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2026-03-31 13:51

ゆがみと悪夢─出口戦略なきイラン戦争

鈴木 美勝 日本国際フォーラム上席研究員
国家最高指導者ハメネイ殺害によって戦端が開かれたイラン戦争─米・イスラエル共同軍が「壮絶な怒り」作戦を開始してから約3週間が経過した。「歪(ゆが)んだ政軍関係」の下で米大統領トランプが決断し、既存の原則・鉄則を破った出口戦略なき戦い。早くも長期化の様相を呈しており、アジア・太平洋地域にも暗い影を落とし始めた。アラビア海に派遣された空母「エイブラハム・リンカーン」など米海軍の主力部隊の不在が続き、在韓米軍のミサイル迎撃システム「THAAD」は中東に移転、在沖縄米軍海兵隊なども中東に派遣される。1年半前、西太平洋の空母不在に伴って対中国・北朝鮮の抑止力が低下、その機に乗じて中ロ朝の軍事的動きが活発化した悪夢がよみがえる。
 
 ◇破られた「相応原則」と「鉄則」
2月28日朝、「トランプ2・0」の下で勃発したイラン戦争は、国家最高指導者の「斬首作戦(deca pitation strike/attack)」という異例の展開で始まった。政府筋はこの事態に、二重の意味で驚きを隠さなかった。その一つ、大局観に優れた熟練のアラビストにとっての驚きは、第2次世界大戦後、中東のパワーゲームで紛争が生じても限定的なものに抑えてきた知恵、「相応の原則」が崩れたことだ。「相応の原則」とは、「やられたら、やり返す─しかし、相応に」という復讐(ふくしゅう)連鎖を断ち切るための不文律。中東では、古来、部族争いにおいては敗者全滅─勝者総取りが文明的宿痾(しゅくあ)だった。が、第2次世界大戦後、80年間の興亡の中で、全滅・抹殺と復讐の過激化とを回避するための知恵として編み出され、維持されてきたのが「相応の原則」だった。 ところが、今回のイラン攻撃で、その原則はいとも簡単に破られた。敵国イランを全滅する唯一無二の好機と踏んだイスラエル首相ネタニヤフが「イスラム体制転換」を戦略目標に掲げ、一気にエスカレーション・ラダーを駆け上がり、国家指導者の「斬首作戦」に米大統領トランプを引きずり込んだためだ。
そして、もう一つの「鉄則」破り、それは国家指導者を「排除」するに当たって「斬首」作戦に踏み切った米側にあった。政府高官が指摘する。米国の斬首作戦史を振り返ってみると、テロリストと見なした指導者の軍事的殺害はあっても、国家最高指導者の殺害はなかった。「“斬殺”ではなく、拘束(生け捕り)して裁判にかける」というのが、米国流の大義を外さない「排除」の鉄則だった。9・11米同時多発テロの首謀者、イスラム過激組織アルカイダ率いるオサマ・ビン・ラディン然(しか)り。彼は米海軍特殊部隊の奇襲作戦で射殺された国際テロリスト。これに対して、国際麻薬取引に関与したパナマ軍事政権の最高実力者(将軍)ノリエガは拘束・逮捕されて米マイアミの連邦地裁で裁判にかけられ、イラク・バグダッド陥落後に潜伏した大統領サダム・フセインは出身地ティクリート近くで拘束され、新設のイラク高等法廷で死刑判決を下された。1月の軍事行動「絶対的決意」作戦で拘束されたベネズエラ大統領マドゥロは、移送先のニューヨークで司法手続きの下にある。最高指導者を第一撃で仕留める“頂上殺害作戦”で始まったイラン戦争、その実態は、ネタニヤフの戦いにトランプが前のめりになった結果であろう。この戦争勃発は、第1にネタニヤフの政治的生き残り策、第2に力を信奉するトランプの成功体験と万能感、そして第3に、米・イスラエル双方に見られる構造的要因の「政軍関係のゆがみ」に起因する。
 
