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2011-04-27 10:01
(連載)原子力は「最終解決」ではなく、「つなぎ」にすぎない(2)
西村 六善
元地球環境問題担当大使
日本では今まで再生可能エネルギーの大量導入は忌避されて来た。安定的な電力供給が出来ないと云うのが理由だった。しかし真の理由は、明治以来の日本の「電力の供給は中央で集中管理し支配する」と云うDNAだ。原子力はこのDNAに合致するのみならず、「クリーン・エネルギー」でもあった。だから、政・産・官・学・一部メディアの5者複合体によって強い熱意で推進されて来た。これに対して、分散電力である再生可能エネルギーは、電力の地産地消を促し、地域経済開発を促し、地域振興と地域主権を推進するものであって、中央統制体制を弱体化させるものであった。分散電力は文字通り中央管理を分散させるものだった。
福島原発事故以降、本来的に問われているものは、原子力を継続するかどうかではない。原子力をどうするかは、それぞれの地域の国民がもはや決着をつけるだろう。本質的問題は、寧ろこのDNAだ。このDNAが生き続け、電力のような社会システムの基礎部分に、中央管理の独占体制が居座り続けるのかどうかだ。電力自由化問題が再度俎上に上るかどうかだ、と言い換えてもよい。日本の電力料金は海外に比して2倍だ。電力自由化が進んでいないことが、日本の高コスト体質を生んでいる。最も重要な電力と云う基礎商品について、産業も家計も選択の自由がない。だから計画停電のような計画経済が罷り通る。国民の大多数は、「そこそこの品質」でも安ければそっちを買いたい所を、0.1秒たりとも電流が断絶しない世界最高品質の電力を国際価格の2倍も払って受忍してきた。
要するに、電力の中央管理DNAの周辺にも、上記の5者利益複合体が存在している。日本は、とどのつまりこのDNAに背馳しない範囲内でしか行動して来なかった。石炭等の化石燃料への依存もそうであったし、原子力への傾斜、自然エネルギーの忌避もそうであった。その過程で、エネルギー自給率は僅か4%に低迷し、日本経済の高コスト体質を温存し、日本企業の収益機会を奪い、地産地消で地域振興を目指す動きに背を向けてきた。国際的には地球温暖化問題で不自然な消極姿勢を取り、グリーン技術産業革命で主要競争国に後れを取るに至った。以前からこのDNAに風穴を開け、電力の自由化を実現しようとした官僚は存在した。しかし彼らは敗退した。高コストへの批判は、結局国民的議論にならなかった。国民は従順であった。メディアが気候変動防止や電力自由化への正論を論じようとすると、電力を貴重なスポンサーとする広告局から横やりが入った。これが紛れもない現実だった。今回のような歴史的悲劇を経ても、日本のような国際国家が懲りずに電力部門での非市場性を温存して行くのか?これが真の問題だ。
ところで、再生可能エネルギーをそれ程急速に且つ大量に導入できるのか?ドイツ環境省によれば、2010年現在において、ドイツの再生可能エネルギーは、全電力供給の17%を占めている。今後10年以内に35-40%にする計画だ。米国でも2010年実績で自然エネルギーは、一次エネルギーの11%を占めた。米国エネルギー省はこの趨勢からして、自然エネルギーは原子力を2011年内に追い抜くと推測している。世界で7番目のGDPを有するカリフォルニア州のブラウン知事は、2011年4月12日に2020年までに同州の電力の3分の1を再生可能エネルギーとする州法案に署名した。これにより、2010年までに再生可能エネルギーを全体の20%とする目標は、2020年までに33%とする目標になる。(つづく)
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