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2015-06-24 06:34
「女どき」の朴の“軟化”の背景を探る
杉浦 正章
政治評論家
向田邦子の小説で「男(お)どき女(め)どき」があるが、本来は世阿弥の造語だ。能の競い合い「立ち会い」で自分に勢いがある時を「男どき」、相手に勢いがついてしまっていると思える時を「女どき」と呼んだ。これは日韓関係にもピタリと当てはまる。現在は首相・安倍晋三が紛れもなく「男どき」、韓国大統領・朴槿恵が「女どき」にある。「女どき」の韓国は、あまりのツキの無さに悲鳴を上げたいような気分であるに違いない。大統領就任以来の「反日路線」を、いかにメンツを保てるように転換させるかの1点に外交方針を絞り始めたように見える。先週、韓国外相・尹炳世の来日が決まった前後から、日韓50年式典を契機にした双方に歩み寄りの機運が高まった。当初は予定になかった安倍と朴の式典出席で関係修復の流れを鮮明にさせ、世界遺産問題でも雪解けを演出するに至った。一見ばたばたと急進展したかに見えるが、既にその兆候は韓国側に現れていた。6月11日のワシントンポストとのインタビューで朴は突如従軍慰安婦問題をめぐる日本政府との交渉について、「相当な進展があり、現在、最終段階にある」と述べている。さらに22日に日韓50周年を迎えることを踏まえ、「我々は、大変意味のある日韓国交正常化50周年を期待できるだろう」と予言して、その通りとなった。
この対日姿勢大転換の背景には、韓国が抜き差しならぬほど「女どき」にはまってしまっていることが挙げられる。昨年はセオル号沈没事故で国家全体がくらい空気におおわれ、意気消沈した。そしてこの哀しみが癒えぬうちからMERSの拡大である。セオル号沈没でもMERSでも共通しているのは、朴自身の当事者能力の欠如とも言える対応のまずさである。とりわけMERSの拡大は、支持率を直撃して急落し、1月につけた最低の29%を再び記録した。まだ落ちる可能性がある。セオル号は経済への影響はそれほどなかったが、MERSは韓国経済を直撃している。韓国内ではMERSが8月まで続くと、GDPの損失額は2兆2千億円に達し、GDPを1.3%下げるという分析がある。反韓感情が大きく作用して、日本人観光客はピークの352万人から1914年は228万人に下がり、日本企業からの投資も半減している。MERSはこれに拍車をかけるだろう。若者の失業率は高まり、自殺者も急増傾向にある。これは「女どき」という運に作用された部分も大きいが、大半は朴の外交上の大誤算に起因する。
大誤算とは、外交戦略そのものが無理であったのだ。朴は反日が支持率につながると読んで、就任以来世界各国首脳と会う度に「慰安婦言いつけ外交」に専念した。これは就任早々の訪米の成功が大きく作用した。米国が歴史認識では日本を支持する、という確信を持ってしまったからだ。また対中接近の度合いも強め、歴史認識で中国と共同歩調をとることに専念した。この対米、対中外交は、今年に入ってから朴に誤算であったことに気付かせる。2月の国務省次官・ウェンディ・シャーマンの発言が潮目を変えたのだ。シャーマンは「愛国的な感情が政治的に利用されている。政治家たちにとって、かつての敵をあしざまに言うことで、国民の歓心を買うことは簡単だが、そうした挑発は機能停止を招くだけだ」と発言し、朴を戒めたのだ。米国にとって見れば厳しい対中対峙を迫られる中で、70年前の歴史認識などよりも、現実の力の均衡のほうが大切であることはいうまでもない。おまけに官民挙げての韓国の工作にワシントンが音を上げるに至った。最近では「Korea fatigue(韓国疲れ)」が公然と言われるようになった。米国は“うんざり”なのである。加えて、安倍の訪米の成功と、新日米ガイドラインの設定は、米極東戦略の要としての日本の存在をいやが上にも見せつけた。一方で朴が安倍との会談に逡巡しているうちに、安倍は中国国家主席・習近平と2回会談、反日に固まった韓国世論がようやく自分たちの置かれた立場に気付き始めた。一転して「孤立」を唱えるようになったのだ。
安倍は一貫して「対話のドアは常にオープン」と述べていたが、その根底には慰安婦に拘泥する朴は捨てておいても折れてくるという“読み”があったように見える。要するに熱い風呂に入っていてどっちが先に飛び出すかの問題であるのだ。一連の韓国側の動きは、朴がしびれを切らしつつあることを物語っている。こうした中で駐日韓国大使・柳興洙は毎日新聞のインタビューで従軍慰安婦問題の解決が首脳会談実現の「前提ではない」と明言するに至っている。こうした動きを鳥瞰図で見れば、日韓関係は「待ち」に基本を置いてきた安倍のペースで進展しそうな気配である。世阿弥は「ライバルの勢いが強くて押されているな、と思う時には、小さな勝負ではあまり力をいれず、そんなところでは負けても気にすることなく、大きな勝負に備えよ。」とも述べている。世界遺産など、ささいな問題は多少の譲歩しても大きな問題で勝てば良いのだ。こうした中で安倍は戦後70年の首相談話を閣議決定せずに「首相の談話」として発表する意向のようである。ここは過去の首相談話の文言にとらわれず安倍独自の歴史観を明快に打ち出し、極東の平和重視の大網をかけた未来志向の談話であることが一義的に重要だろう。
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