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2026-10-26 10:32
「法の支配」を巡るICC赤根所長とトランプの対立
村上 裕康
ITコンサルタント
トランプ政権はICC(国際刑事裁判所)の赤根智子所長らを制裁対象に指定したのに続いて、ICC本体を制裁対象に指定した。ICCは国際社会全体の関心事である重大犯罪、具体的には「ジェノサイド」、「人道に対する罪」、「戦争犯罪」、「侵略犯罪」、を犯した個人を訴追・処罰する目的で2002年にオランダのハーグに設立された。赤根所長は2024年にICCの所長に就任した。ICCが下した裁判事例として、プーチン大統領(戦争犯罪の疑いで逮捕状を発布)やネタニヤフ首相(戦争犯罪および人道に対する罪で逮捕状を請求)の事例がある。イスラエルがICCに非加盟であるにも関わらず、ICCがネタニヤフ首相に対して逮捕状を請求したことに対して、米国は「国家主権に対する不当な管轄権の行使・侵害」であるとして、ICCを制裁対象に指定した。イラン戦争は国際法に違反する。考えすぎかもしれないが、トランプ大統領は、イラン戦争に関連して、自身がICCの捜査・起訴・収監の対象になる恐れがあると考えたのかもしれない。
ICCは、その設立条約であるローマ規程第12条を根拠として、「犯罪がICC加盟国で行われた場合、犯人が非加盟国の国民であってもICCの管轄権が及ぶ」という「属地主義」の立場をとる。国際法では、「属地主義」が一般的なルールである。ICCの赤根所長は「普遍的正義」は国内法より上位にあるという「法の支配」を主張する。しかし、世界各国がICCの主張を受け入れているわけではない。実際、米国、中国、ロシアはローマ規程を批准していない。「ローマ規程は一部の国々が結んだ条約に過ぎない。米国が承認していない超国家的な裁判所が米国民を裁くのは国家主権の侵害である」というのが米国の考え方である。米国にとって「法の支配」の根幹は合衆国憲法であり、米国が批准していない条約をICCが米国民に押し付けようとするのは、ICCによる「法の支配」の乱用であると切り捨てる。
米国はICCがガザの紛争を巡ってネタニヤフ首相に逮捕状を出した。米国はこれに激怒し、報復措置としてICCの赤根所長を制裁対象(資産凍結・渡航禁止)に指定した。ICCは、イスラエルのガザにおける軍事行動をジェノサイドに当たると判断した。イスラエルはICCの非加盟国であるが、この犯罪は加盟国であるパレスチナで起きたものでありICCの管轄権が及ぶとしてネタニヤフ首相に対して逮捕状を出したのである。米国は「イスラエルがICCの管轄権に同意していないにも関わらず、ICCは権限を乱用してイスラエル国民の訴追に関与した」として、ICCの赤根所長を制裁対象に指定した。米国は赤根所長を制裁対象に指定しただけでなく、ICCという組織そのものを制裁対象に指定した。ICCの資金厳を断ち、ICCを財政的に追い詰めて米国人や同盟国の要人に対する訴追活動を出来なくなるようにするためである。日本政府は一貫して国際社会における「法の支配」を掲げ、ICCの筆頭財政負担国としてICCを強力に支持してきた。そのため、ICCの赤根所長や組織に対する米国の制裁に対して、高市首相は「我が国の立場と相容れない」「大変残念」「深い懸念」という言葉で反対の意向をにじませた。
しかし、米国を公式に「非難」して、「制裁撤回」を要求することは避けている。EUが「深い遺憾の意」を示して「即時撤回」迫ったのとは対照的である。日本政府が対米配慮の曖昧な態度を続ける一方、日本国内では超党派の「人権外交を超党派で考える議員連盟」などは、政府に対して米国に制裁撤回を直接求めるべきだと声明を出している。日本政府は「国際法に基づく法の支配」を強く主張して、ロシアのウクライナ侵攻や中国の南シナ海における海洋進出を批判する根拠としてきた。日本は「国際法」や「法の支配」を主張する一方、現実としての日米同盟による「力の支配」を容認している。日本の掲げる「法の支配」は二重基準であり、結局は「力の支配」を容認するのかという批判もある。筆者は日本政府が理念として「法の支配」を掲げながら、現実として「力の支配」を容認することは二重基準に当たらないと考える。理想は理想であり、理想と現実は違うからである。「法の支配」における「正義」は国によって違い、その違いは、大国間の「パワーバランス」(勢力均衡)で摺り合わされる。覇権が多極化する時代にあって、世界の秩序はパワーバランスで維持される。
理想としての「正義」に固執し、それを他国に押し付けようとすることの方が危険である。
ウクライナ戦争で、欧州は「普遍的な正義」に執着してロシアとの和平交渉を拒み、やがて5年が経過する。2026年夏時点で、ロシア軍とウクライナ軍の総死者数は200万人に達したと報道されている。欧州のリベラリズムは「国際法」における「普遍的な正義」を掲げるのに対して、トランプ政権のリアリズムは「力の均衡」を掲げる。理想として「正義」を掲げつつも、「力の均衡」を受け入れることがリアリズムの立場である。ヴェストファーレン体制は、17世紀の神聖ローマ帝国にあって、多くの諸侯国が宗教の違い(カトリックとプロテスタント)を巡って争っていた時代(30年戦争)、「互いの違いを認めて共存するためのルール」(ヴェストファーレン条約)を定め、国際秩序を確立した。彼らは「普遍的な正義」を定義せず、「主権平等」、「内政不干渉」、「主権の確立」などのルールを定め勢力均衡(パワーバランス)をもって共存しようという体制である。ICCと米国の衝突は、現代の「正義の衝突」である。ICCは「普遍的な正義」をもって人道主義を守ろうという立場であり、米国はICCが「普遍的な正義」を押し付けようとするのは「主権の侵害」であるという立場である。
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