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2025-12-05 00:00
何故ローマ教皇がトルコの地で平和を訴えるのか
宇田川 敬介
作家・ジャーナリスト
宗教というのは、中世までは「宗教の布教」を兼ねて戦争が行われていた。宗教的な施設などには多くの人が寄進しており、その富が多く宗教芸術などの美術品は非常に豪華なものが多くまた、価格も価値も高いものが少なくない。そのような感じに考えれば、中世にあった十字軍などは、まさに宗教芸術品の略奪であったというようなことも言えるようなところではないか。基本的に宗教は、これはイスラムもキリストも仏教も同じであるが「光」に非常に神や天を感じるところが少なくない。そのようなことから、金や銀という貴金属や宝石を使うことが少なくない。そのようなことが、宗教芸術を高めているのと効果にしている部分があるのかもしれない。
さて、しかし、近現代になって宗教は逆に「戦争を起こさないための精神的な抑止力」ということに変貌している。ここで、宗教的に古い考え方を持っている人が、テロを起こすようになり、過激になってくるのに対して、現代的な宗教の考え方は平和を考えるというような形になっているのである。この現象はイスラム教と「イスラム教原理主義者」というところとで(もちろんイスラム教だけではなく、キリスト教も仏教も同じであるが、印象が異なるというときには日本の場合イスラム教が最もわかりやすいので)かなり印象が異なるということになる。ある意味で、神に対する考え方などが原理主義と現代的な考え方はかなり異なるということになるのではないか。
さて、その平和の実現ということでそのこと訴えることの方が宗教的な考え方や信者の要望に応えられることになるのであろうということがよくわかるのである。先日、ローマ教皇のトルコ訪問、またフランスで志願制兵役を来夏導入へ、ロシア脅威に対抗という内容の記事があった。実際に、フランスで志願兵の募集が行われている。ドイツは数週間前に徴兵制になりポーランドはすでに戦時体制に入っている。イギリスも徴兵制に移行できるように法整備が行われており、これで、ポーランドと英仏独の参加国がすでに戦時体制に移行したといえる。実際に、ロシアのウクライナ戦争の内容はそのままNATOに派生するということになり、そのことから、ヨーロッパはすでに戦争状態にあるという人も少なくない。
私の肌感覚でいえば、昭和6年から7年くらいの感覚であるといってよく、そのことをわかっている人が非常に少ない。ナチスドイツのような国家社会主義的な独裁国家、ヨーロッパではプーチンが、アジアでは習近平が、それぞれ当時のドイツと日本の代わりになっている。当然に、戦後の経済発展からこの二つの国は、後発的に市場経済化した国であり、そのことから、「他の権益を犯さなければ発展がない」ということであり、そのことから戦争を辞さないというような強硬的な政治を行ってきている。両国は国内的にそれぞれ侵略戦争を行い(チェチェン・ウイグルなど)、その後その内容を「覇権主義」というようなことを行って、なおかつ、そのまま戦狼外交を行っているということになる。
第二次世界大戦当時も、植民地戦争で後発組であったドイツと日本が、そのまま他の植民地を奪う形で戦争になっているのであり、後発発展組が先発組に戦いを挑むということは、そのまま先発組の国際秩序を替えてゆかなければ自国の発展がないということから、そのまま戦争になるということになる。ローマ教皇はそのことを敏感に感じ取り、その両方の戦争にかかわっているトルコにおいて、くぎを刺したのである。逆に言えば、それだけ、緊迫しているのである。平和ボケしているのは日本ばかりである。
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