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2026-06-02 00:00
イスラム革命の思想
村上 裕康
ITコンサルタント
イランのモサデク首相は、イギリス資本に支配されていた石油利権の国有化を断行した。1953年、軍部によるクーデターでモサデク政権は崩壊した。このクーデターは、石油利権の支配を狙うCIAとMI6が計画・実行したものである。国外に亡命していたパーレビ2世が権力を回復し、米国の後ろ盾を得て専制的な親米体制を確立した。石油収入を背景に「白色革命」と呼ばれる近代化・西欧化政策を推進するが、貧富の拡大や伝統的なイスラム教徒の反発を招き、国民の怒りは爆発してイラン革命が勃発した。
イランのパーレビ王朝を倒し1979年のイラン革命を主導したのが、イスラム教シーア派の最高位法学者のアヤトラ・ホメイニである。ホメイニは「イスラム法によって国は治められるべきである」という思想を提唱して神権政治を確立した。そして、自らを最高指導者として、絶対的な権力を握り、現代イランの統治システムの土台を作った。イスラム革命が目指すのは、反帝国主義であり反シオニズムである。腐敗したパーレビ王朝や米国・西側諸国による帝国主義的な抑圧から解放することを主張し、米国の中東地域における覇権を追放することを掲げた。また、イスラエルを正当な国家とは認めず、イスラムの聖地エルサレムをイスラムの手に奪還することを掲げた。
ホメイニを最高指導者として仰ぎ、イスラム革命体制を守るのがイスラム革命防衛隊(IRGC)である。IRGCはイランの神権政治体制のもと、イランの政治・軍事・経済の全権を握っている。イランの統治機構はイスラム法学者による「神権政治」と、選挙で選ばれる「共和制」という2つの権力が並立する。IRGCと並立して、大統領を頂点とする行政組織(政府)および正規軍があり、IRGCは政府および正規軍を「監視・指導」する立場にある。
米国およびイスラエルを敵視する思想の根底には、「不当な抑圧者に対する聖戦(ジハード)」という宗教的・ナショナリズム的な大義名分がある。この思想は単なる政治的スローガンではなく、彼らの存在意義そのものである。IRGCの目的はイスラム共和国体制の死守であり、国内の治安維持(革命思想による統治)である。また、中東におけるアメリカ・イスラエルの介入を排除し、革命体制を中東全域に広げる(革命思想の輸出)ことが彼らの使命である。パレスチナのハマス、レバノンのヒズボラ、イエメンのフーシ派、イラクの親イラン武装勢力はIRGCの代理勢力であり、IGRCは代理勢力を支援し、中東で反米・反イスラエル闘争を繰り広げてきた。
1979年に起きたアメリカ大使館人質事件はイランの反米闘争の激しさを物語る事件である。米国に亡命したパーレビ元国王の身元引き渡しの要求に対して、米国が拒否したことにイランの学生達が激高し、テヘランのアメリカ大使館に乱入・占拠した事件である。ホメイニが学生らの行動を支持したことで事件は長期化した。米外交官や海兵隊員ら52人が444日間にわたって、大使館に拘束された。米国は経済制裁を発動し、イランとの国交を断絶した。1980年4月、米国はヘリコプターで人質を強行救出する作戦に出るが失敗し、8人が亡くなった。1981年1月レーガンが大統領に就任したその日に人質は解放された。大使館人質事件は米国とイランの修復不可能な対立関係へと連なっている。
石油の利権を狙ってイラクがイランに侵入したことをきっかけにイラン・イラク戦争(1980年~1988年)が始まった。過激なイスラム革命の飛び火が自国に及ぶことを恐れ、サウジアラビアなど中東のアラブ諸国はイラクを支持した。米国やソ連もイラクを支持して、イランは孤立無縁の状態になった。イランの国家存亡の危機にあって、ホメイニは宗教的な熱狂・愛国主義を鼓舞してIRGCやバシジ(市民・少年義勇兵)を組織化した。また、中東全域でIRGCの代理勢力としてシーア派の民兵組織を形成し、イスラム革命体制を国外の侵入から守るための抑止力として、イランの国家安全保障体制に組み込んだ。彼らは、中東でテロ活動を繰り返し、地域の安全を脅かした。1984年、アメリカはイランが代理勢力を使って国際テロ活動を支援しているとして、イランを「テロ支援国家」に指定し、資産凍結や禁輸措置などを含む厳しい経済制裁を開始した。1988年に国連安保理の停戦決議を受け入れて8年に及ぶイラン・イラク戦争は終結した。この戦争の経験がイランの直面する経済制裁や国際包囲網を耐え抜く「抵抗の経済」の基盤になっている。
