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2025-12-25 13:18

⽇中攻防「グレーゾーン」─習近平「⾼市たたき」の実相

鈴木 美勝 日本国際フォーラム上席研究員
 情報戦を軸に⼼理戦・認知戦をかみ合わせた「グレーゾーン事態」での⽇中対⽴が、激しさを増している。発端は、「存⽴危機事態」に台湾有事を絡めた⾸相・⾼市早苗の国会答弁とそれを受けて「汚い⾸を斬ってやる」と発信した中国の駐⼤阪総領事・薛剣のX投稿だが、国家主席・習近平が軍事⼒を背景に本格的な歴史戦にまで踏み込んで戦線を広げた狙いは何か。その戦略的意図は那辺にあるのか。経済不況下にあって国⺠の不満を外に向けるという短期的意図ばかりではあるまい。⽶⼤統領トランプの同盟国軽視を好機と⾒て、〝⾼市たたき〟に⾛る中国が、持久戦覚悟で、究極的には⽶欧中⼼の戦後史を書き換えようとしてい るのは間違いない。⽶中⼤国間競争下の⽇中、⽇⽶関係の実相を探ってみる。
 
 ◇トランプの対⽇曖昧戦略
 12⽉6⽇⼣、中国軍機が⾃衛隊機にレーダー照射を仕掛け、中国の対⽇威圧は軍事分野にも⾶び⽕した。この事案は、さまざまな点で⽇中の主張が⾷い違い、ハイブリッド戦による「グレーゾーン事態」を拡⼤。3⽇後には、中ロの爆撃機が四国沖・太平洋まで共同⾶⾏した。トランプ第2次政権の始動以来、中国がアジア・⻄太平洋海域で展開している、断⽚的な視野では捉えきれない戦略的な軍事活動の⼀環だ。こうした状況下の⽇中対⽴を問われた⽶⼤統領報道官レビットは11⽇の記者会⾒で答えた。「トランプ⼤統領は⽇本との強固な同盟関係を維持しつつ、中国とも良好な協⼒関係を築く⽴場にあるべきだと考えている。(⽶中の)良好な協⼒関係を構築することは⽶国にとって有益だ」。同盟国でありながら、⽇本の側には⽴とうとしない報道官の発⾔。トランプの真意はどこにあるのか。それを推し量るヒントは、1カ⽉も前の⼀件にある。⾼市発⾔から3⽇後、11⽉10⽇のことだ。FOXニュースがインタビューの中で薛剣のX投稿を取り上げ、「(中国は)われわれの友⼈とは⾔えないのでは︖」と質問したが、トランプは論点をずらした上で、⽇本に肩⼊れする⾵を微塵(みじん)も⾒せなかった。「多くの同盟国も友⼈とは⾔えない。中国以上に貿易で⽶国から利益を得てきた」「私は中国と良好な関係を築いている」と。中国の対⽇攻勢を強気にさせた起点が、実は既にここにあったのではないか。
 
◇⽇中対⽴への深⼊り回避
 2週間後の24⽇、習との⽶中⾸脳電話会談でトランプの本⾳があらわになる。会談が終わると、意気揚々、Xにアップした。「先ほど、中国の習近平国家主席と⾮常に良い電話会談を終えた。われわれは、ウクライナ・ロシア情勢やフェンタニル、⼤⾖や他の農産物など、さまざまな議題について話した。われわれは、偉⼤な農家にとって⾮常に良く、とても重要な取引が成⽴した。これからもっと良い状況となるだろう。⽶国と中国の関係は極めて強固だ︕(中略)習⽒は私を来年4⽉に中国に招待し、(中略)私も習⽒を来年のうちに⽶国に公式訪問という形で国賓として招くことにした」 電話会談を持ち掛けたのは、当初、「中国側」説が⾶び交ったが、「⽶国側と⾒て間違いない」(政府筋)。電話会談は、思うように進まぬ対中交渉を動かしたいトランプの発案だったのだが、会談で「台湾」を巡るやり取りがあったのは事実だ。前半はトランプが発⾔。後半は、習が「会談時間の半分」(ウォールス トリート・ジャーナル=WSJ=紙)を使って台湾問題について説明した。習は「台湾の中国への復帰は戦後国際秩序の構成部分」「第2次世界⼤戦の勝利に中国は重要な役割を果たした」と述べ、トランプは「中国にとっての台湾問題の重要性を理解している」と伝えた(国営新華社)。 トランプはこの後、⾸相・⾼市と電話会談したが、その発⾔内容をWSJ紙が報じた。「トランプが習との電話会談後、⾼市に台湾の主権問題に関して中国を挑発しないよう助⾔した」と。だが、「主権・挑発・助⾔─三つのキーワードがトランプの⾔葉にはなかった」。⽇本政府は報道を全否定した。トランプはどう反応したか。フロリダへの機中で記者団の質問に答えた。「(⾼市とは)素晴らしい会談だった」「⾸相は⾮常に賢く、強く、素晴らしい指導者になるだろう」と⽢⾔を繰り返し、その⼀⽅で「(習とは)⾮常に有意義な会談を⾏い、(東アジア)地域の状況は順調だ」とも語った。⽇中対⽴に深⼊りしたくな いトランプの本⾳がもろに⾒えた⼀瞬だった。
 
