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本当の立憲主義の危機の話   
投稿者:篠田 英朗 (東京都・男性・東京外国語大学大学院教授・40-49歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2018-01-18 23:50 [修正][削除]
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 丸山眞男が、1969年の東大紛争で研究室を荒らされた後、全共闘の学生たちに「君たちのような暴挙はナチスも日本の軍国主義もやらなかった」と述べたとされることは有名な話である。全く不謹慎な表現である。第二次世界大戦の死者は、推計5,000万人以上、ナチスによる凄惨な虐殺の被害者は推計500万人以上という規模だ。一人の大学教授の研究室の本が読めなくなったことなどが、それを上回る暴挙であるはずはない。丸山の発言は、日本の知識人がいかに世界情勢に疎く、独りよがりのレトリックに沈殿していたかを示す象徴例だ。逆に言えば、日本の知識人が言う「戦前の復活」「ナチスの再来」などは、大学教授の研究室が荒らさられる程度にも酷いことではなく、いわば頻繁に起こっている日常的なことでしかない、ということだ。そのレトリックは、国際的には使ってはならないタブーだとしても、日本ガラパゴス島の知識人でいる限りは大した問題にはならないので、憲法学者らが毎日毎日せっせと他人を罵倒する際に使っている、それだけのことにすぎない。「立憲主義の破壊」などといった大仰な言葉も、ふたを開ければ、東大法学部出身者ではない者を内閣法制局長官にした、といったレベルの話でしかない。このことを、たくましい想像力によるものだとみなすか、枯渇した感性によるものだとみなすかは、どちらでもいい。本来は、知識人層は、「アベ政治を許さない、と唱えれば、君も立憲主義者だ」のような話を延々と続けるだけの態度を、恥じるべきだ。少なくとも、もう少し物事を長期的に、できれば本質的に、見た話をするべきだ。憲法学会の「隊長」・長谷部恭男教授は、「国民には、法律家共同体のコンセンサスを受け入れるか受け入れないか、二者択一してもらうしかない」と述べる。そして、社会契約論を否定する(『憲法と平和を問い直す』[2004年])。残っているのは憲法学者による独裁制だろう。拙著『ほんとうの憲法』では、このような憲法学者の独裁主義は、日本国憲法の否定であると論じた。

 日本国憲法に「三大原理」なるものがあり、その一つが「国民主権」であるというのは、1960年代に小林直樹・東大法学部教授らによって憲法学会の通説になり、学校教科書などに入り込み、社会に浸透した。しかし憲法典を素直に読めば、そのような読解は自然ではない。憲法が「基く」「人類普遍の原理」とは、人民の人民による人民のための「国政は、国民の厳粛な信託による」という考え方である。「信託(trust)」の解釈にはニュアンスがあっていいだろうが、社会契約の論理の完全否定は、致命的な反立憲主義だ。現在、日本は、低経済成長が常態化する中、巨額の財政赤字を膨らませ続けながら、人口減少時代に突入しようとしている。これこそが現在の日本の立憲主義の本質的危機であることを、知識人層は、きちんと説明すべきだ。立憲主義は、「信託」に基づく「責任政治」によって成り立つ。社会構成員は、自分の権利を守り、安全を確保し、さらに幸福を追求するために、そのための環境の整備という任務を政府に与え、「国政」を「託す」。定期的にチェックし、不備があれば政府を取り換える仕組みを維持しつつ、責任を持った活動を行わせるための「信託」は行う。 もしそうであれば、政府の活動に必要な経費は、社会構成員が負担するのが当然である。事業委託者は、費用負担を前提にして、事業受託者に、業務遂行を委託する。受託者(実施者)による契約不履行の場合、委託者(発注者)が契約を破棄できるのは、費用負担していればこそである。逆に、委託者(発注者)が費用を負担しないなら、受託者(実施者)は、事業の実施を拒絶する。それが契約というものだ。

 イギリスやアメリカの古典的な立憲主義体制においては、選挙権は、財産=納税の有無によって制限されていた。自治の論理を純粋に追求すれば、納税の有無が決定的な要因であってもやむをえなかった。後に民主主義的価値観の広がりにより、納税能力を選挙権の制限に適用することは廃止され、累進課税や法人税の考え方も発展したが、「契約」関係を重視する立憲主義の考え方は、英米社会では消えなかった。現代世界において、天然資源を豊富に持つ「レンティア国家」で立憲政治が育たないのは、税金徴収を媒介にした「契約」関係に基づく責任政治が育たないからだと考えられている。たとえば石油収入だけで政府を運営することができ、国民も石油収入のおこぼれにあずかることだけを求めているような社会では、立憲政治は非常に難しい。政府は、石油市場への責任政治を重視しがちになるからだ。また、国家収入のほとんどが外国からの援助で占められているような場合も、税金徴収を媒介にした「契約」関係に基づく責任政治が育たない。対外援助が恒常的なものであってはならないとされるのは、そのためである。政府は、援助提供者への責任政治を重視しがちになるからだ。

 もう一つ、立憲主義に、天然資源や対外援助と同じ効果をもたらすのは、借金である。政府が借金漬けになれば、政府は債権者への責任政治を重視しがちになる。日本の財政赤字をめぐっては、国債の暴落はあるか、という点に議論が収れんしがちである。そして政府保有資産額や国内債権者比率の評価の話になる。しかし立憲主義の観点から問題なのは、国債暴落の有無だけではない。そのような議論が蔓延しているということ自体が、本来の立憲主義の責任政治の観点からは問題なのだ。社会構成員が、少なくともその能力に応じて、社会を運営する活動に貢献して初めて、政府に責任政治を求める契約関係が発生する。政府資産の評価額や、国債保有者の国籍などは、関係がない。心ある立憲主義者は、国債発行額のさらなる圧縮を目指し、財政健全化のために、知恵を絞るべきなのである。政党間対立は、そのための政策的競争を促すための誘因とするべきなのである。政権交代は、複数の方法を試してみるための制度的な保障とするべきなのである。このような話をすると、9条改憲をすると軍事費が増大して、財政赤字が拡大する、といった憲法学者らの声が聞こえてきそうである。しかし9条改憲それ自体と、財政赤字には、論理的な連動性がない。「改憲はナチスの再来だ」といった自己催眠にかかる場合にのみ、連動性があるように感じられてくるだけだ。むしろ国会議員を不毛なイデオロギー論争やパフォーマンス競争から解放し、真摯な政策論に専心させるためには、9条解釈を確定させることが望ましい。「立憲主義とは、アベを許さないということだ」といった低次元の扇動だけを繰り返すのではなく、もっと社会的問題の本質を論じていく努力を払うべきだ。

安倍は五輪開会式に出席すべきではない   
投稿者:杉浦 正章 (神奈川県・男性・政治評論家・70-79歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2018-01-18 06:01 [修正][削除]
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 韓国大統領文在寅の外交能力を疑う事態が続いている。相手に後ろ足で砂をかけて怒らせておいて、冬季五輪開会式に出席せよはない。米中首脳は2月9日の五輪開会式に出席せず、プーチンはもともと出席しない。朝鮮半島に関わりを持つ大国がみな出席しないのに、慰安婦合意を毀損された首相安倍晋三が出席しなければならない理由はない。大体首相が不在の時に自民党幹事長二階俊博が出席の既成事実を作るかのように行動するのはおかしい。この際、米中露に“歩調”を合わせて、首相・安倍晋三も出席する必要はないのだろう。文在寅はまるで習近平に泣きつくように二度に渡って直接開会式出席を要請した。しかし、習はこれに応じず、政治局常務委員の韓正を派遣することを決めた。韓正は常務委員といっても序列最低の7位であり、中国が冬季オリンピック出席をいかに重視していないかを物語る。習近平の欠席は冬季五輪ごときに国のトップが出席する必要はないとの判断が働いているのに加えて、極東情勢が大きく作用しているようだ。その最大の象徴が韓国への戦域高高度防衛ミサイル(THAAD)配備である。中国は配備が極東戦略を大きく変えるものという認識で反対したが、文は踏み切った。加えて中国には何ら相談することなく、北との五輪合意である。習にしてみれば、訪韓して下手なコミットは出来ない立場にあり、文は深い外交的な考察のないまま、出席を要請して袖にされたのだ。

 トランプは最初から出席を考えていなかったといわれ、副大統領ペンスの出席にとどめた。これも大統領が出席するような事ではないとの判断がある上に、国内政局に火がついており、その暇はないというのが実情だ。プーチンは国際オリンピック委員会(IOC)から、ドーピングスキャンダルで選手団の正式派遣を拒否されており、出席しようにも出来ないという実情がある。ヨーロッパはフランス大統領マクロンらが出席する。対韓外交重視というより選手激励が主目的だ。そこで安倍が出席するかどうかが焦点だが、安倍は東欧歴訪中の記者会見で出席の可能性を問われ「国会の日程を見ながら検討したい。一日も早い予算案の成立が最大の経済対策」と発言した。同行記者団は概ねこの発言をネガティブに感じたようだ。そもそも慰安婦合意は「不可逆的」なものとして、日韓双方が確認している。日本側は安倍首相名で「心からのおわびと反省の気持ち」を表明。韓国政府が元慰安婦支援のため財団を設立し、日本政府は10億円を拠出した。この措置の着実な履行を前提に「問題の最終的かつ不可逆的な解決」を確認しているのだ。外相河野太郎が「さらなる措置は全く受け入れられない」と言明したのは当然だ。

 朴槿恵政権はソウルの日本大使館前の少女像について「適切に解決されるよう努力する」と約束した。しかし、文政権になってからは合意などどこ吹く風、慰安婦「平和の少女像」に続き、強制徴用労働者像までがソウル近郊に設置される動きが生じている。慰安婦への10億円も、韓国が分担すると言いだした。つまり、新方針で日韓合意は文のちゃぶ台返しにあったことになる。こうした中で安倍政権内部は出席論と欠席論が交差している。二階は「五輪も国会も大変重要な政治課題だ。うまく調整の上、(両方)実現できるよう努力したい」と述べ、首相の平昌五輪出席に含みを持たせた。しかし二階はいかに親韓派でも、ここは出席しないのが大局判断ではないか。自分と韓国の関係を政治に反映させてはいけない。韓国から陳情を受けたに違いない。そもそも首相の不在中に重要な政治判断事項で既成事実を作るのは、越権行為だ。幹事長代行の萩生田光一は17日のラジオ番組で、開会式には五輪担当相鈴木俊一と文部科学相林芳正が出席するとの見方を示したが、その程度でとどめておくのが正解だろう。だいいいち来月9日金曜日の開会式といえば、国会は予算委審議の最中である。開会式は夜の8時から4時間も行われるから、国会審議を休めば不可能ではない気がする。しかし、急ごしらえの会場は屋根がなく、選手も観客も吹きさらしに晒される。平昌は2月の平均気温がマイナス8.3度という極寒地だ。同会場で11月4日に催されたコンサートでは低体温症で5人が緊急搬送されたという。

