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| 「新党」で「いつか来た道」を繰り返すな | |
| 投稿者:杉浦 正章 (神奈川県・男性・政治評論家・70-79歳) [投稿履歴] 投稿日時:2012-02-22 06:54 [修正][削除] |
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| みのもんたに代表される民放テレビの浅薄なセンセーショナリズムと国政批判によって、既成政党は「悪」であるという概念が有権者に定着し、これが大阪維新の会に「風」を吹かせている。維新の会は、何と改憲が必要な統治システムの改革を唱え、独裁的な政治手法の指導者が国政に乗り出す機会を窺っている。既成政党はなすすべを知らずに、卑しげな秋波を送り続けている。歴史は繰り返すというが、まさに政友会と民政党の不毛の対立が軍部独裁を招き、国を滅ぼした「いつか来た道」の危うさがそこにある。既成政党を褒めるのはマスコミのタブーのようになっている。批判することが日本のインテリのレーゾンデートルであるかのようである。ちゃんちゃらおかしいと言いたい。大衆にこびを売り、正義の味方とばかりに、みのもんた風の司会者が朝から晩まで政党の“ていたらく”だけを誇大に伝え、批判し続け、忙しい有権者は、そんなものかという思考が定着する。戦後の日本の政党政治はそんなに悪かったのだろうか。 ここは世界的視野から日本の立ち位置を俯瞰(ふかん)する必要がある。例を挙げれば、米国の“本音”が「日本の失敗という神話」と題して、ニューヨークタイムズのオピニオン欄に載った。「日本が今やとても意気消沈した国になってしまい、本当に後退してしまったというように描き出すのは、神話というものだ」で始まって、日本の隆盛ぶりを語っている。日本人の平均寿命は、1989年から2009年にかけて4.2歳も伸び、アメリカ人より4.8歳も長生きである。インターネットのインフラ構築で著しい進歩があり、最速のネット・サービスが享受できる世界の50都市中、日本の都市は38もあったのに対して、アメリカの都市はたった3つだけ。1989年末を基準にすると、円は米ドルに対して87%、英ポンドに対して94%も上昇した。失業率は4.2%で、アメリカの約半分である。500フィート以上の高層ビルは、「失われた数十年」開始以降、81棟が東京で建設された。それに対して、ニューヨークでは64棟。といった具合である。 日本の繁栄を羨望のまなざしで見る論調で貫かれているのである。この視点は、金融危機に直面する欧州や発展途上のアジア諸国からみれば共通する側面があり、それをもたらした日本の戦後政治は、少なくともみのもんたが朝から晩まで批判するようなものではあるまい。「駄目」と言わなければ視聴率を稼げない、自虐趣味でなければ有識者とみなされないような民放テレビの政治報道は、すべてを短絡させて伝達し、やはりタレント出身の大阪市長・橋下徹の政治手法に大きな影響を与えているかに見える。橋下が「船中八策」で唱える首相公選と参院無用論は、戦後営々として築いてきた議会制度システムを根本から変えようとするものに他ならない。橋下がなぜそれを唱えるかと言えば、自分の政治手法にもっともマッチしたシステムであるからだ。たちが悪いのは、自らは国政に立候補せずに、裏でコントロールしようという意図がありありと見えることだ。公選首相なら独断的政治手法を自由に駆使しやすい上に、ねじれで政治が遅滞する参院がなければ、法案処理も速まる。朝日川柳に「独裁に賭けたくもなる閉塞(へいそく)感」があった。気持ちは分かるが、政治とは我慢の連続である。ガバナンス(統治)の側も、ガバナビリティ(被統治能力)の側も、忍耐が不可欠だ。 中国のことわざに「国を治むるは田を鎒(くさぎ)るごとし」がある。政治は田の雑草を取り除くような地味な作業の繰り返しであるというのだ。チャーチルは政治の要諦を「忍耐し、我慢しさえすれば、やがてよくなる」と形容した。ここ数年の政治に目を移せば、自民党政治の末期症状を嫌気して、「よかれ」と選んだ民主党政権がマニフェストの虚飾が露呈、有権者は政治への失望感に苛まれている状態だ。浮動票は響きのいい「新党」へと向かいかねないムードも生じている。しかし維新の会も「石原新党」も、独裁傾向で相通ずる「危うい」側面がある。繰り返すが、大正から昭和にかけての政党の体たらくが生んだ、ファシズムを繰り返してはならない。政権交代が期待外れであったからといって、決して国政には選んではならない政治家たちなのである。謀反の心を「異心」というが、朝日川柳で「野暮(やぼ)なことただの異心を維新とは」と看破されているとおりだ。朝から晩まで民放が政治批判を繰り返すから、政治システムまでも変えるのか。この国の政治を民放政治ショーの司会やコメンテーターレベルの政治にしてしまって良いのか。ここは有権者が自ら選んだ二大政党制を我慢の子で育成するべきだ。維新の会や石原新党などというムードに押されて、これに飛び付き、誤判断を繰り返すべきではない。新党にバラ色の未来など絶対にあり得ないのだ。 |
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| 米軍再編における費用負担を日米間の紛争事項にするな | |
| 投稿者:高峰 康修 (福岡県・男性・日本国際フォーラム客員主任研究員・30-39歳) [投稿履歴] 投稿日時:2012-02-21 09:37 [修正][削除] |
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| 在沖海兵隊のグアム移転をめぐる米軍再編は、普天間移設を切り離して、海兵隊のグアム移転を先行させるとともに、グアムに移転する予定であった8,000人を4,700人程度に圧縮し、残りを、豪州、ハワイ、フィリピンなどのアジア太平洋地域にローテーション方式で分散配置する方向で見直されることになった。このこと自体は、一つのやり方として、合理性を持つものである。ところが、日米間の費用の分担をめぐって紛糾しそうな気配が出てきている。これは、憂慮すべき事態である。2006年の合意では、米軍のグアム移転にかかる費用は、日本側が約61億ドル、米国側が約42億ドルを分担するというものであった。この日本側分担費用の金額を維持するよう、米国側は強く希望している。パネッタ国防長官は、「日本は多くの資金を出してくれるだろう」と明言している。 これに対して、日本側には、グアムに移転する人員が約6割に減るのだから、日本側分担費用もその分だけ減額せよという声が強い。まず、グアムに関してだが、8,000人移転を4,700人規模に圧縮したからといって、必要なインフラが同じ割合で縮小されるわけではない。グアム以外へのローテーションによる分散配置にも当然費用はかかる。そして、日本側は、グアム移転を沖縄の負担軽減という文脈に強く位置づけてきた。それならば、行き先がグアムではなくなっても、日本側が相応の負担をすべきという理屈になる。これは、我が国が、米軍再編を、あまりにも沖縄の負担軽減という観点に矮小化してきたツケが回ってきたとも言える。もちろん、米国政府の対応は、議会対応という内向きな面にとらわれるあまり、いささか配慮を欠いている。 一方で、我が国政府は、61億ドルの分担費用を大幅に減額するのは理屈に適っていないのだから、そういうことを強く主張して、日本国民に期待を抱かせるべきではない。「普天間の移設先は少なくとも県外」と言った過ちと、構図は全く同じことになる。そんなことをして日本国内の反米感情を高めることになれば、元も子もない。アジア太平洋地域における米軍再編は、日米2国間の問題ではないのだから、高い見地から考えるのがよい。すなわち、今回の見直しは、地域全体における米軍の抑止力を高めるものである。したがって、我が国は、地域の平和と安全に貢献し投資するという意味で、費用を分担すればよい。とりわけ、フィリピンへの海兵隊配備が決まれば、是非、財政的支援をすべきである。 豪州への配備にかかる費用もある程度負担して構わない。もちろん、費用の入念な再計算は必要になってくるが、以上のようにすれば、自然と当初の予定通りの金額程度になるのではないかと思う。また、森本敏氏が指摘しているように、グアムを拠点に日米豪や東南アジア諸国を加えた多国間演習の費用に充てるというのも一案である。我が国が応分の金銭的負担をすることは、決して無意味なことではなく、まして「米国に貢ぐ」などということにはならない。いずれにしても、この問題は、取り扱いを極めて慎重にする必要がある。我が国が、防衛費の大幅増額をしていれば話は変わってくるが、安全保障環境を全く無視して、むしろ漸減を続けているのだから、到底交渉にならない。当初予定の約61億ドルを超えさえしなければよしとすべきではないだろうか。 |
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| 不安定と緊張続く米中関係 | |
| 投稿者:鍋嶋 敬三 (神奈川県・男性・評論家・70-79歳) [投稿履歴] 投稿日時:2012-02-20 10:00 [修正][削除] |