 ◇⽇⽶に⽣じた隙間⾵
 重要な同盟国なら、それらしきニュアンスはにじませるものだが、トランプの⾔葉には皆無。少なくとも、⽇本国⺠のレベルに⽶国との微妙な「隙間」が⽣じたことは確かだ。それは、⽇⽶、⽶韓関係や⽇⽶豪印「クアッド」などミニラテラルの多層型安保の枠組みにも緩みが⽣じていることを類推させる。トランプは安保の枠組みよりも、関税を武器にした錬⾦術で⽣み出す貿易の損得勘定に関⼼がある。⼿法はあくまで2国間ディール。今、トランプの頭の中を占めているのは、来年4⽉の訪中に向けて中国といかに取引するかに違いない。 10⽉30⽇、⽶中⾸脳は対⾯で会談(韓国・釜⼭)したが、その結果、レアアース(希⼟類)輸出規制の1年延期などの貿易戦争の「⼀時休戦」で合意。先の電話会談後すぐに、中国はトランプの⽀持基盤で⽣産された⼤⾖の⼤量購⼊を実⾏に移して⾒せた。設定した⽶中融和モードの外交がようやく動き出したのである。こうした中に現出した台湾を巡る⽇中対⽴を、トランプは憂慮したのだろう。⾃⾝の描く「勝利の⽅程式」に狂いが⽣じるのではないか─と。まず⾃⾝の訪中(4⽉)で成果を⽰し、⽶合衆国建国250周年記念式典(7⽉4⽇)で盛り上げて、中間選挙(11⽉3⽇)に臨む。この間に習近平の国賓訪⽶を組み込み、アジア太平洋経済協⼒会議(APEC)⾸脳会議(広東省深圳、同18〜19⽇)、20カ国・地域(G20)⾸脳会議(フロリダ州マイアミ、12⽉14〜15⽇)で仕上げるというのが、「⽶⻩⾦時代」のトランプ・カレンダーだ。
 
◇認知⼼理学で読むトランプの対応
 では、11.24⽶中⾸脳電話会談は、⼀連の流れの中でどんな意味があったのか。習近平は、電話会談を⾃⾝が優位に⽴つチャンスと捉え、「台湾問題は⽶中が共有しなければならない懸念材料」との⾔説をトランプの脳内に刷り込んだ。この中で習は、電話会談を持ち掛けてきたトランプに焦りを⾒て取って〟反撃〟、台湾問題を取り上げた。それは、対トランプ認知作戦の第1ステージで、第2次世界⼤戦直後の「戦勝国対敗戦国」の構図を前⾯に押し出した歴史戦。と同時に、続くトランプ・⾼市電話会談への流れをも形成する刷り込みにもなった。認知⼼理学の観点から考察すると、この⽶中⾸脳電話会談は、トランプに「新近性効果」と「プライミング効果」をもたらしたと⾔えよう。新近性効果とは、直前に聞いた情報は記憶に新しいため、次の段階での判断や発⾔に強い影響を及ぼしやすくなる効果を指すが、その点、習の台湾ブリーフは成功した。電話会談は、11⽉24⽇⼣(北京時間)の約1時間。習は、トランプの最⼤関⼼事(⼤量の⼤⾖など農産物の対中輸出やフェンタニル密輸など)の話に⽿を傾けた後、台湾に関する主張や戦後の国際秩序に関わる歴史的経緯を説明した。トランプが習の話を正確に把握できたか否かは⼆の次だ。「台湾問題で⽇中対⽴がエスカレートすれば、2026年の⽶中融和モードは壊れかねない」─この点を、トランプに強く意識させさえすれば成功だった。案の定、トランプは前述のように「中国にとっての台湾問題の重要性は理解している」と述べたのである。現にトランプは、電話会談後ほどなく、⾼市との電話会談をセットするよう指⽰した。外交ルートでトランプの意向が⽇本側に伝えられたのは25⽇未明、外務省⾼官が寝⼊りばなを起こされたのは同午前3時ごろだった。準備整い、電話会談が⾏われたのは午前10時、会談時間は25分間。トランプは、台湾問題で悪影響があれば⽶中関係全体に関わることを念頭に、互いに事を荒⽴てるべきでないとの認識を共有するよう暗に求めたのではないか。習に刷り込まれた話が「呼び⽔」となって、「プライミング効果(事前に与えられた情報や考え⽅が、その後の⾏動や意思決定に、無意識のうちに影響を及ぼす現象)」がトランプに現れたことは想像に難くない。
 