1989年、イスラム革命を主導したホメイニ氏が亡くなって、アリ・ハメネイがイラン・イスラム共和国の最高指導者の地位を継承する。ハメネイは、国内の反対分子を排除し、軍・治安組織を掌握。権力を維持する源泉は、最高指導者直轄のIRGC(イスラム革命防衛隊)にある。軍事に限らず経済利権の拡大も容認し、体制に対する忠誠を維持している。ハメネイは、ホメイニのイスラム革命思想を継承し、国内では反体制活動を弾圧して独裁体制を敷き、中東ではヒズボラやフーシなどの代理ネットワークを広げ、反米・反イスラエル路線を堅持する。
ハメネイは、米国・イスラエルとの戦いに備えて、IRGCの軍事力を強化し、核開発を進めた。「革命の輸出」や核・ミサイルの開発で、国際社会から非難される中で、イランは核開発を続けている。欧米が求めるウラン濃縮活動の停止については、「自立の原則に反する」として応じようとしない。国際社会からの経済制裁で、金融制裁や石油取引が禁止され、通貨リアル安と物価高騰が進行して、イラン経済は深刻な打撃を受けている。経済の困窮や政治的な抑圧に対して市民の不満は広がり、反体制的な抗議活動が散発的に発生している。2025年の12月から今年の1月にかけて広がった抗議活動では、3万人超の市民が虐殺されたという。IRGCは厳しい弾圧を加えて抗議活動を抑え込み、強権的な支配体制を維持している。
イランが国際的な制裁を受け、外交的に孤立する中で、中国は主要なパートナーとしてイランを経済的・外交的に支援している。ハメネイはイラン・イラク戦争が終了した翌年の1989年5月、北京を訪問し李鵬首相らと面談した。ホメイニが亡くなったのは6月3日であり、同じ年の6月4日に天安門事件が起きている。ハメネイは大統領として北京に赴き、イラン・イラク戦争で荒廃した国内経済の復興や、軍事・経済協力について求めている。北京を後、北朝鮮を訪問した。この時の対話が、現在まで続く中・朝・イの協力関係の基礎になっている。国際社会がイランに経済制裁を課している中で、中国によるイラン原油の購入が突出している。公式統計は欠如しているが、イランから輸出される原油の8割~9割を中国の購入が占めているとされる。イランは経済制裁を受けているため、非公式な迂回ルートでイラン産の原油が中国に輸送されている。また、中国はイランの経済復興およびイラン軍の近代化を支援し、ミサイル技術やドローン技術、民生用核技術を提供してきた。イランは米国やイスラエルとの戦争に備えて、中国から技術協力を得て、全土に地下トンネル網を巡らせ、通信網や鉄道網などのインフラを整備してきた。2021年、中国の王毅外相が中東歴訪の一環としてテヘランを訪問し、25カ年の「イラン・中国包括的協力協定」を締結した。
ハメネイは、2026年2月の米国・イスラエルによる空爆で亡くなるが、治世の35年間、世界から経済制裁を課せられ孤立するイランの革命体制を維持した。ハメネイは、西側諸国のイジメに対する耐性を強め、西側諸国に対する対決姿勢を強めた。また、ハメネイは、米国・イスラエルとの戦いに備えて、IRGCの軍事力を強化し、核開発を進めた。
ハメネイは、IRGCの指揮系統を中央集権的な組織から自律分散的な組織へと変革した。指揮権を地方の部隊に委譲し、地方の部隊に独自の判断で作戦を遂行する権限を与えた。彼らは、イスラム革命思想を共有し互いに連帯する自律分散的な組織である。自律分散的な組織は、中央の司令部が叩かれても指揮系統が崩壊することなく、組織は自律的に再生する。2003年のイラク戦争と2026年のイラン戦争の事例を比べるとその違いは明らかである。イラク戦争では、サダム・フセイン政権の司令部が叩かれて、政権の指揮系統が崩壊した。ところが、今回のイラン戦争で、米国・イスラエル軍は最高指導者アリ・ハメネイの斬首作戦に出る。アリ・ハメネイと中央司令部の幹部は殺されたが、IRGCの指揮系統が崩壊することはなかった。アリ・ハメネイに代わって、息子のモジタバ・ハメネイが最高指導者の地位を継承した。自律分散組織の考え方は、イラン国内だけでなく、彼らが支援する代理勢力のネットワークにも組み込まれている。