 要するに安倍は、日本の国内世論が文の仕打ちに圧倒的に批判的であり、出席しても焦点は、南北合同チームの入場行進であり、チャラチャラ女が踊る北朝鮮のパフォーマンスばかりが目立つような開会式に出席するメリットはない。文はアイスホッケーチームがどっちみち強くないことを理由に、北との合同チームを結成する方針のようだが、これこそスポーツの政治利用であり、オリンピック憲章のイロハを知らない。国内の猛反発は当然だ。文の言動は日米韓の包囲網や国連制裁決議を毀損しかねない要素がある。包囲網に穴を開ける北の巧妙な外交に乗せられつつあるとしか思えない。河野が「北朝鮮が核・ミサイル開発を続けている事実から目をそらすべきではない。国際社会の分断を図ろうとしている」と看破している通りだ。日本の首相が文の支離滅裂な低級外交に付き合う暇はないし、義理もないのだ。

ウインフリーは米政治救いの女神か   
投稿者:杉浦 正章 (神奈川県・男性・政治評論家・70-79歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2018-01-16 02:09 [修正][削除]
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4058/4060
 典型的な保守派で共和党寄りの立場をとっている米ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙が社説で「ウィンフリー氏、トランプ氏を追い出す?」「次期大統領選の民主党候補になるとの憶測が急浮上」と書いている位だからフィーバーは相当なものだろう。米大統領としては異常なまでにその醜い発言のボルテージを高めているトランプに米国民が辟易としていることを物語る。ウインフリーといえば米国人が好む立志伝中の人であり、立候補すればトランプを脅かす存在になることは確実。本人はやる気かどうかの明言を避けているが、今年11月の中間選挙を経て、民主党が予想通り上下両院で勝てばウインフリーは出馬し、トランプの任期を4年で終わらせるとの見方が強まっている。「オプラ・ブームも、ハリウッドのような熱しやすい『ドリーム・ファクトリー(夢の工場)』による希望的観測にすぎないのかもしれない。だがその可能性を前に硬派でプロフェッショナルな民主党関係者でさえ胸をときめかせてしまう理由も分かる」とWSJ紙が書く63歳のウインフリーは、典型的な黒人の貧困家庭に生まれた。9歳の頃には親戚に強姦されるなどの性的虐待を受け、14歳で妊娠し、出産している。産まれた子供は1週間後に病院で亡くなっている。19歳でローカルテレビのニュースの仕事に従事してマスコミ界に入り、32歳の1968年にテレビの「オプラ・ウインフリー・ショー」を立ち上げ、この番組は2011年まで続いた。弁舌の鋭さ、知性の高さでマイノリティーだけでなく、白人女性層にも広範に支持されている。ウィンフリーの資産額は現在、28億ドル(約3100億円)に達している。「出馬コール」に火がついたのは7日のゴールデングローブ賞授賞式。黒人女性として初めて生涯功労賞を受賞したオプラ・ウィンフリーが自らの経験に裏打ちされた性的暴力の被害者への連帯を示す力強いスピーチを行い、出席者から何度も熱狂的なスタンディングオベーションを受けた。

 出席した俳優や音楽家らからは、レディ・ガガが「オプラが大統領選に出馬すれば支持する」と言明すれば、「ゴッドファーザー」のロバート・デニーロは「世界は裸の王様の馬鹿を見ている」とトランプをこき下ろし、出馬を促した。そのトランプの発言の醜さ、幼稚さは病膏肓とも言える段階に入った。枚挙にいとまがないが最近ではハイチを「便所」と誹謗した例だ。トランプは議員らに「なぜ便所のような国(shithole countries)の出身者を来させたいのか。ノルウェーのような国の人々を受け入れるべきだ」と発言した。これは明らかに人種差別であり、自由と法の下での平等を高らかにうたった合衆国憲法に大統領自ら違反するものである。またWSJ紙によると2016年の米大統領選の1カ月前、トランプの顧問弁護士の1人が、トランプと性的関係を持ったとされる元アダルト映画女優に対し、口止め料として13万ドル(約1440万円)支払う約束をしたという。ロシア疑惑も増す一方だ。こうした発言や行動が繰り返されるたびに、米国民の多くの視線がウインフリーに向けられ始めた。トランプ陣営はオプラが政治の素人である点を指摘しているが、これこそトランプにそのまま返される言葉だろう。WSJ紙は社説で「選挙戦で有権者をどう説得するかが課題だが、ウインフリーが出来ないと断言するのは愚か」と書いている。米大統領には現職政治家や、経営者、企業幹部などが当選するケースが多いが、全くの素人に見える候補も当選している。トルーマンはミズーリ州カンザスシティで洋品店を営んでいた。ジミー・カーターは、農場主だった。レーガンはハリウッドの俳優だった。いずれも優秀な大統領であった。政治面では未知数であっても、政治力は素質があれば育つものだ。

 トランプはウインフリーが強敵になり得ると感じてか、早くも「オプラなら私は勝てる。相手がオプラなら面白い。ただし出馬するとは思わない」と牽制球を投げ始めた。臆面もなくトランプは「人生を通じて、私の最も大きな長所は、 安定した精神と、そして、何というか、とても頭が良いということだ」「私は大成功を収めた。実業家からトップのテレビタレントとなり、そして米国の大統領になった。私が思うに、これは頭が良いというよりも、天才と呼ぶに値するだろう。しかも、非常に安定した天才だ!」と述べた。この発言はデニーロの「裸の王様の馬鹿」と言う形容が何とふさわしく見えることだろうか。自分を天才と思い込む病気には「自己愛性パーソナリティ障害」がある。ありのままの自分を認めることができず、自分は優れていて素晴らしく特別で偉大な存在でなければならないと思い込むパーソナリティ障害の一類型である。これが実際にトランプに当てはまるかどうかは分からないが、その危険を感じさせる大統領は危険な存在であろう。14日にも懲りずにトランプは「私は大統領として、わが国が再び強く偉大な国になるのを助けようとする人々がわが国に来ることを望む。移民の能力に基づいたシステムを通じてだ。ビザ抽選制度はもういらない!」とツイートしている。もはや確信犯だ。

 とにかく何をやるか分からない異常性を秘めていることがトランプの一年で分かった。国務、国防両相やホワイトハウス内の良識の“歯止め”がかかっているうちはよいが、いつ歯止めがかからなくなるか分からない状況に世界は置かれている。公共ラジオNPRの世論調査によると大統領選でトランプとウィンフリーが対決した場合、どちらを支持するか聞いたところ、ウィンフリーが50%で、トランプの39%を上回った。この差は今後トランプの奇想天外発言が繰り返されるたびに開くことが予想される。それにしてもあと3年もトランプと世界は付き合わなければならないのかと思うと、うんざりする。

(連載2)2018年のロシア経済を占う ← (連載1)2018年のロシア経済を占う  ツリー表示
投稿者:袴田 茂樹 (東京都・男性・日本国際フォーラム評議員・70-79歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2018-01-13 13:44 [修正][削除]
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 次に、年金制度や税制に対する大統領や政府による不意打ち政策への国民の側の不信感について、記者の発言などから紹介したい。まず年金問題であるが、一般的に60歳を受給年齢とする現在の年金制度が、年金基金や政府財政の逼迫から、受給年齢が数年引き上げられるとの猜疑心が国民にある。大統領や国家の立場からすると、この年金改革をスムーズに行えるか否かが、選挙後の1918年の経済政策のポイントになる。以下は、この問題に関する「チェルニ・イズベスチヤ」の記者とプーチンのやり取りだ。国民にとって、年金額そのものが僅かな上に、年金年齢になっても数年の間年金が受け取れなくなる可能性があり、極めて切実な問題なのである。

 記者:「年金受給年齢の引き上げ問題についてあれこれ語られている。多くの者が、それを時間の問題だと見ている。いつ決定はなされるのか、何歳引き上げられるのか」。プーチン:「それは非常にデリケートかつ重要な問題だ。最終的結論については、今私はあなたに述べることは出来ない。あなたは既に決定がなされているかの如く質問したが、実際にはまだ最終決定はなされていない。…国は年金を支払える状態にあるし、年金支払いに関して悲劇的事態は生じない」。ちなみに別の場で、プーチンに近いクドリン元財務相が記者から、あなたは年金受給年齢引き上げに賛成しているが、今のささやかな年金を続ける資金も国には残っていないのか、との質問を受けた。それに対してクドリンは「率直に言おう。然り、残っていない。受給年齢を引き上げないと、今の支給額も維持できなくなる財政状態だ」と返答している。(「論拠と事実」2017.11.15)

 増税に関しては、「ガゼータ・ルゥ」の記者が次のように質問した。ここにも、政権に対する国民の不信感が現れている。「2018年及びその後に増税されるか。現在は、ビジネス界も国民も、次のことに強い確信を抱いている。つまり、政権は大統領選挙の前は控えているが、それが終わると全面的な大幅増税が実行されるということである。選挙後の税金は実際にはどうなるのか」。この問いに対してプーチンは、「税金に関して、あなたには同意できない」として、2018年末までは増税をしないが、その後については今語るのはまだ早すぎる、と逃げている。年金について最終決定はされていない、という逃げと同じだ。

 ロシア国民は、大統領選挙までは、プーチンの人気が落ちるような政策は実施しないだろうが、選挙後は、国民に不利な改革が抜き打ち的に実施されると固く信じているのである。また、ロシア政府の発表や経済に関する公式統計を国民や専門家たちが信じていない実態も、この記者会見や諸記事においては浮き彫りになっている。2018年のロシアの経済や国民生活は、公式の予測や発表よりも相当厳しそうである。(おわり)

(連載1)2018年のロシア経済を占う  ツリー表示
投稿者:袴田 茂樹 (東京都・男性・日本国際フォーラム評議員・70-79歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2018-01-12 19:58  
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 12月14日にプーチン大統領は数百人の内外記者を招いて、4時間近い記者会見を行った。この会見で興味深かったのは、第1に、大統領や政府と記者たちのロシア情勢に対する認識のギャップが浮き彫りになったことである。第2に、大統領や政府の政策に対して、国民の側は年金受給年齢や税金の引き上げなど国民に不利な政策が不意打ちの形で発表されるのではないかと疑っている。つまり、大統領や政府に対する強い不信感だ。2018年のロシア経済を占うためにも、経済に関して、政権や公式統計と国民や専門家の間の見解の違いを紹介したい。

 まず第1の認識ギャップについて。ロシア経済に関して、大統領や閣僚たちは公式統計を基にして国民に、不況は底をつきロシア経済は回復している、生産は増加している、今後ますます良くなるという点を強調する。しかし、国民生活を肌で知っている記者たちの発言からは、そのような大統領・閣僚の発言や公式統計をほとんど信じていないことがはっきり読み取れる。例えば、「ロシースカヤ・ガゼータ」の記者は、次のように公式統計を疑う直球の質問を投げかけている。「政府や経済発展相などは常にロシア経済が回復傾向にあると言うが、何によってロシア経済は発展しているのか。<水増し報告>によってか。それとも本当にトラクター、機械類、コンピューターなどを以前よりも多く生産しているのか」。

