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2008-01-21 16:17
「老舗国家日本」の文化遺産を守れ
角田勝彦
団体役員・元大使
今回は、「老舗国家日本」が文化面で有する危険のひとつについて注意を喚起したい。さて故天谷直弘氏は、1980年代、日本を(「サムライ国家」との対比において)「町人国家」と名付ける巧みな批判をされた。杉浦正章氏が、本欄の「自虐スパイラルはもういい」(1月15日付投稿512号)で指摘されたように、「株価の低迷、人口減少、一人当たりGDPの下位転落、国の借金など」の経済的要因を理由に、とくに新年になって「自虐スパイラル」が起こっているところを見ると、町人国家の体質は健在らしい。
やっと成立したが、ねじれ国会でのインド洋給油法成立の難航を忘れたように、揮発油税の暫定税率維持を盛り込んだ税制改正法案の成立のため、3分の2の多数決による衆院再議決という伝家の宝刀を抜くことが検討されているのも、その一つのあらわれであろう。「ガソリン国会」という珍妙な問題提起もある。経済社会問題が国民の最大関心事となるのは平和な時代の通例である。イラク戦争を中心にテロとの戦いを抱えた米国ですら、ブッシュ大統領は、サブプライム・ローン問題による景気後退の阻止を重視し、慌てて、1月18日に総額が最大で1500億ドル(約16兆円)規模となる緊急経済対策の概要を発表した。
いま、時代は、経済中心に動いている。多くの国は町人国家となった。ところで、町人国家の中にも、いろいろある。日本は、老舗のうちに、数えられよう。老舗には、出来星の商人と違った生き方があり、成金を羨み真似をすれば、かえって老舗の評判を失い、本業を危なくしよう。この点は、「改革による成長」論などとの関連で、そのうち論じたいが、ここで提示したいのは、老舗の責任である「伝統保存」に関連したひとつの具体的危険である。京都の国宝木造建築物が全面焼失する危険である。
最近、大石久和氏(元国土交通省)を介して、京大土岐憲三名誉教授の、「京都の国宝を地震による火災から守ろう」という運動を教えられた。なんども拝観しながら、漠然と、充分に守られているのだろうと思っていたのが、そうではないと知って愕然としたのである。京都では、1596年の伏見大地震以来、大地震はない。しかし、活断層が集中し、活動期に入っており、神仏頼みで済む地域ではないそうである。大地震の揺れに対しては、伝統的に揺れに強い国宝木造建築物が耐えてくれることを祈るほかないが、怖いのは火である。京都は、空襲から免れたこともあり、戦前からの木造家屋の割合は15.9%と全国一で、袋地や狭い道路に面した住宅が多い。よって大地震の際の同時多発火災の危険は大きい。1788年の天明の大火では、当時の市街の約80%、200余の神社と900余の寺院が焼失している。
いま問題は、そのとき焼失地域外にあって、やっと残った国宝木造建築物が、ほとんど数倍に拡大した住宅密集地区に入ってしまったことである。東京の国宝が収蔵庫に収容され、奈良では聚落に分散しているのとは違って、類焼の危険が非常に大きい。書画彫刻は持てるから助かるかも知れないが、木造建築物は類焼すればお終いである。国宝の周囲30メートルは火気厳禁になっているが、民家などが残っているところもあるそうである。自火はともかく、類焼を防ぐまでの消火設備を備えているところは少ない。京都の国宝建築物の多くが世界遺産にもなった現在、蛮勇をふるって、該当社寺及び住民に類焼の危険を少なくする措置を義務づけるべきだろう。
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