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2015-12-22 14:08
(連載2)混迷を深めるパリ同時多発テロ後の世界
河村 洋
外交評論家
ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は12月11日に、バラク・オバマ大統領がロシアをアメリカ主導の反テロ連合に招いたことを積極的に評価しているが、アメリカ財務省はその前日に「ロシアが支援するアサド政権はISISと交戦していながら、彼らにとって最大の石油顧客だ」という事実を公表した。さらにロシアのスホイ34フルバック戦闘機はシリア空爆の経路を確保するためにイランの空軍基地を使用し、Tu95ベア、Tu160ブラックジャック、Tu22バックファイアといいた爆撃機にいたってはイランの戦闘機の護衛を受けている。 ここでもフレデリック・ケーガン氏はロシアとイランの枢軸に警鐘を鳴らしている。実際にイランは11月21日に核合意が結ばれてから2度目の弾道ミサイル実験にガドル110を打ち上げた。明らかにそれはイラン版のモンロー・ドクトリンであり、中東でのシーア派支配と欧米の影響力排除の宣言である。
さらに言えば、プーチン政権が重視していることがNATOの弱体化であることは、ロシアとトルコの衝突に典型的に表れている。アサド政権への支援のためにロシアはシリア国内のトルクメン人居住地域を空爆してトルコを刺激した。11月24日にトルコ軍のF16戦闘機がロシア軍のスホイ24戦闘機を撃墜したのも無理はない。トルコのアフメット・ダウトール首相は「ロシア軍のシリア駐留によって『目的が違う別々の2つの同盟』の衝突の危険が高まっている」と述べている。今回の撃墜事件以前の10月にも、イラク上空で作戦任務に従事するイギリス空軍のトーネード戦闘機が、シリア上空のロシア空軍機との交戦という不測の事態に備えて対空ミサイルを配備したことで、英露が対立している。そうしたシリア周辺の危うい状況に加えて、ロシアとトルコの地政学的競合関係も重要である。ロシアはイラン、イラク、シリアと緊密な関係である一方で、トルコはアゼルバイジャンと深い関係にある。歴史的にロシアはトルコをヨーロッパに対する緩衝地帯としてきた。プーチン大統領がこの機をとらえてトルコにもジョージアやウクライナに対するのと同様に圧力をかけたことは、何の不思議もない。事件を契機にロシアは東地中海に対空ミサイル巡洋艦モスクワを派遣し、今月にはシリアにS400対空ミサイルを配備したが、それはすでに当地に配備済みとも伝わるS300よりも新鋭のミサイルである。
プーチン政権によるトルコへの圧力はもっと懸念すべきである。これらのミサイルに付随するSA17という新鋭の防空システムによって、ロシア軍のレーダーはシリア上空の米軍機を監視している。今月半ばにアメリカ側は有人機の飛行を当面停止してロシア軍の防空システムへの対処を模索している。トルコの周辺事態はウクライナ化している。しかしトルコ自身にも原因はある。エルドアン政権はイスラム主義に走って欧米との関係を緊張化させた。ケマル主義から逸脱したトルコは中国からHQ9防空ミサイルの購入さえ試み、日本を含めた西側諸国全てを慌てふためかせた。プーチン大統領はこの機を逃さなかった。相手がポーランド、バルト三国、ルーマニアといったNATOの忠実な加盟国であれば、ここまで挑発的な振る舞いはなかったであろう。プーチン政権の危険な拡張主義はしっかり念頭に置くべきあり、共和党のマルコ・ルビオ大統領候補は、パリ同時多発テロを機にアメリカ主導の多国籍軍によるISIS掃討を支援するために、トルコの対クルド関係と報道の自由に改善が見られると指摘する。
パリ同時多発テロによって世界の動向は不透明度を増している。大西洋の両側での分裂はヨーロッパ内部に移っている。恐怖に駆り立てられた小国は移民を排除するだけでテロ掃討に本格的に貢献しようとはしない。フランスやイギリスのような軍事的能力のある国だけが責任ある行動をしている。こうした亀裂によってヨーロッパ諸国民が地域統合に疑問を抱くようになるのは、イギリスの脱EU運動にも見られる通りである。ロシアとイランをも含めた大連合などは、両国とも中東からの欧米勢力の駆逐とNATOの解体という地政学的野心を抱いている事態ではほとんど実現性がない。ロシアもイランも西側の弱点に付け込もうと虎視眈々と狙っている。このことを忘れてはならない。(おわり)
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