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| 米中関係は2月21日、歴史的なニクソン大統領の訪中から40周年を迎える。この時期を選んだかのように中国の次期最高指導者になることが確実視されている習近平国家副主席が訪米した。オバマ大統領ら首脳同士の意見交換で個人的なつながりができたことは意義がある。今後10年間、次の国家主席として中国を引っ張っていく習氏にとって「顔見せの旅」は意味があったろう。しかし、米中関係の基本的課題で目を見張るような進展はなく、むしろ関係発展のむずかしさが浮き彫りになった。理由は国内政治の制約である。11月の大統領選挙で再選を目指すオバマ大統領は高い失業率に苦戦を強いられ、巨大な対中貿易赤字、財政赤字について共和党からの攻撃にさらされている。習氏も自前の政権体制を確立するには数年を要し、ここで政治的失敗は許されない。中国の国力増進につれ経済、通商、軍事面での摩擦が発生し、米中関係の不安定と緊張の局面が続くことは避けられない。 米プリンストン大学のAaron L. Friedberg教授の最新の著作、A CONTEST FOR SUPREMACY は注目に値する。米国が有利な対中バランスを維持するための同盟強化を怠れば、アジア諸国に米国による安全保障への信頼感が損なわれ、対中融和政策への傾斜が強まると警鐘を鳴らしている。教授によれば、米国の対中政策はエンゲージメント(関与)とコンテインメント(封じ込め)の間を揺れ動き、時には交じり合ったアプローチをとってきた。オバマ政権の初年(2009年)には関与政策の強化を狙ったが失敗、2010年には人権問題などで強腰の「よりバランスのとれた戦略」へと転換した。その具体例が尖閣諸島沖の中国漁船による巡視船への体当たり事件や、南シナ海ほぼ全域の主権を主張してフィリピン、ヴェトナムなど周辺6カ国との紛争を激化させた中国への厳しい対応である。 「21世紀は太平洋の覇権をめぐる競争になる。太平洋で地歩を固めなければ世界のリーダーにはなり得ない」と言うリー・クアンユー元シンガポール首相の発言を教授は「正しい」と評価した。著作の題名もこれを意識したものに違いない。米中両国がアジアで影響力を競い合う以上、米中の戦略目標は相容れない。教授によれば、米国の目標は同盟関係の維持、強化であり、中国の増大する力とバランスをとることによって、利害が共通する国々と新しいきずなを築くこと。一方、中国の目標は米国が長年築いてきた同盟関係が結果的に解体するように持っていき、アジア諸国との間で新たに対抗するような連合ないし提携関係を作り上げることである。米国は習氏を国賓級のもてなしで迎えたが、厳しい本音の応酬は米中関係の今後を予想するのに十分だった。バイデン副大統領は歓迎昼食会で「人権は米国外交政策の基本的視座だ」と断言、貿易不均衡、人民元の過小評価、知的財産権、技術の強制移転防止など米国の「最大関心事」をこれでもかと並べ立て、宴席が白けるほどだった。 中国側も負けてはいない。習副主席は翌日の昼食会で中国の領土主権を意味する「核心的利益」に言及(米紙報道)、台湾、チベットの独立運動に米国が加担するなとクギを刺した。さらに人権問題では「我々が違うのは当然だ」と切り返した。中国のスタンスは何も変わっていない。中国軍事力の急拡大で核攻撃によらずとも通常戦力による「接近阻止・領域拒否(A2/AD)」戦略が奏功しつつある。近い将来、中国の少数の弾道ミサイル攻撃で沖縄の米軍嘉手納空軍基地の航空戦力の75%が破壊ないし作戦不能に陥るようになる。さらに空母機動部隊が撃沈ないし退避を余儀なくされれば、米軍は台湾海峡から1,500マイル先の基地に追いやられるという米シンクタンク報告もある。沖縄駐留の海兵隊の分散配置、オーストラリアへの移駐、フィリピンとの防衛協力・部隊のローテーション配置など東アジアでの米軍の最近の活発な動きは、明白になってきた西太平洋でのぜい弱性を意識したものであろう。 |
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| (連載)イデオロギー上、イランは日本の敵である!(3) ← (連載)イデオロギー上、イランは日本の敵である!(2) | ツリー表示 |
| 投稿者:河村 洋 (東京都・男性・市民運動家・40-49歳) [投稿履歴] 投稿日時:2012-02-17 18:06 [修正][削除] |
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| 参議院の審議では制裁の強化がどれほどの効果があるかも重要な議題であった。しかし制裁については経済的な効果ばかりでなく、政治的な圧力を込めたメッセージという側面も忘れてはならない。制裁の強化はイランが我々の要求に従わないなら先制攻撃も辞さないという警告のメッセージとなろう。玄葉光一郎外相は野党からの質問に落ち着いて筋の通った答弁で応じたが、「イランが日本とはイデオロギー上は敵対関係にある」という重要で基本的な事実を認識している兆候をかけらも見せてくれなかったのは残念と言う他にない。 日本のエスタブリッシュメントがイランをどう見ているかを理解するために、政府以外の部門からの論評にも触れたい。NHKの大越健介キャスターは、「ミャンマーの場合と同様に日本が『長年にわたる友好関係』を活用してイランと欧米の仲介役を果たすべきだ」と主張する。しかしミャンマーとイランを混同するのは全くの間違いである。ミャンマーは孤立しているが、イランはテロリストとも他の専制国家ともつながりがある。アメリカとヨーロッパの政策形成者達がイランの危険性を問題視している理由は、まさにこれである。大越氏はそれでも我が国が「長年にわたる同盟諸国」とは独自の行動に出て、悪の体制との友好関係を重視せよというのだろうか?こうしたナイーブなコメントを聞くと、彼がワシントン駐在を経て東京のメインキャスターになったとはとても思えない。 日本のエスタブリッシュメントは対イラン関係において明らかに商業利益のみを追求し、我が国の建国基盤となるイデオロギーと体制について考慮を払ってこなかった。「国際関係においてイデオロギーと体制を超えて互恵的な経済発展を追及できる」と言われることが多い。しかし実際にはこの文言は専制国家が仕掛ける最も危険なハニー・トラップである。専制国家は民主国家の犠牲のうえに自分達の生存の見通しを最大化しようとしている。日本のエリート達は経済にばかり目が向きがちで、圧政国家が抱える「悪の性質」を見落としがちである。1960年代当時、フランスのシャルル・ド・ゴール大統領は池田勇人首相を「トランジスター・ラジオのセールスマン」と揶揄したが、日本のエスタブリッシュメントの世界観はそのころのものとあまり変わっていないのではなかろうかと思える。日本のエリート達には我が国のアイデンティティなど関心がないようだ。日本はそのように空虚な友好関係をイランとの間で維持すべきなのだろうか?そんなことはあり得ない!暗黒時代の体制を地図上から消し去るのは、我が国の国益に適っている。 我々日本国民は、アメリカ、ヨーロッパ、イスラエル、そして何よりも重要なことにグリーン運動で神権政治に対して立ち上がったイラン国民と政策目標を共有している。制裁の強化が叫ばれて先制攻撃が真剣に考慮されるにおよんで、我が国としてもチャーチル的な決意をもってシーア派のヒトラーの野望を挫く準備ができていなければならない。イランは殺人者、殺戮者、圧政者、テロリスト、狂信主義者、誇大妄想主義者の体制である。彼らが核拡散に手を染めているのは、まさにこのためである。1979年の米大使館人質事件はテヘランの現体制のおぞましい性質の象徴である。福沢・森思想に基づく近代主義の我が国にとって、彼らは受け容れがたい存在である。ここに一人の市民運動家として、日本のエスタブリッシュメントには我が国の国民的価値観とイランの専制政治に内在する悪をこれまで以上に強く認識していただくように懇願したい。(おわり) |
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| 「消費増税大綱」閣議決定で野田は地雷原に入る | |
| 投稿者:杉浦 正章 (神奈川県・男性・政治評論家・70-79歳) [投稿履歴] 投稿日時:2012-02-17 06:55 [修正][削除] |
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| 「消費増税大綱」を2月17日に閣議決定する首相・野田佳彦の心境は「もう中央突破しかない」というところだろう。地雷原は3月危機から始まって6月危機へと続く。触発が続く荒野を突破しても、会期末には解散・総選挙か、内閣総辞職か、話合い解散かの選択肢しか残っていない状況となる。野田が目をつむって突撃して、火花が散って、その中から何が生まれるかという、近来希な政局の展開に入ることとなる。この期に及んで何を話し合ったかが極めて注目されるのが、16日夜の小沢一郎・鳩山由紀夫・輿石東会談だ。将来中身が浮上すれば、あのときの2時間の会合で流れが出たということになる。情報は、鳩山が「このままいったら党が大変なことになる」と言ったことしか漏れていない。小沢一郎の第一の側近だったはずの輿石は、幹事長になって以来、消費税に関しては完全に野田の路線に歩調を合わせている。一方小沢と鳩山は、消費増税反対を確認し合っている。そのなかで会談の構図を見てきたように予測すれば、まず輿石が、「明日大綱を決定せざるを得ない」と方針を説明、理解を求めた。ここは分かりやすく、くだけた表現を使えば、小沢と鳩山が輿石に「こっち側に戻れよ」と持ちかけ、輿石は消費税だけは野田を裏切るわけにはいかず、言を左右にしたというところではないか。 最後に小鳩は「このままでは子分が黙っちゃいねぇ」とすごんだのだろう。「党が大変なことになる」というのは紛れもなく「分裂するぞ」の脅しでもある。いつ分裂するかと言えば、「増税法案閣議決定の際かもしれん」と小鳩が脅したのだろう。同法案の閣議決定は3月20日に予定されている。民主党政権では法案の閣議決定は党の事前承認を必要とする。