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2014-03-05 11:27
ウクライナ危機の本質
河野 勝
早稲田大学政治経済学部教授
クリミア半島をロシア軍が支配下に置いた。この国際危機については、いくつか思った点を備忘録としてまとめておきたい。第一に、ロシアがあれだけ迅速に大量の軍隊を派遣し、ほとんど一夜にして実効支配を確立したということは、おそらくかねて半島を奪還するシナリオを思い描き、これまでに何度も図上シミュレーションや実際の演習を行ってきたとしか思えない。ウクライナが親欧化するということは、おそらくロシアにとって「想定内」だったのであろう。これに比べて、NATOやアメリカ側が同じくらい真剣にそうしたウクライナの動きやそれに対する反応を検討してきたとは、とうてい思えない。
第二に、それはなぜかといえば、結局のところ、ロシアにとってのクリミア半島の意味の方が、ヨーロッパやアメリカにとってのクリミア半島の意味よりも、はるかに大きいものだからである。つまり、この事件は、国際政治なるものが、法でも、イデオロギーでもなく、いかにpower(力)とinterest (利害)によって動いているかを示す、古典的な事例、つまり国際関係理論でいうところのリアリズムの考え方に合致する事例なのである。
第三に、今回のロシアの行動はウクライナの主権を侵害しているという欧米の批判は、主権というものがあたかも純粋に法的に成立するかのような、理想主義的な側面をもっている。しかし、S・Krasner が名著 \"Sovereignty\"(Princeton University Press, 1999)の中で明らかしたとおり、歴史的にみても、抽象的概念である主権なるものが問題なく成立していた時代などというものはない。弱小国の主権はつねに大国の思惑次第でいかようにも侵害されてきたのである。だから、(第二のポイントにもどるが)国際政治を現実主義という冷徹な視座を抜きにして考えることは誤りである。
第四に、しかし、そもそも主権とは何なのか。われわれは、主権なるものを自明のものとして考えてよいのか。もし(報道されている通り)クリミア半島においてロシア系住民が多数派を占めるのならば、クリミア半島の「民意」が、ウクライナの親欧化に反対することには、住民自治や民主主義の原則からして十分正当性があるといわなければならない。問題は、前に何度も指摘していることであるが(たとえば河野勝「原発再稼働とふりかざされる『民意』」『中央公論』2012年8月号)、住民自治や民主主義の原則自体は、自治を決定する住民はだれか、民主主義のもとで権利(主権)をもっている人はだれか、について何も語ってくれない、という点にある。住民自治の原則のもとでの住民の定義、民主主義の原則のもとでの主権者の定義は、いってみればそれらの原則に先行して決定されていなければならない。残念ながら、そうした定義が、誰もが文句をつける余地のないなんらかの原則によって根拠づけされることはありえない。今回のウクライナ危機も、そのような主権概念の曖昧さに、その本質が由来しているのである。
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