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2024-05-02 18:54
泥沼に陥るアメリカはどこまで凋落するか
篠田 英朗
東京外国語大学大学院教授
アメリカ各地の大学で、学生運動の嵐が広がっている。パレスチナと連帯し、イスラエルを非難し、イスラエルを支援しているアメリカ政府を批判し、そしてイスラエル政府と大学の結びつきを断つことを訴える運動だ。各地で学生運動を鎮圧する警察が動員されている。かなり暴力的な方法で警察が平和的な抗議者を拘束している様子が、SNSで世界中に拡散している。学生のみならず、学生を守る目的でキャンパスに来ていた教員までも警察に逮捕されている異常事態である。アメリカの民主主義の危機だ、と叫ばれているが、実際のところ、その通りだろう。この異常事態に何らかの収束がもたらされるのかは、予見できないが、無視できるレベルではない。アメリカという国家のあり方が、足許から問われ直されている。
アメリカのイスラエル支援には、各議員に対するイスラエルロビーの献金額の範囲をこえた、「国益」上の合理性がない。ネタニヤフ路線のイスラエルに対して支援をするアメリカの政治家が、勇気を持って、政策を変更することが、本来は、望ましい。私はそれを願っている。だが非常に残念だが、現実には、ワシントンDCにおける政治は、簡単には変わらないだろう。大学のキャンパスで学生や教員たちが逮捕されている異様な光景が、そのことを物語っている。ということはつまり、自由民主主義の指導国としてのアメリカの威信の低下は不可避だ。問わなければならないのは、アメリカの威信はどこまで落ちるか、だろう。むしろアメリカの大学の学生と教員の問題意識の高さ、気概の高さ、質の高さこそが、示されているような気がする。政治家たちは、それに追いついていない。
国際政治学の業界では、「アメリカの凋落は、過去に何度も指摘されてきた、だが今でもまだアメリカは超大国のままだ」、と言う方が多い。あたかも、何があってもアメリカが覇権国であり続けることだけは不変だ、と言わんばかりの態度である。だが、私は疑っている。なぜなら、仮にアメリカがまだ超大国であるとしても、その力と威信は、過去に凋落し続けているからだ。今後も凋落し続ける可能性の方が高い。長期的なアメリカの凋落の傾向は、冷戦の終焉時に「自由民主主義の勝利」の物語によって修正された。1990年代のアメリカには、インターネット革命の波を主導して、世界経済におけるシェアを回復する勢いも、実際、存在した。中東問題を始めとして、国際政治におけるアメリカの影響力も圧倒的だった。隔世の感がある。国際政治学の業界では、ソ連あるいは共産圏の崩壊としての冷戦終焉を「アメリカを中心とする自由民主主義陣営の勝利」と捉える余り、「ソフトパワー」におけるアメリカの優位は絶対だ、と考える方が多い。残念ながら、今回のガザ危機の対応などを通じて、アメリカは「ソフトパワー」を失っている。そもそも中東を主戦場にした2001年以来の「グローバルな対テロ戦争」において、アメリカは、国力を疲弊させただけでなく、「ソフトパワー」も低下させた。今回のガザ危機で、この長期的な傾向が、さらにいっそう加速していくだろう。
こういう話をすると、「だが中国も万全ではない」といった反応を延々とされることがある。大変に恐縮だが、中国が世界の覇権国になるのを待たず、アメリカが凋落していくことは当然ありうる。そもそも中国は、アメリカに取って代わって世界の覇権国になることを目指しているわけではない。BRICS加盟国は「多極主義」を語るが、それは「かつてのアメリカのような国がいない世界」のことである。実際のところ、世界には必ず覇権国が存在しているはずだ、というのは、20世紀にできた迷信のようなものだ。確固とした現実の裏付けがあるわけではない。日本にとって日米同盟は、安全保障の観点から、極めて重要だ。アメリカの力が凋落しても、なお日本は日米同盟を重視しなければならない。しかしその意味が、何十年たっても同じだと仮定したりするのは、単なる知的怠慢である。その意味は変化する。
ガザ危機をめぐり、私は、過去半年ほど、アメリカをはじめとする欧米諸国の対応を批判してきた。そして、日本の役割は、たとえばアジアのイスラム圏諸国(たとえばインドネシア、マレーシア、バングラデシュ)と危機を語り、人道主義の精神に基づいた価値観を共有することだ、と言ってきた。それは日本外交の資産にもなるし、アメリカが日本に求めるべきことでもある。 ガザ危機をめぐってアメリカを批判したくないのであれば、批判しなくていい。あわせてイスラエルにも気を遣わざるを得ないというのであれば、よくよく考え直してから、その範囲を決めればいい。 しかしいずれにせよ、アメリカが凋落するのは、日本の国益に反することでもある。ビクビクするだけでなく、アメリカが望ましい方向性に来やすいような国際政治の環境を整えるために努力することが、日本の国益に合致する。
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