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2026-01-19 00:00
ウクライナ戦争は米露の覇権争い
村上 裕康
ITコンサルタント
第二次世界大戦後の米国とソ連の2か国が世界秩序を支配する二極体制は、1991年のソ連崩壊をもって終焉した。米国および欧州を中心とする西側諸国とソ連を中心とする東側諸国は、経済的・軍事的な覇権をかけて争った。西側諸国はNATO、東側諸国はワルシャワ条約機構という軍事同盟を結成し、両陣営は対峙した。1991年ソ連が崩壊して15の共和国に分解され、ワルシャワ条約機構は解体された。ウクライナは、この時ソ連邦から独立した共和国の一つである。旧ソ連構成国(バルト3国を除く)は、ロシア連邦を中心としてCIS(独立国家共同体)を創設した。ワルシャワ条約機構が解体された後、NATOが東欧諸国を取り込み、それが緊張を生むのではないかという懸念から、NATOの存続に反対する意見もあった。東西ドイツが統一され、ドイツはNATOに加盟するのかが問題になった。米国のベイカー国務長官はゴルバチョフ書記長に、「NATOの東方拡大はない」と約束してドイツのNATO加盟が認められたという経緯がある。
米国のフランシス・フクヤマはソ連の崩壊をもって「歴史は終わった」と主張した。フクヤマは「民主主義は絶対的であり、普遍的であり、恒久的である」と主張して、「社会科学的論争やイデオロギー論争に最終的な決着がついたと」と論じた。ソ連の崩壊でワルシャワ条約機構は解体され、米国とソ連の覇権が世界秩序を支配するという二極体制が崩壊した。民主主義の価値観を基盤として、米国が世界秩序を支配する一極体制の到来である。1990年代の通信・運輸・IT・金融の発達を背景に、米国は世界のグローバル化を推進した。グローバル化で、ヒト・モノ・カネが国境の壁を越えて自由に行き交う世界市場の統合を目指した。1994年、クリントン大統領はポーランドがNATO加盟を希望していることに支持を表明し、NATOの東方拡大に道を開いた。NATOの東方拡大政策は、米国による世界秩序の一極支配体制を強化するものである。ベイカー国務長官の「NATOの東方拡大はない」という前言にもかかわらず、NATOの東方拡大を進めることに対して、米国政権内にロシアとの関係を損なうと警告する議論があったことは特筆すべきである。ロバート・ケーガンはネオコンとして有名であるが、NATOの拡大はロシアの反感を買い冷戦時代に逆戻りするとして反対した。一方、米国のオルブライトやブレジンスキーは、クリントン大統領にNATOの東方拡大を進言して受け入れさせた。1997年、NATO・ロシア基本議定書が結ばれ、1999年にポーランド、ハンガリー、チェコスロバキアがNATOに加盟した。その後、東欧諸国のNATO加盟が相続いた。
ワルシャワ条約機構の解体後、東欧諸国は相次いでNATOに加盟するが、旧ソ連邦諸国はCIS(独立国家共同体)を結成し、2002年、ロシアを盟主とする軍事同盟(CSTO)を発足させた。米国の推進する一極体制は、自由主義(リベラリズム)を基盤として、民主主義の価値観を共有し、国境の壁を越えて、自由な貿易、人の移動、資本の移動を促し、世界を統合しようとするものである。グローバリズムの推進である。一極体制は、時には介入主義的な手段で現地の民主化運動を支援して民主化革命(カラー革命)を起こした。民主化革命(カラー革命)は外国政府が現地の運動家集団を使って政府の体制転換を図るものであり、現地の政府との摩擦を引き起こした。旧ソ連構成国における民主化革命(カラー革命)として、ジョージアのバラ革命(2003年)やウクライナのオレンジ革命(2004年)、キルギスのチューリップ革命(2005年)が知られている。米コロンビア大学のジェフリー・サックス教授は、NATOの東方拡大がプーチンを刺激してウクライナ戦争が始まったと主張している。彼の講演「アメリカ一極化の破綻と新たな道拓く独自外交」(長周新聞)の中で、1990年代以降の一極体制の様子を記述している。この記事の一節より(以下)、「アメリカの構想は、ウクライナ、ルーマニア、ブルガリア、トルコ、ジョージアをNATOに加盟させ、黒海を封鎖することでロシアの国際的地位を奪い、単なる地域大国にまで弱体化させることだった。