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2026-08-20 00:00
(連載1)ICC赤根所長に対する米国の制裁:日本政府が行うべき三つのこと
篠田 英朗
東京外国語大学大学院教授
アメリカ政府は、ICC(国際刑事裁判所)の赤根智子裁判所長に対して制裁を科した。第二次トランプ政権が発足してすぐ2025年2月6日に、ICCに対して制裁を発動する大統領令を発して以降、今回が5回目の制裁指定である。赤根所長を含む2名が追加されたことで、制裁対象となったICC関係者は累計13人となった。アメリカの制裁は、単なる入国禁止措置のようなものではなく、金融制裁である。まずもって米国内の資産の凍結と資産移動の禁止が定められる。そして、米国外の金融機関も、米ドル決済や米国金融機関との取引関係への影響を懸念して、事実上これに追随する措置をとることがある。基軸通貨ドルと世界最大級の金融市場を擁するアメリカが金融システムからの排除を武器にすると、外国金融機関にも強い萎縮効果が生じるからだ。
法的根拠は薄弱
このアメリカの一方的な制裁には、国際法上の根拠はない。それどころか、国内法上の根拠についても、少なくとも重大な疑問がある。金融制裁の実施担当部署である米国財務省外国資産管理局(OFAC)は、他の金融制裁同様にICCに対する一連の制裁措置を、国家緊急経済権限法(IEEPA)を根拠とする25年2月6日大統領令に依拠して実施していることを明示している。IEEPAは、国家緊急事態に際して大統領に特別な経済権限を与える法律である。トランプ大統領は2025年、ほぼ全世界を対象とする高率関税にもIEEPAを援用した。しかし2026年2月、連邦最高裁は、IEEPAは大統領に関税を課す権限を付与していないとして、この措置を違法と判断した。大統領がIEEPAから極めて広範な権限を引き出そうとすることに、最高裁が歯止めをかけた形である。
ICC制裁についても、IEEPAが想定する「米国の国家安全保障、外交政策または経済に対する、国外に起源を持つ異例かつ重大な脅威」という要件を満たすのかは、別途厳しく問われるべきだろう。アフガニスタンでの戦争犯罪に関する捜査ではアメリカ人が捜査対象になりうるが、2021年のタリバンによる政権奪取後は、ICCの捜査は実態としては停止している。ICCが、アメリカという国家に対する脅威になっている要素はない。ICCを弱体化させ、締約国に脱退を促す姿勢を公然と示しているルビオ国務長官が述べているように、アメリカは、ICCがイスラエルのネタニヤフ首相を訴追したことに対する報復措置をとっているのである。文字通りの一方的な対抗措置で、ICCという組織に対するあからさまな敵対的行為である。
日本政府は、2025年2月7日に出たICC締約国79カ国共同声明に、参加しなかった。これは、アメリカに対する名指しの非難はしていないが、アメリカがICCに対する制裁を導入した大統領令が出た翌日の声明であった。制裁にかかわらず、締約国が引き続きICCを支え続けていくことを宣言した内容であった。日本が参加しなかった理由は、もちろん説明はされていないが、アメリカへの配慮があったと見るのが自然だろう。そうした抑制的な姿勢にもかかわらず、今回ついに日本人である赤根所長自身が制裁対象となった。結果的には、他国と協調してアメリカの対応に毅然とした対応を取ることもしないまま、自国出身の裁判長に制裁を科されるところに追い詰められた。
赤根所長に対する制裁発表の翌日、8月19日、外務省は、「報道官談話」を発表した。政府として文書で立場を示したことには意味があるが、外務大臣談話や官房長官談話ではなく、外務報道官談話という相対的に抑制された形式にとどめた。その内容も、「今回の措置は大変残念です」と論評するにとどめた穏健なものであった。この報道官談話の英語版でも “very unfortunate” という抑制的な表現になっている。なお超党派の国会議員が作っている「人権外交を超党派で考える議員連盟」は、会見を開いて「法の支配に対する重大な侵害として、最も強い言葉で非難する」とする緊急声明を発表し、政府とは一線を画すような態度を示した。これはこれで大きな意味はあるだろう。ただ、自民党議員も参加しているとはいえ、ウェブサイト上のリストを見る限り現役閣僚が参加していない議連による声明である以上、政府としての意思表示を代替するものではない。(つづく)
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