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2021-11-17 23:04
(連載3)バイデン政権は核の「先制不使用」宣言を出すべきではない
笹島 雅彦
跡見学園女子大学教授
さらに、核抑止論に立ち戻って、2010年ごろの議論を振り返ってみよう。
そもそも、「核の先制使用」とは何か。敵対国から通常兵器による攻撃を仕掛けられた時、核兵器を先に使って劣勢を挽回(ばんかい)する戦略オプションのことだ。核攻撃を受けた場合の「核による報復」と並んで、冷戦時代からNATOの核戦略の柱になっており、東アジアにおいても同盟国の日本や韓国に適用されている。核兵器を使って先に開戦する「核の先制攻撃」とは全く別の概念で、区分する必要がある。このため、外務省では「核の先行使用」という訳語を多用しているようだ。
核抑止論は、冷戦時代以来、米国内の核戦略家の間で二つの考え方を巡る激しい論争が続いてきた。一つは、戦略核レベルで非脆弱な第2撃能力を相互に保有することによって核報復を可能とすることで米ソ間の戦争を抑止する「相互確証破壊(MAD)」戦略。もう一つは、通常戦力による戦闘から核兵器による戦闘に至るまで、戦闘遂行中の抑止機能をも計算に入れながらエスカレーション・ラダーを整備する柔軟反応戦略である。通常戦力が充実していれば、核の敷居は高くなり、核オプションの選択を回避できるかもしれない。
冷戦時代のNATO戦略は、東西ドイツを挟んでNATO軍とワルシャワ条約機構軍の陸上戦力が対峙する中、機甲師団を主力とする陸上戦力で大きく劣るNATO軍が核の先制使用を含む柔軟反応戦略を採用していた。なぜなら、旧ソ連側が戦車部隊を中核とする大量の機甲師団で西側に向かって「電撃作戦(Blitz-krieg)」を開始する場合、奇襲を受けるNATO軍側は、通常兵器では到底、防御できない。このため、東側の後方兵站基地を米軍が核爆撃することで旧ソ連軍の補給線を分断し、前線の戦車部隊に対しては核地雷で足止めしようという戦術的要因が働いていたからだ。
冷戦終結後に、米国内から核の先制不使用宣言や「唯一の目的」宣言の論議が出てきたのは、欧州戦線における柔軟反応戦略が後景に退いたことと、MAD戦略に役割を限定する考え方と結びついている。米国の軍備管理・軍縮派は、欧州戦線の安全保障環境を中心に考えて、核の「先制使用」を過去の遺物と判断した。冷戦後の核軍縮・不拡散を推進するため、国際世論にアピールする政治的な宣言政策として注目した、といえよう。
この課題は、英国際戦略問題研究所(IISS)発行の隔月刊専門誌「サバイバル」誌上でも2009年(6・7月号、10・11月号)、精緻(せいち)な論争が展開された。
まず、「核の先制不使用」肯定論を理論的に提示したのは、スコット・セーガン米スタンフォード大教授である。同教授はまず、その宣言政策の意味について「米国の核兵器の役割は、米国や同盟国、米軍に対する他国の核保有国による核兵器使用を抑止することである。抑止が破れた場合、必要であれば、適切な範囲内で核による報復のオプションを残したまま対応することである」と位置づけた。そのうえで、核拡散を進める国々に対して厳しい外交手段を取る時、国際的支持を増やす上で役立つことや、テロリストによる核使用が非道徳的で不法であるようにみえることで間接的に影響を与えられることなど利点を紹介した。同教授は「核軍縮に向けた米国の関与は、ブッシュ政権の明確な戦略目的としての諫止戦略の採用によって矛盾を生じた」と、ブッシュ・ドクトリンを厳しく批判。さらに、「核の先制不使用」宣言は、米国の「消極的安全保証」と「計算されたあいまい性」(生物・化学兵器使用をもくろむ潜在的敵国に対し、米国側の反応をあいまいにしておくクリントン政権の戦略)の不一致を明確に終わらせる、と主張した。それが、「2010年NPT再検討会議に前向きのインパクトを与える」と訴えた。
これに対し、核戦略家で米戦略態勢委員会委員のモートン・ハルペリン氏が時期尚早論、ブルーノ・テルトレ仏戦略研究財団主任研究員が反対論を展開した。ハルペリン氏は、「同様の主張は私も50年前から行っている」と前置きした上で、CTBTの上院批准のほうがもっと重要である、と優先順位を示した。そのうえで、「先制不使用」のように、論争の的となるような方法をとらなくとも、「核兵器の役割は、核攻撃を抑止することである」といった表現で、米国が核保有する理由を公式説明することにより、宣言同様の利点が得られる、と主張した。この表現はまさに2010年版NPRで採用された言い回しに近く、オバマ政権がこうした論争を参考にした可能性をうかがわせる。(つづく)
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