結ばれていないから御訪問できないのはわかる。ロシアは領土問題では厳しいが、日本に対しては親近感を持ち、経済その他で協力関係も進んでいる。いつか、今上陛下の御訪問があることを期待したい。

韓国は重要な隣国であるのに、いまだ天皇訪韓がないのはなぜか?イ・ミョンバク大統領(当時)は、昨年8月竹島への不法上陸の後、「天皇が韓国を御訪問したいのなら日本統治時代の独立運動家に謝罪する必要がある」と挑発し、日本国民の神経を逆なでした。日本政府も天皇陛下も、かつて韓国御訪問の意思を公にしたことはないのに、である。パク・クネ大統領になり、日韓関係の改善が期待されたが、韓国の反日はむしろ悪化した。従って日本人の対韓感も悪化してしまった。

筆者がかねて気にしていたことがある。それは、韓国では「天皇」とは言わず「日王」としていることである。King of Japanだ。歴史上韓国の諸王朝は、歴代の中華帝国の朝貢国であった。つまり、韓国の国王は、中国皇帝に対し従属的な地位にあった。日本の天皇(英語では皇帝同様Emperor)を「天皇」と称すると、かつて中国のEmperorに従属していた国辱を想起するのかもしれない。その中国は、天皇陛下が国賓として御訪問した際は勿論、国交樹立以来終始一貫、天皇を「天皇」と称している。天皇を「日王」に「格下げ」して溜飲を下げたつもりでいるのは、世界で韓国だけだ。韓国人が日本の元首でもある天皇をそのまま「天皇」と呼ぶ時が来るまで、天皇陛下の訪韓を行うべきではないであろう。訪韓すれば天皇陛下は何らかの形で攻撃、批判、侮辱を受ける可能性があり、そうなれば日本国民は強烈に反発するであろう。韓国が天皇を「天皇」と呼ぶ日は当分来ないであろう。

天皇は、わが国にとって最高の権威、最高の外交使節である。その外国御訪問は慎重に考えられてきた。今後もそうあるべきである。

[「自警」2013年9月号「日本から見た世界 世界から見た日本 第30話」より転載]