 この質問に対してプーチンは、次のように反論する。「ロシア経済は実際に発展していることは明白な事実だ。水増し報告などはない。わが国のGDPの伸び率は1.6%、工業生産の伸び率も同じく1.6%で、特に良好なのは自動車工業、化学工業、製薬、それにもちろん農業だ。今年も過去最高の収穫となるだろう。農業相の言によると、穀物の収穫高は1億3050万トン以上の予定で、これはソ連時代を含め史上最高の収穫となる」。この生産発展の背景として、プーチンは次のように説明する。「ロシアの経済発展はますます多く内需に依拠するようになった。GDPの伸び率は1.6%だが、基本投資の伸び率は4.2%で、生産の伸び率の2倍以上のテンポで投資が増えている。これが意味することは、今後、中期的にも発展が確実になっていることだ」。

 しかし、国民の生活実感や専門家たちの経済分析は、しばしばプーチンや政府の発表と真っ向から対立する。例えば、油価下落の影響をもろに受けて、ロシアにおける自動車の需要と生産が大幅に下落したことは周知の事実だが、「マクロ経済分析・短期予測センター」の責任者はプーチンとは逆に、内需の減少とそれに伴う自動車生産の減少などを次のように具体的に指摘している。「内需が少ないので、ロシアに生産拠点を移した企業も、製品を販売する市場がない。国民の実質所得は低下しており、それに伴い需要も小売市場も縮小している。例えば車の生産も、需要減により生産設備の稼働率も平均して50%にすぎない」。ロシア・フォルクスワーゲングループ総支配人やフィンランドのタイヤ生産メーカーの責任者も、メドベジェフ首相との懇談の場で「今のロシアの経済状況で、生産拠点をロシアに移すとか増設するのはナンセンス」と述べている。(「ヴェドモスチ」2017.10.16)このギャップについて記者会見の場で、「ガゼータ・ルゥ」の記者がやはり次のようなストレートな疑問をプーチンに投げている。「あなたの諸答弁を聞いていると、率直に言って、次のような印象を持たざるを得ない。つまり、あなたに対して、ときに、事態に関する不正確な情報が与えられている、ということである。少なくとも経済に関しては、そのような印象を受ける」。(つづく)

「どこへ行く」トランプのアメリカ   
投稿者:鍋嶋 敬三 (神奈川県・男性・評論家・70-79歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2018-01-11 17:25 [修正][削除]
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 ドナルド・トランプ米大統領の共和党政権が発足して1月20日で1年を迎える。ビジネス界出身のトランプ氏はツイッターを駆使して外交から安全保障、経済、内政に至るまで思うままに発信してきた。激しい感情をむき出しにして北朝鮮の金正恩労働党委員長を「小さいロケットマン」と嘲る一方で、自らを「非常に安定した天才」と自賛して世界を煙に巻いた。米国の政治史上でも例を見ないスタイルの特質は第一に大統領の座に押し上げた白人中間層を中心とする政治基盤へのアピール効果を狙ったものだ。第二に対立する相手(国)の感情を逆なでして反発を呼ぶことでトランプ・ペースに巻き込む計算も秘められている。しかし、公式の政府声明によらない気まぐれな発言は大統領自身の性格の不安定さを露呈し、米国への信頼性を大きく損なうマイナスを招いていることは否定出来ない。

 トランプ発言の多くは体系的な政策に基づかないものが多い。国際情勢や政策についての無知から来る思い付きや、ごく少数の側近の助言に飛びつくことも希ではない。在イスラエル米大使館のエルサレム移転発言がその典型だ。トランプ氏が職業専門家集団である国務、国防、財務省などの官僚組織を敵視していることも背景にある。重要官庁の主要ポストはいまだに埋まっていない。このため、共和、民主党を問わず長年積み上げてきた多国間の国際合意や同盟関係よりも、2国間の取引を重視する。世界貿易機関(WTO)の軽視や難交渉の末に合意に達した環太平洋連携協定(TPP)、気候変動のパリ協定からの離脱、北米自由貿易協定(NAFTA)や米韓自由貿易協定の再交渉要求などはその典型だ。

 このようなトランプ外交がもたらしたのが、米国の信頼性低下による国際秩序の不安定化である。同盟国の高官すらも「ワシントンはいまや世界の不安定の震源地になった」と強い懸念を示したという。超大国としての「重し」がとれれば、地政学的な空白を埋める動きが出てくるのは必然の成り行きである。オバマ前政権時代から中国やロシア、中東ではイランがそのような動きを見せている。ロシアのウクライナ侵攻とクリミアの軍事併合(これは19世紀的な帝国主義的侵略に他ならない)、中国による南シナ海の一方的な領土編入と軍事拠点化や、一帯一路戦略は正にその具体例である。ベトナムやオーストラリアが中国への融和姿勢を見せているのは、このような地政学的な変化を察知しているからだ。第二次大戦後の75年間、米国が超大国として君臨したのは強力な経済力と軍事力だけではなかった。自由、民主主義、人権、法の支配といった基本的価値に対抗し得るイデオロギーが世界で影響力を持ち得なかったからである。米ソ冷戦の終結はその例証であった。

 それから四半世紀の世界は単純化すれば、自由・民主主義体制をとる米欧日のG7に対して、中国やロシアに象徴される拡張主義的な権威主義体制との対立の構造が表に出てきた。アメリカはどこへ向かおうとしているのか?2018年は大統領選挙から2年後の中間選挙を迎える。現職大統領に対する信任投票でもある。上院は現在でも過半数ぎりぎりの共和党が負ければ、議会運営、政策遂行はますます困難になる。すでに補欠選挙でその兆しは出ている。トランプ氏が政権基盤を固めるために、対外的な摩擦を辞さない「米国第一主義」や「力による平和」路線を続ければ、国際秩序の不安定化に拍車をかける。日米関係でも自動車や鉄鋼など貿易問題での緊張は必至である。トランプ大統領とは数少ない「馬が合う」リーダーである安倍晋三首相の政権下でトランプ大統領を出来るだけ早く日本に招き、北朝鮮問題など国際秩序の安定のためには日本の存在が米国にとって不可欠であることをその目で認識させることが、日米同盟を外交の基軸とする日本にとって2018年の大きな課題である。

北、融和攻勢で日米韓分断図る   
投稿者:杉浦 正章 (神奈川県・男性・政治評論家・70-79歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2018-01-10 06:20 [修正][削除]
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4054/4060
 キーワードは「時間稼ぎ」に過ぎまい。微笑外交で韓国を油断させ、オリンピックの滞在費をむしり取り、国際社会を朝鮮半島緊張緩和の“一炊の夢”にひたらせる。隙あらば日米韓の連携から韓国を引き離す“くさび”を打ち込む。この北の攻勢に、融和路線の左翼大統領文在寅の顔は、テレビに出るたびに負けそうな印象をもたらす。甘っちょろくて見ていられない。北はここを先途とばかりに日米韓連携の最大の弱点である文を突く。「民族自主」を主張する北のペースに、文は、はめられた感じだ。そこには日米韓の連携に何としてでもくさびを打ち込みたい北の思惑が明確に存在する。そして米本土に到達する大陸間弾道ミサイル(ICBM)を完成させるための時間稼ぎをする。これが北の戦略だ。南北会談は7対3で北の勝ちだ。北はオリンピック参加という錦の御旗で韓国をひざまずかせた。一方で、失うものはゼロだ。オリンピックには選手団、応援団、高官級代表団を送ることが確定した。一方で韓国側が要求した朝鮮半島非核化の推進には、強い不満を示して合意どころではなかった。北は一大プロパガンダの場としてオリンピックを政治利用する。場合によってはオリンピック代表団に金正恩の妹の金与正を送り、トランプの娘のイバンカが列席すれば会談を実現させるところまで考えているかも知れない。

 北は表には出ていないが米韓がオリンピック後まで延期した米韓軍事演習の中止に言及した可能性も否定出来ない。今後軍の当局者同士の会談が行われることになったが、ここでは間違いなく軍事演習の中止を要求するだろう。文在寅は北と米国に挟まれて苦渋の選択を求められる。おまけに北は経済支援などを韓国側に要求する可能性が強い。文が応ずれば国連制裁決議が崩壊する危険をはらむことになる。北は9月に建国70周年の節目を迎える。景気づけのために、まだ未完成な段階にあるICBMの実験をする必要がある。米本土に到達させるには大気圏再突入技術を確立する必要があるのだ。そのためにはこれまでの通常よりも角度を上げて高く打ち上げるロフテッド軌道ではなく、通常軌道の実験が必要となる。オリンピックでの融和姿勢はそれまでの時間稼ぎに過ぎないと見るべきであろう。

 金正恩は正月の演説で「核のボタンが机の上にある」と太った顔ですごんで見せたが、大人げなくトランプも「私の核のボタンは遙かに強力だ」とツイートした。鶴田浩二の歌の文句ではないがまるで「馬鹿と阿呆の絡み合い」といった風景を新年早々世界は見させられた。それでは極東核戦争は勃発するのだろうか。しないだろう。ケーススタディをすれば3択がある。第一は「北による核の奇襲攻撃」だが、日韓は滅びるが米国が壊滅的打撃を被ることはない。したがって、米国は圧倒的な報復力で平壌を消滅させ、ロケット基地も壊滅させる。金正恩は核爆発で遺体も残らない。いくら威張っても「自殺行為」をする度胸はあるまい。第二は「米国が北を最初に奇襲攻撃する」ケースだ。もちろん日韓の同意なしで行われる場合だが、攻撃対象が分散しているため一挙に壊滅させることは困難だ。撃ち漏らした核ミサイルが一発でもソウルや東京に落ちれば韓国も日本もその長い歴史の幕を閉じる。終末だ。トランプが狂わない限りあり得ない。トランプ乱心となれば国防総省はクーデターを起こしてでも止めるだろう。第三に「偶発的衝突による核戦争」だ。この説はまず米国の軍隊の仕組みを知らない。米国ほど文民統制が確立している国はなく、世界一統制のとれた軍隊だ。これが偶発的にでも戦争を起こす可能性は極めて少ない。北も、同様に核の管理は国の存亡をかけた最優先事項だ。誰よりも命がほしくてすごんでいる金正恩が核の管理を怠ることはない。

 こう見てくると極東の核戦争はありそうでないものの筆頭にあげられる。トランプと金正恩が外交的、政治的に優位に立とうとして核を活用しているだけだ。だからと言って、日本が無防備でいいかといえばとんでもない。日本はハリネズミのようにミサイル防衛体制を整えなければならない。敵基地攻撃能力を保有して、金正恩のやる気をなくさせ、中国やロシアをけん制するのだ。新型戦闘機F35に巡航ミサイルを装備し敵基地攻撃能力を保持すべきだろう。弾道弾を撃墜するイージスアショアはこれまでのイージス艦とPAC3で北のミサイルを防衛する方式に加えて導入されるもので、2023年頃の運用に向けて秋田市と萩市の自衛隊基地に設置される。F35が離発着できる空母も早期に建造か改造する必要がある。もっとも垂直離発着可能なF35なら現在の空母でも活用可能だ。基本戦略を積極防衛へと転換しなければ極東の戦争抑止は確立できない。