それでも野田は初志を貫徹する姿勢だ。増税推進派の態勢は既に固まっている。輿石をはじめ、副総理・岡田克也、政調会長代行・仙谷由人、政調会長・前原誠司ら主要メンバーの姿勢も一致している。閣僚の造反も今のところ出ていない。そして今日の閣議決定が何を意味するかだが、「民主党単独でも増税法案を通す」という意思表示の現れに他ならない。今日決めないと3月末の法案国会提出が事務的にも間に合わないのだ。しかしこの姿勢は、党内と野党を強烈に刺激する。もちろん国会は与野党対決ムードが一段と増幅するだろう。おそらく野党は大きな波動を2度にわたって起こそうとするだろう。 それが3月危機と6月危機となるが、3月危機はまだ“瀬踏み”ともいえる段階ではないか。自民党が場合によっては内閣不信任案を3月の段階で上程する可能性も消えたわけではないが、小沢の動きがまだ定かではない可能性があり、可決は流動的だ。なぜかといえば、小沢は裁判の4月判決を控えて身動きが取れないからだ。今日17日の公判の証拠採用の是非によってもある程度分かるが、裁判がクロと出れば、破れかぶれで不信任案に同調。シロと出れば、堂々と分裂を宣言して、不信任案に同調という構図が考えられるからだ。同調しなくても不信任本会議欠席という、かって福田赳夫が使った手法もある。この場合は不信任を可決しても、分裂の回避が可能だ。従って自民、公明両党の解散戦略は「3月瀬踏み、6月本命」の戦略だろう。 自公の武器は2つある。1つは消費増税法案反対を主軸に置く。他の1つは、赤字国債発行のための予算関連法案の人質化がある。したがって予算が例え4月上旬に自然成立しても、関連法案成立のめどは会期末まで立つまい。上旬には消費増税法案の審議にも入る。したがって4月以降6月21日の会期末までが本格的な地雷原入りとなる。こうした中で野田は増税法案を5月連休明けにも衆院だけは通過させ、様子を見る方針だろう。しかし、たとえ小沢の造反を押さえて、衆院を通過させても、参院でのねじれは成立を不可能とする。そこで野田の言葉「解散しろという野党に対しては、やるべきことをやって、やり抜いて民意を問うことを、はっきり宣言したい」が生きてくる。野党と党内に向けて参院で可決成立しなければ、小泉郵政解散と同じ手法をとるぞという恫喝(どうかつ)である。不信任案が成立した場合にも野田が総辞職を選択することはあり得ない。消費増税への信条に反するからだ。国民に信を問うしか選択は無い。こうした野田と野党、小鳩との激突の火花の中から何が出てくるかだが、考えられる落としどころは、話合い解散しかあるまい。「増税法案成立で野田は納得。解散で野党は納得」の図式だ。いずれにしても小沢グループは選挙惨敗・崩壊の瀬戸際に立たされる。3方1両損ではなく、小沢だけ100両損の構図だ。 |
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| 安住財務相の為替介入発言は重大問題 | |
| 投稿者:高峰 康修 (福岡県・男性・日本国際フォーラム客員主任研究員・30-39歳) [投稿履歴] 投稿日時:2012-02-16 12:24 [修正][削除] |
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| 10日の衆議院予算委員会で、安住財務相が、昨年10月末から11月初めにかけて実施した円売りドル買い単独介入について、介入開始時と終了時の具体的な数字に言及して、物議を醸している。安住財務相は、自民党の西村康稔委員の質問に対して、「1ドル=75.63円の時点で、介入しないと日本経済に危機的な状況が及ぶということで介入を指示した。78.20円でやめたので、そこの時点で納得したかという話だが、私としては3円近く値を戻し、年末まで2ヶ月間、77~78円台で推移したので、一定の効果はあったと思っている」と述べた。 この発言について、安住氏本人も財務相も、介入の基準を言ったのではないとしているが、為替市場への介入という機微な問題で、数字を言うのは論外である。仮に、介入の基準という意図ではなかったとしても、投機的動きを誘発する原因となる。単独介入というのは、ただでさえ効果の薄いものであるのに、さらに効果を低下させるばかりか、財務相が市場の不安定要因となったということになる。 さらに問題なのは、「協調介入が望ましく、それに向けた努力はするが、単独介入も辞さない」という趣旨のことを強調した点である。為替市場への単独介入は、通貨の切り下げ合戦に繋がる為替操作と受け取られ、国際的非難の対象となりうるというのが、近年の国際的共通認識である。実際、安住財務相が言及した、昨年10月末から11月初めにかけての9兆円超の単独介入に対して、欧米などは不快感を示している。米国は、この件につき、為替政策に関する報告書で言及している。また、欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁は、介入が必要ならば、多国間の枠組みで実施されるべきで、単独で実施されるべきではない、と述べている。意図はどうあれ、数字を挙げつつ、「単独介入を辞さない」と宣言するなど、常識では考えられないことである。この「単独発言も辞さず」とした発言を、国益を守るための力強いメッセージであると評価するのは、とんでもない誤りである。 民主党政権は、為替市場について、今回と同様な失言を繰り返している。菅元首相は、財務相時代に、望ましい円相場は95円台ぐらいだと述べて、「相場の波乱要因になる発言は慎むべきだ」との強い批判を浴びた。また、仙石官房長官(当時)も、2010年の9月に、円相場の防衛ラインは1ドル=82円台と示唆して、同じく厳しい非難にさらされた。いったい、民主党政権は、何回同じ過ちを繰り返して、我が国の国際的信認を失墜させる気か。こんな言動をとれば、協調介入への協力は、ますます得にくくなる。安住財務相の失言は、更迭に値する極めて重大なものである。それが、野党からもマスコミからも通り一遍の批判しか受けていないのは一体どうしたわけであろうか。首をかしげざるを得ない。 |
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| 「大阪維新の会」などはあだ花 | |
| 投稿者:角田 勝彦 (東京都・男性・団体役員・70-79歳) [投稿履歴] 投稿日時:2012-02-16 11:11 [修正][削除] |
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| 2月中旬の各紙全国世論調査で、民主党と自民党以外の、新政党を中心にした政権への期待が予想以上に高いことに驚いた。20年続いた経済沈滞に加え大災害再発の虞にも脅かされて、国民は先行き不安から気が短くなり、適当な指導者を据えれば諸懸案の一挙解決が可能との幻想にとらわれてきたようである。一方、メッキが剥げた民主党に代わらんとの新党の動き(とくに橋下徹大阪市長が率いる「大阪維新の会」や石原慎太郎東京都知事が絡まる新党)が活発化している。プラトンが「国家」で喝破したように、僣主制はまさにこのような民主制から発生する。しかし、そもそも原因となっている先行き不安の多くは、間違った事実認識から生まれている。歴史的、多面的、客観的見地から現在と将来の日本と世界を眺めれば、お先真っ暗な悲観主義に陥る必要はない。またマックス・ウェーバーが説いたように「政治とは、(情熱と判断力の二つを駆使しながら)堅い板にじわっじわっと穴をくり抜いていく作業」である。諸懸案の一挙解決など望むべきでない。 新党側もメッキは薄い。大阪維新の会により2月14日に発表された維新版「船中八策」(全91項目の公約のたたき台)の杜撰さを見ても、国民の新体制への期待がこのまま続くとは思われない。結局、苦い経験を経て、賢明な日本国民は実現しそうもない革命的変革を夢見るのでなく、現実を徐々に改善していくほか無いことを悟るだろう。4月10~12日に実施された読売全国世論調査によると、支持政党のない無党派層は54%へと大幅に上昇し、望ましい政権の枠組みでは、「政界再編による新しい枠組み」が53%を占めた。民主党支持率は2009年9月の政権交代以降で最低の16%に急落し自民も17%と横ばいで、望ましい枠組みで「自民中心」は9%、「民主中心」は5%に過ぎなかった。「民主と自民の大連立」も23%だった。同じ頃の朝日全国定例世論調査でも「民主党と自民党以外の政党を中心にした政権に代わるのがよい」が29%に上った。次の衆院選で、大阪維新の会が「国会で影響力を持つような議席を取ってほしい」という人は54%を占めた。 なお12日、大阪維新の会が明らかにしたところによると、次期衆院選の候補者養成をめざす「維新政治塾」の応募者は3326人に達した。現在のような大変革の時代、混迷の時代において、悲観論は横行しやすい。身辺を見回せば、長い不況から始まって治安、自然災害、放射能、国際危機と、不安を感じる現象は数限りない。今だけではない。文藝春秋3月号が再録した同誌1975年2月号掲載の論文『日本の自殺』もローマ帝国滅亡との比較において、このような日本の没落の危険を訴えている。国民は一挙解決の夢を追いたくなる。それを実現する英明な指導者の誕生に期待したくなる。多くが、現在と将来の日本と世界をどう見るかにかかっている。歴史的、多面的、客観的見地から、現在の大変革をどうとらえるかである。我々は混迷の漂流に抗する確固たる碇を必要としている。 私は、本欄への諸投稿(例えば2006年10月16日投稿の「近未来を考える(ニュールネサンスからメタモダンへ)」)において、現在が超現代へ向かう新しいルネサンスの時期であり、必ずしも将来を悲観的に見る必要はないことを主張した。それどころか日本は、かつてのルネサンスにおけるフィレンツェのような位置を享受する可能性が高いと主張した。詳述は避けるが、世の関心が強い資本主義経済の混乱についても、かつて中世の荘園制経済がルネサンスの都市の発展などで崩れていった経緯を想起させるものがあり、私は次に崩壊でなく知本主義経済が来るとみている。このニュールネサンス論はさておき、橋下市長が、次期衆院選での他党との連携について、14日夜、「船中八策」に賛同するかどうかを条件にする考えを示したのに対し、中央政界の反応は概ね否定的である。民主党の一川保夫参院幹事長は記者会見で、参院の廃止や首相公選制など憲法改正が必要な政策について「現実性のない話」と指摘した。自民党の脇雅史参院国対委員長も「とても選挙公約にならない。論評に値しない」と批判した。年金の掛け捨て制度など、有権者からの反発が避けられない政策もある。幸いにも、全ては来るべき衆院選のあだ花に終わる公算が大きいのだろう。 |