ブレジンスキーは、この地政学的戦略について明確に述べている。・・・」2007年のミュンヘン安全保障会議でプーチン大統領は、米国による一極体制やNATOの東方拡大を批判した。かつてロシアの勢力圏の下にあった東欧諸国が米国の一極体制の下に組み込まれ、旧ソ連構成国のウクライナやジョージアにおいても民主化運動が広がった。NATOの東方拡大で、NATOの軍事基地がロシア国境近くに作られ、ロシアの安全保障体制が脅かされていると警告した。2008年ブカレストで開かれたNATOサミットを前に、米国のブッシュ大統領はウクライナを訪問し、ウクライナとジョージアのNATO加盟申請を歓迎した。フランスとドイツの反対でウクライナのNATO加盟計画は阻止されるが、サミットから4か月後、ロシアはジョージアへの侵攻を開始した。そして6年後の2014年、ロシアはウクライナのクリミアとドンバスを占領した。
2013年、ウクライナはEUとの貿易・連合協定に調印することになっていたが、親ロシア派のヤヌコビッチ大統領はロシアからの圧力もあって調印を見送った。これに対して国民は激怒し、大規模な反政府デモに発展した。2014年2月の「マイダン革命」である。首都キーウの独立広場でデモ隊とこれを鎮圧しようとする機動隊が衝突し多数の死者が出た。ヤヌコビッチ政権は倒され、ヤヌコビッチはロシアに逃亡した。このクーデターに米国のヌーランド国務次官が関与していたことが電話記録から明らかになっている。クーデター発生直後の3月、ロシアはクリミアに軍事侵攻し、議会を占拠してクリミアをロシアに併合した。ロシアはさらに、親ロシア派の武装勢力を支援してウクライナ東部のドンバスを実効支配した。ドンバスは、ルガンスク州およびドネツク州の一部を含むエリアで、彼らはロシアの支援でウクライナ領内のドンバスに自治共和国の樹立を宣言した。彼らは、ドンバスの支配地域を拡大しようとウクライナ政府軍と激しく衝突するが、2015年2月に両者はミンスク合意を締結して停戦した。ミンスク合意は独仏の仲介のもとで、ウクライナとロシアが調印した停戦協定である。この協定は、ロシアの支援で樹立された傀儡国家に特別な地位を与え、傀儡政府に実質的な自治権を認めることを要求している。しかし、ミンスク合意は当初からウクライナ政府によって履行されなかった。ロシアの傀儡勢力とウクライナ軍はにらみ合いを続け、ドンバスは一触即発の不安定な状態に置かれた。西側諸国は、ロシアとの戦いに備えてウクライナ軍の装備を近代化して兵士の訓練を実施した。米国はロシアのKGBの出先機関であったウクライナ保安局(SBU)のテコ入れを図り、CIAとの連携を深め、組織の強化を支援した。ウクライナは民族や文化が異なるロシア系の東ウクライナとポーランド・ハンガリー・オーストラリア系の西ウクライナがレーニンの時代に人工的に合体して出来た国である。ロシア語話者の多い親ロシアの東ウクライナと親欧米指向が強い西ウクライナは政治的に激しく対立している。特に、西ウクライナの民族主義者集団は、独ソ戦争でナチスと組んでロシアと闘ったバンデラ主義者の流れを汲む武装集団であり、東ウクライナの武装集団と対立した。プーチンは2022年のウクライナの武力侵攻にあたって、「特別軍事作戦」を宣言し、その中で東ウクライナの「ロシア系住民がジェノサイドに直面している」と言及した。プーチンが言及する「ジェノサイド」は西ウクライナの民族主義者集団による武装攻撃と考えられる。西ウクライナの過激な民族主義者集団は、ウクライナの政府軍に組み込まれ、ゼレンスキー政権の一部を構成している。
マイダン革命の2014年以降、ドンバス地方の緊張が緩和されることはなく8年の歳月が経過して、2022年2月24日、ロシア軍はウクライナに武力侵攻を開始した。プーチンが武力侵攻を開始する直前の状況について、あまり語られることはないが、少しだけ触れておく。2021年1月、バイデンが大統領に就任する。2021年3月から6月にかけて米軍主導の多国籍軍の軍事演習「ディフェンダー・ヨーロッパ2021」が開始された。これに呼応して、ロシアは2021年4月にウクライナ国境付近に軍備を集積させ、ウクライナとロシアの国境で緊張が高まった。バイデン政権は、「ウクライナのNATO加盟に(条件を満たす限り)扉は開かれている。」と表明した。