米国の衰退とアジアの台頭

昨年の金融危機は、それ自体、メディアの関心を集めていたが、「ポスト金融危機」における国際社会のあり方や、米国とアジアの関係の展望について深く考えている人は少ない。現在、国際社会は、米国の衰退とアジアの台頭により、第二次大戦後最大の構造転換を迎えているといえる。米国の衰退とアジアの台頭は、必ずしも連動した現象ではないが、心理的には両者を関連づけて捉えられる傾向が強い。この傾向は、アジアにおける米国の関与と地域主義の両立を目指すうえで決して望ましくはない。今後の米国とアジアの関係を展望するには、長期的視点に立つと同時に、短期的な現象を分析する必要もある。短期的な現象として、第1に挙げられるのは、昨年11月以降の米中関係の悪化である。両国間では、グーグルの中国本土撤退をはじめ、人民元の通貨レートをめぐる摩擦などのトラブルが相次いでいる。第2に米国の国内事情に基づくアジアへの態度の変化である。昨年12月のオバマ大統領のアジア訪問はそれを示した。アジアとの対話と協力に積極的な姿勢を示したオバマ大統領が、アジア各国のメディアには高く評価されたが、米国国内では、「弱腰外交」、「指導力欠如」などの厳しい批判を浴びた。これは米国内において、米国の国際社会への影響力の低下と主導権の喪失への不安感を反映しているといえる。第3に普天間基地移設問題の行方である。鳩山政権の発足以来、普天間基地移設問題をめぐる日米間の協議は難航を続けており、米国の政策決策サークルの間では、この事態が日米関係は言うに及ばず米国とアジアの関係全体に悪影響を及ぼすのではないかとの懸念が生じている。第4に、東アジアの地域統合に関する米国の無理解である。1997年のアジア金融危機以降、今日までに、東アジアは、FTA、CMI、ASEAN+1, ASEAN+3, EASなどの枠組みを通じて、地域としての結束を固めてきている。しかし、米国は東アジアにおける地域主義の意義と方向性を十分に理解していない。そのような中、昨年、米国・ASEAN間で初の首脳会議が開催された。米国は人権問題等を抱えるミャンマー政府に対し批判的な立場であるため、これまで両政府の首脳が同じ会議で席を共にすることはなかったが、ASEANはそれを乗り越え、この首脳会議の実現にこぎつけた。また、米国は昨年TACに署名し、EAS の参加条件を満たすこととなった。今後とも東アジアは、国際政治構造の多極化を前提として、米国にこの地域への関与を促すことが重要である。

東アジア統合に関する諸提案と米国

近年、東アジアの統合枠組みに関してさまざまな提案が生み出されているが、米国から見て以下の三つはいずれも多少とも困惑する内容を持っている。第一は、ケビン・ラッド豪首相の提唱する「アジア太平洋共同体」構想である。この構想は、経済・安全保障分野のみならず、気候変動等の諸問題に関して、各国の政府レベルで協議を行う構想であるが、ASEAN+1, ASEAN+3, EASなどのASEAN中心の既存の枠組みから離れたものであるため、その実現は容易ではないと見られている。第二に、鳩山首相の提案した「東アジア共同体」構想である。この構想は、他の構想や既存のASEANを中心とした枠組みと対立するわけではないものの、この構想に対し鳩山首相自外の政府関係者がどの程度の積極的な意識を持っているかは定かではなく、また、この構想がどのような具体的意味内容を持っているかは必ずしも明らかではない。第三に、 ASEANを中心とした枠組みである。ASEAN諸国は、既存のASEANを中心とした枠組みの維持を望んでおり、それゆえASEANを強化しなければならないと自覚しているが、「ASEANの強化」が具体的に何を意味するかははっきりしない。ASEANからは、この2ヶ月の間に、「EASの拡大」、「EAS+2」、「ASEAN+8」等いつかの提案が出されたが、このような提案に米国が本格的に関心を持つ保障はない。

依然減じていない米国のアジア関与の重要性

 自国の相対的衰退という事態に直面し心理的な打撃を受けている米国が、今後、取り得る政策指針としては、①孤立主義への転換、②戦後の支配的な地位への固執、という2つの可能性が考えられる。貿易不振や失業への不安が高まる米国の国内世論は、孤立主義に傾きつつあるが、他方、オバマ大統領のアジア訪問に対する米国内からの批判は、米国の支配的な地位への固執を示しているといえる。しかし、危機は、米国のみならずアジアにも存在している。東アジアは、10年前の金融危機の経験を通じて、域内協力を強化したことで地域としての自信をつけるに至ったが、自信が過信へと繋がり「アジアは米国をもはや必要としない」との考えに陥ることがもっとも危険である。アジアは、依然、経済面でも安全保障面でも米国の力に依存しており、それゆえ、これからも米国の関与を大いに必要としていることを忘れるべきではない。

(文責、在事務局)