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| (連載)イデオロギー上、イランは日本の敵である!(2) ← (連載)イデオロギー上、イランは日本の敵である!(1) | ツリー表示 |
| 投稿者:河村 洋 (東京都・男性・市民運動家・40-49歳) [投稿履歴] 投稿日時:2012-02-16 09:59 |
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| 遺憾なことに、イランの現体制は暴力、狂気、抑圧を愛し、それは我が国の愛する理性、人間性、自由とは相容れないという認識が大平政権には欠けていた。戦後の受動的平和主義と経済至上主義に支配された日本政府は、米大使館占拠事件をめぐって西側同盟諸国が制裁強化を要求してきたにもかかわらず、イラン・日本石油化学プロジェクトの継続にばかり気をとられていた。後に狂気と憎しみの体制が勝手に商取引を廃棄したことによってプロジェクトは破談となり、日本は多大な損失を被ることになる。これがイランと日本の間の「長年にわたる友好関係」の実態である。非常に不思議なことに、企業の金儲け主義を攻撃することが大好きな左翼からは、イランのようなテロリスト国家との商取引を非難する声が殆ど聞かれない。左翼の大企業批判には良心のかけらもないことがよくわかる。 そうした建国理念の著しい違いとシャー体制崩壊後の両国関係の悲劇的な歴史を見れば、日本のエスタブリッシュメントはイランの脅威への警戒感をもっと強める必要がある。イラン核問題は1月31日に行なわれた参議院予算委員会の外交問題審議で取り上げられた。しかしこの審議での野党の質問には驚愕させられた。最も驚くべき質問は、イランの核兵器とイスラエルの核兵器の混同である。公明党の浜田昌良参議院議員は、イランとイスラエルがまるで中東の安全保障で同等の脅威であるかのごとく述べた。しかし以下の点に留意すべきである。最も重要なことに、イランにはパレスチナからレバノン、イラク、アフガニスタンまで及ぶテロリストとの広範なネットワークがある。核不拡散で今日の最も危険な政策課題は、テロリストと核保有国の結びつきである。さらにイランの核兵器は攻撃目的だが、イスラエルの核兵器は防御目的だということにも注意すべきである。 イランのシーア派体制は、究極的に中東から中央アジア一帯に及ぶ革命の輸出を目指しており、この目的のために核兵器を保有して大国の地位を得ようとしている。イランが核開発計画を推し進める第一の理由がイスラエルであるなら、今年の2月にナビド衛星を打ち上げたのはどうしたことなのだろうか?このことはイランのミサイル標的がイスラエルにとどまらないことを示唆している。一体どこを狙っているのだろうか?ロンドンか?パリか?ニューヨークか?それともワシントンか?最後に、中東諸国が怯えているのは、イスラエルよりもイランの核の脅威であることを指摘したい。核不拡散の専門家の間ではエジプト、サウジアラビア、その他湾岸王制諸国への核拡散の懸念がある。これらの国々が核保有に走るとすればイランに対してであり、イスラエルに対してではない。浜田氏は参議院において上記の点に考慮を払っていなかったので、公明党には反ユダヤ主義の影響が及んでいるのではないかとの疑念を私は抱かずにはいられない。 同委員会でのイラン問題に関する審議では他にも質問があった。新党改革の舛添要一代表はイラン問題で中国の協力を得る必要を強調したが、彼の国が我々とは世界平和に関して共通のビジョンを有していないことに留意しなければならない。中国は石油資源の確保にとどまらず、イランをめぐって危険な軍事的野心を抱いている。中国はイランに先端技術を用いた対艦巡航ミサイルの製造の支援を行なっている。ワシントン近東政策研究所のマイケル・シン所長は「中国はこうした軍事技術支援だけでなくイランに海軍基地を確保してスエズ以東のシー・レーンを支配しようと模索している」と警告している。北朝鮮の場合と同様に、我々西側民主国家が中国を六者協議に加えているのは、彼らが我々と価値観と安全保障上の利益を共有しているからではなく、我々の取り組みを彼らが崩壊させることを防ぐためである。イラン問題では中国に対し、我々は彼らの行動を監視すれども頭を下げて協力を願う立場ではない。元東京大学教授である舛添氏が中国に関してあのように甘い認識を示した理由が、私にはわからない。(つづく) |
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| (連載)イデオロギー上、イランは日本の敵である!(1) | ツリー表示 |
| 投稿者:河村 洋 (東京都・男性・市民運動家・40-49歳) [投稿履歴] 投稿日時:2012-02-15 21:06 |
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| ホルムズ海峡をめぐるイランと欧米の緊張が激化する中で、日本のオピニオン・リーダー達は「日本とイランの間で長年にわたって深く根付いた友好関係が双方の仲立ちに役立つだろう」と主張している。しかし両国の体制に性質には著しい違いがあり、イランと日本は相容れない関係である。イラン革命ではシーア派の僧侶達が近代主義のパーレビ体制を崩壊させ、西欧型の政教分離の啓蒙主義を完全に否定してこの国を暗黒時代に逆戻りさせてしまった。レザ・シャー1世統治下でのイランのネーション・ビルディングが日本の明治維新に倣ったものであることは非常によく知られており、イスラム革命はこうした国家建設を否定するものである。 日本の指導者達がイランをどのように見ているのかについて述べる前に、イランと日本での建国イデオロギーの根本的な違いについて論じたい。徳川幕府の崩壊以来、日本の国民的な価値観は福沢諭吉と森有礼らが推し進めた啓蒙思想に基づいている。これによって日本は明治の近代化から大正デモクラシー、戦後のレジーム・チェンジへと進化していった。戦間期のドイツにワイマール民主主義が広まったように、同時期の日本にも自由な社会の強固な基盤があった。ダグラス・マッカーサーによる占領統治は、そうした基盤がある日本の民主化を触発したに過ぎない。アジア近隣諸国民が近代化に目覚めなかったのに対し、日本国民は西欧ルネッサンスの本質を学ぶことによって暗黒時代の封建主義から人間性と理性を解放した。ルネサンスが人類文化史上で最も偉大な業績であることは、普遍的に受け容れられている。日本が西洋列強とともに「文明国」の仲間入りができたのはこうした基本的な価値観によるものであり、西洋の生活様式の模倣によるものではない。福沢は自らの有名な著書『学問のすすめ』において「麦飯を食べながらでも西洋文明を学べばよい」と記している。そうした近代的精神からすれば、日本で戦後のレジーム・チェンジが成功したのは何ら不思議ではない。 他方でイランの神権体制は、呪術、魔術、狂信主義、宗教的権威主義といった暗黒時代のイデオロギーに根ざしている。イラン革命はいわば日本の否定である。シャーの体制は自由とは程遠かったかも知れないが、啓蒙専制主義ではあった。きわめて遺憾なことに、イランは革命によって西欧型民主主義に進化する代わりに退化していった。この国は日本とドイツが歩んだ道とは正反対の道を歩むことになった。1979年のアメリカ大使館占拠事件で見られたような暴虐行為は、シーア派神権体制が抱えるおぞましい性質ならではの帰結である。テヘラン政府の究極の目的は革命の輸出である。これを恐れたサウジアラビア、ヨルダン、クウェートといったアラブ諸国はイラン・イラク戦争において、バース党の危険なイデオロギーを承知でサダム・フセインを支援したのである。 イランの現体制はそれほどまでに恐るべきものなので、「日本がこの国との『長年にわたる友好関係』なるものを維持して欧米とは独自の行動をすべきだ」という理由が私には皆目理解できない。イデオロギーとレジームの性質という観点からすれば、イランは日本の敵なのである。また、イランは悪の枢軸の一員であり世界平和を脅かすために軍備を増強している。パーレビ体制のイランはケマル体制のトルコとともに、日本の誇りであった。イスラム革命がイランを中世の狂気に戻してしまったことで、我が国は赤っ恥をかかされたのである。日本のエリート達がそのような悪逆体制との「長年にわたる友好関係」を維持すべきだと考えていることは言語道断である。(つづく) |
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| 「責任野党」は国益を第一に考えた大人の対応を | |
