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2016-10-24 10:31
アジア地政学に影響与えるフィリピン大統領
鍋嶋 敬三
評論家
フィリピンの「反米」ドゥテルテ大統領の出現がアジア太平洋の地政学に影響を与え始めた。同盟国アメリカとの「決別」を中国で宣言した同氏の言動は行きつ戻りつ転変が常だが、根からの反米主義者で「米国の言いなりにはならない」という本音は変わらないだろう。このまま推移すれば、米比同盟関係は傷つき、北から南へ日本、韓国、フィリピン、タイ、オーストラリアという米国の同盟国の鎖の一角が実質的に崩れる恐れがある。中国との南シナ海領土紛争の最大の当事者であるフィリピンの「変節」は紛争の様相を変え、中国の影響力拡大を助け、地域の安全保障の不安定性が強まる恐れがある。安倍晋三首相はこの25日から訪日する同大統領の外交方針をしっかり質して、米国との同盟関係の修復に向けて後押しすべきである。
北京を公式訪問したドゥテルテ大統領と習国家主席の首脳会談(10月20日)後に発表された共同声明は「国際法の原則」を掲げながらも、紛争解決は「直接関係する主権国家の話し合いで解決」と中国の主張に沿った内容になった。南シナ海での中国の主権主張を全面的に退けたハーグの国際仲裁裁判所の決定には言及しなかった。大統領は訪中で240億ドルの経済協力を取り付けたことを成果に挙げた。フィリピン自身が仲裁裁判所の決定を避けた形に見える。紛争当事国のベトナムにとっては思わぬ打撃だろう。マレーシア、ブルネイなど他の当事国にも影響を与えよう。このところ中国に対し批判的な立場を強めてきたシンガポールやインドネシアは困惑を隠さないでいる。
中国はカンボジア、ラオス、ミャンマー、タイを取り込んで東南アジア諸国連合(ASEAN)の分断を図ってきた。米ホワイトハウスの国家安全保障会議(NSC)で中国担当の補佐官を務めたJ.ベーダー氏はドゥテルテ問題の「真に破壊的なところは、最も古い同盟国ですらも非同盟の立場に引きつけられる可能性があることで、マレーシア、ベトナム、タイ、シンガポールやインドネシアにとっても危険なシグナルだ」と問題の深刻さを指摘した(ニューヨーク・タイムズ紙)。仲裁裁判所への提訴を主導した前アキノ政権のデルロサリオ元外相は同大統領の言動について「愚かで不可解」「国家的悲劇」と非難している。
最も問題なのは、ドゥテルテ大統領の言動が二転三転し、フィリピンがどこに向かおうとしているのか不明なことだ。北京では「米国と軍事的、経済的に決別を宣言する」とたんかを切ったが、帰国すると「外交関係を切るということではない。そんなことはできない」「対米関係の維持がフィリピンの最大の利益だ」と釈明した。「米国の外交政策にぴたりと合わせる必要はない」というのが本音だと説明したが、国家の外交・安全保障戦略の基本である米国との同盟関係を再調整したいのか、不透明なままである。国民の親米感情は強く、大統領の言動とは相容れない。華僑によって経済的に押さえられ、南シナ海で漁民が中国の公船によって妨害されてきたフィリピン国民の反中感情は強く、ナショナリズムの動向が国の行方に影響するだろう。不安材料は軍部の動向だとシンガポールのジャーナリストは指摘する。米国との長い戦略的な関係を解消するような姿勢の大統領に対して軍部が緊張感を持って見ているという。「ドゥテルテ台風」の進路はアジア太平洋地域の大きな懸念材料である。
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