 ◇「情理⼆重の世論構造」
 韓国・慶州での習・⾼市会談を主導した王毅(共産党政治局員兼外相)にとっては、会談の後わずか1週間後、⾼市答弁で⽇中関係が暗転。「⾃⾝の⾸がかかる事態ではないか」(⽇中筋)との⾒⽅もあるが、後は⼀瀉(いっしゃ)千⾥。まずは訪ロし、安保会議書記ショイグと会ったのを⽪切りに、仏、独各外相と相次いで会談。この間、訪中した仏⼤統領マクロンには、習が四川省成都まで⾏動を共にするなど⼿厚くもてなした。中仏⾸脳会談をはじめ、⼀連の外相会談で中国側は、歴史問題や台湾問題を議題にして「⼀つの中国」原則堅持の⽴場に理解と⽀持を求めた。中国側の⼀⽅的な発⾔に、仏独が肯定的な反応を⽰したわけではないが、ここで仕掛けた情報戦は、多様なメディアを通じて「⽇本の孤⽴化を印象付ける」のが狙い。不特定多数のグローバル⼤衆を対象にした⼼理戦だったと⾒るべきだ。インターネット社会の今⽇、中国はSNSの特性を計算して、理性が情動に流される「ポスト・トゥルース(事実に基づく論理よりも、感情に訴え掛ける情緒的な⾔説やナラティブが信じられる)」時代の情報戦を展開している。⽇本はどうか。理性と常識を軸とする「シトワイアン的空間」を前提にした情報発信に重きを置き過ぎ、⽇本の⽴場は「理性空間の常識」によって世界に理解されていると⾃⼰満⾜しているきらいがある。 「中国の主張に広がりはない」と、─外務省内には奇妙な楽観論も漂うが、現代の情報戦は別物。認識のズレがあり、その⼿法が現在の「情理⼆重の世論構造」にうまくフィットしているかは疑問だ。先⼿・先⼿を打ってくる中国の情報戦に、受け⾝の情報戦を強いられているように⾒える。
 
 ◇悪夢の⽶中頭越しディールか
 年明けに発⾜後1年となるトランプ政権。中国の⼀連の軍事的動きは、トランプとのディールに備え、優位なポジションを確保するための布⽯とみられる。トランプが⾒据えているのは、秋の中間選挙勝利に向けて、⾃⾝の4⽉訪中で成果を⽰すこと。それには、いかに通商⾯で優位なディールができるかだ。⼀⽅、習近平の⽅は、台湾問題でいかに優位なポジションを確保するか─そこで想起されるのが、中国懐疑派の代表格ミンシン・ペイによれば、クリントン政権の「三つのノー」政策─①台湾独⽴不⽀持②「⼆つの中国」不⽀持③国家承認を要する国際機関加盟不⽀持─だ。いわゆる、この「三不政策」は、⽶中の戦略的安定を追求し過ぎるあまり、台湾が国際社会での⾏動空間を広げる可能性を否定、⽶国伝統の「戦略的曖昧」政策を壊しかけた過ちの産物だ。仮に「三不政策」のように「曖昧さ」を排した表現をトランプから引き出せれば、習には⼤きな成果になる。思うに、同時にそれは、世界を⽶中2⼤国で仕切る「G2」論に近づくことを意味する。現に、トランプは10⽉末の⽶中⾸脳会談を「G2会談」と呼び、「両国にとって素晴らしいものだった」とXで発信した。この流れの中で、⽶中が国内向けに成果を誇⽰しようとすれば、「⼤国益」のための取引は⼗分あり得る。⾼市答弁で台湾問題を覚醒化させてしまった⽇本が、⼤国の頭越しディールによって不利な⽴場に追い込まれる可能性もある─こう考えてしまうのは、杞憂(きゆう)だろうか。(敬称略)(時事通信【外交傍目八目】2025/12/22配信より)
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