| 投稿者:船田 元 (東京都・男性・元経済企画庁長官・50-59歳) [投稿履歴] 投稿日時:2012-02-14 10:30 [修正][削除] |
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| 「防衛については素人だ」と、就任会見で発言して物議を醸した一川前防衛大臣の後任に、田中直紀参議院議員が就任した。まだ日も浅いうちから、またまた「素人」ぶりが露呈する始末。当初から野党の攻撃対象になるのは必至と見られていただけに、野田総理の任命責任は免れないと思われる。田中大臣は言うまでもなく田中角栄元総理の娘婿であり、田中真紀子衆議院議員の夫である。私も全盛期の田中派の末席を汚していたので、田中ご夫妻には何度かお話しする機会を得ている。田中大臣は確かに防衛問題には疎いが、ものごとを真正面から受け止め、極めて正直なお人柄である。だから国会でのくせ玉の多い質問には「まんまと」引っかかってしまう。煙に巻くような答弁やとぼけた答弁は、まず出来ない方と見る。その点ではお気の毒としか言いようがない。 しかし、ことは日本の防衛問題。とりわけ中国の東シナ海進出や対米強行姿勢が目立ってきた昨今、また沖縄の米海兵隊削減と、関連する基地再編問題が山場を迎える昨今、防衛大臣の一挙手一投足は、わが国の安全保障を左右しかねない重要な段階を迎えているのだ。このときの防衛大臣が経験の少ない「素人」で務まるはずはない。この態勢のもとで対応を誤ることになれば、田中大臣の首をすげかえるだけでは済まなくなる。内閣そのものの信頼性が著しく損なわれる。 ところで、なぜこのような人事になってしまったのか。あくまで私の推測だが、民主党内の力関係の結果といってもいいのではないか。執行部に対して常々不満を募らせている小沢前代表に近い勢力が、仲間である一川・山岡前大臣の後任を、どうしても仲間から出したかったのだろう。一川前大臣が参議院議員の枠でなったために、今回も参議院から出したかったのだろう。さらには反対パフォーマンスをやられたら困る田中真紀子衆議院議員に、おとなしくなってもらいたかったのだろう。かつての自民党の派閥順送り人事よりお粗末である。 いずれにしても、国益のためには一日も早く田中大臣にお辞めいただくことが望まれるが、一方で大臣をいじめ続けている野党側にも自覚が足りないのではないか。田中大臣を追及することで国民の歓心を買い、支持率を上げようとするのは、ほどほどにすべきではないか。追及をすればするほど国民世論は逃げていくし、同盟関係にあるアメリカ政府も、日本政府を信用しなくなってしまう。政権奪還を目指す自民党には辛いところだが、ここは「責任野党」として、国益を第一に考えた大人の対応をすべきではないか。 |
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| 龍馬も怒る維新の会の「船中愚策」 | |
| 投稿者:杉浦 正章 (神奈川県・男性・政治評論家・70-79歳) [投稿履歴] 投稿日時:2012-02-14 06:54 [修正][削除] |
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| 「船中八策」と銘打って打ち出すというからどんなに斬新な政策かと思ったが、何のことはない、実現不能な「船中愚策」だ。坂本龍馬も「馬鹿にするな」と怒る。それも、柱が首相公選制や、一院制では、元首相・中曽根康弘や都知事・石原慎太郎の顔が浮かんで、仏壇からはたきを掛けて取り出したような古くささを感じる。憲法改正が不可欠であり、しょせんは机上の空論となる。掛け捨て年金制度も、大幅な資産課税も、憲法の財産権に抵触しかねない。民主党のマニフェストは、有権者をだましただけあって「知能犯」だったが、大阪維新の会の衆院選公約は「粗暴犯」で、これで風が吹くようでは、またまた有権者のガバナビリティー(被統治能力)が問われる。大阪維新の会は「維新政治塾」への応募者が最終集計で3326人だったと発表した。大阪人らしいのは「少数精鋭でいく」と言っていた市長・橋下徹が「12万円は大きい」「日本も捨てたものでもない」ともろ手を挙げて歓迎。単純計算でも、年間受講料12万円かける3326人で、4億円の実入りになる方を勘定高く選ぶらしい。難破船から逃げ出すように、民主党の衆院議員・高橋昭一(兵庫4区)が願書を出したが、維新の会は断った。入会希望の議員は数人いると言われるが、行動に出る国会議員が予想外に少ないのは、まだ見極めがつかないのだろう。小沢チルドレンも小沢一郎の締め付けがきついに違いない。 その維新の会の選挙公約だが、どうも石原の影響があるような気がしてならない。首相公選も、一院制も、石原がかねてから主張してきたところだし、手あかに汚れていて新鮮味などない。まず首相公選は、若いころの中曽根が主張したもので、小泉純一郎も首相時代に懇談会までつくって検討した。いずれも国民的人気のある政治家が、公選なら首相になりやすいという発想で検討を進めたことになる。自民、民主両党とも党員参加による党首選出を採用しているが、これも首相公選論の「名残り」だ。公選論は首相と国民統合の象徴である天皇との関係が問題点として指摘され、また首相の所属政党と議会の多数政党が異なるねじれ現象が常態化する可能性があることなどマイナス面が多く、盛りあがらないままお蔵入り状態となっている。橋下は「現行法のままで実現できる首相公選がないか」と述べているが、ないわけではない。野党第一党と与党第一党が、党首選出手続きを国民一般に開かれたものにする案だ。事実上の首相公選だが、民主、自民両党ともやりそうもない。結局、改憲が必要となり不可能だ。 一院制も古い。確かに緑風会に代表される戦後の一時期と違って、参院の政党化は著しく、「衆議院のカーボンコピー」化は事実だ。この参議院不要論は古くからの自民党のおはこであった。与党時代の自民党は、参院で伯仲国会やねじれ国会になれば不要論を唱え、逆に参院で過半数または安定多数になれば不要論を唱えなくなる傾向が目立った。その古い不要論を、橋下が唱えて実現性があるかといえば、ゼロだ。これも改憲が必要だからだ。橋下の一院制の主張からは、問答無用の全体主義的発想が背景にあるような気がする。公約は年金制度について、現役世代がまかなう現行の「賦課方式」から「積み立て方式」への変更が眼目だ。橋下はこれをさらに進めて「掛け捨て方式」を主張している。「資産をもった人には年金を払わない」のだと言うが、荒唐無稽だ。最初から制度が成り立たない。一種の強制貯蓄をさせておいて、これを取り上げれば憲法の財産権に抵触しかねないし、だいいち年金を納める意欲が失せる。公約は概して大ざっぱすぎて、焦点の問題を避けて通っているように見える。とりわけ普天間移設など、外交・安保上の喫緊の課題がなおざりにされている。唯一具体的な消費税導入と環太平洋経済連携協定(TPP)参加も、民主党と一体どこが違うのか。 なぜあえて不可能なものを柱に据えたのかと言えば、石原の助言または調整があったのだろう。橋下が自らの国政転向を否定していることと考え合わせると、水面下で石原新党がうごめいているのかも知れない。しかし、石原政治路線は「核武装」まで行くことが分かっていない。そろそろ有権者は、維新の会がもくろむような「風の政治」から、離脱すべき時ではないか。最新の世論調査は維新の会への期待値が高いが、公約が出される前の調査だ。有権者は今度こそ公約をしっかり研究することだ。民主党マニフェストにだまされて、最低保障年金はもらえず、子ども手当は撤回され、高速道路も無料にならない。日本は民主党政権で空白の3年間を作ってしまった。こんどは地方の国政を知らない政治家がタレント的な人気があるといって、海のものとも山のものとも知れぬ“維新チルドレン”を大量につくって、国政を混乱させてよいのか。もう国家にそのゆとりはないのではないか。 |
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| 国際交流促進には真のセメスター制導入を目指すべき | |
| 投稿者:大藏 雄之助 (東京都・男性・杉並区教育委員長・80-89歳) [投稿履歴] 投稿日時:2012-02-13 17:06 [修正][削除] |
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| 『読売新聞』2月2日の「東大秋入学論点スペシャル」で中嶋峯雄・冨田勝・池田幸雄の3氏が発言しており、国際交流を促進するには大学秋入学を実施するまでもなく、セメスター制で十分だということが明らかである。日本でもセメスター制をうたっている大学がふえている。しかしながら、その大部分は2学期制のことをいう疑似セメスター制であって、同じ講義を前期と後期と続けてとって1年間で終了するものである。それは別として、せっかく東大から秋入学という大きな提案があったのだから、これを機会に日本の学制の大改革を目指すべきであろう。 アメリカでは大学の学部は広い意味での教養教育であって、専門教育は、経営大学院、法科大学院、医科大学院という具合に、ポスト・グラデュエートにゆだねられている。その一方で小学校入学前の教育が重視されていて、イギリスにならって5歳入学にする国が増加しつつある。わが国でも教育基本法の改正で、それまで小・中・高・大のあとに、付けたしのように記述されていた幼稚園の規定を小学校の前にもってきた。だが5歳入学に繰り上げる議論はほとんどなされていない。これを克服するために、わが国の場合、6歳入学のままで、事実上の半年繰り上げを実現するのがよい。 現在、4月1日に満6歳に達していない子供は1年生になれない。そのうち9月1日に満6歳になるものを同じ年に新1年生として受け入れる。すでに在籍している6年生までの児童も中学校の生徒も原則として同じ基準で仕分けするが、習熟度と本人・保護者の希望とに応じて調整を可能とする。その際、世界のすべての先進国と同様に高校も義務教育に繰り入れて、同じ措置を執る。民主党政権が高校の授業料国庫負担を実施しているのだから無理ではない。 ついでながら、フランスはバカロレア、ドイツはアビトゥア、イギリスはGCES、アメリカはSAT、その他中国・韓国でも同様の大学進学適性試験を全員に義務づけており、これが事実上の高校卒業資格とされていて、就職にも必要である。ここでは詳述を避けるが、受験する科目は自由に選択できる。TOEICやTOEFLのように1年に数回実施され、その中で最も得点の高いものを登録する。これこそグローバル化の始まりだろう。 |