ハメネイの米国・イスラエルに対する軍事戦略は、安価なドローンやミサイルを大量に保管して、敵の高価なミサイル攻撃に対応するという非対称戦略である。安価なドローンを大量に使って、米国・イスラエルに高価なミサイルを消費させようという戦略である。イラン全土の地下にトンネル網を巡らせ、地下にミサイルやドローンの製造工場を分散配置し、大量のドローンやミサイルを地下の倉庫に蓄えた。地下にミサイルの発射装置を備えて、衛星による探知で探られないように隠して配置したのである。
イラン戦争がはじまると、イランはホルムズ海峡を実質的に封鎖した。ホルムズ海峡に機雷を敷設し、沿岸に爆薬を積んだ高速ボートを配備して、「許可なくホルムズ海峡を通航すれば、爆破する」と脅して、海峡を通航する石油タンカーをブロックした。ホルムズを通って交易される石油の量は、海上輸送で交易される世界の石油の20%を占める。ホルムズ海峡の封鎖で石油の価格が高騰し、世界経済は混乱の最中にある。イランは、ホルムズ海峡を支配することで世界経済を人質にとれることを学んだのである。イラン戦争の和平交渉にあたって、イランはホルムズ海峡の支配を手放そうとしない。
ハメネイは核開発を進めた。2002年、イラン国内で秘密裏に建設されている核関連施設の存在が暴露されたことで、イランの核開発問題が表面化した。イランは核兵器の製造が可能になるウランの濃縮を行っている。イランの核開発は国際社会との間で対立と交渉が繰り返された。国際社会は核開発を進めるイランに対して金融制裁、石油取引禁止、資産凍結などの制裁措置を強めていった。オバマ政権はイランの核開発を制限する代わりにイランに対する制裁措置を緩和した。2015年、米欧中露はイランとJCPOA(イラン核合意)を締結し、IAEA(国際原子力機関)の監視のもとでイランの核開発を制限した。2018年、第一次トランプ政権は「JCPOAでイランの核兵器保有を阻止できない」として、JCPOAから離脱してイランへの経済制裁を再開した。イランはJCPOAの制限を破棄して、核開発を強化した。2025年時点でイランは濃縮度を60%まで高めた高濃縮ウランを440キロ保有しているとされている。
イランは「核開発の目的は発電や医療などの平和利用である」と主張し、「核兵器の製造や保有はイランの宗教令によって禁止されている」と強調、米国やイスラエルが抱く疑念に対して反駁している。イランのイスラム革命思想は「イスラエルの抹殺」を公言する。イスラエルが「イランの核保有」に関して抱く脅威は、イスラエルの生存に関わる「実存的脅威」である。バイデン政権(2021~2025年)はJCPOAの復帰を目指してイランと交渉するが、交渉は棚上げされた。第二次トランプ政権はイランの核開発能力の排除を目指して協議するが、議論は平行線をたどった。
高濃縮ウランの備蓄を急増させるイランに対して、米国は英仏独と共にIAEA理事会に非難決議案を提出して採択された。イランはこれに反発して、フォルドゥ濃縮施設の能力増強を打ち出した。イスラエルはイランの核関連施設の爆撃を実施して、イランに対する「12日間戦争」(6月13~25日)を開始、米国はイスラエルに押し切られる形でイランの核関連施設3か所をバンカーバスター爆弾(地中貫通爆弾)で攻撃した。2026年2月、米国はジュネーブで核開発を巡ってイランと協議するが、合意には至らず、米・イスラエル軍は2月28日に大規模なイラン攻撃に踏み切った。イラン戦争の始まりである。現在、停戦の60日間延長と核問題に関する協議を定めた「覚書」の暫定合意に向けて交渉が進行中である。
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