バイデンは9月に大統領執務室で行われたゼレンスキーとの会談でウクライナの領土保全に対する米国のコミットメントを伝えた。年末にかけて、ロシアはウクライナとの国境に軍隊を集め、国境の緊張は高まった。12月、バイデンはロシアに対してウクライナとの国境における軍隊の増強を止めるように警告、ウクライナを侵攻したら西側は経済制裁を課すことを伝えた。一方、ロシアは米国とNATOに対して①ウクライナがNATOに加盟しないこと、②NATOの加盟国に駐留するNATO軍を撤退させることを要求した。バイデンは、ロシアの要求に応じることはなく、プーチンは2022年2月21日、親ロシア派が実効支配する「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の独立を承認した。2月24日、ロシアのウクライナ武力侵攻が始まった。
プーチンは、武力侵攻を「特別軍事作戦」と称し、その目的として①ウクライナの「非ナチ化」と「非武装化」、②ロシア系住民の保護、③NATOの東方拡大阻止を挙げている。西側の見方によるとウクライナへの武力侵攻は「旧ソ連領の復活を狙うプーチンの帝国主義的な拡張主義」によると考えている。プーチンは、ソ連崩壊が「20世紀最大の地政学的悲劇」であったと嘆いている。プーチンがウクライナを武力侵攻するに至った背景に、勢力圏の回復を目指すロシアの安全保障政策があったのは間違いない。ロシアの安全保障政策には「勢力圏」という考え方がある。これは、自国の安全保障を確保するために、周辺諸国をロシアの影響下、「勢力圏」に置くという考え方である。周辺諸国に対して「ロシアが排他的な影響力を持つ」ことは暗黙の前提であり、周辺諸国の主権は制限される。冷戦時代、東欧諸国はソ連の「勢力圏」にあった。ソ連の崩壊後、ロシアの「勢力圏」が解体されると、東欧諸国で民主化運動が広がり、西側の軍事同盟であるNATOに加盟する東欧諸国も現れた。1990年代後半のハンガリー、ポーランド、チェコのNATO加盟は、ロシアの安全保障の脅威として捉えられた。2000年プーチンが大統領に就任すると、「勢力圏」の考え方は安全保障政策に組み込まれ、NATOの東方拡大はロシアの安全保障に対する脅威であるとして軍事ドクトリンに記述された。
ロシアの安全保障政策が特に重要視する「勢力圏」は、旧ソ連構成国であり、ウクライナ、ベラルーシ、モルドバ、ジョージア、アルメニア、アゼルバイジャン、中央アジア諸国などから構成される。これらの国は、黒海へのアクセス、石油の経路、インド・太平洋への経路、中国との交易路にあたり、これらの地域はロシアが覇権を維持しようとする「勢力圏」である。
2008年、ブカレストで開かれるNATO首脳会議に先立って、ブッシュ大統領はウクライナを訪問し、ウクライナおよびジョージアのNATO加盟を支持すると表明した。しかし、ロシアの反発を懸念するドイツやフランスの反対もあって、両国のNATO加盟計画は見送られた。ロシアにとって、NATOの東方拡大は自国の勢力圏への侵害であり、安全保障に対する直接的な脅威である。2008年、ロシアはジョージアに軍事侵攻した。ロシアはジョージア領内の南オセチア・アブハジアの親ロシア派住民を保護するという口実のもと、ジョージアを侵攻し紛争地域の独立を承認し、自国軍を駐留させた。ロシアのジョージア武力侵攻は、クリミア侵攻(2014年)、東部ウクライナのドンバス侵攻(2014年)、ウクライナ侵攻(2022年)の前哨戦であった。とりわけウクライナがNATOに加盟することは、ロシアにとって許容できないレッドラインである。プーチンはウクライナとロシアは「歴史的に一体」であり、ウクライナの主権は「ロシアとのパートナーシップを通じてのみ実現される」と語って、ウクライナの主権を否定し、ロシアのウクライナへの武力侵攻を正当化した。