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| 削減できない国防費-パネッタ国防長官の苦悩 | |
| 投稿者:川上 高司 (東京都・男性・拓殖大学教授・50-59歳) [投稿履歴] 投稿日時:2012-02-10 10:10 [修正][削除] |
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| パネッタ国防長官は今後5年間で2,590億ドルの国防費の削減を発表し、陸軍や海兵隊の兵員規模を縮小して、「小規模だが能力は高く小回りの利く米軍」を目指すことを示した。2001年にラムズフェルド国防長官が目指したのが「ハイテク・機敏な米軍」だったことを思い起こせば、10年経っても実現できないほどの困難な目標なのだろう。 机上の理想はともかく、現場では想定外のコストがかかることがある。ここに来て予想外に米軍やNATOを苦しめているのが輸送コストである。昨年11月にNATO軍のヘリコプターが誤ってパキスタン軍基地を攻撃して多数の犠牲者を出した。この事件に怒り心頭に達したパキスタン軍は、カラチからカブールへの輸送道路を閉鎖して今に至っている。NATO軍は代替ルートとして、ロシア-カザフスタン、ウズベクスタン、タジキスタンを経由する道路や鉄道を使って物資の55%を輸送している。だが、距離にして1,000マイル(およそ1,600キロ)、従来のカラチルートの5倍の距離を、火器類はもちろん水からガソリンまで運ばねばならず時間もコストも膨大である。 もうひとつはキルギスタンの空軍基地からの空輸ルートが利用されている。しかし空輸では輸送できる重量に限界があり、こちらもコストが高く、カラチルートだと1ポンド(約453グラム)30セントが空輸では3ドルに跳ね上がる。いずれの場合も輸送できる積み荷は致死性の高い兵器は許されていない。中央アジア諸国としてはパキスタンには遠慮があり、またそのような重火器を輸送すれば自国内で輸送部隊を狙ったテロが起こる可能性が高くアフガニスタン戦争に巻き込まれてしまうと同時に国内でイスラム過激派が台頭してくるのではという懸念があるからだ。 このように制限が多くコスト高の1,600キロを運ぶ大がかりな兵站であれば、部隊は小回りが利いても結局はコスト削減にはならないのではないだろうかという疑問すら沸いてくる。やはりコスト削減の最も近い道は撤退という結論に行き着き、サルコジ大統領が早期撤退を主張し始めたのもこの輸送コスト高が背景にあるのかもしれない。国防費のコスト削減の道のりは遠すぎるようである。 |
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| 米軍再編見直しにおける普天間問題切り離しは重要な進展 | |
| 投稿者:高峰 康修 (福岡県・男性・日本国際フォーラム客員主任研究員・30-39歳) [投稿履歴] 投稿日時:2012-02-09 10:18 [修正][削除] |
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| 日米両政府は、2月8日、在日米軍再編ロードマップ(2006年合意)の見直しに関する基本方針を、共同プレス発表という形で発表した。それによれば、米海兵隊普天間飛行場の代替施設を辺野古に建設することを確認しつつ、海兵隊のグアム移転と米軍嘉手納基地以南の土地の返還を普天間移設の進展と切り離し、グアム移転を先行させるとのことである。そして、最終的に沖縄に残留する海兵隊のプレゼンスは再編のロードマップに沿ったもの、すなわち、8,000人規模の移転を実施し、10,000人程度が残留するとしている。普天間移設と海兵隊のグアム移転が一体である必然性はなく、適切な方向に一歩踏み出したものと、歓迎したい。今回の見直しは、日米双方にとって、建設的な内容である。 まず、米国にとっては、費用の圧縮が見込まれる。さらに重要なことは、アジア太平洋戦略が前進するということである。米国は、米軍のアジア太平洋地域への配備の原則として、「地理的により分散し、運用面でより抗堪性があり、かつ、政治的により持続可能な米軍の態勢を地域において達成する」という三つを掲げている。これらの原則は、中国の対艦ミサイル等の能力向上を恐れて一歩後退する、という趣旨でなければ、米軍の柔軟な運用に資するものである。 ウィラード米太平洋軍司令官は、7日に行われた読売新聞とのインタビューで、沖縄に展開している第3海兵遠征軍(ⅢMEF)の意義について、ⅢMEFは、アジア太平洋地域における緊急事態や自然災害に際して、真っ先に駆けつけられる唯一の米軍であると述べ、海兵隊は、陸海空の任務を自己完結して行うので、航空機だけを歩兵部隊や補給部隊と別の場所に置くことは出来ず、普天間飛行場を沖縄以外に置くことはできない、という趣旨の発言をしている。このことからも、海兵隊そのものを沖縄から引く意図は全くないことが分かる。「沖縄は中国に近過ぎる」という論議も一部で聞かれたが、誤った論議である。 プレス発表では、移転する8,000人をどこに持っていくのか、その内訳は具体的にされてはいないが、グアムに4,700人程度、そのほかハワイに1,000人程度、米本土に800人程度、それ以外は、オーストラリア、フィリピンなどが取り沙汰されている。グアム移転分以外は、ローテーション方式となる見込みである。これは、「分散配置」の原則にのっとったものである。ここで、注目したいのは、フィリピンである。フィリピンは、スービック海軍基地とクラーク空軍基地を、1991年に米国から返還させ、米比同盟は空洞化してしまった。その結果、1995年に中国によってスプラトリー諸島のミスチーフ礁を奪われる憂き目に遭っている。今年1月になって、フィリピンのアキノ大統領は、米比防衛協力の推進を打ち出した。これは、フィリピンが南シナ海の東の砦となることを意味する。沖縄から出ていく海兵隊のローテーション先として、フィリピンが取り沙汰されているのはそのためであり、そのようになることを期待したい。そして、フィリピンの重要性が高まることは、フィリピン防衛あるいは支援の拠点として沖縄の価値も高まることに他ならない。この意味を理解すべきである。 我が国の国内政治上重要な、沖縄の負担軽減という文脈でも、今回の見直しは大いに前進である。「普天間の固定化が懸念される」と決まり文句のように言うが、嘉手納基地以南の土地の返還を普天間移設の進展と切り離すのだから、2006年の再編ロードマップの通り、キャンプ瑞慶覧、牧港補給地区などの県南部の5施設が返還されることになる。このことに関する沖縄の反応は、報道等を見る限り、比較的好意的であるように見える。普天間移設問題が切り離されたことにより、普天間問題は事実上国内問題となった。そして、米軍再編見直しが建設的な方向に動き出したのであるから、中身のある戦略論議をする機が熟したと言える。我が国は、これを通じて、アジア太平洋の安定化に能動的に対応するべきである。 |
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| 普天間固定化で“日米暗黙の了解”の構図 | |
| 投稿者:杉浦 正章 (神奈川県・男性・政治評論家・70-79歳) [投稿履歴] 投稿日時:2012-02-09 06:55 [修正][削除] |
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| すべては「普天間固定化の暗黙の了解」がなければ進展しなかった話のはずだ。丹念に経緯を追い情報を分析すれば、普天間移設と海兵隊移転をパッケージとする日米ロードマップが崩壊した過程が見えてくる。首相・野田佳彦の全面否定にもかかわらず、米政府や議会筋の情報からも普天間固定化が現実問題となったことが分かるのだ。野党側は日米秘密交渉の根源部分を2月14日からの予算委集中審議で追及することになる。舞い上がった首相・鳩山由紀夫の発言がすべての発端だ。「最低でも県外」が、自公政権が積み上げてきた普天間移設をガラガラと根底からぶちこわしたのだ。ガラス細工であったが故に、8日の普天間移設と海兵隊移転の切り離し発表は、「補修は不可能」という方向を証明したものに他ならない。鳩山発言は2010年の普天間移設の日米再合意以降も祟(たた)り続けたのだ。沖縄現地の反対運動に火が付き、にっちもさっちもいかなくなったのである。 こうした中でしびれを切らした米議会は、昨年12月12日海兵隊グアム移転の予算の全額削除で合意、議会有力者の間では普天間移設を「断念せざるを得ない」との見方が強まった。米軍嘉手納基地への統合の検討を含めた現行計画の見直しを政府に求める動きも生じた。辺野古を代替施設にすることは不可能視されるに至ったのだ。これが落ち目のオバマ政権への圧力となって陰に陽に作用し続けた。