激動の年2018年を迎えて   
投稿者:四方 立夫 (東京都・男性・エコノミスト・60-69歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2018-01-09 21:12 [修正][削除]
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 激動の年2018年が幕を開けた。年央には北朝鮮が米国本土を射程に収めたICBMを完成、中国は「一帯一路」を本格的に推進、そして米国は中間選挙を迎える。昨年、我が国は米国がTPPからの撤退を表明する中でTPP11の大筋合意及び日EU EPA合意を成し遂げ、トランプ大統領が安倍首相が一昨年に提唱した「インド太平洋戦略」をアジア歴訪の際に提示するなど大きな成果を上げたが、本年は将に日本の安全保障にとって正念場を迎える。従来日本は日米安全保障条約において「米国に巻き込まれる」ことを心配してきたが、今後は米中及び米朝直接対話により「米国に置き去りにされる」ことなく、逆に「米国を巻き込む」ことに腐心しなければならない。トランプ大統領は常に「晋三は何をしてくれるのか?」を問いているとのことであるが、日本自らがその総合力を高め、安全保障に関する主体的役割を明確にし、日米同盟がトランプ大統領にとってメリットが大きいものであることを常に示し続けなければならない。

 既に従来からのミサイル防衛能力の強化に加え、巡行ミサイルの配備及び電子攻撃機の導入が検討され、防衛大綱の見直し、そして憲法改正が真剣に議論されているが、それに加え日本の防衛産業の育成が必要不可欠である。従来防衛産業には日が当たらなかったが、日本が得意とする潜水艦や機雷掃海に加え、宇宙、サイバー、AIの分野に於ける科学技術の振興並びに米国との共同開発、そして武器輸出振興による価格競争力の強化が喫緊の課題である。防衛産業に於いてはともすればそのコストの面が軽視されることが間々あるが、今後我が国の防衛力を強化していくには優れた技術と安価なコストが必要不可欠である。その為には政官民が一体となり、特に民の力を最大限活用し輸出競争力のある製品を製造販売していくことが防衛産業の育成にとって重要である。これにより米国を始めとする同盟国/友好国との間で武器製造に関するSupply Chainを構築し、高品質な部品~中間製品~完成品を安く効率的に製造することが関係国全てにとって安全保障上大きなメリットとなる。

 昨年秋の中国党大会以降、日中関係「改善」の動きがみられるが、中国はあくまでもLiberal Democracyのルールに対する挑戦者であり、我が国としては自由と民主主義の守護者として同国とは是々非々で付き合うと共に、同国の民主化運動には主に民間レベルで支援をし、将来的に中国が胡錦涛時代のように部分的であれ自由化/民主化が進むように応援していくことが我が国の国益に適うものである。又、既に実質的に核保有国となったと思われる北朝鮮に対しては、いかなる形であれ米国による先制攻撃は我が国に甚大な被害を及ぼす可能性があることから、既に保有した核を絶対に使わせないための抑止力の強化と、海上臨検を含む経済封鎖により嘗てソ連邦が崩壊したように北朝鮮の経済を崩壊させ体制変革を促し、最終的に非核化を実現することも一案である。米国が我が国の安全に十分な注意を払わずに奇襲攻撃に出ることが無いよう、米国の多くの階層において密接な協議を推進しコンセンサスを得ることが肝要である。いずれにせよ今年は我が国の安全保障にとり、そして自由世界の存続にとり、正念場の年である。

安倍3選で3000日突破の政権維持へ   
投稿者:杉浦 正章 (神奈川県・男性・政治評論家・70-79歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2018-01-09 00:22 [修正][削除]
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 世の中“1億総保身時代”であるかのようだ。従って政治情勢を断定するような政治評論家などいない。外れれば大恥とびくびくしている。だから明確な予測を出す者など皆無だ。正月の愚かなる民放テレビ番組の“くっちゃべり”を見てつくづくそう思った。ところが何を隠そう小生は、今流行の西郷どんが「命もいらぬ、名もいらぬ、地位も金もいらぬというような人物は処理に困る」と述べた類いの評論家なのだ。あえて“寸前暗黒”に光を当ててその有り様を断定するタイプなのだ。そこで新年から安倍官邸のどこかに“蟻の一穴”がないかと、ウサギの耳を長くして、鵜の目鷹の目で情報を集めたが、どこにもなかった。安倍政権は兎の毛で突くほどの隙も見せていない。だから予言しておく、9月の総裁選は安倍が3選を果たす。ということはさらに3年の任期が保証され、安倍は前人未踏の3000日を超える長期政権となる見通しだ。最大の理由は過去の長期政権がそうであったように経済面での好調が継続するからにほかならない。このように強い経済を背景に持った政権は与党内部はもちろん野党も突き崩せないだろう。政局は仕掛けたものが弾き飛ばされる状況なのだ。

 アベノミクスはまさに絶頂期に入ろうとしている。すでに安倍政権の12年12月に始まった景気回復は、昨年9月で65年11月~70年7月までの57カ月間に及んだ「いざなぎ景気」を抜いた。今年の景気上昇は新年に財界人全てが予想したように持続発展し、以後は2000年までオリンピック景気がこれに上乗せされる。史上空前の「天孫降臨景気」が続く。雇用は史上初めて1人に対して正社員の有効求人倍率が1に達した。希望すれば正規社員になれる時代となった。東京での倍率は2であり、全国的にも1.5と好調だ。問題は9月の総裁選でこの盤石の態勢を突き崩すという無謀なチャレンジをする候補がいるかどうかだが、いることはいる。もっとも、ハムレットのように「立つべきか立たざるべきか、それが問題じゃ」と悩んでいるのが政調会長岸田文雄だ。やいのやいのと突っつくマスコミに「政治状況を見ながら直前に考える」ともっぱら慎重姿勢を維持している。しかし宏池会の長老古賀誠は主戦論だ。かつて安倍の対抗馬として野田聖子を擁立しようとして暗躍、失敗したのも古賀だった。今度は岸田擁立でまたも暗躍している。昨年末には限られた人数の会合で超オフレコで「総裁選ではビジョンを打ち出して安倍と争う」と擁立をほのめかした。しかし岸田本人は“禅譲”期待が垣間見える。この禅譲方式は戦後度々登場している。その主なものは岸、佐藤、福田康夫政権末期にささやかれた。岸は大野伴睦に禅譲の密約をしたが、結局譲らず大野は憤死した。佐藤末期に福田赳夫への禅譲説があったが、田中角栄に力で封じ込められた。成功したのは福田康夫が麻生太郎への禅譲を約束して、実行に移したことだけだ。それでは安倍が岸田に禅譲をほのめかしたかというとその気配は全くない。岸田が立候補するかどうかをギリギリまで決めないのは、禅譲期待があるからにほかならない。禅譲といっても4年近くも待てるかどうかだ。もともと、政権とは戦い取るものであり、棚から落ちるぼた餅は他人に食われるのが落ちだ。

 5年前の総裁選で地方党員票のトップに立って一時は安倍の心胆を寒からしめた石破茂は、間違いなく立つ。地方党員票の比重が強化されているから、なおさらやる気十分に見える。しかし、今回も地方票でトップに立てるかというと情勢はそう甘くない。5年前の自民党は一野党としての総裁選であったが、今回は総理総裁たる安倍を敵に回すことになる。政権奪取に直結する総裁選なのだ。地方党員は、5年にわたる安倍治世で、陳情その他に多大の効果を発揮できる構造的な利点を熟知しており、党内野党の石破を応援すればその道は断たれるのだ。それを承知で安倍を見限る者は、よほどの偏屈か異端者でしかあるまい。その構図を反映するかのように石破派はたったの20人にとどまっている。立候補の推薦人確保がやっとの人数だ。人望欠如のように見える。したがって、石破政権の目は出ないだろう。

 「男は一階勝負する」と佐藤3選にチャレンジしたのは三木武夫だが、「女は2度目の勝負する」のが総務相野田聖子だ。民放の出馬するかの問いに「ハイ」と軽々しくも飛びつき「推薦人20人を確保した場合勝算は前回と比較すれば150%」とほらを吹いた。そもそも野田の立候補には“甘え”がある。総裁選を子供の運動会の二人三脚に親が出るくらいに軽く考えている。閣僚でありながら首相をひきづり降ろそうというというのが野田のケースであり、出るなら当然総務相を辞任してから出馬表明するのが憲政の常道だ。諸外国に比べて日本の政治は一流だが、女性政治家のレベルはアフリカあたりの発展途上国より低い。ここ1、2年でも不倫の山尾志桜里、暴言の豊田真由子、自衛隊日報問題で辞任の稲田朋美など資質を問われるケースは枚挙にいとまがない。小選挙区の場合女性候補というだけ票が増える傾向があり、東大卒などというどうでもいい肩書きがけっこう利く。それでも女性議員の比率は衆院で10%と世界平均の半分であり、世界193か国中163位だ。有権者はもう女性だから当選させる時代は去りつつある。野田は立候補の弁で「敵味方というのではなく、安倍首相の掲げる政策を認めつつ、それではたりないという思いがある」と述べているが、これも甘い。オリンピックは「参加することに意義がある」と述べたのはクーベルタンだが、総裁選は首相の存在意義を全否定することであり、まさに敵と味方なのだ。女の甘えがたらたらの野田ではこの国の政治のかじを取ることは難しい。一方、野党は自民圧勝でまたまた脳しんとう。当分政局を語る場には出てこない。通常国会ではまたも森友・加計問題をぶり返す方針のようだが、国民はもう聞き飽きた。同問題は解散・総選挙で有権者が「疑惑なし」と判断したから安倍が圧勝したのだ。ぶり返すことは政権の追及方法を知らない、野党の無力さの象徴である。小泉進次郎は希望の星だが、今総裁選でうろちょろする時ではない。まだ10年早いと思って雑巾がけに汗をかくことだ。

(連載3)民主主義政治体制の危機へどう対処するか ← (連載2)民主主義政治体制の危機へどう対処するか  ツリー表示
投稿者:廣野 良吉 (東京都・男性・成蹊大学名誉教授・80-89歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2018-01-06 19:27 [修正][削除]
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4051/4060
 以上列挙した議会制民主主義政治制度、普通選挙制度の欠陥や、市民の自治意識・ガバナンス体制の欠如・欠陥を早急に排除することが、国政、地方政治でも民主主義の理念・政治制度を一層貫徹するために不可欠である。以下、実行可能な範囲内での国政、地方自治レベルでの議会制民主主義政治制度の改革と議会運営上の改革を、若干提案したい。なお、この課題に関する具体的提案は詳細にわたるので、ここでは、その具体的提案の主題のみ列挙する。詳細な具体的提案は次回の投稿で述べたい。

 (1)国会の改革:民主主義的政治制度の一環として基礎づける三権分立制度の確立によるチェックアンドバランスの推進、(2)普通選挙制度の改革:(a)小選挙区一人多数票から複数多数票による立候補者選定、(b)特定既得権益集団の利害中心から一般市民の経済・社会福祉改善、環境保全・文化芸術活動に対する政策を中心とした選挙戦への移行、(3) 国会審議・運営制度の改革:(a)重要議案の成立に必要な賛成議席は3分の2以上、(b)国会、地方議会における政党党議拘束制度からの解放、(c)議員立法制度の大幅導入、(d)頻繁な公聴会の開催と国民陳情書の審議・採択の活性化、(e)国民のレファレンダム制度の活用など。(4)国会議員の報酬と報告責任に関する改革、(5)内閣総理大臣の選出は選挙民による直接選挙制の導入、(6)地方自治体レベンルでの民主主義政治制度の改革。

