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2026-07-16 15:29
暫定合意「覚書」の破綻;和平交渉の行方
村上 裕康
ITコンサルタント
2026年2月28日、米国・イスラエル軍はエピック・フューリー作戦を開始、イランの核関連施設や軍事拠点を攻撃した。イラン戦争の始まりである。この日の攻撃で、イランの最高指導者アヤトラ・ハメネイ氏の他、約40人の高官が殺害されたと報じられている。
イランは、イスラム教シーアの法学者を最高指導者として仰ぐ神権体制を敷く。最高指導者の権威の下、軍事・政治・経済の全権を握るのがイスラム革命防衛隊(IRGC)である。IRGCは、組織の中核的な思想として「中東からの米軍の排除」および「イスラエルの抹殺」を掲げる。彼らは、1979年のイスラム革命後、実に47年間にわたって、米軍との戦いに備えてきた。イラン全土に地下トンネル網を張り巡らせてミサイルを分散配置し、核開発を進めた。そして、IRGCの革命思想に同調する代理勢力を使ってテロ活動を支援し、中東の安全保障を脅かしてきた。
イランの核開発を巡って、国際社会はイランと交渉と制裁を繰り返してきた。トランプの第一期政権時代、米国がJCPOA核合意から撤退すると、イランはウランの濃縮活動を活発化した。2025年の時点で、濃縮度が60%のウランを440キロ保有していることが明かになった。イランが核兵器を製造するのに要する期間(ブレークアウトタイム)は数週間にまで短縮されたといわれている。米国およびイスラエルはイランの核兵器保有に脅威を感じ、イランと交渉するが合意に至らず、米・イスラエル軍は2025年6月の「12日間戦争」でイランの核関連施設や軍事拠点を攻撃した。2026年2月、米国はジュネーブで核開発を巡ってイランと協議するが、合意に至らず、米・イスラエル軍は2月28日に大規模なイラン攻撃に踏み切った。
これに対してIRGC(イスラム革命防衛隊)はホルムズ海峡を封鎖し、イスラエルや湾岸諸国の米軍基地をミサイルで攻撃した。ホルムズ海峡の湾岸に高速艇やドローン発射装置を配備して、海峡を通過しようとする船舶に対してIRGCの指示に従うよう脅迫した。ホルムズ海峡は実質的に封鎖された。世界の海上輸送による石油取引のうち、20%がホルムズ海峡を通過する。ホルムズ海峡の封鎖で石油の価格は急騰した。イランはホルムズ海峡を支配することで、世界経済のチョークポイントを握れる事を学んだ。
開戦から4週間程度が経って、トランプ大統領は「イランに壊滅的な打撃を与えた」として戦果を報告し、「イランとの間で2週間の停戦合意に達した」と発表した。4月8日、米国とイランは、ホルムズ海峡の安全航行を条件に2週間の停戦に合意したことを発表した。しかし、合意後もイランによるホルムズ海峡の封鎖は解かれず、米国はホルムズ海峡の逆封鎖を断行した。米軍はペルシャ湾岸のイランの港に出入りする船舶をホルムズ海峡で海上封鎖をした。イランの港から石油を輸出するタンカーは封じ込められ、石油の輸出に依存するイラン経済の息の根は止められた。
2週間の停戦合意の期限は切れるが、米国によるホルムズ海峡の逆封鎖はイラン経済を圧迫し続けた。経済封鎖で、イランの石油収入は激減し、通貨リアルは暴落し、物価は80%以上と高騰している。財政の悪化で給与の支払いすら滞り、国民生活は疲弊している。
米国は、経済封鎖や軍事攻撃で圧力を加えながら、核開発の停止、ホルムズ海峡の開放、代理勢力への支援停止を要求して、和平交渉のテーブルに着くように促した。イラン政府内では、対米交渉の進め方を巡って、ペゼシュキアン大統領やガリバフ国会議長ら政権指導部と、イラン革命防衛隊(IRGC)など軍の指導部が対立している。
