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2018-06-13 09:55
これが「初の歴史的会談」の成果か
鍋嶋 敬三
評論家
鳴り物入りで開かれたシンガポールでの米朝首脳会談(6月12日)は北朝鮮による「完全で検証可能、不可逆的な非核化(CVID)」への具体的なプロセスを示すことのない政治的ショーに終わった。北の核は期限を定めないまま残る。米朝共同声明では、金正恩朝鮮労働党委員長が「朝鮮半島の完全な非核化への決意」を確認する一方、最も重視した「体制の安全の保証」を声明に入れることに成功、米国からさらなる軍事的圧力を受けずに行動できる実を取ったのである。秋の中間選挙を前に歴史に残る実績を誇示したいD.トランプ大統領は共同声明を「重要で包括的な文書」と自賛したが、肝心のCVIDの言葉も、非核化の検証措置や期限などの工程表も世界に示すことができなかった。これでは4月の南北首脳会談の板門店宣言の「焼き直し」である。
米朝会談に臨む米国の基本方針について、金氏と直接交渉してきたM.ポンペイオ国務長官は前日の記者会見で、その後の難しい交渉の「枠組み(framework)」作りと位置付けていた。長官は会談に先立つテレビインタビューでも「大統領は非核化と引き替えに北朝鮮に体制の保証および政治関係を提供する用意がある」ことを明らかにしており、共同声明のエッセンスは明確になっていた。しかし、その「非核化」の対象が「北朝鮮」ではなくて「朝鮮半島」へと変わったことについて、同長官は「政策の変更ではない」と否定したものの、踏み込むことを避けた。トランプ大統領も首脳会談後の記者会見で「CVID」の文言が共同声明に入らなかったことについて問われ「時間がなかったからだ」と釈明したが、「CVID」こそが交渉の核心であったのであり、大統領の言い訳は「北朝鮮の非核化」にかける米国の真剣さに疑問を投げかけるものだ。
米朝首脳会談を前にポンペイオ長官は大きなテーマとして、体制の保証、政治関係の設定、非核化の3段構えで望む米国の方針を明らかにしていた。しかも、非核化と将来の日韓中3カ国による対北経済援助についても「密接に関連し切り離しは困難」とまで述べている。つまり米朝間の事前交渉では非核化(内容は別として)を前提に米朝国交正常化と日中韓による経済援助までも絡めた包括的な交渉方針があることをうかがわせる。それにもかかわらず、金氏が最も欲しがっていた「体制の保証」は明文化され、CVIDは置き去りにされた。トランプ大統領は首脳会談の前に早々と伝家の宝刀の「最大限の圧力」を放棄してしまった。これが「究極の目標」(ポンペイオ長官)であるCVIDが共同声明に書き込まれなかった背景にあることは明らかだ。同長官らによる第二段階の米朝交渉は難航を極めるに違いない。
米朝首脳会談の後に何が残ったのか。米本土、グアム、そして日本本土を射程に収める中長距離の弾道ミサイルと核兵器は温存されたまま、北朝鮮の軍事的脅威は維持され日本はもちろん北東アジア、世界に至るまで極めて不安定な安全保障の環境が残される。トランプ大統領自身が北朝鮮がいたく嫌う米韓合同軍事演習の中止や在韓米軍縮小にまで言及するようでは、北朝鮮に対して軍事的圧力を高めることはもはや政治的に困難になってしまった。最高指導者のためピョンヤンからシンガポールまで中距離の航空機を飛ばすこともできず、航空戦力の貧弱さを露呈した北朝鮮は対米戦争の軍事能力を持ち合わせていない。北朝鮮の後ろ盾になり、金氏に要人用の専用機を提供した中国は北に対する影響力をさらに強めるべく、早くも国連安全保障理事会の制裁決議を緩めようと動き出した。日本としては国連や各国独自を問わず制裁措置を緩めず、国際社会全体としての外交圧力を維持するよう日米、日米韓をはじめ東南アジアや欧州諸国にも働き掛けて、北朝鮮が完全に核兵器を放棄するまで強力な制裁継続の必要性を訴える外交努力を一層強めることが必要である。
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