 以上、民主主義の理念を貫徹する民主主義的政治制度の現状とその在り方について考察してきた。公正、平等、自由、参加を基軸とする民主主義の理念に立脚した政治制度の発展は、国家間で若干の時間的・制度的仕組みで差異がみられるが、いずれも19世紀後半以降の近代化過程で顕著となった比較的新しい政治制度である。いくつかの国々では21世紀の今日でも、未だ定着は愚か、導入さえされていない。本政治制度は、基本的には住民、国民が主権者として行使する普通選挙制度と三権分立制度を両輪とした制度である。前者は、最高意思決定機関たる地方議会と国会が、住民、国民を代表し、後者は立法府が制定した条例・法に基づいてその政策を履行する行政府と、国の最高法規たる憲法とその他の法律に基づき、行政府の権力行使を監視し、立法府の法制行為の合法性を審査する司法府による相互牽制体制を意味する。この両制度により、民主主義の理念がどの程度実現し、住民、国民の経済的・政治的・社会的福祉の向上、環境保全、文化的充実につながるかどうかは、立法府、行政府、司法府の三権分立制度にく基づく運用如何によるが、最終的には、住民、国民の監視体制によって規定される。

 かくして、いかなる地方自治体や国においても、民主主義の理念の貫徹は、一方で民主主義政治制度の存在と、他方ではその制度を運用・監視する住民、国民の決意と能力によって規定される。我が国に於いては、民主主義の理念に基づく民主主義的政治制度が第2次世界大戦後の民主化過程で導入されたこともあって、地方議会、国会とその運営はもちろんのこと、行政府や司法府によって導入された諸制度・仕組みとその運用も未だに改善・改革すべき点が多々存在する。と同時に、これらの法律、制度とその運用を監視し、民主主義の理念に合致するかどうかを検証し、国内外の環境、価値観の変化に即して民主主義的政治制度の再構築責任を有する地域住民、国民の意志および能力の向上が急務である。Better Late than Neverである。(おわり)

(連載2)民主主義政治体制の危機へどう対処するか ← (連載1)民主主義政治体制の危機へどう対処するか  ツリー表示
投稿者:廣野 良吉 (東京都・男性・成蹊大学名誉教授・80-89歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2018-01-05 00:24  
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4050/4060
 上記の民主主義的政治制度が法的に整備されれば、その社会には民主主義が貫徹されるかという問いには、大変残念ながら、多くの場合には「ノー」である。たとえ、生態的・社会的条件が充足されていたとしても、憲法下で保障された自由秘密に行使される普通選挙制度の導入ないし実施が不十分である場合が、特に途上国に多い。普通選挙制度には、国政、地方自治体自治において、直接選挙制度と間接選挙制度があり、多くの国では、両制度が共存している。多くの国では、国政において、国民がその代表である首長(大統領)と国会議員を、そして地方自治においても、住民の代表である首長(県知事、市長、町長、村長等)と地方議員を直接選挙によって選出する直接選挙制度が導入されている。他方、国民、住民がそれぞれ国会議員と地方議会議員を直接選ぶが、その議員が首長を選出する間接選挙制度がある。我が国の場合のように、国政においては、国会議員は直接選挙によって選出するが、行政府の長は間接選挙制度を採用し、衆議院議員選挙において最大多数議席を獲得した政党が指名した内閣総理大臣候補が衆議院議員総数の単純過半数で総理大臣に選出・任命され、総理大臣が内閣の閣僚を任命する「議院内閣制」を採用しているが、地方自治体では、首長も地方議会議員も共に直接選挙制度を採用している国々もある。さらに、地方自治体の議会議員は直接選挙制度によるが、地方政府の首長は、国の行政府の長たる総理大臣ないし内務省大臣によって任命される国もある。我が国では国民の最高意思決定機関としての国会があるが、戦後の平和憲法制定当時期待した衆参両議院の機能差別化が、戦後70年の間に完全に消失している。参議院は「国民の良識」を代表し、長期的視野に立って、我が国の政治・経済・社会・環境・文化の発展を希求しつつ、短期的・地域的利害に基づく衆議院の審議を牽制するという本質的機能を最早や放棄しており、衆議院と同様に政党政治の場となっているのが現状である。ある政党が衆参両議院で絶対多数を占めた場合には、衆議院で採決された議案を単に承認する機関となり下っているやにみえる。このような参議院の存在は、民主主義の理念の貫徹には貢献しておらず、無用の長物ないし国民の税金の無駄遣いである。その場合には、多くの国々見るように、一院制(衆議院のみ)にするか、出発点に戻って、衆参両議院のあり方を再検討し、「国民の、国民による、国民のための国会」を再構築しなければならない。

 さらに、国政レベルでは、最高裁判所の近年の再三の判決にみるように、従来の両院議員選挙は明らかに違憲状態であり、早急な一票の格差是正が求められている。しかし、三年前国会で審議決定した公職選挙法改正でも、衆参両院において相変わらず一票の格差は2倍を超す大きさである。もちろん、現行憲法で人口が少ない県が人口比だけて衆参両議院議員数を決定した場合に生じる問題も無視できない。そこで、1994年には従来の中選挙区制に代わって小選挙区比例代表並立制が導入されて、その際設置された衆議院議員選挙区画定審議会が、10年ごとの国勢調査に基づいて区割りの改正案を作成し、政府はその勧告に従って公職選挙法の改正案を国会へ提出する義務を負った。しかし、各政党内と政党間の利害対立によって、民意を反映するような一票の格差の抜本的是正は、今日に至るまで相変わらず実施されていない。さらに、衆議院議長の諮問機関として「衆議院選挙制度に関する調査会」が2014年に設置されて、2016年には小選挙区の区割り見直しについて答申され、法改正がなされたが、抜本的改正には程遠いものとなっただけでなく、選挙区が両県にまたがって減少となった中国、四国の諸県では早くも反対運動が展開され、その区割りも再度見直されることになった。

 最も深刻な課題は、直接選挙制度が導入されている多くの「民主国家」では、国会議員の選出が小選挙区制の下で実施されているために、議員の最大の関心事は、地元の選挙民の意向の代表として活動することであり、それ故に多くの場合国益よりも地元小選挙区の利益を代表するか、地元の選挙母体となっている特定利益集団の利益を代表することが多い。さらに、国会審議では「党議拘束の縛り」の故に、地元利益集団の特定利益を政党政策に反映させるためには、他選挙区の同種利益集団議員と連携して、共通利益集団(農協、建設業界、医師会等)の議員連盟に加入する。国会議員の大半は政治家を本業としており、自己の生計と一体化されていることも影響し、再選が議員の最大関心事となっており、その結果議会での審議では地元の選挙母体の利益を最優先し、いわゆる信念・原理原則なきポピュリズト政治家(大衆迎合型議員)となる場合が多い。時には八方美人的役割を担い、あらゆる既得権集団の利益を代表することによって、再選を果たす。大変残念ながら、今日の我が国では、主権者教育活動が全国規模でも、地方自治体レベルでも不十分であり、国会、地方議会議員の政治活動が国民一般の利益を代表するように常時牽制するオンブズマン組織は、単なる市民活動組織として弱体であり、法的強制力をもって議員活動の実態を調査・検証する常設の「市民によるガバナンス推進委員会・制度」は存在しない。僅かに存在するのが先に述べた「公職選挙法」に基づく議員活動規制や地方議会の条例に基づく「情報公開制度」による規制のみである。衆参両議院に設置されている行政監視委員会は専ら行政府活動監視役を担っているだけであり、当初期待されたこの機能さえ適切に発揮できずにいるのが現状である。政策評価法に基づいて2002年設置された各省庁、独立行政法人や自発的に設置された地方自治体の内外評価委員会も、当該行政活動の評価にとどまっている。国会でも、地方議会でも、議員は国民全体の利益を代表する国民のための公民であり、その議員活動を常時監視・検証する自主的委員会の国会内、地方議会内設置や既存の議員懲罰委員会の機能の拡大が困難であれば、議会外で法的調査・監視権限をもった常設の「市民によるガバナンス推進委員会・制度」の設置は、不可欠である。

 さらに、近年の国政、地方選挙の実態をみると、選挙権を行使するのは有権者の半数以下であり、多くの市議会では30-40%台、町議会・村議会議員選挙ではなんと無投票当選が50%をこえる。この場合、議会での多数決による法制化、条例化は、本当に民意を代表しているといえるだろうか。さらに、地方自治体では、首長も選挙によって選出されるが、首長選挙でも投票率が50%を下回るのが我が国の通例であり、首長による政策・条例提案が一般化して、議会がそれに対応するという我が国の地方政治環境の中では、地方自治体における政策・条例が地域住民全体の民意を代表するとはいい難い場合も多い。また、地方議員の場合にも政党化が進み、一方で国政における加盟政党の政策への追従が地方議会審議にも見られ、他方では選挙母体の特定利益集団への奉仕傾向がみられる。しかし、選挙民の地方自治への参加意識が強い地方都市では、地方議員が特定利益集団の利害よりも地域住民全体の代表として地域益に重点を置く場合も暫時見られており、今後その傾向が一層強くなることが望ましい。(つづく)

(連載1)民主主義政治体制の危機へどう対処するか  ツリー表示
投稿者:廣野 良吉 (東京都・男性・成蹊大学名誉教授・80-89歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2018-01-04 17:21  
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4049/4060
 平成26年のとある新春放談の機会に、「理念として民主主義と議会制民主主義体制:ギャップを如何に埋めるか?」という課題を提起した。その後、成蹊大学で勉学した小生のゼミ生からの依頼で、この放談を彼らが毎年発刊している「ゆめ吉クラブ」へ掲載したら、彼らとその多くの友人たちから、諸々のコメントを頂いた。海外では、米国でトランプ大統領政権が誕生し、「アメリカファースト」のスローガンの下で、それまでの民主、共和両党政権が掲げてきた国内外に開かれた政治経済社会政策に逆行する大統領宣言がTPP協定やパリ協定からの離脱、移民・難民受け入れ政策の制限・転換を含めて次々に打ち出されて、米国型民主主義を信奉してきた多くの国内外の人々にとって、Quo Vadis USA (米国は何処へ行くのか) と疑念・懸念を抱かせた。同様に、一昨年から昨年にかけて多くのEU諸国では国会、地方選挙が実施されて、EUが従来掲げてきた政治理念である国内外に開かれた政治経済社会体制への統合過程を危ぶむような政党が一部急進的な国民の支持を得て台頭してきた。さらに、排他的な難民政策をとるハンガリーや民主主義体制の根幹をなす三権分立原則を否定する強権的な国内政策をとるポーランドに見るような加盟国もでてきた。これら先進諸億における一連の政治的反応は、一般市民、特にグローバル競争の下で置き去りにされてきた国民大衆の既成政党、既得権集団への抵抗・反対運動の表れであり、2015年秋の国連総会が採択した「持続可能な開発目標=SDGs」が目指す、Leaving no one behindこそ、今やすべての国のすべての国民各層が追求すべき原理原則であろう。