 ◇ゆがんだ「政軍関係」
五百旗頭薫(東京大学大学院教授)の最近の仕事に優れた論稿(「三つの安全を求めて─近代日本の政党政 治と軍部」)がある。そこには「政軍関係」の今につながると感じられる分析がある。氏が提起した安全保障の三つの要素、それは第1に、戦前の日本政治・外交が過剰に追求した〈軍による安全〉、第2に、戦後日本がもっぱら追求してきたのが「軍の暴走や非軍事部門への圧迫を防ぐという意味での〈軍からの安全〉」だが、加えて、第3の要素として、「政治的因果の不透明性を知り、畏怖し、何とかこれと共存しようとする努力の中でのみ確保される」〈政治からの安全〉が重要である─と。その点を念頭に、イラン戦争突入を巡る「トランプ2・0」の政軍関係を追ってみる。
 イラン戦争の性格を決定づけた起点は、2月11日のトランプ・ネタニヤフ首脳会談にある。会談は、約3時間にわたって行われた。が、記者会見、共同声明もなしという異例の謎多き密議だった。米側同席者は、国務長官ルビオ、国防長官ヘグセス、中東担当特使ウィトコフ、そして、トランプの女婿クシュナー。後に流れた情報では、席上、ネタニヤフがイスラエル諜報(ちょうほう)機関のデータを基に、イランが複数の核弾頭を製造できる能力段階に達したなどとイラン脅威論を展開、イスラエルの行動を「裏打ち」する米軍の行動を 要求した。トランプは、対イラン核交渉続行の意思を伝えつつも、交渉決裂の場合には、共同で軍事行動を起こすことに同意した。 二人の合意を基に策定された戦略目標が、(1)イランの核プログラム廃棄と弾道ミサイル生産力の無力化 (2)海軍力の無力化とホルムズ海峡の制海権奪取(3)最高指導者「排除」を含むイスラム体制の事実上の解体─だった。これを基に、2・28イラン攻撃「壮絶な怒り」作戦が始まったのだが、(3)の戦略目標 「排除」─「殺害」か「拘束」に関しては、両国間に齟齬(そご)があった。
米政権では、これに先立って、軍制服組トップ、統合参謀本部議長ダン・ケインらが文民(政治)側のトランプらに進言する場面があったのだが、意見は真っ向から対立していた。ケインは「軍事的合理性」を踏まえて、イラン海軍の壊滅を企図すれば、ホルムズ海峡の長期封鎖につながり、エネルギー価格や物価の急騰を招くリスクがある。さらに、核施設攻撃による環境汚染への懸念、そして、何よりも民間人に大量の犠牲者が出るとして、限定的なアプローチの必要性を力説した。しかし、トランプやヘグセスは進言を「弱腰」「官僚的ノイズ」と拒否した。対イラン軍事作戦は、これを機に「軍事的合理性」と「鉄則」を軽視した 政治主導の軍事運営に強引に移行された。軍事プロフェッショナリズム対短期的利益(成果)を急ぐ政治主義の対決は、政治側の圧勝に終わった。「トランプ1・0」では、マティス(国防長官)、マクマスター(国家安全保障担当大統領補佐官)、ボルトン(同)らが「ガードレール」となったが、「トランプ2・0」は、ロイヤルティー(忠誠心)とレトリビューション(報復)の人事基準で固められた政権だけに、歯止め役は皆無。今後も、進言のような「軍事的合理性」は軽視され、政治のご都合主義偏重で、イラン戦争の方向が決められてしまうだろう。
 
 ◇トランプ・ネタニヤフの「接着剤」イラン
今回の戦争の本質は、単なる「米・イスラエル対イランの戦争」ではなく、引きずり込んだ超大国の力をテコにしたイスラエルの「対イラン戦争」である。トランプ、ネタニヤフが共有するのは、内的な苦境観で、ナショナリズムの高揚と既成秩序打破を誘因に、政治的生存(政権維持)を模索して本能的に動いている。歴史の偶然なのか、共通の敵イランが二人の「接着剤」なのだ。今後、総選挙(議員任期満了は10月)を控えるネタニヤフは、自身が抱える汚職裁判を無効化し、10・ 7事件(ハマスによるイスラエル奇襲攻撃)を許した責任問題を雲散霧消しようとしている。その一手が、トランプを巧みに誘い込んで仕掛けたイラン戦争だ。今や「国防存亡の危機を救うリーダー」として、低支持率は反転した。ネタニヤフの政治的生存本能に追随するトランプの方にも、やはりスキャンダル─深い関与が指摘されるエプスタイン問題があり、その無効化を狙っているように見える。米経済再興に向け、鳴り物入りで導入した相互関税にも、最高裁判所から違憲判決(「大統領権限の逸脱」)が下された。イラン戦争は、11月中間選挙 に向けて「強い大統領」を演じる舞台の役割を担っている。トランプが前のめりに戦争に突っ込んだのは、福音派の支持を持続させるという実利と併せて、二つの成功体験と神懸かりの万能感があるためだろう。一つは、昨年6月、イランの核施設を空爆した「12日間戦争」の成果と自負する「ミッドナイト・ハンマー作戦」、もう一つは1月3日の「絶対的決意」作戦だ。
 
