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2021-12-23 00:02
(連載3)拡大抑止の信頼性を向上させるために
笹島 雅彦
跡見学園女子大学教授
(警報即発射と先制不使用政策、潜水艦の位置)
第2。「警報即発射(LOW)」をやめてしまうのは、オウンゴールみたいなものです。LOWを維持しておくことで、ロシア側はミサイル発射する場合の結末がどうなるか、評価しにくくなり、結果的に抑止向上に寄与します。LOWは米国側の選択であって、自動的に機械が行うものではありません。曲がりなりにも過去の誤情報は軍の確認作業によって未然に発射を防止できています。核事故は戦争ではないし、核戦争は事故ではない、と言えます。「偶発戦争発生の危険性」と単純化した表現は、誤解を生みやすいと思います。
第3。核の先制不使用については、宣言政策として米国と敵対する核保有国双方にとってはお互い抑止の安定を図るうえでプラスに働くように思えます。米民主党内の軍備管理派に根強い支持があることも理解できます。ただし、核保有国すべてが賛同してお互いの信頼関係が保てる場合にのみ機能するのではないでしょうか。松野官房長官が発言した通りです。
一方、アメリカの同盟国にとっては、拡大抑止の再保証がゆらぎます。ペリー氏は「米国は比類なき通常戦力でその他の脅威(生物、化学、通常兵器)を抑止し対処できる」と述べています。「対処」可能はたぶん、その通りでしょう。ですが、敵対国は、米国が素晴らしいハイテク兵器を保有し、その打撃能力が高いことを知りません。抑止の第2条件「十分な報復力」に核兵器が当てはまることは自明ですが、米国の「比類なき通常戦力」がそうなのかを敵対国はどのようにして理解できるのでしょうか。さらに、米国はペリー氏の提言通り、連邦議会が決定に加わったら、果たして議員たちは日本のためにハイテク兵器で報復措置をとってくれるでしょうか。その心配が募ると、自分で核保有に向かう同盟国が出てくるかもしれません。それでは、かえって核拡散につながりかねません。
第4。また、米露が、相互の近海から離れたところに限定して潜水艦を配備することを提案しています。潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)は本来、第2撃能力用ですが、先制攻撃も可能だから、その脅威を減らそうというわけです。これも非論理的な思考です。潜水艦は隠密性が高く、どの海域に潜んでいるかわかりません。米露で約束したところで、どこにいるかわからず、しかも第1撃能力は保持したままになります。
(ICBM全廃と中露の出方)
第5。核の3本柱(triad: ICBM, SLBM, 戦略爆撃機)のうち、ICBM撤廃はペリー提案の大きな柱です。今後30年で2兆ドルを投じるのなら、ペリー氏の主張通り、一見、ICBMの新たな建造は壮大な無駄遣いにもみえます。ICBMの先制使用の可能性が政治指導者や軍幹部にとって大きなストレスでリスクが高いなら、中露の指導者にとっても同様のはずですよね。しかし、ロシア側から見ると、米国のICBMが撤廃されれば、ロシア側のICBMは第2撃能力として残存性を高められます。しかも、米中西部のICBM基地群という攻撃目標が消えてしまえば、他の戦略目標(米軍基地、宇宙センター、原発、首都中枢など)をより狙い撃ちしやすくなるのではないでしょうか。プーチン大統領が喜びそうですね。
中国にとっても、ペリー提案は朗報です。習近平国家主席は、ほくそ笑んでいることでしょう。中国は北西部砂漠地帯で、着々とICBM用の地下式格納施設(サイロ)を2か所で建設していることが米衛星写真の解析から明らかになってきたからです。米ミドルベリー国際大学院モントレー校不拡散研究センターはさる6月30日、中国が北西部甘粛省の砂漠地帯にICBM用のサイロを新たに119基建設していることが衛星画像の解析で判明した、と明らかにしました(同日付・ワシントン・ポスト紙電子版)。ここで建設中のサイロは全部で約145基になります。
続いて、アメリカ科学者連盟(FAS)は7月26日、中国の新疆ウイグル自治区東部・ハミ市近くで建設中のミサイルサイロを発見し、最終的に約110基のサイロが設置される可能性がある、と発表しました。単純計算で、計255基のサイロ建設。中国の新型ICBM「東風(DF)41」をサイロに置くとみられています。研究者等の推定では、DF41は射程が7,000キロ近くあり、多弾頭(MIRV)化により核弾頭を最大10発搭載、米国本土の標的を攻撃できるそうです。すると、単純計算で2550発に膨らみます。
退任近くだったジョン・ハイテン米統合参謀本部副議長は、こうした報道内容を認めたうえで、「各ICBMが10個の多弾頭なら、米露の新START上限枠である各1550発を瞬く間に超えてしまうだろう。中国は核の先制不使用を宣言しているが、それならなぜ、それほど大量の核戦力を増強する必要があるのか」と問うています(ブルッキングス研究所インタビュー・9月13日)。ペリー氏がICBMのリスクとカネの無駄を説いているのに、中露がせっせとICBM用サイロを建設し、LOWの訓練を重ねているのはどうしてでしょうか。やはり、ミサイルの半数必中界(CEP)の精度の高さなどICBMの効能を知っているからではないでしょうか。(つづく)
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