軍事部門で実権を握るIRGCは、「米国と和平交渉するのは降伏することである」と強硬姿勢を崩さず、核開発問題では妥協を拒み、ホルムズ海峡問題では海峡の支配に固執する。一方、ガリバフ国会議長ら実務派は、経済再建と凍結資産の解除を求めて、米国との和平交渉を進めた。IRGCが強硬姿勢を崩さない中、和平交渉は進められ、5月下旬には事務レベルで14項目からなる暫定覚書(MOU)の草案が作成された。6月17日にMOUは公表・署名された。
この暫定覚書は和平交渉の枠組みを定める覚書であり、60日間という期限を設けて本交渉を行うための第一段階の合意文書(MOU)である。MOUは本交渉期間中の60日間における期限付きの取り決めである。MOUは、戦闘の停止、ホルムズ海峡の開放、制裁の解除、核兵器の開発抑止、凍結資産の開放、イランの経済復興基金について述べている。MOUに基づく60日間の本交渉は6月18日(正式開始)に始まり8月17日までである。60日間は絶対的なものではなく、双方の合意によって期限の延長が可能である。
MOUは、60日間という期限を設けて「イランの核開発の制限」ついて交渉すること、また、交渉期間中の60日間に限って「ホルムズ海峡の開放」を求めている。イランがMOUに合意したことで、米国はイランを交渉テーブルに引き出した。MOUに合意したことでイランに対して課していた海上封鎖を解き、石油の輸出を許可し(金融制裁解除)、凍結資産の一部を解除した。MOUの合意で、軍事的緊張は緩和され、石油市場は安定化した。
MOUは60日間の本交渉で、合意が成立した場合、すべての対イラン制裁の解除、3000億ドル(45兆円)にのぼるイランの復興基金を拠出することを約束している。この交渉は、イランが「ホルムズ海峡支配」、「核兵器保有」、「代理勢力の支援」といった脅迫行為を止め、「普通の国」になるならば、米国はイランに課していたすべての制裁措置を解消し、3000億ドルの復興基金を設けてイランの経済復興を支援する、というメッセージが込められている。しかし、これらの脅迫行為こそ、IRGCの使命であるイスラム革命の護持という「生存の根拠」である。このMOUはイランに、イスラム革命のイデオロギーを「捨てる」のか、それとも「堅持する」のかを問うている。
イランは7月7日ホルムズ海峡を航行の商船に対して、ドローンを着弾させた。米国はMOUの停戦合意に反するとして、7日、8日と2日連続でイランの170か所以上の目標を空爆した。イランは湾岸諸国のクウェートやカタール、バーレーンにある米軍基地へミサイルやドローンで報復攻撃を行った。ホルムズ海峡を通航の商船に対して、ドローンの攻撃を、6月25日にも行っている。6月17日にMOUに署名して、わずか1週間も経たないうちの停戦合意違反である。
MOUで、停戦期間の60日間中は、イランはホルムズ海峡を開放することを約束した。長期間ペルシャ湾に閉じ込められた船舶を安全に避難させるために、IMO(国際海事機構)とオマーンは共同で、ホルムズ海峡にオマーン航路(オマーン側の航路)を指定した。ホルムズ海峡の安全が確保されたため、多くの船はオマーン航路を通って避難した。しかしイランは焦った。多くの船が、イランが指定するイラン航路を選ばないで、オマーン航路を選んだからである。イランは、イラン航路を開放したのだから、ホルムズを通過する船はイラン航路を通過すると考えたのである。
イランの意図は明らかである。イランは、60日間の停戦期間(無料期間)が明けたら、ホルムズ海峡をイランの管理下に置くつもりでいた。イランは、多くの船がイランの指定に従わずオマーン航路を通航するのを見て、見せしめにキプロス船籍のコンテナ船にドローンで攻撃した。この攻撃で、キプロス船籍のコンテナ船の機関室は損傷し、一人の乗組員が行方不明になった。