一方、日本側も膠着状態打開の道が見当たらなかったが、沖縄側は知事・仲井間弘多が外相・玄葉光一郎に非公式に「移設・移転の分離が出来ないか」と打診。玄葉は当初は断ったが、次第に分離論へと傾いて、米側に打診した。しかし米側は分離に難色を示し、日米双方が問題を抱えたまま、降着状態に陥った。動きが出始めたきっかけは、昨年11月17日にオーストラリアの議会で行ったオバマ演説だ。オバマは「アジア太平洋が最優先」と位置づけ、世界戦略の軸足を中国の台頭著しいアジア太平洋地域に移す宣言をしたのだ。この戦略上の大転換は、来週13日の大統領の予算教書発表で定着するが、そのためには日米間ののどに刺さった骨を除去しなければならない。海兵隊移転の早期実現が不可欠になったのだ。 大統領演説を受けて国務・国防両省は、かねてから玄葉が打診していた「移設・移転の切り離し」に前向きに応ずるようになった。おそらく12月19日の玄葉・クリントン会談も切り離しが最大のテーマとして確認されたことが予想される。この切り離しの大方針を受けて、審議官クラスの秘密実務者会議で13日の予算教書をデッドラインとして協議が進められ、8日の発表につながったのだ。このような経過から推測する限り、「普天間の固定化」は話し合いにあたって暗黙の大前提になっていたことが分かる。しかし日本側は鳩山発言で壊した問題を日米再合意で修正したのであり、さらに固定化となれば、二転三転を印象付け、とても野田政権は持たない。野田としては「普天間移設死守」を表明し続けなければならないのだ。こうして発表は、「切り離しだが、普天間固定化はしない」となったものだが、米側は日本の政治事情など考慮しないから、その点気安く情報を漏洩する。共同通信によると、米政府高官が1月末「米軍普天間飛行場移設問題の停滞を直ちに打開するのは困難で、普天間を当面現状維持するしかない」との考えを日本側に伝達し、「固定化はやむを得ない」との認識を示していたことが分かったという。また別の情報によると国防総省が米議会との水面下の交渉で、普天間を辺野古に移設するための代替施設建設を断念する意向を伝達していたことが分かったという。 状況証拠的にも米側が普天間飛行場の再整備に乗りだし、日本側に費用の分担を求めていることが注目される。民主党政権の必死のカバーアップにもかかわらず、米側からはボロボロ交渉の実態が漏れ始めているのだ。自公両党にしてみれば鳩山に壊された普天間移設のロードマップを、民主党政権が修復したふりをして、また壊したことになるわけだから、怒り心頭に発するのも無理はない。副総裁・大島理森が「普天間基地の移設と海兵隊のグアム移転を分離することは、これまでの日米合意を根底から覆すもので、普天間基地の固定化につながるゆゆしき事態に陥っている」と述べているとおりだ。今後消費増税問題に勝るとも劣らない問題として、国会論議の焦点となる。これを乗り切るにはまず最大のアキレス腱である防衛相・田中直紀を、追い詰められてからでなく、一刻も早く更迭することから始めなければ、事態はぐちゃぐちゃになる。この際田中は自発的に「任にあらず」と辞任するのが政治家としての立派な出処進退なのだが、どうか。今後米側から新事実が次々に出されることも予想され、野田政権は第二波第三波に見舞われていくだろう。 |
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| 欧米の「平時」と「非常時」を切り替える法制度に学べ | |
| 投稿者:船田 元 (東京都・男性・元経済企画庁長官・50-59歳) [投稿履歴] 投稿日時:2012-02-08 10:42 [修正][削除] |
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| 昨年3月の東日本大震災発生後に起こった様々な現象は、日本にとって前代未聞のことが多かった。特に原発事故は一刻の猶予も許されない事態が続き、政府の担当部署の緊張が限界に達していたことは、想像に難くない。そうした中、総理官邸に置かれていた「原子力災害対策本部」をはじめとして、10近い災害対策関連の重要会議の議事録が作成されていなかったことが、最近になって明らかとなった。議事の概要すら作成されなかった会議もあったという。 たしかに議事録を作成することも後回しにしなければならないほど、緊迫して余裕がなかったといえば、許されてしまうかもしれない。しかし未曾有の大災害にわが国が、政府がどう対応してきたか、その詳細が残らなくなってしまったことは、大きな損失と言わざるをえない。関係者の脳裏から消えないうちに、後追いでもいいから概要でも作っておくべきではないだろうか。 ところでこのような「凡ミス」が何故起こったのだろうか。私は、当時の菅政権が「非常時」においても「平時」の時の対応をしてしまったためではないかと考える。「平時」の対応では、刻一刻と変化する事態に対応がどんどん遅れていく。遅れれば遅れるほど余裕がなくなり、議事録など作成する余裕がなくなっていくのは当然だろう。もしここで「非常時」の対応をしていれば、権限が一箇所に集まり、余計な手続きや段取りは省略され、変化する事態に余裕を持って対応することが可能となったはずだ。議事録もしっかり作成することが可能だろう。 欧米諸国の政府は、「平時(ピースタイム)」と「非常時(ウォータイム)」を適時に切り替える法制度やシステムを持っているところが多い。隣国との戦いが日常だった過去の歴史から学んだ智慧だったのだろう。しかし大規模災害が多い日本では、この智慧を最も良く学ばなければならないはずだ。自民党本部では間もなく、「非常事態法制」の研究が始まろうとしている。場合によっては憲法改正まで必要になるかもしれない。遅きに失しているかもしれないが、我々はこの度の大震災の教訓として、大いに学ばなければならない。 |
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| 首相は「原発ゼロ」を黙認するのか | |
| 投稿者:杉浦 正章 (神奈川県・男性・政治評論家・70-79歳) [投稿履歴] 投稿日時:2012-02-06 06:53 [修正][削除] |
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| 防衛省問題と消費増税論議の影に隠れているが、我が国のエネルギー政策が危機に瀕している。肝心かなめの経産相・枝野幸男が「今夏の原発全面ストップ」を公言し始めているのだ。首相・野田佳彦はかねてから安全確認を前提に休止中原発の再稼働を明言してきたが、国のエネルギー政策の大転換を一経産相が口にして、そのまま放置するのか。それとも、野田政権は、解散・総選挙を意識して、なし崩しに原発ゼロにもってゆこうとしているのか。枝野は朝日新聞とのインタビューで、「この夏原発がゼロになる可能性はある」との認識を示した。今夏に全国で稼働している原発をゼロと想定したのだ。東京電力福島第一原発事故の影響で地元の同意を得るのが難しくなっているのがその理由であるという。枝野は「安全と安心をないがしろにして稼働することは許されますか」と開き直っている。しかしこの発言は政府の基本方針と大きくずれているのではないか。もともと定期検査で停止した原発は、ストレステストを実施した上で、安全と確認されれば再稼働する方針であった。停止原発を稼働させなければ、4月下旬にも全54基の原発が止まり、電力の3割を失う非常事態に陥る。そのストレステストの公平さを確認するために国際原子力機関(IAEA)に調査を依頼したのは日本政府ではないか。 IAEAは2月1日、経済産業省原子力安全・保安院によるテストは「IAEAの安全基準に準拠している」と評価して、妥当とする報告書を提出した。条件は整ったはずではないか。それをこともあろうに担当相が「安心と安全」という極めて漠然とした感情的な理由を挙げて「原発再稼働せず」を明言して良いのか。かねてから枝野はその発言傾向から推察して、イデオロギー的な原発反対路線をとっていると感じていたが、今回の発言はますますその感を強めさせる。前首相・菅直人がソフトバンク社長の孫正義と連携して新エネルギーが今にも実現するような虚構をばらまいたが、新エネルギーが全エネルギーのたった1%の域を抜け出る方策・技術など遠い先の話だ。東電は原発停止を理由に工場やオフィスなど大口契約者向けの電気料金を、平均17%値上げする方針だ。家庭向けも値上げを実施する流れだ。この電力料金の消費者への転嫁は、まさに増税と同じであり、消費増税より一足先に「電力増税」が行われるのだ。しかも原発の再稼働がなければ、全国の電力会社に波及することは目に見えている。 電力不足が3年続いた場合、製造業の6割が国内生産を縮小・停止させるという調査結果が出ており、この夏までに停止原発を再稼働することが出来るかどうかにすべてがかかっていると言っても過言ではない。電力不足が、産業空洞化と雇用の減少を引き起こすことは火を見るより明らかだ。諸外国はおおむね「フクシマ・ショック」から立ち直って、原発建設推進が再び大きな潮流になろうとしている。石油王国のサウジアラビアですらそうだ。サウジの高官は最近日本政府関係者に対し「資源は有限だ。人類のために長く使えるようにする。そのために原子力発電と太陽光発電に力を注ぐ」と述べると共に「フクシマの経験を生かしてより安全になった日本製原発を使いたい」と申し入れてきた。太陽パネルも安価な中国製より高くても日本製が良いと述べたという。 その中国ですら専門家が「日本が原発をゼロにすれば化石燃料の高騰を招く。早く稼働して欲しいというのが、中国政府の本音だ」と政府関係者に伝えてきているという。もちろん中国は原発大増設計画を推進している。それにもかかわらず日本だけが一部マスコミのイデオロギー的な扇動もあって、原発再稼働アレルギーですくんでしまっているのはどう見てもおかしい。野田は久しぶりに大局観がある首相かと思っていたが、閣僚の「今夏原発再稼働なし」発言を黙認するのか。それとも解散・総選挙を意識して、原発再稼働は票にならないと判断しているのだろうか。原発政策で大転換するなら、堂々とその方針を掲げて選挙に臨むべきではないか。一番政権担当者として良くないのは、国家にとってクリティカルな問題で態度をを鮮明にしないことだ。原発なくして日本経済の再興はあり得ない。ここはIAEAの判定を追い風に、原発を再稼働して突破口を開くことだ。このままでは財界に不安感が残って、生産工場の海外移転がさらに促進されるばかりではないか。 |
