ホーム
新規
投稿
検索
検索
お問合わせ
本文を修正後、投稿パスワードを入力し、「確認画面を表示する」ボタンをクリックして下さい。
2026-08-21 00:00
(連載2)ICC赤根所長に対する米国の制裁:日本政府が行うべき三つのこと
篠田 英朗
東京外国語大学大学院教授
日本は国際社会の「法の支配」を重視して推進している、と繰り返し明言している。その観点からICCに加入し、有力国としてその活動を支えていることになっている。今回のアメリカの措置は、まさに「残念」であるわけだが、ただ溜息をついているだけ、ということでは、対外的な威信に関わる。また、政府の対応があまりにも冷たい、ということになると、今後の日本の有為な人材のキャリア発展にも、長期的な悪影響を及ぼしかねない。赤根智子氏は、法務・検察畑を歩んできた国際派の代表的な人材といってよい存在だった。東大法学部出身の検事で、留学経験と、国際機関での勤務経験などを持ち合わせている希有な人材であった。そうした経歴を背景に、日本政府の推薦を受けてICC判事選挙に立候補し、当選後は判事間の互選によって所長に選出された。赤根氏は、著書において、最初はICCの判事など苦労が多そうで引き受けられないと固辞したが、法務省・外務省の上層部から強い要請があり、判事選挙に立候補することにした、という経緯を綴っている。その赤根判事を、日本政府は、苦境においては見捨てたかのような印象を作り出してしまうと、国内世論面でも、対外イメージでも、悪影響が大きいだろう。今後、若手の人材が、政府を通じて国際的なキャリアを構築していく場合にも、目に見えない負の影響が生まれていくだろう。日米同盟の維持は重要な外交の柱であることは確かであるとして、それにしても工夫して、何らかの目に見える行動をとらないと、結局はアメリカにも軽視され、日本外交の迷走につながっていくことになるはずだ。恐らくは具体的に取りうる措置としては、以下の三つの領域がある。
一つは、国内金融機関への明確な方針提示である。今回の制裁発動を受けて、最も必要なのは、制裁に対応する措置である。といってもアメリカ政府の態度を変えさせるのが至難の業であることは確かである。そのためICCでは、職員給与を半年分まとめて前払いする措置をとったりして、突然の金融制裁発動に備えてきている。それを助けているのは、ICCのホスト国といってもよいオランダの政府である。オランダ国内の金融機関等に、アメリカの制裁に追随しないように働きかけている。日本も、オランダ政府と同様の対応をとるべきだろう。すでに述べたように、二次的な制裁の恐れから、アメリカ以外の諸国の金融機関も、アメリカの単独制裁に歩調を合わせた措置を取るのが、通例である。もし日本の金融機関がアメリカの制裁に追随すると、赤根判事が日本国内で保持している資産が凍結されたり、取引が不可能になったりする。それは、赤根判事が甘受すべきではない不当な不利益である。防ぐ手立てを考えなければならない。金融機関の独自判断に任せるのは、無責任だろう。日本政府が外交的努力で支援をする姿勢を見せるためにも、アメリカの大統領令に従う必要はないことを明示的に政府方針として示すべきだ。万が一、日本政府が赤根裁判長の不利益の発生を見て見ぬふりをしているかのように振る舞う事態になると、ICCの活動そのものに加えて、日本人の有為な人材の今後のキャリア形成にも大きな影を落とし、さらには国内世論のみならず日本の対外的威信にも傷がつくことは、すでに述べたとおりだ。日本政府はまず、米国の大統領令が日本国内で直接の法的効力を持つものではないことを明確にし、日本の金融機関が過剰なリスク回避によって赤根所長との国内取引まで一律に停止することがないよう、必要な指針や情報提供を行うべきではないか。ICCローマ規程86条は締約国にICCへの全面的な協力を求めている。少なくとも、その趣旨に照らせば、第三国の措置によってICCの活動が国内で不必要に阻害されることを日本政府が漫然と容認するのは、締約国として望ましい態度とは言い難い。
二つは、より高い政治レベルでの意思表明である。「残念」だという「談話」を出したのは、外務省報道官にとどまっているが、やはり外務大臣なり官房長官なりが、しっかりと声明を出すべきだろう。必ずしもアメリカを名指しで非難する内容ではないとしても、ICCの活動を阻害する措置は認められない、まして(アメリカ政府が目指すと明言している)ICCの解体などは認められない、といった決意表明をすることは、最低限必要なことであると思われる。現在の「報道官談話」では、「法の支配」の理念を参照しただけで、あとは「ICCを支持する」といった及び腰の言い方でとどまっている。「支持」というのは、いかにも他人行儀である。せめてもう少し積極的かつ能動的な表現で、その活動を「支援」して「支えて」いく、といった意思の表明があってしかるべきだろう。
三つは、ICC締約国間の連携強化である。すでに述べたように、日本は、これまで他の締約国が行ってきたアメリカの制裁に対抗する意思の表明の機会に参加してこなかった。今後は、参加していくべきだろう。できれば締約国の努力を束ねて、強化していく役割を担いたいところである。2022年にロシアがウクライナ全面侵攻を起こした際、当時の岸田文雄首相は、法の支配を強化する努力の観点から、ICCへの支援の強化を、具体的な取り組むべき課題として特筆していた。その後、日本政府がICCを支援していない、ということではないが、当時の岸田首相の強い言い方からすれば、物足りない印象は受けざるを得ない。本来であれば、ICC内部で邦人職員が勤務する部署の活動が充実するような具体性のある支援を行いたいところである。ICCには正規職員だけで約千人の職員がいるが、邦人職員は十数名とされる。英語を駆使して国際裁判所に勤務できる法律家が極端に少ないため、限られた数の邦人職員の比較的多くは書記局などにもおり、ICCの活動をさまざまな側面から支えている。たとえば、ICCの特殊な政治的性格を鑑みて、裁判所においては珍しい政務分析機能を持つ部署の国別分析ユニット長や、対外関係局の局長は日本人だ。検察局の捜査活動などが華やかで注目されがちだが、日本こそが日本人職員が勤務している部署への支援にも目配りをしたい。(おわり)
投稿パスワード
本人確認のため投稿時のパスワードを入力して下さい。
パスワードをお忘れの方は
こちら
からお問い合わせください
確認画面を表示する
記事一覧へ戻る
公益財団法人
日本国際フォーラム