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2017-03-01 23:59
「アメリカ第一主義」という危険思想
河村 洋
外交評論家
先の選挙運動を通じて、ドナルド・トランプ大統領は外交政策のキーワードとして「アメリカ第一主義」を強調してきたが、それはアメリカの同盟国の間で懸念を呼んだ一方で、ロシアや中国は西側優位の世界秩序の転覆を積極的に模索するようになり、イランや北朝鮮はワシントンの新政権を試している。国民国家が自国民と自国の国益を優先することには何の問題もない、と何の疑いもなく信じる人々もいる。しかし、事態はそれほど単純ではなく、このイデオロギーの危険で破壊的な性質を決して見過ごすべきではない。何よりも、トランプ氏のアメリカの外交政策についての理解は非常に貧弱なので、世界情勢を利己的で防御的にしか見ることができないでいる。幼少時に旧ソ連からのユダヤ系移民として帰化したマックス・ブート氏は、トランプ氏の偏狭なゼロサム思考を批判している。何と言っても、トランプ氏は「アメリカが非常に利他的だったために、貿易相手の諸外国はラスト・ベルトの労働者階級を搾取してしまった」と考えている。しかし世界の普遍的な見解では、米国が日独などの旧敵諸国をも友好的な貿易相手や同盟国として再建したことは、外交政策の成功を示す金字塔であると理解されている。トランプ氏が人権をはじめとしたアメリカの価値観を高く評価していないことは憂慮すべきもので、それはヨーロッパ同盟諸国と国際NGOから厳しく批判されている。実際に人権擁護がソ連のようなアメリカの敵国を弱体化させたばかりか、民主主義と自由の普及によってアメリカの力を増大させた。ブート氏のようなソ連からの移民の方が、そのことをトランプ氏よりはるかによく理解している。
他方で、ヨーロッパと日本の極右ナショナリストたちは、トランプ氏の世界観では自分達の国の安全保障と国益が損なわれるにもかかわらず、そのことを無視し、トランプ氏の考え方に感情的に共感している。これはそのように自らをグラスルーツの愛国者と見なす者達がグローバリストを嫌悪し、高圧的なトランプ氏にコスモポリタンの支配者階級を打ち負かして欲しいと思っているからである。トランプ氏の「アメリカ第一主義」に哲学的な土台をもたらしているのは、スティーブ・バノン大統領上級顧問である。ノース・カロライナ大学のダニエル・クライス教授は「バノン氏の思想の二大支柱は経済的ナショナリズムとグローバル・エリートへの反感である」と言う。バノン氏の見解では、世界は本質的に国民国家ある。こうした観点から、バノン氏は「貿易、移民、そして多国間協力は国家の主権とアイデンティティーを損なう」と信じている。バノン氏は、近代啓蒙思想が提唱する普遍主義の立場ではなく「文明の衝突」の観点から国際政治を理解し、イスラム教徒を本質的に好戦的なものと見なしている。
トランプ氏はヨーロッパや日本との同盟解消さえ示唆したので、彼の外交政策は一般には孤立主義だと見られている。しかし、クライス教授は「バノン氏の思想は本質的にナショナリズムであり、各国が無慈悲にせめぎ合う世界の中で、ただ国益を最大化するためなら海外への介入には躊躇しない」と主張する。ネオコンが掲げるレジーム・チェンジとは違い、トランプ氏が為そうとする介入はそうした普遍的な理念ではなく国際情勢に対する突発的な認識に基づいて行なわれることになる。トランプ大統領が予測不能なのは彼の人格だけでなく、バノン氏のイデオロギーのためでもある。エリオット・コーエン氏と彼の賛同者が公開書簡でトランプ氏の国際非関与から好戦的冒険主義への揺れを非難したのも、当然のことである。トランプ大統領へのバノン氏のこのような影響を考慮すれば、イギリスのテレーザ・メイ首相と日本の安倍晋三首相のような主要国の指導者がいわゆる「へつらい」外交に出たからと言って、新政権と安定した関係を発展させられる保証はない。
マックス・ブート氏は「根無し草のコスモポリタンに対するそのような嫌悪感が排外主義と反ユダヤ主義を刺激しているが、そうした思想はヨシフ・スターリンやチャールズ・リンドバーグのような反民主主義のナショナリストと緊密に関わっている」と主張する。アメリカのオルタナ右翼と呼応するかのように、ロシアのネオ・ユーラシア主義者であるアレクサンドル・ドゥーギン氏は、トランプ政権の誕生を好機に米ロ関係を強化して、現在の自由主義世界秩序を破棄する一方で、ロシアの影響力をウクライナから中東のトルコ、イラン、シリアにまで拡大しようとしている。「アメリカ第一主義」とは西側民主国家の同盟を解体させるイデオロギーである。そうしてみると、トランプ大統領とプーチン大統領が緊密で離れられない関係にあることも、バノン氏の反グローバル主義がヨーロッパと日本の土着主義者を魅了するのも不思議ではない。「アメリカ第一主義」の危険性はあまりに重大で見過ごすことができない。
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