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2013-10-25 12:26

中国の北極海進出の法的根拠の認識への疑問

伊藤 和歌子  日本国際フォーラム主任研究員
 周知のとおり、地球温暖化が原因とみられる北極海の海氷の融解は、北極の環境や生態系に深刻な影響を及ぼす一方で、ベーリング海峡から欧州に向かう北東航路や、カナダ北部の多島海を通る北西航路といった新たな航路の利用や、北極地域における海底資源の開発を容易にし、流通・資源開発に期待を抱かせるフロンティアとなっており、北極圏諸国だけでなく、各国から注目を集めている。そのような状況の中、今年5月、北極圏の開発や環境保護について周辺・沿岸8か国が話し合う場である「北極評議会」のオブザーバーとして日本と中国がインド、韓国、イタリア、シンガポールとともに参加を認められたことは記憶に新しい。しかし、近年の中国の積極的な北極海進出の様子をみると、同地域における国際ルールへの理解に首をかしげざるを得ない。

 中国は同地域に古くから関心を寄せており、1925年にはスヴァールバル諸島(ノルウェイー領)での経済活動を認める「スピッツベルゲンに関する条約」に加盟している(日本は1920年加盟)。1990年代半ばから北極地域での科学調査に着手し、1999年、2003年、2008年、2010年、2012年と計5回『雪龍』号による科学調査を実施している。また、2004年にはスヴァールバル諸島のニー・アルズンに科学調査拠点として「黄河ステーション」を設けている。航路の利用にも意欲を示し、すでに大西洋と北極、太平洋をつなぐ航路を通航させた世界で5番目の国(アジアでは初めて)となっているほか、今年の8月には、海運大手の中国遠洋運輸集団(コスコ・グループ)の貨物船が北東航路を初めて利用していっている。資源開発においては、グリーンランドやアイスランドへの地下資源関連の投資が進められている。

 しかし、中国はその北極海進出の法的根拠を、どこに置いているのか。例えば、2013年5月23日付けの『東方日報』紙掲載の論文で、ある専門家は「北極地域はグローバル・ガバナンスの空白地帯といわれるが、『スピッツベルゲンに関する条約』、『国連海洋法条約』、国際海事機関の決議、国連食糧農業機関の関連条約など多くの国際条約、国際法、国際機関の機能やその適用範囲が北極地域をカバーしており、中国等の非北極圏諸国も北極地域での活動に参加できるような十分な機会が提供されている」と述べ、さらに「スピッツベルゲンに関する条約」について「中国は、その他の条約締結国と同様に、自由に出入りと逗留ができ、ノルウェーの法律に抵触しなければ、ここでの生産、商業、調査等の活動を実施してもよい」と説明している。

 現行の北極に関する国際規範および共通認識が目指す方向に照らし合わせれば、北極圏におけるルールづくりの主眼は、各国がそれぞれ利益を争奪するための正当性を与えるものではなく、その共通利益をどのように守っていくのか、そのためにはいかなるガバナンスが求められるのか、を探求することにある。したがって、たとえば、先の「スピッツベルゲンに関する条約」について言えば、ノルウェー領のスヴァールバル諸島での経済活動を認めたものであり、中国による北極圏全域での開発に正当な根拠を与えたものではない。ましてや北極評議会のオブザーバー国になったことは、北極評議会加盟8か国の活動を尊重した上で北極海沿岸諸国を中心とした法制度の形成に一定程度関与できる資格を得ただけであり、中国の利益を認めてもらう機会を得たわけではない。同じオブザーバー国として、日本は、中国にこうした法概念の共有や秩序形成のための認識共有を促すべきであろう。そうすることによって、日本は北極評議会においてプレゼンスを高めるとともに、北極海におけるガバナンスの強化に貢献できるのである。
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