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2009-02-22 04:41

「リアリスト」神谷不二先生の訃報に接して想う

小笠原高雪  山梨学院大学教授
 国際政治学者で慶応大学名誉教授の神谷不二先生が逝去された。先生の経歴、業績等は新聞各紙が伝えているとおりであるが、私には若干の不満も残る。先生を「親米派」として紹介している記事が散見された。それは誤りではないとしても、いささか安易な表現であると思われる。先生が日米同盟の支持者であったことは事実であるが、それは日本の国益のための一つの手段であったに過ぎない。日米同盟の効用とともに、その副作用にも先生は敏感であった。昨年10月17日付けの産経新聞に寄せた論説のなかで、先生は次のように指摘している。

 「戦後60余年、日本は、日米同盟を基軸として経済力の増大と国際的地位の向上を図ってきた。この基本路線は概して大きな成果を収めた。そのためには、しかし、大きな代償も払わねばならなかった。代償とは、他に依存しない自前の国際政治力を養うのを怠ってきたことである」と。

 先生を形容する表現としては、「リアリスト」がおそらく最善のものであろう。あらゆる選択肢には効用と副作用の両面があり、効用が大きければ大きいほど、副作用を極小化する自覚的な努力は鈍りやすい。先生と並ぶリアリストの論客であった高坂正堯教授は、吉田茂の選択を当時の状況における最善の選択と評価しつつも、それを「吉田体制」にまで高めてしまってはならないと説いた。高坂教授の但し書きは、先生の上述の指摘と通底するものであろう。そうしたニュアンスを欠いた一面的な議論はリアリズムの自己否定にほかならない。それは先生の最も忌み嫌われた思考法であったと思う。

 国際政治はますます流動性を増し、国益を最大化する方程式は複雑となっている。日本の国家戦略において、日米同盟はひきつづき重要な支柱であるだろう。しかし、「日米同盟の堅持」という決まり文句を言う前に、われわれは日本の国家戦略を絶えず考え、そこにおける同盟の位置と機能を明確にする必要がある。それが最も必要とされる時期に先生を失ったことはまことに残念であり、もっと多くのことを伺っておけばよかったという思いを抑えきれない。しかし、これからの日本の生き方を考えるのは、後に残された者たちの役割であろう。多くの仕事を為して逝った先生の御冥福を祈る。
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