◇中ロ朝の「静かなる侵食」
こうしてイラン情勢が緊迫の度を加えていく間にも、千波万波がアジア太平洋にも押し寄せる。石油高騰に加えて、安全保障次元では、中ロ朝「悪の枢軸」による「静かなる侵食」が進みそうな気配だ。米空母「エイブラハム・リンカーン」が2月初旬にアラビア海入りして、「壮絶な怒り」作戦に備えると、自衛隊制服組トップ経験者が危機意識をあらわにした。「空母が西太平洋に不在となり、1年半前を思い出す」と─。1年半前の24年8~10月は、中東危機などのため、西太平洋の主力部隊、 米空母打撃群が不在となった。対中抑止力が低下した時期だ。隙を突いて、中ロ朝の異例の軍事行動が相次いだ。「既存秩序への挑戦か」─日米韓に軍事的緊張が高まった。日本周辺では、中国による現状変更を試みる特異な動きが目立った。Y9情報収集機による初の日本領空侵犯、空母「遼寧」などによる沖縄県・与那国島─西表島間の接続水域の初通過。1週間後には、模擬爆弾搭載の大陸間弾道ミサイル(ICBM)を太平洋公海に向けて44年ぶりに発射した。実戦に近い軌道で1万キロ メートル以上飛行、対米牽制(けんせい)を狙った実射訓練だった。中国軍は、ロシアの大規模軍事演習「大洋2024」にも参加、ロシア大統領プーチンは中ロの軍事的結束が「多極化する世界」の基盤だと主張した。また、北太平洋におけるロシア国境警備隊と中国海警局による共同パトロール、台湾の「双十節」(建国記念日)の際には、台湾封鎖を想定した大がかりな軍事演習を実施した。この間、北朝鮮も活発に動いた。「新型自爆ドローン」やウラン濃縮施設を公開、韓国との南北連結道路・鉄道の一部爆破、弾道ミサイル発射、併せて対日韓威嚇を一段と強めた。ロシアとの軍事的連携も強化した。6月のプーチン訪朝の際に締結した「ロ朝包括的戦略パートナーシップ条約」に基づき、10月上旬にはウクライナ戦争支援のために兵士を派遣した。そして、今、イラン戦争で再び生じた「空母不在」。24年危機─いや、それ以上の事態が起こる可能性がある。CRINK─C(中国)・R(ロシア)・I(イラン)・NK(北朝鮮)の動向から目を離せない。
 
◇結び─独裁者は死ぬまで生きる
米軍は、世界の石油市場、世界経済全体に取り返しのつかない打撃を与えるためにタブー視されて来たペルシャ湾のイラン・カーグ島を攻撃。最高司令官トランプは、イランの「レッドライン」を軽々と越えてみせた。イラン戦争は自身の「力」を誇示する格好の表舞台となった。忠誠を誓う側近や閣僚は、伝統的な軍規律や同盟関係を犠牲にしてまでもトランプに追随、自己保身的なプラグマティズムを追求し続ける。しかし、軍事的勝利は政治的安定を意味しない。地域大国イランが敗北すれば、後には巨大な「パワーの真空地帯」が生まれる。中東のバランスは完全に崩れる。誰が管理するのか。権力維持を自己目的化した二人の リーダーにその意思があるとは思えない。程なく、ユーラシア全体、西太平洋の不安定化に連動していくだろう。CRINKも含めて独裁者・権威主義者に終戦はない。「独裁者」は死ぬまで生きる。(敬称略)(時事通信【外交傍目八目】2026/3/19配信より)
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