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2021-10-10 20:45
(連載3)姿を現し始めたバイデン・ドクトリン
笹島 雅彦
跡見学園女子大学教授
今後とも、バイデン政権は、新疆ウイグル自治区の人権弾圧や香港の民主化抑圧、東シナ海・南シナ海における領有権主張を厳しく批判し、台湾へのコミットメントを明示している。そのうえで、来年2月の北京冬季五輪終了以降、中国が台湾有事を引き起こさないよう本格的な抑止を図っていくだろう。その一方、気候変動や感染症対策、核不拡散問題(イラン・北朝鮮)などの分野では、中国との協力を模索するだろう。
米中間の実質的な対話はこれから本格的に始動する。
9月15日のオーカス創設発表を受け、中国は翌16日、対抗措置として環太平洋経済連携協定(TPP)への参加申請に乗り出した。これを受けて、台湾も23日、正式参加申請した。トランプ前大統領がTPPへの参加から離脱した空白を狙い、逆手にとって中国の貿易面における影響力拡大を狙ったものだ。これは、TPP議長国である日本にとって有利に交渉を進めることが可能な環境下にある。まずは、米国に対してTPPへの復帰を促し、先に申請が出ている英国の加盟を協議する。そのうえで、WTOと同様の条件(台湾の名義は「台湾、澎湖、金門、馬祖から成る独立の関税地域」)下で台湾の加盟交渉を進めることができるだろう。中国については、TPPの加盟条件を一切緩めることなく、関税自由化への努力をじわじわと促していけばよい。中国が自国の国営産業保護政策を手放すことは容易ではない。
冒頭に述べた「バイデン・ドクトリン」における理想主義的アプローチは、国連総会演説と民主主義サミット開催計画に端的に表れている。これは、「自由で開かれたインド太平洋」を追求する日本の外交構想とも符合し、価値観の共有を訴えるソフトパワーとなる。確かに、民主主義の価値観を前面に打ち出す理想主義的アプローチは、現実主義の理論から見れば、実際の力関係を見失ってしまうかもしれない危うい側面もある。
だが、中国の習近平指導部は9月以降、台湾の防空識別圏(ADIZ)に戦闘機を大量に侵入させるなど、台湾に対する軍事的威嚇を繰り返している。内政不干渉を盾に、専制主義体制堅持に固執する習近平指導部が世界の人々の目にどう映るか。経済と先端技術など多面的に「民主主義対専制主義」の競争が始まっている中、自由と民主主義、人権尊重、開放的な社会、多様性の重視を訴える西側諸国が政治システムの選択肢を提示し、中国の勢力圏形成を掘り崩していく外交上の意味があろう。
実務的なアプローチの一つであるオーカス創設は、米英豪という「アングロ勢力圏(Anglo-sphere)」の形成という側面を持つ。英国にとっては、ブレグジット後の外交方針「グローバル・ブリテン」の具体策として、インド太平洋における一定の役割を見いだした形になる。米英豪にカナダ、ニュージーランドを加えた5か国による情報共有機能「ファイブ・アイズ」クラブが存在し、米豪NZによるアンザス条約70周年を9月に祝賀したばかりでもある。
フランスとの関係がぎくしゃくしたが、マクロン大統領は米豪へ大使を帰還させ、米仏首脳会談を準備することで関係修復を図っていくようだ。豪州との通常型潜水艦開発計画(2016年契約、日独は取引競争に敗北)が破棄されることでフランスは約460億ドルにのぼる契約を失うことになる。豪州では、この契約をまとめたターンブル前首相がオーカスに批判的だ。一方、モリソン豪首相はフランスに対し、かねて低濃縮ウラン利用の攻撃型原潜の技術提供を要望していたのに、拒絶されたという不満を持っていたのだという。米豪とフランスが決定的に対立することで中国が漁夫の利を得るようなことがあっては戦略的に失敗であり、今後、マクロン大統領はオーカスにどのような形で食い込むか、思案していくことになるだろう。日本にとってもオーカス参加は重層的な安全保障ネットワークの形成のうえで、魅力的な選択である。
サリバン補佐官と中国の外交トップ・楊潔篪共産党政治局員は10月6日、スイスのチューリッヒで会談し、年内のオンライン首脳会談開催で仮合意した。今後、イタリアで開催される主要20か国・地域(G20)首脳会議(10月30,31日)の場を利用した米中外交や、英国グラスゴーで開催されるCOP26(10月31日~11月12日)での協調を呼びかけるだろう。
日本としては、バイデン政権の「実務的で自制的なアプローチ」に対し、防衛面で側面協力していくことが同盟国として肝要だ。バイデン政権の足元は不安定だが、その対中戦略を積極的に後押ししていくことが日本の国益につながる。米国防予算の頭打ち傾向を念頭に、我が国の国家安全保障戦略の改定を進めていく必要がある。まずは、豪州や韓国の国防費急増の流れに合わせ、我が国の防衛力整備において、政治的決断によって2022年度以降防衛予算の大幅増を図り、現防衛計画の大綱(2018年)の前倒し達成を進める必要がある。スタンド・オフ・ミサイルの増強、中距離弾道・巡航ミサイルの南西諸島配備構想(米軍又は自衛隊)の実現を図り、台湾有事の発生を抑止する一助としていくことが日米同盟上の責任分担を果たすことにつながるだろう。
それに加え、豪州同様、米軍の協力を得て、戦略原潜(SLBN)ではなく、攻撃型原潜の海上自衛隊への導入を目指すのか、自民党総裁選で議論が始まった。中国海軍の空母打撃群に対抗するには、大型空母開発でなく、攻撃型原潜の配備を目指すほうが低コストで軍事的効果も高い。昨年度から海上自衛隊に配備されたリチウムイオン電池搭載の通常型潜水艦「おうりゅう」は従来型よりも確かに潜航時間などで優れているが、原潜にはなお及ばない。米原潜はすでに横須賀港、佐世保港など日本寄港の実績がある。非核三原則上の問題はない。日本はかつて原子力船「むつ」の研究開発中断に終わっているが、政治的障壁を乗り越えて再開発に乗り出すのか、政治判断が問われている。(おわり)
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笹島 雅彦 2021-10-10 20:45
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