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2008-09-11 12:29
グルジア問題と二つの観念論
松村昌廣
桃山学院大学教授
今次のグルジア問題に関する議論や報道に観念論が目立つ。
第一は、分析レベルの観念論。徐々に、グルジアの先制攻撃とロシアの過剰報復が明らかになってきた。なぜ弱小国のグルジアが戦端を開いたのか、なぜロシアが暴挙に出たのか判然としない。ただ、グルジアに判官贔屓するのは禁物である。
第二は、世界観レベルでの観念論。確かに、ロシアの所業は不戦条約以来の国際規範を犯す悪行である。そうであれば、国際社会に率先して、米国と欧州諸国は軍事力を行使しないまでも、直ちに毅然と金融・経済制裁を科すべきではないか。実際には、天然ガス供給でロシアに依存する欧州、は算盤を弾いているし、作戦部隊ではなく沿岸警備隊艦艇で人道物資だけを輸送した米国は、初手から腰が引けている。そこには国際規範を守る気概などない。
よく考えれば、不戦の国際規範は、百数十続いた英米の覇権の下で確立されてきた。力なき正義は無力である。米覇権が凋落しつつある現在、人類史次元の「ジャングルの掟」が幅を利かせるのは当然の理である。グルジアを巡る米ロの鍔迫り合いは、往年のグレート・ゲームの再来に過ぎない。しかも、グルジアは、米欧の軍事力・経済力の投射到達点を越えたところにあり、最早米欧に勝機はない。
今、騒いでいるのは、単なる観念論者である。
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