リスボン条約後のEU

EUの更なる統合を推進する上で、リスボン条約の意義がきわめて重要であることは確かだが、同条約が発効した2009年の欧州情勢を考えると複雑な思いである。欧州は当時、すでに深刻な財政危機の最中にあり、また域内での厳しい政治的対立にも苛まれていたからである。同条約の発効が、仮に1年前の2008年であれば、問題は現在ほどに深刻にはならなかったのではないか。実際のEUはその後、財政危機と政治的対立に伴う様々な問題に直面しており、中でも求心力の喪失などは、EUの存続にかかわる重大な課題となっている。さらに、世界のパワーバランスが多極化していることを受け、多くのEU加盟国が今、協調的な外交政策よりも、単独主義的で内向き志向に傾いている問題もよく指摘されている。欧州全体を覆うエネルギー危機に対しても、各国それぞれの国内事情や財政問題のため、EUとしての取り組みがなされていないのが現状である。

EUの挑戦と更なる課題

EUが抱えている様々な問題の根は深く、それはいわば「EUという体内を悪い血(bad blood)が回り巡っている状況」と言われるが、この見方はEUの現状を十分には言い当てていない。そもそも我々は、EUの統合が後退しているのではなく、むしろゆっくりとではあるが着実に進んでいる、との現状認識を持つべきであろう。実際、人々の行き来は止まるどころか拡大・深化しており、これがEU統合の最大の特徴となり、強みとなっている。一方、欧州は財政危機から回復しつつあるものの、根本的な対策は講じられておらず、各国独自の財政政策を統合する必要性に迫られている。なお、これを実現するためには、欧州の更なる政治的統合が不可欠であることは言うまでもない。EUにおける具体的な外交理念の策定もまた、今後のEUが取り組むべき重要課題の一つである。とりわけ、最近のリビヤ情勢やマリでのテロ事件を契機とし、欧州では対中東・アフリカ外交の重要性がこれまで以上に喚起されているが、EUには同地域への確固たる外交・安全保障指針がない。他方、米国外交のアジア志向が更に進むのであれば、NATOによる欧州域内および近接地域への安全保障・防衛政策にも過度な期待はできない。だとすれば、EUによる具体的な外交・安全保障政策の策定は喫緊の課題であると言えよう。

無視できないロシアの影響

 EUが抱える問題の中でも、おそらくもっとも難しくかつ複雑な課題の1つは、やはりロシアへの対応ではなかろうか。私のこれまでの経験から考えると、ロシアはEUに対し積極的な好意は抱いていない。政権の座に返り咲いたプーチン大統領は、むしろEUを嫌悪しているのではないか。これは、ロシアの対欧州政策にも顕著に表れるだろうが、第2次プーチン政権が東欧や黒海地域の中小国、さらには潜在的なEU加盟国に対して、大きな政治的圧力をかけることは必然であろう。ロシアの財政状況やエネルギー需要などを踏まえると、シェールガスが発見された地域へは影響が更に強まると予想される。私の母国であるルーマニアも例外ではなく、ロシアからの影響に晒されてきた。昨年夏には、バセスク大統領の続投に係る国民投票が行われたのだが、続投を「否」とする票が過半数を上回ったにもかかわらず、結果は覆された。この事件の背景は依然として不明だが、ロシアから相当の政治的圧力があったとみている。

(文責、在事務局)