今回のロシアのグルジア侵攻は『ポスト冷戦』の終焉を意味している。ロシア国民は、ソ連崩壊を『抑圧からの解放』として歓迎するのではなく、『失われた栄光』として追慕している。我々も大英帝国の崩壊を経験したし、日本人も大日本帝国の崩壊を経験した。しかし、我々も日本人もそのような『過去の夢』を再び見ようとは思っていない。冷戦の終焉後西側諸国はロシアに対して新しいパートナーシップ構築のための多くの協力を申し出て、提供してきたが、ロシア人はそれらにほとんど関心を示さず、逆に我々に対して受け入れることのできない対価を求めてきた。自らを『大国』と位置づけて、かれらの『過去の帝国』の再建を支援するよう求めてきたのである。今回のグルジア紛争は、紛争発生の何ヵ月も前からロシアが準備してきたことである。グルジア国境の侵犯と小競り合いを繰り返したあげく、南オセチアとアブハジアの住民に一方的にロシアのパスポートを配布し、自国民保護のためと称して、グルジア領内に進攻した。グルジア紛争は、ロシアが意図し、綿密に計画した紛争である。しかし、EU諸国は、グルジア紛争への対応に関して3つのグループに分裂している。第一は、ドイツである。ドイツ人は第二次大戦の侵略者としてロシアに対する負い目があるのに加え、ドイツ再統一の実現についてロシア人に借りがあると思っている。そのため、グルジア紛争でロシアとの関係を損ないたくないと考えている。第二は、グルジア紛争は国際秩序に対する重大な挑戦であり、この事件によって欧州の国際環境は激変したと考え、ロシアに対してこれまでとは異なる断固とした対応が必要だと考えるグループで、これには中東欧諸国、イギリス、スカンジナビア諸国が含まれる。第三はそれらの中間の立場であり、グルジア紛争の問題点を認めながらも、ロシアとの決定的な対立を望まないグループで、これにはフランス、スペイン、イタリアが含まれる。欧州のロシアへの石油・天然ガスの依存度が高いことは確かに問題だが、それは最終的には決定的な問題ではない。今後欧州は、エネルギーの対露依存度を下げる措置を取ってゆくであろう。今回の事件を契機として『冷戦』が再来するのではないかという人もいるが、私は、一見冷戦に似通った情勢が現れることはあっても、冷戦の再来はないと考えている。その理由は、(1)今やロシア経済は世界経済に依存していること、(2)現在のロシアには冷戦期のソ連がもっていたような同盟国が存在しないこと、(3)軍事力において米国やNATOと比べ圧倒的な劣位(軍事支出は9000億ドル対400億ドル)にあること、の3点がその理由である。ロシアにとって、米国による輸送機、病院船の派遣や中国・CIS諸国による南オセチア、アブハジアの独立承認拒否などは誤算であり、世界で南オセチア、アブハジアを承認した国がニカラグアしかいないということにロシアの孤立ぶりが象徴されている。『新冷戦』となれば、ロシアの敗北は必至である。

(文責、在事務局)