 目をその他の地域へ向ければ、1989年のベルリンの壁の崩壊に端を発した米ソの冷戦体制の終結以来かってオレンジ革命とかアラブの春の到来ということで、世界の多くの人々に「平和の配当」への大きな期待を抱かせたが、これら多くの国々で、一党独裁・専制政治体制への逆戻り現象が見られている。さらに、シリヤに見るように政府・非政府組織を含めた海外勢力の介入による武力衝突が激化して、数百万人に上る国内外難民が発生している地域もある。ソ連邦崩壊後に独立した多くの中央アジア諸国や隣国中国、ロシヤでも、かって西側諸国が期待した国民大衆参加型民主主義体制の樹立は、現時点では儚い夢となっている。国内に目を向けると、2012年に発足した第2次安倍政権は今年で6年目を迎え、その間に実施された衆参両議院選挙では自民公明両党が圧勝し、従前のような毎年総理大臣が変わるという異常な政党政治体制が影を薄めて、漸く民意に基づく政治的安定を維持してきた。しかし、三年前の夏には国会で絶対多数を占めている自民・公明両党は、野党の論議延長要請にもかかわらず、安保法制の国会採決を多数決で強行し、昨年もまた、犯罪を従来の我が国刑法とは異なって、計画段階から処罰対象とする「改正組織的犯罪処罰法」(共謀罪)が、参院法務委員会での僅か17時間50分という短時間で審議を打ち切るという再度の強行採決が行われて、自民党、公明党、日本維新の会などの賛成多数で参議院本会議で可決された。自民公明両党は、国会における多数決によって採択された法律は、合法であり、民意を代表するものととらえているが、立憲民主党、民進党、共産党など野党は、民意を無視したものとして、抗議を続けている。確かに普通選挙で選ばれた国会、地方議会では多数決による政策決定は合法であるが、こうした政権与党が、野党との根気強い協議ではなく、数で押し切るという暴挙は、少数野党も民意より選出された国会議員であるが故に、政権与党は野党の主張にも謙虚に耳を傾けるという民主主義政治体制の根幹である多様性を尊重する民主的な国会運営を願う国民各層の期待に反する行為であり、一昨年の都知事選挙、昨年の都議会選挙に見るように、国政政権与党に対する不信・怒りをかきたてる結果を招いたのは当然であろう。現在、自民党内では改憲原案が粛々と準備されて、連立政権与党の公明党との協議を経て、本年1月12日に始まる通常国会では、調整済みの改憲案が衆参両議院の憲法審査会へ提出されて、審査会での慎重な審査が予定されていると聞いている。我が国民が総意を以て守ってきた平和憲法であるが故に、たとへ国内外を巡る情勢変化があってとしても、万が一にも審査会での十分な協議なしに再度強行採決するという暴挙は絶対に許されない。さもなくば、自民党内での異論は勿論、連立内閣を構成する公明党の反発をも招き、本年の参議院選挙は勿論のこと、国民大衆が過去6年間選挙を通じて表明してきた自公政権与党への信頼・期待の崩壊は免れないであろう。我が国は戦後の「平和憲法」の下で立憲君主制を導入し、議院内閣制に基づく議会制民主主義制度を採用してきたが、公正、平等、自由、参加を理念とした民主主義に立脚した、総ての民意を代表する合理的で、機能する新しい議会制度、政治体制はできないだろうか。

 理念としての民主主義はすべての先進諸国や多くの途上国の指導者や国民大衆にも受け入れられている政治思想であり、その思想に基づく政治制度の構築・普及には、一部の共産党独裁を統治原理とする国を除いて世界的に特に異論はないといってよいであろう。主権在民を基幹とする民主主義は、総ての住民、国民が、年齢、性別、人種、国籍、信条、宗教の如何に拘わらず、その経済的、政治的、社会的、環境的、文化的権利が憲法で公正かつ平等に保障される。そこでは、個々人の自由と多様性が最重要視され、如何る国家・政治権力もこれを侵害することはできない。主権在民下の憲法は、かかる国家・政治権力から国民の権利を護り、国民主権の貫徹を保障する基本法である。かって我が国の「大正デモクラシー時代」に風靡した「民本主義」と軌を一にしている。民主主義的政治制度とは、理念としての民主主義を推進する仕組みを有する政治的制度であり、そこでは、総ての住民、国民が物質的・精神的な豊かさ追求する権利を行使でき、社会全体の公益福祉に貢献する政策の形成・実施・監視・評価過程へ参加する権利を有する政治制度である。このような民主主義的政治制度は、すべての人々が信仰の自由、言論の自由、集会の自由を保持し、自由かつ秘密裡に行使できる普通選挙制度と立法行政司法の三権分立制度が憲法によって保障されている政治制度である。

 民主主義的政治制度は、その主権者たる住民、国民の間に、民主主義の理念を共有し、死守しようという強い意志がない限り、国内外の独裁者、権力者の台頭により容易に崩壊する政治制度であることは、20世紀の近代社会の歴史から自明である。「我に自由を、さらば死を!」は18世紀から19世紀初頭にかけて米国を風靡したスローガンであり、それがやがて南北戦争における北軍の勝利による「奴隷解放」へ繋がったが、このスローガンが示すように、自由、人権擁護、国民主権は天から与えられるものではなく、国民大衆が国家権力とその背後にある既得権集団から勝ち取るものであることを銘記しなければならない。さらに、民主主義理念・政治制度が自然の一部である人間の社会的通念・制度である限り、その貫徹を可能にする生態的・社会的条件の永続が不可欠である。当該地域住民、国民の生死に影響を与える生態的条件の存在、特に生命に優しい地球環境、自然環境の保全が不可欠である。武力紛争、戦争は自然環境の最大の破壊要因である。自然環境は有限であるが故に、あらゆる国やあらゆる企業集団も一方的に収奪することは許されない。政府間協議に基づき国際協定・条約を制定し、加盟国内はもちろん、国際機関や国際的な市民社会組織ネットワークも厳しく監視し、違反者・国は国際的な制裁の対象となる。さらに社会的条件で最も重要なものは、国民大衆一人一人が、平和を可能にする諸民族、諸国民、諸国間の政治的、社会的、文化的多様性を認め、相互信頼・友好関係を振興する国際条約・協定の制定・履行である。これらの生態的・社会的条件が充足されない地域・国民・国際社会では、民主主義理念・制度の貫徹は不可能である。武力紛争、戦争は民主主義理念・制度の最大の敵である。こうして、地球環境の保全と平和は、民主主義理念・制度の前提条件である。(つづく)

新年明けましておめでとうございます   
投稿者:伊藤 憲一 (東京都・男性・(公財)日本国際フォーラム代表理事・会長・70-79歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2018-01-01 00:01 [修正][削除]
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4048/4060
 新年明けましておめでとうございます。

 公益財団法人日本国際フォーラム、グローバル・フォーラム、東アジア共同体評議会が連携し、特定非営利活動法人世界開発協力機構の後援によるe-論壇「百花斉放」「議論百出」「百家争鳴」の全国および全世界の投稿者および愛読者の皆様に新年のご挨拶を申し上げます。

 早いもので、このe-論壇も、2006年4月12日のスタートから数えて、12度目の正月を迎えることになりました。この間に投稿者、愛読者の皆様のアクセスも、パソコンからスマホに重点を移しつつ、連日10数万人に達しております。年間では、延べ人数で1億人に迫るスケールとなりました。

 e-論壇「百花斉放」「議論百出」「百家争鳴」は、それ自体が組織として特定の政策上の立場を支持したり、排斥したりすることはありません。発表された意見に責任を負うのは、あくまでもその意見に署名した者のみであります。会員や一般市民の皆様に研究活動への参加や発言の機会を提供することにより、内外の世論を啓発し、相互理解の増進に寄与することを目的としております。極端な一方的議論に凝り固まるのではなく、反対論にも謙虚に耳を傾け、バランスのとれた冷静かつ寛容な議論を交わす場として、その使命を果たしてゆきたいと考えております。

 e-論壇「百花斉放」「議論百出」「百家争鳴」の近況についてご報告させていただきました。旧年に引き続き、新年もまた皆様のご支援とご参加を得たく、お願いいたします。

2018年元旦

公益財団法人日本国際フォーラム代表理事・会長

伊藤 憲一

「日中平和友好条約」を再認識すべし    
投稿者:金井 進 (千葉県・男性・無職・60-69歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2017-12-29 17:48 [修正][削除]
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4047/4060
 日中間には「4つの基本文書」と言われる政府間で交換した外交文書があります。具体的には(1)1972年の「日中共同声明」(2)78年の「日中平和友好条約」(3)98年の「日中共同宣言」(4)2008年の「日中共同声明」(戦略的互恵関係)です。(2)の「日中平和友好条約」は政府間で批准された正式の条約であり、それ以外の3つの文書と同列に見做すべきものではありません。

 1972年9月、田中首相訪中の際、公表された「日中共同声明」の第8項において平和友好条約の締結を目的として交渉を行うことが合意されましたが、約6年間の日中両国の外交努力を経て、1978年10月23日、東京で「日中平和友好条約」の批准書が交換され、同日より効力が発生しました。本条約の第一条第2項には、「すべての紛争を平和的手段により解決し及び武力又は武力による威嚇に訴えないことを確認する」とあります。しかしながら、39年間が経過した現在、尖閣列島の領土主権を巡り、両国政府は本条約を『名存実亡』(「有名無実」)に矮小化し、相互不信の罠に入り込んでいるように思われます。非常に残念に思います。

 中国を仮想敵国とみなし、軍事的脅威を煽ることにより安保関連法を成立させることで中国の武力攻撃の抑止力になるとの主張もありますが、「日中平和友好条約」の第一条第2項を両国政府及び両国国民が今こそ熟読し、再認識すべきではないでしょうか?日本政府がなすべきことは武力による対応の為の安保関連法の執行ではなく、中国政府に対して「日中平和友好条約」を相互に遵守することの重要性を再確認させ、ギクシャクしている日中政府間の関係改善のための外交努力を地道に積み重ねていくことだと思われます。

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投稿者:袴田 茂樹 (東京都・男性・日本国際フォーラム評議員・70-79歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2017-12-27 11:27 [修正][削除]
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4046/4060
 昨年9月の東方フォーラムの直後にも、プーチンはロシア人記者との会見の場で、安倍首相の平和条約締結に関する情熱的な呼び掛けを、次のように皮肉った。ちなみに、この発言は筆者の知る限りわが国では報じられていない。「彼は冴えた政治家で雄弁家だ。しかしウラジオストクでの会談における彼の価値はそこにあるのではなく、彼が8項目の経済協力案とその実現について述べたことにある」。わが国には、3月の大統領選挙まではプーチンは譲れないが、当選後の最後の任期では平和条約問題で譲歩する、との予測がある。また、北方領土問題ではラブロフ外相やロシア外務省、メドベジェフ首相、ショイグ国防相などは強硬派だが、プーチンは柔軟派だとか、安倍・プーチン間には、公表されていない領土問題解決の合意がある、といった推測もある。

 これまで幾度も強調したことだが、残念ながらこれらは、何の根拠もない一方的な期待だ。なお、昨年からプーチンが問題にしている日米安保条約は、1960年以来変わっておらず、最近急に問題にするようになったのは、平和条約拒否の口実に過ぎない。次に、プーチン・トランプの公式首脳会談がダナンで実現しなかった背景と、日露関係について考えたい。記者会見でプーチンはこれについての質問に次のように答えた。「それはトランプ氏と私のスケジュール、そしてわが国の関係者が調整すべき一定の儀典形式と関係しており、残念ながら公式会談は開催できなかった。そのことで関係者は処罰されるだろう」ペスコフ大統領補佐官はより具体的に次のように説明している。

