トルコの「正義と公平」重視路線

トルコは近年、「全方位外交路線」とよばれる外交戦略を展開しており、その一環として、一般によく知られるEU加盟への働きかけのみならず、南米、中東などとの良好な関係構築を模索してきた。このようなトルコの外交政策は、実のところ「正義と公平を重視する」という極めてシンプルな倫理観に基づいたものである。というのも、トルコは一方で国内において、長年、イスラーム主義者と世俗主義者との間の緊張関係に悩まされ続けてきており、異なる民族集団間でも絶えず争いが頻発してきた中で、2002年以降与党の座にある「穏健な」イスラーム主義政党である「公正発展党(Adalet ve Kalkınma Partisi: AKP)」の下、異なる民族集団、異なる政治信条をもつ人々が、各自のアイデンティティを見いだせるような国内政策を展開するとともに、同様の精神に基づく多面的外交政策の策定に乗り出してきたからである。このようないわゆる「ゼロ・テンション」外交にもとづくトルコの国際的な役割について、たとえばアフメット・ダーヴトオール外務大臣は「トルコは世界の2点を結ぶ単なる橋ではなく、複数の点を結びつなげる連結装置」であると喩えている。

ダイナミックな「ゼロ・テンション」外交

AKPの下での「正義と公平を重視する」従来までの外交政策に対し、そこに新たなダイナミズムを加味したのはこのダーヴトオール外務大臣の功績である。現に彼は、昨年1年間だけでも88カ国を回るシャトル外交を展開している。他方、トルコ外交がこのような転換を遂げた背景には、いうまでもなく外的要因も作用していたわけであるが、イブラヒーム・カルン首相主席補佐官は、それについて、冷戦の終結、2001年9月11日の米国同時多発テロ、そしてイラク戦争の3つを挙げている。いずれにせよ、ダーヴトオール外務大臣をはじめとするトルコ外務省が一丸となって首相にプレッシャーをかけつづけ、同外相の意図を外交政策に反映させることに成功したことが持つ意味は大きい。その結果、今日のトルコ外交は、首相、大統領、外相が、あたかもオスマン・トルコ時代の兵士が行進をするかのごとく、一体となって機能している。

トルコの東アジア関与

このような流れの中で、トルコ国内では近年、ASEAN加盟の可能性を検討することが戦略的に重要であるとの議論が出始めており、ダーヴトオール外相はこうした議論の積極的推進者であった。もっともトルコ国内では、同国は東アジアから地理的に遠く、文化的にも大きな隔たりがあるとの理由で、そのような議論に対する懐疑的な反応が支配的であったといえよう。しかしながら、先に述べたように過去2年に渡り精力的に外交努力を傾けた結果、トルコ国内でも多数の賛同が得られるようになり、2010年7月にはついに東南アジア友好協力条約(TAC)への加盟を果たし、ASEAN地域フォーラム(ARF)にも参加している。このように、現在トルコは本格的に東アジアと関わりを持つ意図を示しつつあるが、さらに、トルコは、単にASEANメンバーになることを目指すだけではなく、東アジアサミット(EAS)のメンバー入りをも目指すべきだと考えている。

今後の日・トルコ関係の現状と課題

 激動する国際情勢のなか、日本は、トルコ同様、ダイナミックで多面的な外交政策を目指すことが期待されているといえるが、その際まず問われるべきは「果たして今日の日本の首相に、トルコの政府高官が持っているのと同じだけの情熱とエネルギーがあるか」という点であろう。いわゆる「福田ドクトリン」を提唱した福田赳夫首相の時代の日本には、そのような情熱とエネルギーがあったように思う。現在、日本は対東アジア外交を展開する上で、域外国であるオーストラリアやインドとの関係強化も重視しているが、その文脈において日本はトルコとも戦略的パートナーシップを築き上げ、両国の国益につなげるべきだ。

(文責、在事務局)