冷戦の終了後、米国の一極体制はロシアの「勢力圏」を脅かした。一極体制は民主主義、自由主義、人権、法の支配という普遍的価値に基づいて世界を統合しようとした。米国は、民主主義や人権といった普遍的価値観を基盤として、国境の壁を越えて、自由な貿易、人の移動、資本の移動を促し、世界を統合しようとした。グローバリズムの推進である。米国の「一極体制」の下、民主化運動はソ連崩壊後の東欧諸国に広がり、ロシアが自国の影響下にあるとみなす「勢力圏」を侵食した。ワルシャワ条約機構が解体されると、西側の軍事同盟であるNATOに加盟する東欧諸国が相次いだ。NATOの東欧諸国への拡大はロシアの反発を招いた。特に、旧ソ連構成国であるウクライナおよびジョージアのNATO加盟の動きはロシアの安全保障に対する直接的な脅威であった。クライナのEU加盟問題をきっかけとして、民主化運動がウクライナ全土に広がり、親ロシアのヤヌコビッチ政権を転覆させたクーデターに発展した。2014年のマイダン革命である。ロシアはクリミアに武力侵攻してクリミアを併合し、その後すぐにウクライナ東部のドンバスに武力侵攻した。親ロシアの分離独立派の武装勢力はドンバスを実効支配して自治共和国の樹立を宣言した。マイダン革命から8年を経て、2022年2月24日、ロシアはウクライナの武力侵攻を開始した。
ウクライナ戦争は、ウクライナを一極体制の下に組み込もうとする欧米諸国と、自国の「勢力圏」に留めようとするロシアの戦いである。ロシアはアメリカによる一極体制を批判して、「多極的な世界秩序」を主張する。ロシアの主張する「多極的な世界秩序」では、複数の極(大国)が世界の覇権をシェアして世界の秩序を形成する。ロシアは、極(大国)として、米国、ロシア、中国、インドを挙げ、大国はそれぞれの地域で「勢力圏」を持つことが許容されるとし、大国は自国の利益と価値観に基づいて独自の政策を遂行し、世界秩序の形成に関与する。ロシアの「多極世界」観によると、欧州や日本はアメリカ主導の「一極体制」に従属する存在、あるいは「非友好的な国・地域」と位置づけている。大国(極)に従属する国は、外交政策などにおいて独自の主権が制限され、大国の影響下に位置づけられる。ロシアは、一極体制が牛耳る世界秩序に対抗するために、拡大したBRICS諸国を多極世界の重要なアクターとして認め、新たな世界秩序を形成するための推進力として位置付けている。ロシアの「多極世界」は欧州や日本をなどの「非友好的な国・地域」を排除して、BRICSやアフリカ諸国のような非欧米諸国と新たな世界秩序を構築することを目指している。ウクライナ戦争は、西側諸国の下「一国体制」が支配してきた世界秩序に対するプーチンの反乱である。ロシアのウクライナへの武力侵攻は国際法に違反する暴挙であり、世界秩序を破る行為である。
ロシアは、米国の「一極体制」がロシアの「勢力圏」を脅かし、ロシアの安全保障を脅かしたとして、武力侵攻を正当化した。また、ロシア人とウクライナ人は歴史的に一つの民族であり、ウクライナはロシアの「勢力圏」にあると主張した。国際法は、自衛権や集団的自衛権の行使の場合を除いて、原則として他国への武力行使や威嚇を禁止している。国際法に照らすと、ロシアのウクライナへの武力侵攻は国際法に違反している。ロシア軍の撤退を求めるウクライナの訴えに対して、ICJ(国際司法裁判所)はロシアに対して直ちに軍事行動をやめるように命じた。ウクライナ及び欧州は「ロシアの違法を訴え、ロシア軍の撤退」を主張するが、ロシアは「ロシアが併合したウクライナの東・南部4州からのウクライナ軍の撤退」を主張して、両者は衝突する。トランプ大統領の仲介でウクライナ戦争の和平交渉は進行中である。互いに自国の「正義」を訴えて和平交渉は難航している。ロシアは違法に併合した4州の割譲を要求している。これに対して、ウクライナと欧州は「ウクライナの主権と領土の一体性」を主張してロシアの要求を拒否している。世界の覇権が多極化する中で、各国の利害が複雑に絡み合って衝突する場合、国連や国際法で利害は裁定することはできない。覇権国のパワーポリティックス(力の均衡)が世界の秩序を形成する。パワーポリティックス(力の均衡)は軍事的な力関係だけではなく、非軍事的なパワーポリティックスが重要である。同盟国のネットワーク、関税・経済安全保障、戦略物資に対する支配力、技術力はパワーポリティックスにおける不可欠な要素である。利害の裁定において国際法は意味がないかというとそうではない。国際法は規範として存在する。「力の均衡」は2国間の力だけで決まるわけではない。「世界中の目」が「力の均衡」に影響を与える。「世界中の目」は、国際世論、同盟関係、経済制裁、信頼性となって、「力」の行使に影響を与える。
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