 「米国側代表は、彼らが唯一の時間を指定し、彼らが借り上げた場所での会談を望んだ。外交慣例上は、最高首脳の会見は、交互にそれぞれの領土で行われる。前回はハンブルグにおいて『米国の領土(米国が決めた場所)』で行われた。」(『論拠と事実』紙 2017.11.15)外国要人との会談に意図的に遅れるプーチンに、スケジュール云々を語る資格はないし、それが最大の問題でもない。問題は、外交儀礼に反してプーチンが続けてトランプ側に出向くことにある。プーチンはこれを侮辱と感じ、会談を拒否したのだ。関係者の処罰云々が、傷つけられた彼のプライドを示している。

 プーチンの訪日は、昨年12月の前は2005年であり、次の訪日の約束はない。一方安倍首相は、近年モスクワやソチを訪問しただけでなく、プーチンと会うために「私は毎年ウラジオストクを訪問する」とさえ約束している。国際的には首相の対露姿勢は、彼の日露関係に対する強い熱意というより、「卑屈な態度」「日本が弱い立場にある」と見られるのではないか。事実私はある第3国の外交官から、そのことを指摘された。当然ロシア側は日本を、対等の国ではなく、弱者であり利用すべき好都合な相手としか見なくなる。今日の国際情勢下では、客観的に見るとロシアが日本をより必要としている。しかしロシア人は逆に、日本がロシアをより多く必要としていると強く信じている。これは、首相官邸の最近の対露アプローチの結果でもある。(おわり)

新元号年と西暦年の併用について   
投稿者:松井 啓 (東京都・男性・元大使、時事評論家・70-79歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2017-12-26 18:56 [修正][削除]
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4045/4060
 12月2日各紙は「天皇退位19年4月30日・5月1日改元」の見出しで皇室会議の結果を報道した。現在日本では西暦年と元号年が並行して使用されているが、この記事を見て退位が平成19年と思う人は少ないであろう。天皇は退位が国民の生活への影響を少なくし平静に行われるように希望されている。しかしながら、外国とのコミュニケーションとなると、話は少々難しくなる。例えば、外国訪問中の日本人要人が「私が貴国を最初に訪問したのは昭和48年の8月です」と話した時に即座に西暦に言い直して通訳することは、特に同時通訳の場合、相当の訓練と場数の積み重ねが必要である。日本近現代史で、慶応、明治、大正、昭和、平成、そして新元号と続き、年の途中で元号が変わる場合は通訳泣かせとなる。

 外務省の場合は日常的に諸外国と情報をやり取りし、記録し保存しているので、事務能率の観点から現在の記録は西暦年で統一しており(必要ならば和暦年を併記)、紙の大きさもB5判から国際的標準のA4判に移行した。行政事務を執行・記録・保存の場合は、中央官庁から地方自治体まで、西暦年で記録し、同一サイズの紙を使用することとすれば日本全国の事務能率は格段に向上するであろう。一般市民にとっても、市役所や税務署での手続き、郵便局や銀行の通帳の記録や手続きは、新元号に切り替わった時から西暦年で統一することとした方が混乱が少なくなるであろう。更に、我々日本人が歴史を学ぶ場合も日本史と西洋史、世界史は西暦で統一し、必要であれば1986年(明治元年)、1945年(昭和45年)と併記した方が、日本史と世界史を連動して把握でき、世界の動きとの関連が理解しやすくなる。

 これから外国との交流が加速度的に進み、貿易取引、金融情報、学術文化交流、旅行等を西暦で記すことが、宗教や民族とかかわりなくすでに国際標準となっているので、元号を改める今次機会に、日本国内でも西暦年を一般的に使用することとし、必要とあれば伝統的な日本独自の元号をかっこ書きで併記することで、国民的合意を形成していってはどうだろうか。尺貫法に代わりメートル、リットルが日常的に使われるようになるには5年余りを要したが、西暦の一般的使用はそれほど時間がかからないであろう。

 他方、日本には3月に始まり翌年4月に終わる会計年度とそれに合わせたと推測される学年度がある。数年前に大学の国際化のため学年度は欧米の標準に合わせ9月に始まり翌年8月に終わる制度に変更して、日本の大学生の外国留学あるいは外国留学生の日本への受け入れに時期的ギャップが生じないようにすべきと議論されたが、大学改革、人材確保の観点から再度検討してはどうだろうか。これらの合理化と皇室への敬意は別物であり、日本には特有の年齢の数え方(還暦、古稀、喜寿、米寿、卒寿等)があり、干支にちなんだ年の呼称とそれに因んだ年賀はがき、年男、年女、豆まき、七五三等伝統あるしきたり、神社・仏閣・村落の儀式やお祭りがあり、これらの伝統行事はこれからも保存、継承されていくであろう。

(連載1)プーチンの「誰が平和条約を締結するかは重要でない」発言について  ツリー表示
投稿者:袴田 茂樹 (東京都・男性・日本国際フォーラム評議員・70-79歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2017-12-26 11:05  
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4044/4060
 ベトナムのダナンで11月10-11日にAPEC首脳会談が行われた。11日の記者会見でプーチン大統領は日本人記者の日露関係に関する質問に関して、無視できない発言をしている。また、ロシア政府が事前に公表したトランプ大統領との公式首脳会談が行われなかった背景についても、プーチンおよびペスコフ大統領報道官が興味深い発言をしている。後者も日露関係を考える参考になるので、紹介しておきたい。なお大統領発言は、大統領府サイトに依拠している。

 まず、日本人記者は次のような質問をした。「あなたは(衆議院)選挙での安倍政権の勝利により、われわれの全ての計画が実現できるようになった、と述べたが、『われわれの計画』には平和条約締結が含まれるか?さらに、この計画の実現(平和条約締結)には恐らく何年もかかるだろう。このことは、あなたはもう1期大統領をされるということか?」ちなみに、大統領選挙は来年3月に行われる。

 周知のように、安倍首相はプーチンに、「私たちの責任で平和条約問題を解決しよう」と、幾度も熱っぽく呼びかけた。さらに首相は、この問題解決のためには、両国に安定した政権と両首脳間の信頼関係が重要だとも述べている。現在まさにその状況にある、との含意である。昨年9月のウラジオストクでの東方フォーラムでも、首相はプーチンに親しい関係でしか使わない「君」あるいはファーストネームで呼びかけて「二人で歴史的な決定をしよう、その責任を君と共に担おう」と情熱的に呼びかけた。

 日本記者の質問に対するプーチンの返答だが。彼はまず、平和条約交渉には日米安保条約に関わる複雑で微妙な問題が多くあると示唆した。それゆえ交渉は長期にわたるだろうとした上で、平和条約締結に関しては「そのとき誰が政権についているか、安倍、プーチンか、あるいは誰か別の者か、ということには関係がないし、そのことは重要でもない」と述べたのだ。これは首相の「われわれ二人の責任で歴史的決定を」という提言の事実上否定だ。プーチンは当然3月の再選も視野に置いて発言している。つまり、2024年までの任期中に、平和条約を締結するつもりはないと述べているのだ。(つづく)

(連載2)米国の外交政策を深刻に歪めるトランプ政権 ← (連載1)米国の外交政策を深刻に歪めるトランプ政権  ツリー表示
投稿者:河村 洋 (東京都・男性・外交評論家・50-59歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2017-12-24 11:20 [修正][削除]
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4043/4060
 『ナショナル・アフェアーズ』誌のユバル・レビン編集員はその原因をさらに「トランプ氏は、経営の天才である自分について、主流派の政治家や知識人より優秀だと信じ込んでいるからだ」とまで評している。よってトランプ氏がウッドロー・ウィルソン以来のアメリカ外交政策の実績と伝統を何の未練もなく捨て去ろうとすることに不思議はない。トランプ氏は、自分より知識も見識もある自らの政権内部の閣僚からの助言さえ一笑に付してしまうという。その典型例が、ジェームズ・マティス国防長官とレックス・ティラーソン国務長官が、中東での自国の外交官と駐留部隊の安全確保の観点から、エルサレムへの大使館移転に深刻な懸念を表したにもかかわらず、トランプ氏はその決行に踏み切った一件である。トランプ氏を「政権内の大人達」によってコントロールすることは実際には非常に困難である。

 さらにトランプ政権が、本質的にアメリカの誇るべき外交官集団に対してさえ侮蔑的だということを理解する必要がある。それはレーニン主義に基づいて「行政国家の破壊」を目指すバノン氏一派だけのことではない。国際社会は、北朝鮮危機への対応ぶりなどから、ティラーソン長官について、マティス長官やH・R・マクマスター国家安全保障担当補佐官と同じく、トランプ大統領を主流派の政策に導こうとする「政権内の大人」と見なしている。確かにティラーソン氏はオルタナ右翼ではないが、実際には国務省のプロフェッショナルな組織を損益重視の観点から破壊している。新規卒業者の職員募集を停止したことで、数百万ドル以上のプロジェクトが大幅な人員不足に陥るであろう。また、職業外交官達はティラーソン氏による企業経営者さながらの組織運営に当惑している。人員削減計画は省内全職員の9%にも達するほど急激なものである。さらに国務省の外交官の間ではティラーソン氏が連れてきた少数の側近だけで政策形成を行ない、自分達が排除されることへの批判が高まっている。

 問題は「外交の効率性」の名のもとに行なわれる国務省における人員削減と30%に及ぶ予算削減である。ティラーソン氏は重要な問題を担当する部局や特使を削減している。廃止された特使は省内の他の部局に統合されるというが、ここにはシリア、スーダン、南スーダン、北極圏の担当が含まれている。これに対し議会の反対派は「特使は政治家の間で安全保障上の重要な課題に注意を引きつけるために必要で、こうした問題が忘れ去られることなきようにするためのものである」と述べてティラーソン氏の理解を求めている。また民主化、人権、労働を担当する局が廃止されるという。国務省各局から国連代表部に派遣される人員も削減される見通しだ。例えばアフリカ局では、現行の30人から3人に削減される。さらに問題視すべきは、ティラーソン氏が「上院での承認にかかる時間と費用の節約のため」と称して省内の重要ポストの人員を指名していないことである。中でもアフリカ、東アジア、南および中央アジア、近東、そして西半球担当の国務次官補が空席のままである。

 こうした事態について、ニコラス・バーンズ元国務次官とライアン・クロッカー元駐イラクおよび駐アフガニスタン大使は『ニューヨーク・タイムズ』紙11月27日付の連名投稿で「トランプ大統領の急激な国務省予算削減と我が国の外交官および外交そのものを軽視する態度は、素晴らしい外交官集団の喪失につながりかねない脅威である」と非難している。ティラーソン氏は国務省と国際開発庁の統合さえ打ち出しているが、外交機関と開発援助機関の役割は根本的に異なるものである。主要先進国では両者は分離されているのが通例だ。国務省は政策形成と外交を通じてアメリカの対外関係に対処するのに対し、国際開発庁は効果的で説明責任のあるプログラムの管理運営を通じて現地社会のエンパワーメントを支援する。それぞれの目的に応じ、国務省では中央集権的でヒエラルヒー化した組織運営がなされるのに対し、国際開発庁ではボトム・アップの運営がなされている。よって国務省の職員はゼネラリストで占められるが、国際開発庁ではスペシャリストで占められる。