イランにとって重要なのは通行料というお金の問題ではない。ホルムズ海峡の支配である。ホルムズ海峡を支配することで、世界経済を人質に、国際社会を脅迫できることを学んだ。「ホルムズ海峡」は米国と交渉するうえでの最強のカードである。IRGCは神権政治体制のもと、「ペルシャ湾から米軍の追放」および「イスラエルの抹殺」を掲げて、47年間戦ってきたのだ。「ホルムズ海峡」という交渉カードを失ってはならない。しかし、ホルムズ海峡は国連海洋法条約で自由な航行が認められた国際海峡である。トランプ大統領は、ホルムズ海峡を安全で自由な航路にすることを明言している。
7月7日、イランの商船攻撃を受けて、米国はイラン産石油の取引を容認する制裁緩和措置を取り消し、制裁措置を再発動した。MOUの合意で制裁措置を緩和してイラン産石油の輸出を容認したが、米国は新たな石油取引を停止する制裁措置を再発動した。制裁措置の発動で、イランは一日あたり約4億ドルの石油販売収入が失われる。石油販売の収入が絶たれ、イランの通貨(リアル)が暴落し、物価の高騰が加速する。
7月8日、トランプ大統領は停戦について「終わった」と述べ、イランとの交渉を「時間の無駄だ」と突き放し、MOU合意の破綻を示唆した。トランプ大統領は、イラン港湾の海上封鎖の可能性も強く示唆して、いつでも実行できる体制にあるとした。
米国からの激しい攻撃を受けて、イランは和平協議の継続を求めてきたという。トランプ大統領は「停戦は終了した」としつつも、イランからの「協議継続には応じる」と明言した。トランプ大統領は「イランが商船への攻撃停止をオフィシャルに約束しなければ、さらなる代償を払うことになる」と最後通牒を突きつけた。
イランのアラグチ外相はオマーンを訪れ、ホルムズ海峡の航行について協議した。オマーンはホルムズ海峡を挟んで対岸国にあり、商船が自由に通航できるオマーン側の航路を開放した。アラグチ外相は、ホルムズ海峡の通航について、イランが管理・課金ができるよう、オマーンに相談に来たのである。オマーンは、北航路はイランの管理、南航路はオマーンの管理という「2航路管理案」を提案したが、イランの期待に応えるものではない。
トランプ大統領の最後通牒に対して、イランからの回答はなく、7月12日から3日間連続で米国はイランに対して大規模攻撃を実施した。イランが商船を攻撃するのに使用していた沿岸レーダー基地、防空システム、ミサイル発射拠基地、ドローン発射基地、などを攻撃した。また、中国やロシアからカスピ海の方を通って走る鉄道路を攻撃し鉄道橋を破壊した。
米国の攻撃に対して、イランは米軍基地があるカタールやクウェート、ヨルダンやバーレーンに報復攻撃を行った。さらにサウジアラビア、オマーン、UAEなど、湾岸諸国12か国にミサイルやドローンで攻撃を広げた。
7月12日、イランはホルムズ海峡の再封鎖を宣言した。海峡を通過する船は激減してWTI原油先物価格はバレルあたり4ドルほど上がり、74ドルくらいまで上昇した。イランは、オマーン側の航路を通過しようとしたUAEのタンカー2隻にミサイルで攻撃した。タンカーは損傷し、一人の乗組員の死亡、複数の乗員のけがが報告されている。
7月14日、米軍は「イラン海上封鎖」を再発動し、イランの港を出入りする船を対象に海峡の通過を封鎖した。「イラン海上封鎖」でイランからの石油の輸出が遮断され、イランの貨物の輸入(中国からの武器、弾薬など)が遮断される。
ホルムズ海峡を巡る双方の攻撃の激化で、WTI原油先物価格は80ドルを突破した。双方の軍事衝突が激化する中で、カタールは双方を和平協議のテーブルに着かせようと仲介の役を担っている。カタールのドーハで米国とイランの実務者が間接的な協議を継続している。トランプ大統領にとって、原油価格のさらなる高騰は防ぎたいところである。また、イランは、経済破綻の縁にあって、米国の制裁解除および経済支援を受けたいところである。米国とイランの激しい攻撃の応酬が続く中で、MOUは中断しているが、まだ破棄されたわけではない。
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