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2017-12-23 04:00
(連載1)米国の外交政策を深刻に歪めるトランプ政権
河村 洋
外交評論家
ドナルド・トランプ氏が、昨年11月の大統領選挙で大方の予想を裏切るかたちで勝利を収めて以来、アメリカ国内外の外交問題の有識者らは同氏のアメリカ第一主義との公約がどのように現実政策に擦り合わせられるかを注視してきた。今年2月の大統領就任以降、トランプ大統領は、中東からヨーロッパに至る大統領としての公式訪問、国連総会での演説、そして最近の東アジア歴訪などを精力的にこなしたが、そこから得られた大方の印象は、トランプ氏は、選挙戦での自身の公約を守り、国内の支持基盤を喜ばせることの方が、人権、環境、自由貿易といった国際公益の追求よりも重要だと考えているのではないか、といったものである。リアリスト、国際介入主義者を問わず、またリベラル、保守を問わず、有識者のあいだでは、トランプ氏の視野狭窄で自己本位な外交政策は、集団防衛も多国間合意も軽視しており、国際社会でのアメリカの名声を貶めている、との認識が共有されつつある。
たとえばトランプ氏批判の急先鋒であるネオコンに近い外交問題評議会のマックス・ブート氏は「この大統領のアジア歴訪ではアメリカの責務が見過ごされた」と論評している他、トランプ氏の外交舞台での振る舞いに関するより根本的な問題として、「この大統領は、金星章戦死兵の両親やジャーナリストといった自分より弱い立場にある者と対立する時には非常に攻撃的だが、習近平国家主席やプーチン大統領のように本当に強い立場にある者と一対一で向き合う時には信じられないほど臆病になる。トランプ氏は人権にも言及せず劉暁波氏への哀悼の意も示さなかったかばかりか、習氏には知的所有権と不公正な貿易慣行で問い詰めることできなかった」と述べている。これでは同盟諸国がトランプ氏の独断的で取引志向の外交を信頼しないのも当然である。トランプ氏はプーチン氏に対しても同様の態度を示しており、例えば、G20の折に実施された米ロ首脳会談直後にはロシアによる選挙介入がなかったと「信じる」とまで言いきった。
またトランプ氏は、自らの国際政治観をリアリストとして名高いヘンリー・キッシンジャー氏に負っているとしているが、当のリアリストからも重大な懸念が寄せられている。たとえばハーバード大学のスティーブン・ウォルト教授は「トランプ氏は民主主義と自由などアメリカ的価値観の普及など馬鹿にしきっており、アメリカが数十年にわたって築き上げた外交政策の財産を破壊しつつある。普遍的価値観がもたらす利点を軽視する一方で、取引本位の外交を追求するトランプ氏には国益と個人の利益の区別がついていない」と批判している。この弊害が端的に表れたのは、中国とサウジアラビアへの訪問の時で、その様子をウォルト氏は「トランプ氏の交渉技術は相手方に機嫌を取られるだけで、アメリカの重要な国益とも言うべき自由貿易、地域安定などを犠牲にしている」と厳しく評し、「さらに危険なことにトランプ氏は、ロシアのプーチン大統領、トルコのエルドアン大統領、ポーランドのカチンスキ首相、フィリピンのドゥテルテ大統領といった独裁者の実態を理解せず、しかも、彼らを称賛することが、世界の中でのアメリカの立場をどれほど悪くするかも理解していない」と酷評している。
おそらくトランプ流の「リアリズム」は、自らの不動産事業の経験に根差しており、そこから熾烈な競争の中で相手を出し抜く術を学んだのかもしれない。しかし国家と国家の関係は同じようには動かない。騙すか騙されるかの二分法に基づくトランプの世界観は、無知や無教養どころか裏社会の人々のような思考様式である。トランプ氏は自らを交渉術の達人だと吹聴するが、アメリカの情報機関よりもプーチン氏を「信用」すると口にするほど不用意な面がある。ジョン・マクローリン元CIA副長官は、この点について次のように分析している。「トランプ氏はアメリカの情報機関がもたらすロシアによる選挙介入の情報を信じていない。よってプーチン氏への称賛によって情報機関関係者を攻撃したいとの目論見がある。またロシアによる選挙介入をめぐる論争に国民の注目が集まれば、ロシアはアメリカで次の選挙の機会に介入しても警戒の目を逸らせるので、トランプ氏には究極的に有利に働く。さらにトランプ氏は、特にシリア問題をめぐり、ロシアがアメリカにとって不可欠な戦略的パートナーだと信じている。彼の見解は誤りだが、プーチン氏のパーソナリティーとリーダーシップのかたちに惚れ込んでしまっているとあってはどうしようもない」。
このトランプ氏の危険なまでの不用意さは、サウジアラビアに対しても見られる。すなわちモハマド・ビン・サルマン皇太子による「改革」の実態を理解しないまま支持を表明し、この国との安全保障協力を進めようとしている点である。実際には、イランへの対抗意識からサウジアラビアへの依存を強めることのリスクは大きい。トランプ氏はタフ・ネゴーシエーターというよりは簡単なカモになっている。さらに、「トランプ氏が、アメリカ外交の実績と伝統を軽視する根本的な理由は、主流派の政治家や知識人に対する根拠のない優越感である」と指摘するのはブルッキングス研究所のロバート・ケーガン氏である。同氏は、『ワシントン・ポスト』紙10月11日付の論説において、「トランプ氏はスティーブ・バノン氏の助力で共和党を征服してしまった。両名が、党の理念にもエスタブリッシュメントにも敬意を払う必要がないのは、主流派がバラク・オバマ氏への敗者であり続けたのに対して自分達こそ民主党を破ったと見なしているからである。党の組織と選挙基盤を征服してしまったトランプ氏は今や共和党そのものを自分の個人的な選挙マシーンとして利用している」と述べている。(つづく)
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