 しかし真の問題はティラーソン氏でなくトランプ氏である。11月末にメディアでティラーソン氏に代わってマイク・ポンぺオCIA長官の国務長官登用が伝えられた時期、上述のブート氏は、『USAトゥデー』紙11月30日付けの論説で「ポンぺオ氏が、CIAがロシアの介入は選挙に影響を与えなかったとの結論に達した、という誤った主張をしたことで情報官僚機構と衝突した」ことを指摘した。マティス氏やマクマスター氏のような純然たるプロフェッショナルな軍人と違い、ポンぺオ氏は陸軍を退役してから政党政治家となっているので、そのようにトランプ氏にすり寄るのも不思議ではない。この政権が本質的に政府の専門的官僚組織に侮蔑的なことを考えれば、「政権内の大人」がトランプ氏をコントロールするなどという期待は、あまりに楽観的である。おそらく彼らには、「アメリカが作り上げた世界」が、これまでどれほどアメリカの国益と国際社会全体に資してきたかを理解することはできない。現在の政権内ではマティス氏ぐらいしか「大人」はいないのではないか。先のアラバマ上院補欠選挙でロイ・ムーア氏が落選した今、超党派の良識と良心が勢いを取り戻し、トランプが引き起こしかねない「衆愚政治」に立ち向かうことが死活的に重要となっているといえよう。(おわり)

日本、綱渡りの「国連決議賛成」   
投稿者:杉浦 正章 (神奈川県・男性・政治評論家・70-79歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2017-12-23 04:42 [修正][削除]
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4042/4060
 一時的ではあったが国連始まって以来の米国の完全孤立であった。国連総会緊急特別会合でトランプによるエルサレムの地位変更は無効であり撤回されるべきとする決議が可決された。トランプの実情無視、調整なしの短絡路線の失敗である。トランプや国連大使ケリーは国連分担金の削減や賛成した国への財政支援を打ち切ることをほのめかした。この金銭面でのどう喝は、まるでにわか成金のようで、一般社会と同様に国連でもひんしゅくを買った。トルコ外相チャプシオールは「各国の意思や尊厳を金で買うようなやり方は許されない」と反論。シリア代表も「米国は国連を自分の持ち物と考えて、従わないものに罰を与えようとしている」と真っ正面から批判した。国連分担金といってもアメリカは1位だが、日本は2位にもかかわらず、国連外交の非力さが祟って安保理常任理事国にもなれないままだ。日本をのぞく分担金上位6か国は全部理事国だ。ヘイリーの主張が通るなら、日本も常任理事国入りしなければ分担金を削減してもいいことになる。

 決議は日本を含む128か国の賛成多数で採択。反対は米国やイスラエルなど9か国。棄権は35か国。21か国は投票に参加しなかった。こうした動きの背後で日本政府は如何に対応すべきかについて大分苦労したようだ。選択肢としては賛成と棄権があったようだ。反対は当初からなかった。棄権した35か国の中にはカナダやオーストラリアが含まれている。両国は日本と同様に親米である。ただ日本の場合は12月が安保理議長国であり、本会議決議に先立つ安保理決議を米国を除く全参加国が賛成しているのに、議長国が棄権に回るわけにはいかなかった。この流れが本会議へとつながった。また棄権となれば米国と中東諸国の双方から非難されかねないという、あぶはち取らずの雰囲気もあった。

 さらに官房長官・菅義偉が22日の記者会見で「日本は2国家解決を支持している。エルサレムの最終的地位の問題も含めて当事者間の交渉で解決すべきだ」と発言している。イスラエル・パレスチナ双方の間では、難民、入植地、エルサレム、国境画定など個々の問題の解決を図って、イスラエルとともに共存共栄するパレスチナ国家を建設することが大目標とされている。イスラエルとパレスチナの双方が共存する「2国家解決」の実現を目指しているのだ。欧州連合(EU)も取り組む方針が2国家解決であることを改めて確認する総括文書をまとめている。これが世界的な潮流であり、その立場を取る以上一方の肩を持つ対応は不可能であった。とりわけ米国とカナダをのぞくヨーロッパの先進七か国(G7)が賛成に回るとの情報が、日本を賛成に踏み切らせる大きな動機となった。こうした情勢を背景に外務省は首相・安倍晋三とも相談の上、腹を決めて取りかかったのだ。とりわけ本会議決議について一部の国から米国を名指しで非難すべきだとの主張があったが、日本はこれに反対して、文章を和らげる役目を果たした。さらに重要な点は事前に米国に「賛成に回る」と通告して、日本の窮状を説明したようだ。米国に賛成の意思を伝達して理解を求めたのだ。トランプにとって日本は数少ない盟友であり、やむを得ないと判断した模様だ。

 一方米国は、自らが主導した対北朝鮮追加決議案を安保理に提出した。安保理は22日午後、北朝鮮による11月末の大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射を受けた新たな北朝鮮制裁決議を全会一致で採択した。内容は9月の決議をさらに強め(1)北朝鮮への石油精製品の9割削減、(2)海外で働く北朝鮮労働者の1年以内の本国送還などとなっている。厳格に履行されれば北朝鮮の経済活動への大きな打撃につながる。従って米国は国連外交で成果を上げたことになり、その孤立は一過性のものとなりそうだ。 

(連載1)米国の外交政策を深刻に歪めるトランプ政権  ツリー表示
投稿者:河村 洋 (東京都・男性・外交評論家・50-59歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2017-12-23 04:00  
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 ドナルド・トランプ氏が、昨年11月の大統領選挙で大方の予想を裏切るかたちで勝利を収めて以来、アメリカ国内外の外交問題の有識者らは同氏のアメリカ第一主義との公約がどのように現実政策に擦り合わせられるかを注視してきた。今年2月の大統領就任以降、トランプ大統領は、中東からヨーロッパに至る大統領としての公式訪問、国連総会での演説、そして最近の東アジア歴訪などを精力的にこなしたが、そこから得られた大方の印象は、トランプ氏は、選挙戦での自身の公約を守り、国内の支持基盤を喜ばせることの方が、人権、環境、自由貿易といった国際公益の追求よりも重要だと考えているのではないか、といったものである。リアリスト、国際介入主義者を問わず、またリベラル、保守を問わず、有識者のあいだでは、トランプ氏の視野狭窄で自己本位な外交政策は、集団防衛も多国間合意も軽視しており、国際社会でのアメリカの名声を貶めている、との認識が共有されつつある。

 たとえばトランプ氏批判の急先鋒であるネオコンに近い外交問題評議会のマックス・ブート氏は「この大統領のアジア歴訪ではアメリカの責務が見過ごされた」と論評している他、トランプ氏の外交舞台での振る舞いに関するより根本的な問題として、「この大統領は、金星章戦死兵の両親やジャーナリストといった自分より弱い立場にある者と対立する時には非常に攻撃的だが、習近平国家主席やプーチン大統領のように本当に強い立場にある者と一対一で向き合う時には信じられないほど臆病になる。トランプ氏は人権にも言及せず劉暁波氏への哀悼の意も示さなかったかばかりか、習氏には知的所有権と不公正な貿易慣行で問い詰めることできなかった」と述べている。これでは同盟諸国がトランプ氏の独断的で取引志向の外交を信頼しないのも当然である。トランプ氏はプーチン氏に対しても同様の態度を示しており、例えば、G20の折に実施された米ロ首脳会談直後にはロシアによる選挙介入がなかったと「信じる」とまで言いきった。

 またトランプ氏は、自らの国際政治観をリアリストとして名高いヘンリー・キッシンジャー氏に負っているとしているが、当のリアリストからも重大な懸念が寄せられている。たとえばハーバード大学のスティーブン・ウォルト教授は「トランプ氏は民主主義と自由などアメリカ的価値観の普及など馬鹿にしきっており、アメリカが数十年にわたって築き上げた外交政策の財産を破壊しつつある。普遍的価値観がもたらす利点を軽視する一方で、取引本位の外交を追求するトランプ氏には国益と個人の利益の区別がついていない」と批判している。この弊害が端的に表れたのは、中国とサウジアラビアへの訪問の時で、その様子をウォルト氏は「トランプ氏の交渉技術は相手方に機嫌を取られるだけで、アメリカの重要な国益とも言うべき自由貿易、地域安定などを犠牲にしている」と厳しく評し、「さらに危険なことにトランプ氏は、ロシアのプーチン大統領、トルコのエルドアン大統領、ポーランドのカチンスキ首相、フィリピンのドゥテルテ大統領といった独裁者の実態を理解せず、しかも、彼らを称賛することが、世界の中でのアメリカの立場をどれほど悪くするかも理解していない」と酷評している。

 おそらくトランプ流の「リアリズム」は、自らの不動産事業の経験に根差しており、そこから熾烈な競争の中で相手を出し抜く術を学んだのかもしれない。しかし国家と国家の関係は同じようには動かない。騙すか騙されるかの二分法に基づくトランプの世界観は、無知や無教養どころか裏社会の人々のような思考様式である。トランプ氏は自らを交渉術の達人だと吹聴するが、アメリカの情報機関よりもプーチン氏を「信用」すると口にするほど不用意な面がある。ジョン・マクローリン元CIA副長官は、この点について次のように分析している。「トランプ氏はアメリカの情報機関がもたらすロシアによる選挙介入の情報を信じていない。よってプーチン氏への称賛によって情報機関関係者を攻撃したいとの目論見がある。またロシアによる選挙介入をめぐる論争に国民の注目が集まれば、ロシアはアメリカで次の選挙の機会に介入しても警戒の目を逸らせるので、トランプ氏には究極的に有利に働く。さらにトランプ氏は、特にシリア問題をめぐり、ロシアがアメリカにとって不可欠な戦略的パートナーだと信じている。彼の見解は誤りだが、プーチン氏のパーソナリティーとリーダーシップのかたちに惚れ込んでしまっているとあってはどうしようもない」。

 このトランプ氏の危険なまでの不用意さは、サウジアラビアに対しても見られる。すなわちモハマド・ビン・サルマン皇太子による「改革」の実態を理解しないまま支持を表明し、この国との安全保障協力を進めようとしている点である。実際には、イランへの対抗意識からサウジアラビアへの依存を強めることのリスクは大きい。トランプ氏はタフ・ネゴーシエーターというよりは簡単なカモになっている。さらに、「トランプ氏が、アメリカ外交の実績と伝統を軽視する根本的な理由は、主流派の政治家や知識人に対する根拠のない優越感である」と指摘するのはブルッキングス研究所のロバート・ケーガン氏である。同氏は、『ワシントン・ポスト』紙10月11日付の論説において、「トランプ氏はスティーブ・バノン氏の助力で共和党を征服してしまった。両名が、党の理念にもエスタブリッシュメントにも敬意を払う必要がないのは、主流派がバラク・オバマ氏への敗者であり続けたのに対して自分達こそ民主党を破ったと見なしているからである。党の組織と選挙基盤を征服してしまったトランプ氏は今や共和党そのものを自分の個人的な選挙マシーンとして利用している」と述べている。(つづく)

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