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| 投稿者:高峰 康修 (福岡県・男性・日本国際フォーラム客員主任研究員・30-39歳) [投稿履歴] 投稿日時:2012-02-03 15:03 [修正][削除] |
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| 米国の「アジア回帰」戦略を軍事面で具現化する作戦概念として、1月17日にデンプシー統合参謀本部議長が『統合接近作戦概念(JOAC)』と題する重要な文書を発表している。それによれば、A2/AD(接近阻止・領域拒否)戦略は重大な脅威であり、それに対抗するには米軍は陸海空、宇宙空間、そしてサイバー空間の各圏域に接近できなければならないとして、中国のA2/AD戦略に真正面から対抗することを明確にした。そして、米軍は各圏域を横断するような統合をしなければならないと言っている。従来、A2/AD戦略への対応としては、エアシーバトルという概念が取り沙汰されてきた。 エアシーバトルは、中国の長距離ミサイルによるA2/AD能力に対抗するに、その射程外に一旦退いた上で、海空の中国を上回る長距離打撃力を組み合わせて撃破する、というようなものであった。これと、米軍再編における原則の一つである「分散配置」が相俟って、日本のような同盟国の重要性が低下するのではないかという懸念が生じていた。しかし、JOACは、エアシーバトルは下位概念であると明確にし、そうした懸念を払拭した。JOACの意味するところは、我が国の重要性はますます高まるということである。JOACは、A2/ADへの対抗においては米軍は犠牲を覚悟しなければならないとも指摘している。これは、想定戦域に近い地域への米軍駐留を重視していると理解できる。具体的には、当然それには沖縄は筆頭に挙げられる。 このように、普天間をどうするかという問題は、日米間の戦略の問題ではないのである。普天間問題の解決が日米同盟を強化すると考えているとすれば、的外れとしか言いようがなく、JOACが示すような米軍の徹底した統合に我が国が歩調を合わせ、これを支援することこそ日米同盟の強化に繋がるのであって、我が国の安全に不可欠なことである。それにはやはり集団的自衛権の行使容認が第一歩となるであろうし、防衛力増強が必須である。普天間移設問題は、原点に立ち返ればよい。すなわち、1996年の橋本・クリントン合意である。 この場合、移設が実現するとすれば、日本側の都合による移設であるから費用は全額日本の負担ということになろう。そもそも、普天間の辺野古への移設は沖縄の負担軽減策として出てきたものであり、グアム移転とセットになっている必然性は全くないのである。さらにいえば、グアム移転自体、今や大いに再検討の余地がある。普天間移設問題は、早々に米軍再編とは切り離して、日米はJOACで示されたような大戦略について濃密な議論を始めるべき時機を迎えている。(おわり) |
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| (連載)日米は大戦略について議論すべき(1) | ツリー表示 |
| 投稿者:高峰 康修 (福岡県・男性・日本国際フォーラム客員主任研究員・30-39歳) [投稿履歴] 投稿日時:2012-02-02 11:42 |
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| 米海兵隊普天間飛行場の移設問題は、確かに鳩山政権による無責任な県外・国外移設の主張によって混乱させられ、日米関係悪化の象徴的存在となった。しかし、それへの反省からか今でも普天間移設問題が日米間の最大の懸案であるかのように捉えられているのは、いささかピントが外れているのではないか。米側の戦略的事情と財政をめぐる事情が大きく変化してきており、事態は常に動いている。 政府は、普天間の辺野古への移設に必要な沖縄県の仲井真知事への公有水面埋め立て申請を6月の沖縄県議選の後にすることで、少しでも沖縄県側の態度の硬化を防ぎたい意向だと伝えられているが、ナンセンスな話である。これに対して、日本政府が夏までに埋め立て申請を行わなければ、普天間移設を含む米海兵隊のグアム移転が実現不可能になるのではないかとの懸念が出ている。これは、米議会によって凍結された在沖海兵隊のグアム移転関連予算の再計上をめぐる、米政府と米議会の協議が春から夏にかけて本格化すると見られているためである。 米議会が昨年、2012会計年度予算からグアム移転費用を全額削除した理由の一つとして、普天間問題が進展していない点を挙げているのは事実である。しかし、米国では現在、財政赤字削減に向けた取り組みが極めて厳しく、国防費も聖域とはされず、十年間で約4870億ドル削減が決まっているのに加えて、民主・共和両党の合意ができず、予算コントロール法の規定に従って強制的削減が発動されるような事態になれば削減額は9500億ドルに上る。米軍のグアム移転の事業費は、米政府監査院(GAO)が昨年6月に上院歳出委員会に提出した報告書によれば、239億ドルに達するとの試算である。これは当然、恰好の削減対象となる。すなわち、必ずしも普天間だけが問題ではないのである。 もっと重要な点は、戦略上の変化である。オバマ政権は米国の「アジア回帰」を打ち出し、中国への対決姿勢を明確にした。そして、アジア太平洋における米軍の再編については、次の三つの原則によるとしている。すなわち、(1)地理的に配置を分散する、(2)作戦面での弾力性を高める、(3)駐留国等における米軍駐留の政治的な持続可能性に配慮する。昨年11月に発表された豪州のダーウィンへの配備も、この文脈に沿ったものである。米軍のグアム移転は、もともとグアムに米軍の司令部機能を集中させるというものであり、沖縄にある海兵隊の司令部機能はグアムに移転させるとのことであったが、司令部機能を沖縄に残すことに転換している。これは、「アジア回帰」宣言よりも前に打ち出された方針だが、結果として上記の原則に沿った内容となっている。(つづく) |
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| 大学秋入学は日本の学制を変える絶好のチャンス | |
| 投稿者:大藏 雄之助 (東京都・男性・杉並区教育委員長・80-89歳) [投稿履歴] 投稿日時:2012-02-02 11:14 [修正][削除] |
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| 大学秋入学で一番問題になるのが高校卒業から入学までと卒業後就職までのおのおの約半年の期間であろう。卒業後のことは心配いらない。まず、卒業生は成人である。それに、順調にいっても10年後のことであり、すでに官庁も企業も対策を考慮するといっている。東大卒が公務員離れを起こしたら中央省庁は成り立たないだろう。民間側はもっと楽観できる。会社の従業員全部に定年制が適用されるようになったのは戦後のことだという。それとともに一斉採用が取り入れられ、社内訓練を通じて終身雇用制度が確立した。 ところが今やグローバル化の時代、能力ある者はスカウトを受けて転職し、無用とみなされれば容赦なくリストラされる。アメリカは言うに及ばす、ヨーロッパでも初任給は1人1人違う。その後も長期勤続による忠誠心などは何の役にもたたない。出身校の偏差値に期待する大会社の4月一斉採用は遠からず消滅する運命にある。しかし、3月に高校を卒業して、入学試験には合格していながら学生の身分証明書もない未成年はどうなるか。 東大ではその半年を活用してボランティアや海外旅行などの経験をしてもらいたいと気軽に発言しているが、そうはいかない。イギリスでは「ギャップターム」と称して入学前に種々の経験を積むことがはやっている。だがそれはあくまでも自発的なものであって、日本の秋入学のように全員に強要されるのではない。東大合格者の保護者の平均所得は他大学に比べてずば抜けて高い。だから、適切に指導すれば、入学待ちの青年は効果的な準備期間とすることが可能かもしれないが、家庭に余力がなく、奨学金を当てにしている者たちは戸惑うばかりであろう。いい加減なアルバイトをしていたら、9月の入学時に学力も意欲も低下している事態になりかねない。 かといって、春入学と秋入学の大学が混在することになれば学校教育は大混乱に陥る恐れがある。この矛盾を解決するためには断固として小学校から高等学校までの新学年も9月に改め、長期の夏休み前の卒業に変更しなければならない。これはそれほど難しいことではない。発想を変えればできる。これは日本の学制を根本的に変える絶好のチャンスである。 |
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